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王子め、婚約破棄とは生意気な……

 

「アリスン・ヴィヤード、お前との婚約を破棄する!」


 クリストファー王子はそう高らかに宣言したあとで、言ってきた。


「……破棄してくれ、頼む」


 なんだろう。

 ビクつきながら、婚約破棄してきたんだが……、とアリスンは困ったように幼なじみである王子を見た。


 幾つものクリスタル・シャンデリアの灯りに照らし出された舞踏室。


 ちょうど曲が終わり、みなが笑いさざめきながら、お菓子でもつまもうかとしていたとき、苦い顔をしたクリストファーが足早に近づき、そう言ってきたのだ。


 私、なにかやりすぎたでしょうかね……?

とアリスンは思っていた。


 一応、第一王子の許嫁として、恥ずかしくないよう教養なども身につけ、きちんと過ごしてきたつもりなのだが。


 だが、そう思いながらも、妙にスッキリしている自分がいた。


 目の前が急にパアッと開けたような。


 そうか、とアリスンは思う。


 生まれ落ちたその瞬間に王子妃になると定められていた。


 ずっとそのレールの上を歩いていかねばと思っていたのに。


 いきなり、そのレールを外されて――。


 これから先は、なんにも決まっていない人生。


 公爵家の令嬢として、順風満帆に生きてきて、いきなり荒波の中に手漕ぎボートで放り出された感じではあるが。


 でも、これからは、今までみたいに王子の許嫁という枠に縛られることはない。


 なにをするのも自由なんだっ。


 そう思った瞬間、アリスンは思い出していた。


 今とはまったく違う世界で過ごしていた前世の自分のことを――。




「その瞬間、目の前が開けた気がしたんですのよ、お父様」


 翌朝、城での舞踏会に出席していなかった父、レイモンドの部屋にアリスンは呼びつけられていた。


「いいから、クリストファー様に謝ってこい。

 ちゃんと婚約破棄の理由も訊いて。


 私が訊いても、当人たちの問題だからと、教えてもらえないのだ」


 婚約破棄してきたときのクリストファーと同じくらい渋い顔で、レイモンドはそう言ってくるが、アリスンは聞いていなかった。


「私、もう王子の婚約者ではないんです。

 これからはなにをしてもいいんですわっ」


「いいわけないだろう~っ。

 王子の婚約者でなくなっても、お前はこの歴史あるヴィヤード家の娘だぞっ。


 いいから、クリストファー様に謝ってこいっ」


「そうですわね~。

 とりあえず、田舎に行ってゆっくりしたいですわ!」


「いいいから、クリストファー様に……」


 王子に謝れと繰り返す父に、アリスンは、ちょっとふくれて訊き返した。


「お父様。

 何故、私の方が悪いと決めつけますの?」


「……お前たちの力関係、明らかにお前の方が上だからだ」


「仕方ないですわ。

 昔から、そうなんですもの。


 ともかく、私、田舎に行って、隠居とかしたいですわ。

 今まで頑張りましたもの、王子の許嫁として」


莫迦(ばか)者。

 隠居というのは、なにかを成しとげたものに対してのご褒美だ。


 許嫁として半端に終わったお前はなにも成しとげてはおらぬわっ。


 クリストファー様に謝るのが嫌なら、さっさと何処かいい家にでも嫁げ。

 今なら王子の許嫁だったということで、(はく)がついているしな」


「どちらかと言えば、ミソがついたのではないですかね?

