悪なお前のためになにかしてやろう
「よし、元許嫁の王子も認めたことだし。
お前は悪なのだな」
と魔王様はアリスンに向かって言い放った。
「では、悪なお前のために、魔王な私がなにかしてやろう」
いえ、結構です。
悪なお前ではないので、とアリスンは思いはしたが。
魔王様が自分のためになにかしてくれようとしているのは伝わってきた。
「お前のために、イカ焼きを作ってやろう」
「あ、ありがとうございます。
でもどうやって?」
とアリスンが訊くと、魔王様は少し考えるような素振りをしたあとで、
「まず、イカ焼きとはなんだ?」
と訊いてくる。
やはり、そこからか……と思いながらも、アリスンは説明した。
「さっき言ったではないですか。
醤油ダレつけて炙ってあるイカの丸焼きのことですよ」
「イカ……。
イカとはなんだ?」
「こういった感じの海のイキモノです」
とアリスンは高価な羊皮紙に怪しいうねうねしたものを描いてみた。
「これがイカかっ!
なんと面妖な形をしておるのだっ」
「いや、違うだろ……」
とイカを知っているらしい王子が下手なアリスンの絵を見て、口を挟んでくる。
「イカとはこうだっ。
私は他国の港町で食べたことがあるので間違いないっ」
そう言い切りながら、王子はアリスンの絵の横に、ぶつ切りのイカを描いた。
「それ調理後のイカですよね……」
どっちもどっちで魔王様が混乱しているところに、ノアが図書室から大きな書物を抱えてきた。
手書きの図鑑のようだ。
そこに載っているリアルなイカの絵をノアが魔王様に見せる。
「なんとこれがイカかっ。
ぼうっとした形で、手足が、うねうねしているっ。
魔物かっ」
「いや、あなた、魔王ですよね……」
とイカに怯える魔王様を見ながら、アリスンは呟いた。
「ともかく、このぼうっとして、うねうねしたものを白く作ればいいのだな」
本の絵を見ながら頷く魔王様に、アリスンは言う。
「いやあの、イカ自体はこの世界にも居ると思うんですよね。
絵にもありますし。
王子も食べたことがあるようなので。
海沿いの国から仕入れてくればいいんじゃないですかね?」
ただ単に我が国に食べる習慣がないので、みんな見たことがないだけなのだろう。
「なので、王子がイカを仕入れてきてさえくれれば、あとは醤油を作ったりすればいいだけなのですが」
「何故、私がイカを仕入れてくる。
私は行商人かなにかか」
「いや……、なんであなたが直接仕入れに行くんですか。
イカが仕入れられるよう、他国と交渉してください、と言っているのです。
なんのために王子という立場に居るんですか」
とほんとうに直接イカを仕入れに行きそうな王子に思わず言って、
「……少なくとも、お前のために、イカを仕入れるためではないな」
と言われてしまう。
いや、そりゃそうなんですけどね、と思いながらもアリスンは言った。
「でも、新しい美味しい食材が入ってくると、国民も喜びますよ。
それと……イカと言えば、タコですよね」
いや、何故、イカと言えば、タコ? という顔をする人々に向かい、
「イカ焼きもいいですが、タコ焼きも美味しいんですよ。
お祭りの屋台には、どちらも欠かせないものなので、ぜひ、皆様に食べていただきたいです」
と言うアリスンの後ろで、王子と魔王様がさっきの図鑑を見ながら叫んでいた。
「タコとはこんな膨れて、うねうねしているものだったのかっ。
私は四角いのしか見たことないぞっ」
いや、だからそれ、ぶつ切りのやつ……。
「なんという怪しげなイキモノだっ。
これは、イカ以上の魔物に違いないっ。
魔王かっ」
だから、魔王はあなた……と思いながらアリスンがふたりを見ている頃、その人物はすぐ近くまでやって来ていた。




