魔王の洞穴にやって来ました
ん?
何処かで見たような奴が……とアリスンは気がついた。
ノアがニヤニヤ笑いながら話しているのは、クリストファー王子のような気が……。
そっと覗きに行くと、ふたりの話し声が聞こえてきた。
「王子、こんなところまで、なにしにいらしたんですか?」
「ア、アリスンがいつまでも王都に戻ってこないから……」
そう言う王子を冷ややかに見て、ノアが言う。
「婚約破棄したのに、いつまでお嬢の尻を追いかけまわしてるんですか。
あ、失礼」
「……お前、言いたいだけ言ったあとで、失礼とか言っても意味はないんだぞ」
と揉めている二人に、なにやってんだ、と思いながら、アリスンは声をかけた。
「おやおや、王子様。
こんなところまでなにしにいらっしゃったんですか?」
アリスンの姿を見た王子は、ひっ、と固まる。
「い、いや……お前がどうしているかと思ってな」
「あらあら。
少しは申し訳ないと思ってらっしゃるんですか?
長年、許嫁をしていた私を放り出したりして」
どなたかお好きな方でもできたんですか? とアリスンは訊いたが、王子は、
「いや……」
と言う。
「では、他になにか理由でも?」
と詰め寄ったが、
「い、いや、特にはないが……」
と王子は、もごもごと言う。
特にないのに、私や周りの人を気まずくさせるなよ、とアリスンは思っていた。
「お、お前は今、なにをやっているのだ?」
と視線を合わせず、王子は言ってくる。
「はあ、神社を作ろうかと」
と言って、
「ジンジャとはなんだ?」
と問われてしまった。
そうか。
この人もそこからか、と思いながら、アリスンは神社とカミサマについて、王子に語った。
「ほう。
カミサマとは人の願いを叶えてくれるものなのか。
便利なものだな」
とアリスンの話を聞いた王子は言う。
便利って……。
「ご無礼ですよ、王子」
とアリスンは、たしなめたあとで、
「まあ、せっかくいらしたのですから、中でお茶でも」
と誘ってみた。
村の人たちも、
まあ、クリストファー王子よ、と話したそうに遠巻きに眺めていたからだ。
「いや、お忍びで来たから帰る。
……お前が元気なら、それでよい。
じゃあな、アリスン、ノア」
と言った王子は、村人たちに軽く手を振り、去っていった。
サービス精神が旺盛なのはいいことだが。
……なにしに来たんだ、この人は、と思いながら、アリスンは王子を見送った。
数日した頃、またクリストファー王子がやってきた。
「で、カミサマとやらは見つかったのか」
と訊いてくる。
「はあ、それが探しに行ったんですけどね」
「何処に?」
「まあ、その辺に」
とアリスンは言う。
森の近くに怪しげな洞窟があった。
奥に魔王の玉座のようなものがあり、長髪黒髪の魔王のようなものが腰掛けていた。
「ほう、人間の小娘が迷い込むとは」
いや、迷い込んだんじゃなくて、進んでやってきたんですけどね、と思いながら、アリスンは美々しい魔王っぽいものを見上げた。
「私はこの森を統べる魔王。
美しき娘よ。
汝の願いはなんだ?」
「え?
願いを叶えてくださるのですか?
あなたはもしや、カミサマですか?」
「……カミサマとはなんだ」
「えーと。
人の願いを叶えてくれる偉大な存在のことですかね?
あと祈ることで心を落ち着けてくれるもの。
誰かに願いを語るだけでも、少しスッキリしますしね」
そういえば、願いを言うところまでは、神も悪魔も一緒だな、とアリスンは気がついた。
違うのは、悪魔は、なにかと引き換えでなければ、願いを聞き届けてくれないというところだろうか。
少し興味があったので、アリスンは訊いてみた。
「では、魔王様。
私が願えば、それを聞き届けてくださるのですか?」
魔王様は沈黙した。
「……聞き届ける気ないんですか。
じゃあ、なんで願いごと訊くんですか」
「いや、聞き届けたい気持ちはあるのだが。
どうやったら叶えられるのかわからないのだ」
「あなた、ほんとうに魔王様なんですか。
失礼ですが、お名前は?
私はアリスンと申します」
名前がわかれば、村の人たちにどのような感じの魔王なのか確かめられるだろうと思い、アリスンはそう訊いてみた。
洞穴内に響く、朗々とした声で魔王は言った。
「我が名はモブ」
「モブなんだ……」
「名前がモブだっ」
と美しき魔王様は怒鳴り返してくる。