エピローグ ~その森の神社には~
歴代の王は、カミについて沈黙することで、疲れ果てたカミを守っていたようだった。
「なんだ、魔王様がカミサマだったんですね」
あっさりアリスンがそう言うと、
「お、驚かぬのか?」
と訊くカミサマの方が驚いているようだった。
「いや~、だって、どっちでも変わりないですから。
そもそも私、魔王様をお祀りするつもりでしたしね」
と言ってアリスンは笑った。
「でも、魔王様……じゃなかった、カミサマ。
起きてしまってよろしかったのですか?
疲れ果てて眠っていらしたのではないのですか?」
そんなアリスンの言葉に、
「よいのだ」
とカミサマは言う。
「また守りたいものができたのだ。
此処の村人たちと。
そして――」
と言ってカミサマはアリスンを見た。
そして、魔王はカミサマとなったが、気に入っているのか、魔王の扮装のままだった。
「魔王と呼んでもよいぞ」
そうカミサマはアリスンに言ってきた。
「え?
何故ですか?」
「私の心がもう魔王になってしまっていたからだ。
……いや、悪に染まったわけではないぞ。
お前が可愛らしく、魔王様、と呼んでくる姿が頭に張りついているので、もう魔王でいい、と思ってしまったのだ」
いやそんな、照れるではないですか、とアリスンは俯いた。
清々しい木の香りがする社殿の前で、カミサマ兼魔王様は訊いてくる。
「アリスンよ。
なにか私に願いたいことはあるか?」
此処のカミとなるのなら、まず最初にお前の願いを叶えたい。
そう言う魔王様にアリスンは笑って言った。
「私はあなたには願いません」
「何故だ。
……なんか叶いそうにないからか?」
と不安そうに魔王様は言ってくる。
いえいえ、そうではなくて、とアリスンは手を振り言う。
「だって、魔王様。
願ったら、反射で叶えてくださるんでしょう?
そうではなくて、魔王様自身にも願って欲しいから」
これは私の願いではありません、とアリスンは言った。
「ただ、私が日々、思っていることです。
……ずっとこの時間が続けばいいなと。
みんながいて、魔王様がいて。
そんな毎日がずっと続けばいいなと」
そうか、と魔王様は笑って言った。
「では、これも私の願いではない。
生贄にして、カミの代理人であったお前も誰かに願われると反射で叶えてしまうかもしれないからな。
願いではなく、ただ私が思っているだけだ。
アリスン。
ずっと、永遠に。
今のこの気持ち変わることなく、お前といたい」
「魔王様……」
と見つめ合うふたりの後ろから、
「でも、まだ私がお嬢の婚約者なんですけどね~」
と言って、ひょいとノアが現れた。
すると、そんなノアを見つめて魔王様が言う。
「ノアよ。
迂闊にそのようなことを言うな。
うっかりなにかに願ってしまいそうになるではないか。
この私とアリスンの邪魔をするものを誰か消してくれればいいのにと」
「では、私に祈れ」
と声がして、王子が現れた。
「その願い、私が叶えてしんぜよう、魔王よ」
と言いながら、王子は剣を抜く。
王子は、ふっと笑うと、
「カミ兼魔王の願いを叶えるとは、私はカミや魔王より格上なのだろうかな。
アリスンよ。
さあ、私に仕えるがいい」
そう言いながら、王子はアリスンの腕をつかむノアの手を、抜いた剣の先でつついていた。
「痛いじゃないですか、王子~。
早く王都に帰ったらどうですか。
十年後には、お嬢よりいい女になってそうな六歳のご令嬢が待ってますよ~」
と手を離しながらノアが言う。
確かに、とアリスンは思った。
王子が王都に帰るのを、先に戻ったサイバインが手ぐすね引いて待っていることだろう。
ノアと王子が去ったあと、アリスンは魔王様と社殿の前から参道を眺めていた。
やがて此処に、イカ焼きやタコ焼きの屋台も立つだろう。
とりあえず、今、しょう油を作ろうと、麹ができないかと、みな頑張っている。
そのとき、ふと魔王様が言ってきた。
「お前は人々が新しい生贄を捧げなかったのは、カミではなく、科学とやらに頼りはじめたせいではないかと言っていたが。
そうではないのではないか?」
え? とアリスンは振り向く。
「生贄が代替わりしなかったのは、単にお前が優秀だったからでは?
お前が守っている間、これといった災害も起こらなかったのではないか?」
「そうだとしても、たまたまですよ」
そう言い、アリスンは笑ったが。
そんなアリスンを見ながら、魔王様は、
「お前が優秀なカミの代理人だったかどうかは知らないが。
……少なくともお前は、私の願いを叶えてくれた」
そう言い、そっとアリスンにキスしてきた。
その国には有名な観光地があった。
何処からもそこに来られるよう、街道は整備され、周辺の村も栄えた。
その街道から、毎日が祭りであるかのような賑やかな参道に入ると、森の手前に、一見、霊験あらたかそうな神社が見えてくる。
そこには異国のものらしき、白と赤の衣をまとった美しい娘と魔王様が住んでいて。
人々のしょうもない愚痴や願いや世間話を聞いてくれ。
たま~にちょっとだけ、なにかを叶えてくれるらしい。
悩みが解決してもしなくとも、凝った刺繍のお守りを手に帰る人々はみな、ほんのちょっぴり笑顔になるということだ――。
完




