第三話。決着と、魔王の変化。
「はぁっ!」
深く踏み込み、俺は左の拳を魔王の鎧に叩き込む。
「流石にいてぇなぁ、テラバーナの余熱でちょっとあちいし」
「貴様、なぜ拳を繰る。我が傑作を飾りにするか」
「そう怖い顔すんなって。この剣はとっておきなんだ」
打つは体、受けるは剣。今の俺の戦い方だ。
「戯言を!」
魔王、怒りでちょっと振りが雑になったな。受ける分には、力入ってるようで重みがましたけどっ。
「モエテーラ! モエテーラ! モエテーラ!」
後ろからシーオンの魔法連打。中級火魔法も連発できんのか、こいつは。
「うっとおしい!」
「モエロ!」
俺は後ろに飛びのきながら、魔力収束量の少ない奴を打つ。
「テラバーナすら無意味の我に、それ以下の魔法をいくら打とうが
意味はない。ここに至れる貴様らならば、わからぬはずはあるまい」
「俺には意味がある。バランスブレイカーに
あんだけ魔力を注ぎ込んだんだ。無駄うちなんてするもんかよ」
「ほう?」
こいつ、シーオンのモエテーラ連打を受けて平然としてやがるんだよな。
たしかに、こいつ事態にダメージを与えるのは無理だろう。
けど俺の狙いは、こいつの肉体じゃないからな。
***
「オラーッ!」
どれぐらいやりあってるだろう。メガハヤも使って、数えきれない数の打撃を放ち、
癒しの鎧の効果が維持できる範囲ギリギリと感じる程度まで、モエロを打ち続けた。
途中から、シーオンが俺のモエロの意味を察したか、
範囲を絞って魔法を放っていた。
「なに? 鎧が変形している?」
そう。今の左拳の一撃で、ついに魔王の漆黒の鎧のその胸の中心部分、
ハートを突きさす剣の紋章、それが派手にへこんだ。かなり柔らかくなったようだな。
「貴様ら。火魔法を放ち続けた狙いは、これか!?」
「その通りです。後は任せました下着泥棒!」
「この状況で呼び方戻すんじゃねえ! 後これは俺の一人作戦だ。
お前は俺に合わせただけで、お前の功績じゃねえぞ!」
「ハーラストリアート、ブリザバーナ!」
人の功績をかっぱらうのが好きな奴だな、ほんとにっ。
後、都合の悪い時だけ人の話を聞かねえ!
「これで。打ち止めですっ! 喰らいなさい!」
厚みが増したように見える、さっきのと同じような輝く火の槍。
魔王曰く、氷と火を合わせてるらしいそれを、
目の前の男の鎧の、俺が殴りへこませた部分へと飛ばした。
完璧に狙いを定めて飛ばす。その魔力操作技術、すげーと思う。
「ぐっ」
鎧に突き刺さった魔力の槍。
命中するまでが限界だったのか、僅かな時間刺さったら槍は砕け散った。
後ろで、ドサって言う音が聞こえた。
シーオンがどうなってるのかはわからない、けどうめき声が聞こえた。無事だろう。
そして、それさえわかれば充分だ。
「これで」
剣を両手で持つ。そして、右わきまで下げる。
「終わってくれええっ!」
全体重をかけ、全てを叩きつける気持ちで、
火の槍と同じ位置に突きを放った。
「しまっ!」
なにがそうさせたのか。魔王は俺が踏み込むまで呆然としていたらしい。
刃がまさに胸を突きさすその時まで、なにもしていなかったのだ。
「がっ! はっ?!」
魔王が困惑するのも無理はない。
刃は、たしかに魔王の胸を。心臓を捉えた。
だが、血が流れることはない。魔王の身体を白い光がめぐったからだ。
どうやら、うまくキズナオスが作用してくれたようだ。
「な。なん、だ。これは。この感覚は?
