第四話。回収するもらい物と、律儀なシーオン。
「これか」
「これですね」
魔王城を歩き回った俺達は、今一つの宝箱を開けたところである。
入っていたのは一本の小瓶。中身は琥珀色の液体。
なんかこう、ちょっととろみがある。
これ以外にもいくつか宝箱はあったんだけど、
ここまでに魔王が言ったような、今の俺達に必要な品はなかった。
そんな品々は、疲労感から取り出すのが億劫で、
開けた箱を閉めている。
小瓶を取り出すと、シーオンは意識を集中し始めた。
「この濃い魔力。エルフのエールですね。
おばあさまが作ってるのを見たことがあります」
魔法は打ち止めだ、って言ってたシーオンだけど、
なにかの魔力を感知する程度は、問題なくやれるらしい。
「エール。酒か?」
「はい。お酒に魔力を時間をかけて溶かしこむんです。
だから、これを飲むと魔力が体の中を巡って、
失った魔力を回復することができるんです」
「俺、そんなの見たことないな」
「作るのに時間がかかるので、けっこうな値打ち物なんだそうですよ。
だから、町や村にあるお店には、めったに出回らないそうです」
「なるほど。シーオン、飲んでいいぜ」
「いいんですか?」
驚いた表情で、それでも声はかわらないって言う器用な聞き方だ。
「俺、酒が駄目でさ。ただ、ちょっとは残しといてくれ。
ここに来るまでメガハヤ何回か使ったし、
癒しの鎧の力も使いたいしさ」
「いやです」
無慈悲な即答に、「な? なんでだよ?」とどもってしまった。
「あなたと。下着泥棒と間接キスなんて、お断りです」
なんで、ちょっと顔が赤いんだ? 間接キスって言うのが恥ずかしかったか?
「なるほどな。でも、問題ねえだろ」
「なんでですか」
なんでか睨まれた上に、二 三歩後ずさられた。
「警戒すんなって。簡単な話だぞ」
「なにがですか」
ちょっと睨みがきつくなったんだが、なにが不満なんだよこいつは?
「お前が口付けてねえ方から飲めばいいだけのこと
だろが。なーにを勘違いしてんだか」
「……あ。そうですね、そうですよね。あ、あはは。アハハハハ」
なんか苦笑いしている。気付かないもんかね?
「わ。わかりました。じ……じゃあ」
俯いてから、小瓶の蓋を回して開けるシーオン。
キュッキュッキュ、キュポッ。そんな音を立てて、小瓶の蓋が開いて、
ただの酒とは、たしかに違う香りが、俺の鼻を通って行った。
「ふぅ」
二度喉を鳴らした程度で、小瓶の中身は殆ど空になった。
シーオンの飲みっぷりが激しいわけじゃない。単純に中身が少ないだけだ。
「はい。どうぞ」
顔どころか、うっすらと体全体が赤いシーオンが、
小瓶を差し出して来た。
「ぜっっっったいに。瓶を回さないでくださいね。ぜっったいにですよ」
「お、おお。わかった」
迫力に気おされて、またどもってしまった。なにはともあれ小瓶を受け取る。
この口の小ささだと、口付ける場所関係なく唇当たるなこりゃ。
……しかたねえ。飲み方変えるか。
おもむろに上を向く。そして、大口を開ける。
「え? あの、なにして?」
そこに小瓶をもってって、逆さまにして口の中に流し込んだ。
「……あれ? 酒なのに、甘味がある? うまい。飲める味だ」
言葉の後、シーオンに小瓶を差し出す。
酒を飲んだ時と同じように、体の中を熱が走って行く。
だけど飲んだ量の関係か、足元がふらついていない。
「今の飲み方で、満足か?」
「え、あ、あの、はい」
小瓶を受け取ると、蓋を閉めるシーオン。
「疲労感がかなり軽減されたな。動いてないのにこれってことは、
魔力がけっこう戻ってるってことか」
「わたしは充分に回復しました。いきましょう」
「そうだな」
そうして、俺達は魔王の城を後にした。
「夕方か。たしか、モウムリダールへの洞窟に入る前、
まだ空は青かったな。でも、夕方にしてはちょっと寒い気がする」
「よく見てください下着泥棒さん。太陽の位置を」
あれ、呼び捨てじゃなくなった?