 王子は私をいらないと言ったのですから」


 苦笑いしながら、アリスンは思わず、前世で使っていた慣用句を使ってしまう。


「ミソとはなんだ?」

と案の定、レイモンドに訊き返される。


 お父様、ミソとは、穀物を発酵させて作る調味料のことですわ。


 でも、お父様が前世であの世界にいたのでない限り、言ってもわからないですけどね……、とアリスンは思っていた。




 米とか、しょうゆとか食べたいなあ……。


 そんなことを思いながら、アリスンは馬車に揺られていた。


 まあ、この世界に生まれて十六年。


 洋食に口が慣れているので、そこまでではない。


 だが、前世の記憶を思い出してからは、時折、ほかほかの白いご飯とおみそ汁とか。


 おしょうゆをたっぷりつけたノリとか。


 明太子の入ったおむすびとかが食べたくなっていた。


 まあ、前世は前世。

 今は今ですわ。


 今更、前世に固執するつもりなんてありませんけど……。


 そう思ってはいたのだが、父親にねだって訪れた郊外の別荘。


 馬車の中から濃い緑に包まれた森を見ているうちに、やはり懐かしくなってきた。


 前世で過ごしていた、あの神社と山が。


 そう、アリスンはかつて、日本の神社で巫女をやっていたのだ。


 あの頃は心静かだったなあ。


 そう思ったアリスンは、

「そうだ、神社を作ろうっ」

と思い立った。


「それにはカミサマを探さねばっ」




「いや~、それ、なんか逆なんじゃないですかね? お嬢」


 神社を作るためにカミサマを探していると言うと、従者のノアにそう言われた。


 ノアは今回の旅のお目付役だ。


 昔は、ノア、クリストファー、アリスンと三人でよく遊んだものだ。


 この国では、王家や公爵家の令嬢の従者には平民はなれない。


 なので、ノアもそこそこの貴族の出だった。


 美しい白い肌に銀の髪。


 同じく白い肌に金の髪の王子とともにいる姿は、対のようで美しい、とみなに褒めそやされてきた。


 いや、私の立場は……とちょっと突っ込みたくなるところだが。


 ここに神社を作ろうと思い立ったアリスンは、まず、ノアにその話をしたのだ。


 だが、ノアは、

「カミサマってなんですか?」

と訊いてきた。


 そうか。

 まず、そこからか~っ、とアリスンは頭を抱える。


 この国にはカミサマというものがいないのだ。


 日本のカミサマがいないという意味ではない。


 全般的にいない。


 まず、カミサマとはなにか、から話し、神社とはカミサマをお(まつ)りするところだ、と教えると、ノアは、


「いや~、それ、なんか逆なんじゃないですかね? お嬢。

 神社作るためにカミサマ探すとか」

と言って笑った。


「はは。

 でもまあ、お嬢は王子の婚約者、クビになっちゃいましたもんね。

 他にやることもないんだから、好きにするといいですよ。


 王宮辺りをウロウロしてても、同情の目で見られるばっかりですもんねっ」

と笑顔だ。


 ……そうなのだ。


 王子の婚約者をクビになるというのは、就職の内定が取り消された感じなのだが。


 一応、公爵令嬢なので、食うに困るわけではない。


 だが、人々の、

『まあ、アリスン様よ。

 なんの落ち度もないのに、婚約破棄されたんですって』


『お可哀想に』


『なんて声をおかけしたらいいのかしら?』

という同情に満ち満ちた視線には、ちょっと困っていた。


「全然、気にしていませんのよ。

 お気遣い無用ですわ」

とか言うと、より痛々しいらしいしな……。


 王子妃候補がクビになるという事件より、さらにショッキングなことが起こって、人々の興味がそちらに移るまで、王都には帰るまい。


 そうアリスンは決意していた。



 やれやれ、また、なんかわけわかんないこと言い出したな~と思いながら、ノアは幼なじみにして、ご主人様なアリスンを眺めていた。


 整った小さな顔に白い肌。

 艶のいい長い黒髪。


 すらりとして美しいアリスン。


 高貴な身分でありながら、人懐っこく、愛らしい。


 誰からも愛されるアリスン。


 だが――。


「俺は絶対、近いうちに婚約破棄されると思っていたよ、アリスン……」


 別荘の庭で村の人々と笑って話しているアリスンを見ながらノアは、ぼそりとそう呟いた。


 だがそのとき、ノアは気がついた。


 (みやこ)の屋敷にあるのよりは小規模だが、手入れの行き届いた庭園の巨木の陰にひそむ人影に。


 ノアはさりげなく、そちらに移動すると、アリスンに気をとられていて、うっかり逃げそびれたらしいその人影に向かい、呼びかけた。


「おやおや~。

 クリストファー王子ではありませんか」


 王子はぎくりとした顔でこちらを見る。


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