たしかに、胸を刺されている。だが、痛みはない。
それどころか、すっきりとして行くようだ。
貴様、なにをした。あのキズナオスに、なにを託した?」
「うまく行ったか」
疲労感が押し寄せてきた。そのせいで、笑うつもりもないのに、
ヘラヘラとした笑みが張り付いちまってる。
「どうやら。癒しの鎧の力が、引き出せないぐらい
魔力がすっからかんになっちまったらしい」
「答えろ人間。あのキズナオスは、なにを狙ったものだったのだ」
「バカな話だ。俺はあんたの話を聞いて、
こいつは倒す必要はないんじゃないか。そう思った」
「なに?」
「素直に恐怖の権化として、俺達の前に立ちはだかってくれてれば、
こんなことは考えなかったんだけどな。
で、俺は考えた。
このバランスブレイカーが魔法を扱うって言うなら、
もしかしたら、あんたの心を癒せるんじゃないか。ってな」
「なんだと?」
「だから、俺はひたすら鎧の紋章を打った。
こいつをあんたの胸に届かせるためにな」
「そう、だったん、ですね」
後ろから声がした。
「やっぱ。無事だったか」
「言ったじゃ、ないです、か。魔王さんを、倒したら、
次は、あなただ。って」
「まじめだなぁ、まったく」
悪態をついた。が、俺は、意識せず笑みを浮かべている。
「我の心を癒す。それが。キズナオスに託した思いか」
「ああ。バカな話だろ? 魔王に同情しちまったんだぜ、俺は」
今度は俺が、自嘲に笑う。
「クックック」
突然笑い始めたかと思うと、魔王は胸に刺さった剣を引き抜いた。
やっぱり血は出ない。
「フハハハハハハ! 面白い。面白い人間だな、貴様。
たしかに我の心にこれまであった、幾年月よどんでいた重みは消えた」
「そうか」
安堵の笑みが漏れた。
「だが人間。我のよどみがなくなったこれから。我はどうすればいい」
「なに?」
「殺されるべくし生まれた魔王。だが、殺されなかった今。
封じられもせず殺されもしていない。人間に見える形で
こうして存在する我は、どうあろうがいずれまた、
輪廻のように刃を向けられる。なにもかわらんのだ」
「なら。動けばいい」
「なに?」
「力じゃない。心で動くんだ。
俺は危険じゃないんだぜ。そういう意図で動けば、
人間ってのは案外、見方を変えてくれるもんだぜ」
「心で、動く……」
かみしめるように、俺の言葉を繰り返す魔王。
「たとえば凶暴なモンスターが暴れてたとしたら、
お前がそいつを大人しくさせるとか、そういう感じでさ。
人間の困り事や脅威を取り払うように動くんだよ」
「簡単に言うものだな」
「お前さんが、各地でモンスターを地域守護担当させてたのはなんでだ?
それを人間の規模に落とし込めばいいだけのことだろ?」
「壊れているのか、貴様。別種族の感覚など、簡単に理解できるものか」
「他人のために命を張るなんて連中は、どっかしら壊れてるんだろうな」
俺の言い分に、魔王はふっと穏やかに笑う。
「だが、そうか。貴様の話、考える余地はありそうだな。
ただ刃を待ち続けそれに殺されたがる、受動的な自殺よりはよほどましだ」
「そうかい。ご検討感謝するぜ。いくぞ、火魔法乱射女」
そう言って背中を向けようとしたら、まてと魔王に止められた。
「なんだ?」
「これは。今は貴様のものだ」
バランスブレイカーを差し出して来て言う。
「そうか。なら、返してもらうぜ」
魔王曰くの傑作を受け取って、俺は鞘に納めた。
「人間、そしてハーラストリアの孫よ。
この城の宝箱の中身を持っていくがよい。
今の貴様らには必要な物だ」
「慈悲深い魔王だな。なら、ありがたくいただいていくぜ。
立てるか? 魔王城の物色するぞ」
肩を貸してやるべく、軽く体勢を低くする。
「本人を、目の前に、よくそんなこと、言えますね」
「公認だからな」
シーオンの重みを感じつつそう返す。
「ありがとうなんて、言いませんからね」
立ち上がったシーオンは、杖を拾い上げながら、そんなことを言って来た。
「はいはい。お前の中じゃ、あくまで俺は下着泥棒ですからね」
そう言いながら、俺達は魔王の前を後にした。
「まったく。魔力が枯渇してるってのに元気だなお前は」
「人の事言えますか」
「口の減らない奴め」
「どっちがですか」
今さっきまで激戦を繰り広げ、
そのせいで魔力が枯渇してるとは思えない調子で話しながら、
俺達は、魔王との戦いを終えてから、魔王の城を見て回ると言う、
おかしな順路を辿ることになった。