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おのれ、アリスン!

「いや、暇ではない」


 アリスンに、またやってきたが暇なのかと問われたクリストファー王子はそう主張する。


 そんな王子の後ろで、(とも)の兵士たちが、どうもたびたびすみません……という顔でアリスンたちを見ていた。


「ちょっとついでがあったので、立ち寄ったまでだ。


 自分が捨てた女がどうしているか。


 様子を見もしないほど、情のない男ではないからな、私は」

と王子は言うが。


 捨てられた女って誰……? とアリスンは思っていた。


 新しい生活に夢中で、王子に婚約破棄されたことなどすっかり忘れていたのだ。


 アリスンが今、気がかりなのは、さっさと帰ってきて、何処ぞの名家の息子と結婚しろと父に言われることだけだった。


 そこに、ノアが薪を手に入ってきた。


「はいはい、わかりましたから。

 さっさとお仕事に戻られてくださいよ」

と王子を追い払おうとする。


「あ、でも待ってください、王子」

とアリスンが王子を呼び止めた。


「この国にカミサマがいたって本当なんですか?」


 そう言いながら、アリスンが身を乗り出すと、王子は赤くなって後退しながら言う。


「お、お前にカミサマのことを聞いて、王宮の図書室で調べてみたんだ」


 わざわざ調べてくれたのか。

 昔から、なんだかんだで一番真面目だったからな、とアリスンが思っていると、王子は言う。


「かつてこの世界にも、人が敬い、祈っていたモノはいたらしい。

 お前が言うところのカミサマだ。


 だが、いつしか人はカミサマを(まつ)ることをやめ、カミサマは消えた」


 えっ? とアリスンは声を上げる。


「カミサマを祀らなくなるなんてこと、あるんですか?」


 日本は言ってみれば、多神教の国で、みな、自然のそこここにカミサマが宿っていると信じている。


 ありがたいもの、みな、カミサマ、くらいの勢いで、山でも靴でも、路上にあった石でも、なんでも拝みはじめる日本人の記憶があるアリスンには、ちょっとピンと来ない話だった。


 だが、王子は、

「まあ、そもそも、カミサマに願いをかけるというのもな」

と言い出す。


「願いを叶えるべきは自分自身だろう。

 誰かに願っても意味はない」


 うっ、相変わらず、妙なところで立派な奴め。


「誰かに願って叶わなかったら、そいつを恨むだろう。

 だから、なんでもかんでも、カミサマに願うというのも、申し訳ない話じゃないか」


 ううっ。


「昔、みんながそう思ったから、祀らなくなったんじゃないか? カミサマ」


 そう言う王子に、アリスンは思わず、

「……意外と立派な人ですよね、王子」

と言って、


「意外とってなんだ?」

と言われてしまう。


「ありがとうございます、王子。

 いい情報をくれたお礼に、王子にもお灸をすえてあげますよ」


 そう言いながら、アリスンはゴソゴソと紙袋から、モグサを出してきた。


 それがなにかも知らないはずなのに。


 さすが幼いときから、その身を危険にさらしてきた王子。

 なにかを察したように後ずさる。


 アリスンの手にある白いふわふわの塊を見ながら、王子はアリスンに訊いた。


「そ、それでなにをする気だっ」


 アリスンはそれには答えず、

「すみませんが、火を」

とカマドに薪をくべていた料理長を振り返り言う。


「それでなにをする気だっ!」


「大丈夫です。

 これを王子の肩とかにのっけて、火をつけるだけですよ」


「なにも大丈夫じゃないだろ、それっ。

 っていうか、その場合、大丈夫かどうか決めるのは私だろっ。


 その白い塊を使って私を焼く気かっ。

 やはり、婚約破棄した私を恨んでいるのだなっ」


 そりゃ、普通は恨みますよね~。

 ま、私はスッキリしただけですけどね、と思いながら、アリスンはモグサを手にジリジリ前に出て、王子を追い詰める。


 供の兵士の人たちは、おばちゃんたちに野菜スープをふるまわれ、談笑している。


 こちらで起こっている騒ぎは特に気にしている風にもなかった。


 アリスンに振り回される王子、という光景は、王宮でよく見ていたものだからだろう。


「昨日、なんとなくツボがわかったので、今日はバッチリです。

 モグサ作るの大変なんですけど。


 わざわざ貴重な情報をくださったお礼にお灸すえてあげますよ」

とアリスンは笑顔で言ったが、


「なにが礼だっ。

 身体に火をつけられるとかっ、罰だろうっ」

と王子は逃げ出そうとした。


 だが、ようやくわかったツボを試したくて仕方ないアリスンは王子を追いかけ、その肩をガシッとつかむ。


「王子……、逃しませんよ……」

と言いながら、アリスンは壁ドンする勢いで、王子を追い詰める。


 ノアが、

「なんかお嬢の方が魔王感、増してってませんかね?」

と呟き、魔王が、


「いや、ラスボス感が増してる……」

と呟いていた。


 だが、何故か王子はその魔王感もラスボス感も感じていないらしく、

「ほら、こっち来て横になってくださいっ」

と言うアリスンに手を握られ、真っ赤になって俯いていた。




 数日後、王宮を重臣のひとり、サイバイン卿が歩いていると、王子直属の兵士たちがヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。


「すっかり王子はアリスン様の……


 とりこ」


 実はアリスン様のお灸のとりこ、と言っていたのだが、そこのところはサイバイン卿には聞こえてはいなかった。


 あの娘、婚約破棄されたことを恥じて、田舎に引きこもったと聞いたが。


 そんな遠方からでも王子を操るとはっ。


 アリスン・ヴィヤードめっ。

 やっと王子の側から追い払ったのにっ、とサイバイン卿は拳を作る。


 実は、婚約破棄の原因のひとつがこのサイバイン卿からの王子への進言だった。




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