学園全面戦争⑭終『表』
和国は電流が流れる木刀を握り、文月へと襲いかかる。文月は木刀が当たらぬように避け続け、隙を窺っていた。
現在戦っている二人はどちらも歴戦の強者。これまで多くの悔いや成功を積み重ねてきた彼女らだからこそ、今だけは負けられない思いが強かった。
なぜならこの戦いにはこれまでの集大成がかかっているから。
「相変わらず素早く、判断力も早い。さすがだな。文月」
「お前も相当さ。私の動きを見きり、それに対応する反射神経を見せている。私と対抗できるのは後にも先にもお前が初めてだろうな」
「そうか。それはありがたい。だが勝つのはおいらだ」
和国は木刀を振るう。それを軽快な動きでかわし、木刀越しに蹴りをいれた。
文月の足には電流が流れるが、それほど電流の強さは強くない。
「なあ和国、お前が強者にこだわるのは自らが弱者だったからか?」
「そうさ。おいらは弱者だった。だから強者になり、これまで虐げられてきたように他人を虐げる。それが強者に与えられた特権だ」
「そうか。お前はそういう環境で育ってきたんだな」
「おいらをそんな可哀想な目で見るな」
「可哀想、などとは思っていない。それは自分よりも弱い者へ使う言葉だ。その言葉は他人を勝手に弱者だと決め込む言葉でしかないからだ。だから私は可哀想、という言葉が嫌いだ」
「じゃあその目はなんだ」
文月は和国を可哀想などとは思っていなかった。
それは文月にとっても、和国にとっても、許されざることであったから。だから可哀想などとは互いに思ってはいなかった、
「和国、私が君へ抱いているのはそんな思いではない。皆誰だって同じような経験をしている。私だって、お前と似たような経験をしたさ」
「ならお前もおいらと同じようなことを思っているのだろう。実際にお前は強者になった」
「だけど、今の私は支配者一色に染まったりなんてしない。今の私はこの学園に生きる全ての者のために戦う。だから、私はお前を越えて未来を掴み取る」
文月は和国へと駆ける。
「お前とおいらはほぼ互角」
「勝つんだよ。相手がどれほど強くても、私は勝つんだ。だって私は皆の期待を背負っているのだから」
文月は足を振るった。その蹴りは和国の握る木刀を吹き飛ばした。
武器を失い、無防備な状態の和国の腕を掴んだ。そのまま和国を床に押し倒し、身動きを封じた。
「和国、お前は環境に恵まれなかっただけだ。私もそうだ。環境に恵まれてこなかった。生まれながらに両親はおらず、たった一人だった。それでも、私には私を信頼してくれる友がいた。だから私は今こうして皆のために戦っている。お前もこっちに来い。私とともに学園を作ろう」
「ふざけるな。どうして皆のために戦う?自分一人のために戦っちゃ駄目なのか?私は違う。おいらは自分さえ良ければいい。周りなんてどうでも良い。お前だって本音はそうだろ」
文月の腕の中で暴れながら、和国は心の声を叫ぶ。
「違う。私は皆のために戦う」
「結局は自分のためだ。皆の願いを叶えたいという自らの欲だ」
「ああ。だとすればそうだろうな。私は皆の願いを叶えたい」
「強欲だな」
「悪いか?」
「悪くない。ただお前もおいらと一緒だと言っているだけだ。お前だっておいらと同じで強欲なんだよ」
「強欲だ、色欲だ。それでも良い。前に進めるのならそれで良い。日々成長し、日々進化し、前に進む。欲がそうさせてくれる。だが和国、お前が抱えているのは欲じゃない。怠惰で、臆病になっているだけだ」
「おいらが臆病?おいらは臆病だった。それは昔の話だ。だけど今のおいらは臆病なんかじゃないんだよ」
強く押さえつけていた文月だったが、和国が激しく暴れているのに耐えきれず、吹き飛ばされた。
和国はすぐに木刀を拾い上げた。
「なあ文月、おいらは臆病なんかじゃない。昔のおいらは臆病だった。でも今のおいらはちゃんとこうして戦えている。撤回しろ。その言葉」
和国は握っている電流の威力を最大限まで上げた。腕に激しい電流が流れ、激痛に苛まれているはずなのに、和国はまだ握りしめていた。
