お前が魔王になにか捧げたんじゃないのか
「魔王ともあろうものが何故、皿を洗っているのだ。
お前が魔王になにかを捧げたから、お前の仕事を手伝ってくれているのではないか」
王子がそんなことを言い出した。
「いや、捧げるって、なにをですか」
とアリスンは訊く。
「処女とか」
「……処女を捧げて、皿洗いしてもらうとか。
私の対価、安すぎませんか?」
私、幾らの設定なんですか、元王子の許嫁なのに、とアリスンは文句を言う。
「いや、なんだかんだで魔王なんだろう?
それが皿を洗ってるんだぞ、宿屋の食堂の。
そうだ。
魔王に皿を洗わせるとは何事だっ」
いや、なんであなたが魔王サイドで物を言うのですか。
どんだけ魔王をリスペクト……と思いながら、アリスンは言った。
「いやいや。
温厚で人当たりのいい魔王様なんですよ。
一度、お会いになったらわかりますって」
ささ、こちらに、とアリスンは王子を魔王の許に連れていく。
なんだ、温厚で人当たりのいい魔王って……と思いながら、クリストファー王子はアリスンについて行った。
なるほど、ヴィヤード家の屋敷の後ろに木造で雰囲気のいい建物がふたつできている。
宿屋とその隣が食堂のようだ。
先に立って、食堂の厨房らしき部分に入ろうとしたアリスンを王子は止めた。
「待て。
……ちょっと此処から覗いてみよう」
「え? 何故です?」
とアリスンが振り返る。
いや……と王子は言いよどんだあとで、
「だって、魔王だぞ。
なにかが起こるかもしれないじゃないか」
と言った。
はあ、とアリスンはピンと来ないような顔で相槌を打つ。
「……はあ、なにかが起こるかもしれませんね。
泡が飛んでくるとか、水が飛んでくるとか」
アリスンは自分に付き合い、いっしょに窓から中を覗いてくれた。
長い黒髪に王冠をつけた立派なマントの男が皿を洗っている。
無表情に洗っている。
冷たさすら感じる知的な瞳。
すっと通った鼻筋。
高貴な表情のその男がこちらを見た。
射殺されそうな目つきに、思わずしゃがんで隠れてしまう。
「魔王だ……。
魔王がここにいるっ!」
「だから、そう言ってるじゃありませんか」
とアリスンが自分を見下ろし、言ってくる。
いやっ、あの目つきの何処が温厚で人当たりがいいんだっ、と宿屋の壁に隠れるように座り込んだまま、王子は思っていた。
今、なにかが外から覗いていたような。
まあ、たいした気配も感じなかったし、小物かな、と思いながら、魔王は皿を洗っていた。
「魔王様ー。
その種類の取り皿、三枚ほど急ぎでお願いしますねーっ」
と大量の皿を下げてきた村のおばちゃんに言われ、
「……ああ」
と返事をする。
……何故、こんなことになっているんだ、と律儀に皿を洗いながら、魔王は思っていた。
そうだ。
あの娘があの日訪ねてきて……と魔王 モブは思い出す。