どうしたんですか、魔王様
翌朝早く、魔王が食堂の厨房に行くと、もうみんな働いていた。
「どうしたんですか、魔王様。
出番はまだですよ」
とアリスンが笑う。
まだ洗う食器はない、という意味なのだろう。
「いや、やたら、お腹が空いてな」
と言うと、
「ははは。
人間でも食べたくなって、山をおりてきたんですかっ」
とアリスンは笑えないことを言って笑っていた。
だが、周りのおばちゃんたちも更に負けていない。
「魔王様。
若い娘の生き血でも啜りたくなったんじゃないですか~?」
だったら大問題だろ……。
「いきのいいおばちゃんたちなら、ここにたくさんいますよ~」
と誰かが言って、みんながどっと笑う。
人間の女ってのは逞しいな、と思いながら、
「いや、人間は食さないし、生き血も啜らない」
と真面目に言って、
なんなら食すんですか、と男たちには青くなられたが、女たちは笑っていた。
いや、ケモノもみだりに食さないぞ……。
彼らの頭の中では、自分は森のおおかみにでもかぶりついているのだろう。
それにしても、逞しいな、女性たち。
中でも、一番儚げなアリスンが一番逞しい気がする。
「きっとそれ、お灸が効いたんですよ。
それで胃腸の調子が良くなったんです」
とアリスンは機嫌良く主張してくるが。
いや、待て。
お前、肩のこりがとれるツボに灸をすえたのではなかったのか、と魔王は思う。
「ああ、そうそう」
とアリスンが手を打った。
「昨夜の研究の結果、ツボがなんとなくわかりまして。
見てください」
とアリスンはせっせと外で薪などを運んでいるノアを指差す。
「すっかり身体が軽くなったらしく、今ではお灸教の信者です」
なんだ。
お灸教って……。
だが、そこで、アリスンはふと不思議そうな顔をした。
「お灸教といえば……。
この世界に神はいないはずなのに。
我々は誰にともなく祈ってるんですよね」
「カミサマならいたぞ」
と声がした。
王子クリストファーが厨房と食堂の間の扉を開け、立っていた。
「王子……。
暇なんですか」
とふたたび現れた彼を見て、呆れたようにアリスンが言った。