「文月、この電流を受ければ常人ならば死ぬだろう」
「和国、正気か」
「おいらはもう臆病なんかじゃない。強くなった。強くなれた。だからおいらは勇敢なんだ」
激しく電流が流れる木刀を振るう。それが壁や床に触れる度、火花が飛散する。それほどに電流は激しく流れている。
「文月、おいらはお前を越える。そしてこの学園の支配者として君臨し続ける」
「和国、痛みに飛び込むことは勇敢なことなんかじゃない」
木刀をかわしながら、文月は必死に和国に問いかける。
「おいらは、昔のように弱くない」
昔の自分を思い出す度に怒りを抱き、木刀を強く握りしめて振るう。体に痛みが流れていても、和国はそれに気付きはしなかった。
痛みはある。それでも過去の痛みがその痛みを上回っていた。
「全部、大嫌いだ」
「和国、自分の心に向き合え。逃げているだけじゃ、いつまで経っても前に進めないじゃないか」
「それでいい。向き合わなくていい。むしろ向き合わない方がいい。おいらはもう昔とは違うんだから」
「そうやって見たくないことから目を逸らして、現実なんかも見ずに、逃げて逃げて逃げて、それじゃいつまで経っても成長をできない。だからもっと自分に向き合え。和国」
「うるさい」
和国は高く飛び、文月へ向けて木刀を振り下ろした。
文月は避けることなく、和国の振るった木刀を頭突きで受け止めた。
怒りで暴走していた和国ですらも驚き、動揺していた。
「和国、はっきり言うぞ。お前は臆病で腰抜けで、弱虫の卑怯者だ。成長したきゃ、まずはその木刀を捨てやがれ」
電流が流れる木刀を素手で奪い取り、それを窓の外へと投げた。
両腕は電流によって麻痺し、頭も電流によってふわふわしていた。それでも両頬をひっぱたき、意識を正常に取り戻す。
文月の意思の強さに、和国は動揺していた。
まるで敵わない。そう感じてしまうほどに。
「いつまで足踏みしている。そうやって足踏みばっかで人生楽しいか」
「進むのが怖いんだよ。なのにどうして進まなくちゃいけない」
「答えはひとつじゃない。だが私はこう思う。その方が良い世界を見れるだろ」
その言葉で、和国の見ていた世界にはひびが入った。そのひびは大きな亀裂へと変わり、そして世界中が砕けた。
「そうか。良い世界か……」
和国がこれまで見ていた世界は砕けて消えた。
「和国、私とともに学園を作ろう。より良い学園にするために、一緒に頑張ろう」
誰よりも気高く、誰よりも優しく、誰よりも美しい。
手を差し伸べる文月を、和国はまるで太陽のように見ていた。直視できないほどの輝きを放つ彼女には到底及ばない。
この上ない劣等感。そうではない。
ただ憧れを抱いてしまった。彼女のようになりたいという憧れが。
「私と一緒に前に進もう」
「どうやらおいらは足踏みばっかしていたようだ。それにおいらが一番気付いていなかった。でも、ようやくおいらは前に歩き出せたよ。ようやく、ようやくだ」
あの頃からずっと、足踏みばかりしていた。
成長している様に見せたかったから。ただ周りの目線が怖かったから。だから多くの仲間を集め、仲間で自分を隠した。そうすれば誰もおいらも見てくれない。だからそれで良いと、そう思っていた。
でもそれは進化を恐れるあまり、進もうとしなかったからとってしまった行動だ。そんなこと、今になって思い返せば簡単なことだ。
ーーどうしてこんな簡単なことで悩んでいたんだろうな。
昔の自分が嫌いだったから。昔の臆病な自分には戻りたくなかったから、勇敢なふりをした。誰よりも強いふりをした。
でも、もうそんな必要はない。黒い翼は、剥がれ落ちた。
新しい翼を生やした和国は、今ようやく長い間踏み出せずにいた第一歩を踏み出せた。
「文月、ようやくおいらは一歩を踏み出せたよ」
「なら良かった」
「ありがとう。文月」
差し伸ばされた温かい手を、和国は掴んだ。
因縁終結。
とうとう学園の支配者との長きに渡る戦いにエンドロールが流れ始めた。
ようやく学園は真の姿へとーー




