父、レイモンドの秘密兵器
「お前になにも捧げてもらえなくなったな」
「え?」
まだ住み込みではないので、洞穴に帰ろうとする魔王様を見送りに出ると、魔王様はアリスンにそう言ってきた。
「花がこの土地の力で咲いたのなら、私はお前になにもしてやってない」
「なに言ってるんですか。
魔王様が祈ってくださったから、あんなにいっぱい咲いたんですよ」
とアリスンは微笑む。
魔王様の口の端がちょっとだけ上がった。
これはもしや、笑ってるのかな? とアリスンが思ったとき、
「よし、手を出せ」
と言って、魔王様はまた手のひらに青白い炎をのせてくれた。
「……ありがとうございます」
アリスンはぺこりと頭を下げ、魔王様の視線と魔王様のくれた光に守られ、宿屋に戻った。
振り返り、まだ柵のところにいた魔王様に手を振る。
そんなまったりとした時間を二人が過ごしている頃、アリスンの父、レイモンドはイラッとしていた。
「案の定、帰ってこないではないか、アリスンめ。
こうなったら仕方がない。
最終手段だ」
レイモンドは執事を呼んで命じる。
「奴に伝令しろ。
そろそろ動けと。
そのために、今まで奴をアリスンの側に置いていたのだから」
父の代からヴィヤード家に仕える若い執事は、それ、どうなんですかね~? という表情を隠しもせず。
だが、所作だけは執事らしく、
「わかりました」
と丁寧に頭を下げてみせた。
「おはよう、ノア。
あら、うちの家からの便り?」
朝の光がいっぱいに差し込んだ宿屋のロビーで、アリスンはノアに話しかけた。
ノアはヴィヤード家の紋章の入った封筒を開けているようだった。
「はい。
お嬢ではなく、私になんですが。
……ついにこのときが来たようです」
書面を見ながらそう言うノアに、
「なに、この世の終わりみたいな顔をして」
とアリスンが笑うと、
「ある意味、この世の終わりかもしれませんよ」
と言いながら、ノアはそれを封筒にしまった。
「お嬢」
とアリスンを見つめ、言ってくる。
「私は今、お嬢付きの従者から、お嬢の婚約者候補に昇格しました」
……ん?
なんだって?
父親が私をここから帰らせろとノアに言ってきたんだろうな。
などと呑気なことを思っていたアリスンは、まったく違う言葉を聞いて、一瞬、脳が理解することを拒否した。
「今日から私はお嬢の従者改め、仮の婚約者となりました」
「……何故?」
とアリスンは思わず、訊き返してしまう。
「お嬢がお父上が勧める男性たちとお会いにならないからですよ」
「いや、だからって、なんで、ノア?」
「私、もともと、そのためにお嬢の側にいましたので」
「え?」
「なんせ、王子はあのようなお人なので。
いつなにが起こるかわかったもんじゃなかったじゃないですか。
なにかやらかして廃嫡されるかもしれませんし」
まあ、ある意味、廃嫡より、すごいことやらかしてくれましたけどね、婚約破棄とか……と呟いたあとで、
「なので、私は予備の婚約者候補として、お嬢の側にずっといたわけです。
お嬢って、見知らぬ男に家のために嫁ぐのとか嫌って言いそうな人でしょ?
見知らぬ男ではなく、そこそこ気が合って、ギリギリ家も釣り合う。
そして、三男なので家督を継がなくていい私が、旦那様の最終手段として、お嬢の側にいたわけですよ。
知ってました?
この国では、そこそこ名のある家の令嬢のお付きの従者には、それなりの家の次男や三男しかなれないわけ。
仮に間違いを起こしたとしても、大丈夫なようにですよ」
し、知りませんでした……なにも。
世間知らずでした、私は……、とアリスンは崩れ落ちそうになる。
「さあ、お嬢。
選んでください」
本日のデザート、どれになさいます?
と銀の器に並んだ焼き菓子を見せるときのようにノアは言う。
「王都に戻って、名家の息子たちとの縁談を進めますか?
それとも、私と結婚されますか?」
いや、ノア……。
ノアはそれでいいわけ……?
と思いながら、アリスンは固まっていた。