「……な? 夜明けなのか??」
そうなのである。
俺が想定してたのとは逆、正面に太陽。
すなわち夜明けなのだ。
「一晩中、俺達は魔王と殴り合ってたのか」
「そうなりますね。で、下着泥棒さん、どうするんですか?」
「なにをだ?」
「魔王さんのことです。わたしたちは、彼を倒したのではなく、
封印したのでもなく。言うなれば、和解した形になります」
「そうだな」
「それを、どう説明するんですか、ハジマリーダ王様に」
「そのまんま言うしかないだろ」
「喜ばれると、いいんですけどね」
「そう……だな」
俺達と魔王の和解をもって、世界の脅威がなくなったと
思ってもらえるかは怪しい。
とはいえ魔王を倒したと言ったところで、
対岸にある魔王の城に確認に行かれたら嘘がバレるから、
ほんとのことを言う以外にないのである。
ハジマリーダ王室、船持ってるからな。
あ、そうだ。魔王が攻め込まなかったのはどうしてなのか、
聞きゃよかったな。戻るのかっこつかないからやらないけど。
「っと、岸辺についたな」
「そうですね。やっぱり、メガハヤで水の上を走るんですか?」
「そのつもりだぞ」
「運んであげても、いいんですよ?」
「ありがたいけど、体力回復を取らせてもらうぜ」
「そうですか。わかりました」
言うと、シーオンは杖をめいっぱい腕を伸ばして上に持って行くと、
石附を持つと、自ら飛ぶついでに、杖を前に倒して
その杖にまたがった。
「お先にモウムリダール側に行ってますね」
そのまま空中を直進して行く。
「すぐおいつくけどな」
軽く屈伸運動してから一つ深呼吸をして、
「メガハヤ!」
速度上昇魔法を自らにかける。そして。
「うおおおおりゃああああ!!」
モウムリダール側へと、水の上を全力で走って向かった。
「さて。始めましょうか」
モウムリダール側についたとたん、シーオンが上空から
そんな言葉をかけて来た。俺と向き合う位置で。
「ほんとに、やる気か?」
「ええ、勿論です」
「律儀な奴だな」
「戦えませんか。魔王さんを相手に共に戦ったわたしとは」
「体力に自信がない、って自分で言うような奴相手に戦いたくねえだけだ。
こっちは体力無尽蔵だからな」
「みくびらないでください、コールビューン!」
冷たい風が吹き付けて来た。風邪引きそうな冷たさだ。
「くっ、体が冷えて動きが鈍ってやがる。一瞬でこれか、なんて威力だ」
「メガハヤ!」
「なにっ?」
予想外。でも、いったいメガハヤ自分にかけてなにする……まさか?!
「落ちなさい!」
その言葉の直後。
シーオンが、降って来た。
ーーが!
こっちもメガハヤの効果が続いてるんだ。反応できるんだよ!
「あまい!」
体を沈み込ませて、立ち上がる勢いで右の拳をひねりながら突きあげる。
メガハヤの影響で勢いが付きすぎて、回転した上に飛びあがってしまった。
が、これが逆にちょうどいい塩梅で、拳がぴったり
シーオンの腹に命中した。小気味いい拳の感触。
「っ!」
目が飛び出るんじゃないかってぐらい見開かれた状態で、シーオンは吹っ飛んで行った。
「やっべぇ……生きてっかなぁ」
吹っ飛んだ方向に走って向かう。
「死んでんじゃねえぞ、シーオン!」
こんなどうでもいいことで、女の子一人殺したなんて、
バカらしすぎて生きて行けなくなる。
しかもそれが前勇者一行の一人、アーラストリアの孫だ。
申し訳なくて自害する勢いだぜ。
ほどなく、エルフの少女は倒れてた。
「う。ぐ」
「よかった、生きてたか」
早歩きで彼女の横に行って、俺はまた、シーオンの腹に手を当てる。
「メチャナオス」
中級回復魔法。最上級のテラナオスは、意識の集中が必要だ。
これでも焦ってる今の俺では、テラナオスを使うには時間がかかる。
とはいえキズナオスでは心情的に等級が足りない。結果がメチャナオスの使用だ。
シーオンを青白い光が包む。それが消えると、
半笑いのような表情のシーオンが出て来た。
俺は、シーオンの腹から手をどける。
「やられました。まさか、メガハヤでの突撃を打ち返すなんて、
予想もしてませんでしたよ。あれで水に落として反省してください、
それがわたしの予定だったんですよね」
「俺が水を渡るのにメガハヤ使うこと、わかってただろ?」
「ええ。でも、この反撃は、想定できませんでした。
完敗です。気力がいっきに持っていかれました」
「そっか。これ以上暴れられてもこっちも困るし、よかったぜ」
俺が立ち上がると、続いてシーオンも立つ。
「いくか」
かかわった町や村に、魔王が大人しくなったことを伝えに行く必要がある。
各地の長は魔力の感知に優れてて、
魔王の封印が解けたことを察知していた。
バランスブレイカーと癒しの鎧のことも知ってたから、
他の人達とは態度がいい意味で違ってたんだ。
だから、状況を伝えて歩くことにする。
「そうですね。運んでいきますよ、歩いて行くとめんどうじゃないですか」
どうやらシーオン、俺のやろうとしてることを察してるらしい。
「まあな。毒の沼地を全力疾走で渡り切らなきゃいけなくなるし」
すっきりした顔しやがって。
「なんですか、嬉しそうな顔して?」
「ん、なんでもねえよ」
ぶっきら棒に返すと、シーオンは微笑を返してきた。
「じゃあ、わたしが飛んだら、杖の後ろに飛び乗ってください」
「折れないか?」
「大丈夫ですよ」
軽く答えると、シーオンはさっきと同じように飛行の体勢になった。
「いくぞ」
「どうぞ」
「よし。よっ」
地面を蹴って、シーオンの杖の後ろに飛び、
シーオンに後ろから抱き着く。
「えっ? ちょっと? なんですかっ??」
「なに声上ずらせてんだ? 俺をふるい落とすつもりかよ?」
「え? あ、ああ。そ、そういうことですか。あはは」
また乾いた笑いしてやがる。なんだ、さっきから?
「じゃ、行きますよ!」
言うと、杖が空中を直進。けっこうな速度だ。
「けっこう早いんだな」
「ええ。なかなかでしょう?」
自慢げな声しやがって、まったく。かわいい奴だな。
「そうだな。メガハヤで走ってるぐらいの速度か」
「そこまでじゃないと思いますけどね。二人乗りって初めてなので、
毒の沼地超えた辺りまででいいですか?」
「かまわないぜ」
「よかった。緊張しちゃって」
「なるほどな」
こんなたわいのないやりとりをしながら、俺達はしばし飛んだ。