眠りの杜――
そんなこんなで悩んでいるカミサマの前で、アリスンは相変わらず、呑気に話している。
「そうか。
ずっとそうやって社殿から外をぼんやり見てたから、私、モグサとかに詳しかったんですね~。
いつも社殿の前におじいさんたちがたむろしてて、お灸の話とかしてたんですよ。
モグサの作り方とかスマホで見てらしたんで、一緒に覗いたりしてましたしね」
「スマホってなんですか?」
とノアがアリスンに訊いている。
「なんでも調べられる魔法の箱ですよ」
「へえー。
アリスン様の世界には、そんな便利なものがあったんですか。
この世界のカミサマが見つかったら、そういうの作ってくれますかね?」
いや、無理だ。
そんな構造も仕組みもわからないもの、と思いながら、カミサマは聞いていた。
カミだからといって、無から、なんでもかんでも、それっ、と作り出せるわけではない。
見たことも聞いたこともないものを作り出すのは、花を早くに咲かせたり、灯りを出現させたり、力を使わずに皿を洗うのとは訳が違う。
この社殿だって、カミの力に目覚めたからといって、ひょいと建てられたりはしない。
こうして、人間の職人が作ったものを複製することなら可能だが。
そう思ったところで、カミサマは気がついた。
そうか。
私などいなくとも、この数百年、人類は自分たちだけで、ちゃんと生きてきたんだ……。
そんなことを考えていたとき、ノアがこちらを振り向き、言ってきた。
「そうだ。
魔王様ならできるんじゃありませんか?
そのスマホとやらを作り出すこと」
「……いや、無茶を言うな」
そうカミサマは言いながら、
待てよ。
ホンモノの魔王ならできるのかも、と思ってしまう。
じゃあ、カミよりすごいじゃないか、魔王、と思ったとき、アリスンが自分を見上げ、訊いてきた。
「どうかされましたか? 魔王様。
お顔の色がすぐれませんが」
「ど、どうもしない……」
と明らかに動揺して答えてしまう。
ああ、言えない。
私が実はカミサマだとか。
お前にずっと仕えて欲しいとか。
いや、仕えるとかじゃなくて。
ずっと側にいて欲しいとか。
長い長い眠りから、お前だけが私を起こせた。
……違うか。
ぼうっとしていた私を現実にかえらせたのだ。
そうカミサマが思ったとき、早馬がやってくるのが見えた。
王子がそちらを見て言う。
「おや? あれは城からの早馬のようだな。
もしや、父からの知らせだろうか。
この森を売り買いできぬ理由を訊いたのだが。
なかなかハッキリ教えてくれなくて」
……まずい。
王室には真実が伝わっているのに違いない。
カミサマは焦り、街道をこちらに向かい駆けてくる早馬を気にしながら、
「アリスンッ」
と呼びかけた。
はい? とアリスンがこちらを見る。
迷っている場合ではない。
このままでは、アリスンは私がカミであることを知ってしまう。
そのあとに自分の側にいて欲しいとか言ったら、強制になってしまうではないかっ。
「お、お前に言っておきたいことがあるのだ。
なにも知らない状態で聞いて欲しいのだ。
私は卑怯者にはなりたくない」
そう言いながら、カミサマは怯えるように何度もすぐそこまで来ている早馬を窺う。
こんなみっともない様子を見せたら、どのみち、アリスンは私というカミに仕えたいとは思わないかもしれないな、と思いながらも、カミサマはアリスンの手を取り言った。
「アリスンよ。
私はお前により目覚めた。
私はお前の思うような、カミでも魔王でもない。
だが、私とこの先も共に居てくれないか?」
「ま、魔王様……」
とアリスンは戸惑いの表情を浮かべる。
こ、これは一体っ。
なんの告白っ!?
魔王様に手を握られ、アリスンは困っていた。
えーと、一緒にいてくれってどういう意味でですかっ?
っていうか、魔王様とこの先、一緒にいないという選択肢は私にはなかったんですがっ。
魔王様が敵を求めて、流浪の旅に出たりしない限りはっ。
そんなことを考えている間も、なにかに怯えるように魔王様は何度も振り返っている。
魔王様が怯えるくらいの、なんかすごい大魔王とか来ているのだろうかっ、とアリスンもそちらを見たが、馬とその馬に乗った人間がすごい勢いでやってきているだけだ。
王家の使いのようなので、実はあれが大魔王でしたとかなさそうだ、と思いながら、つられて焦りながら、アリスンは魔王様の手を握り返して言う。
「わ、私は魔王様と離れるつもりなどございませんがっ」
「私以上のカミが現れてもかっ」
えっ?
私以上のカミッ!?
と思ったが、もうそこまで来ている早馬に焦り、アリスンは言う。
「どんなカミや大魔王様が現れても、私は今、此処にいらっしゃる魔王様といたいです。
私たちのためにお花を咲かせてくれ、ヨモギを乾かしてくれ。
灯りもともしてくれて、お皿まで洗ってくれる。
そんなやさしい魔王様といたいですっ」
「アリスン!」
と魔王様が感激の声を上げたとき、早馬が到着した。
降り立った使者は、みなに一礼すると、王子の前で書状を広げ、王からのお言葉を読み上げた。
「あの森を売り買いしてはならぬ。
何故なら、あの森は――
人々を守り、長き眠りについたカミの眠る杜だから」




