これぞ、魔王なりっ!
宿屋の前庭で、王子とアリスンたちが塩をふったイカを焼き、その横で椅子に腰かけたサイバインがまだ刺繍を続けている頃。
魔王は洞穴で物思いに耽っていた。
王子はイカを獲りに行き、サイバインは刺繍をしている。
私は、なにができるのだろうな。
アリスンと村の者どものために。
って、いや、待て。
そもそも、魔王とは人のためになにかをするイキモノではなかったな、うん……。
そうそう。
私は魔王だ。
誰かのためになにかしなければとか考えなくていいはずだ、と思いながら、魔王は立ち上がった。
昼からの営業がはじまるので、皿を洗いに行かねばならないからだ。
マントをひるがえして行きかけ、
いや、待て、とまた思う。
これこそが、人様のお役に立つことでは。
魔王は迷って玉座に戻り、腰を下ろしてみた。
だが、
『魔王様ー』
『魔王様、ありがとうございますーっ』
という村人たちやアリスンの笑顔が次々浮かんできて落ち着かない。
ええいっ、人に害をなすのではなくて、自分に害をなしているではないかっ、と魔王は立ち上がった。
私は私のために皿を洗いに行く。
みなに感謝されると気持ちよく、楽しい気持ちになるからだっ。
そう、私は私の欲のために皿を洗いに行くのだ。
魔王らしいではないかっ。
最近、樽に皿を入れ、水を湯にして、柔らかい水流を起こし、攪拌する、という方法に洗い方を変えた。
その方が大量に洗えるからだ。
アリスンが、
「すごいじゃないですか、魔王様っ」
と手を打ち、喜んでくれた。
そう、私はアリスンのあの笑顔が見たくて行っているのだっ。
自分の欲望に忠実なだけだっ。
実に魔王らしいっ、とおのれに言い訳しながら、村へと急いだ。
少し出遅れてしまったからだ。
宿屋の前で、アリスンと王子たちが火を起こし、いい匂いのするものを焼いている。
「魔王様~っ」
とこちらに気づいたアリスンが手を振る。
その笑顔を見た魔王は、ホッとした。
よしっ、今日もおのれの欲望を満たすために、頑張って働くぞっ。
魔王は魔王らしくあることにこだわっていた。
そうでなければ。
『魔王』という存在でいなければ……。
自分がなにか別のものになってしまいそうな。
そんな気がしていたからだ――。




