第二話。勇者の剣の正体と、膠着する戦況。
「おい、どうなってんだ! テラバーナって、発動までに少しぐらいは溜めがいるだろ!
なんでこいつ、休みなく連発してくんだっ!」
魔王は俺の言葉通り、火属性最上級魔法のテラバーナを、
なんてことない、下級魔法であるかの如く連発して来て、
とても攻撃しにいける隙がない。
「流石は魔王さん。魔法発動に必要な、
精神を集中させる隙間を与えてくれませんね。
よけるので手一杯ですっ」
「冷静か慌てるかどっちかにしろっ!」
状況はこの通り。俺も火魔法乱射女シーオンも手が出せない。
「なんか、どんどん城が壊れてってないか?」
「たしかに、少しずつ飛べる範囲が広がってるような?」
「と言うか、お前はいい加減地上に降りたらどうだ?」
「お断りします。わたし、魔力はあっても体力がないので」
「そんだけずっと飛び続けといてよく言うぜっ」
「我の攻撃を躱し続けながら軽口を叩き合えるとは、ずいぶんと余裕だな」
「テラバーナしか打ってこないからだろ」
「そうだな。そろそろよかろう」
「なんだって?」
俺の呟きに、魔王は不敵に笑う。
「貴様らは、我の放っているこれがテラバーナだと思っているようだが。
はたしてそうかな?」
「なに?」
「知るがいい。我が魔王と呼ばれる所以を」
「下着泥棒っ!」
凄まじい早さで収束する魔力を見た。同時に俺の体が引っ張り上げられた。
「逃れ切れると思ったか! ガイアスト!」
「なっ?!」
「魔力で、火の竜を!? きゃあっ!」
「おわーっ!」
竜を象った火の魔力が激突し、俺達は吹っ飛ばされた。
「っが」
「がはっ!」
俺は、火魔法乱射少女の上に重なる形で、背中から着地した。
「熱っ! なんだ?!」
二人の間から煙が出るほどの熱が、火魔法乱射少女から発されている。
「ど。どき、な、さい」
「俺だって、どける、もんなら、どいてる。少し、待て」
鎧のおかげか、狙いが俺じゃなかったのか。下敷きの少女に比べて怪我が軽いようだ。
「水の、音。一撃で、島の、外周まで」
息も絶え絶え、そんな少女、シーオンの様子だ。
息が細い。まずい、直撃したのは、やっぱシーオンだったか。
「っなもぉっ!」
体を反転しつつ転がり、シーオンの上からどく。
そのまま、俺は右にいる少女の腹に右手を置く。
「な、に。する、つもり、ですか」
「だまってろ」
言い捨てると、俺は右手に魔力を集約し、右手が白く光った直後
魔法を唱えた。
「テラナオス」
俺の右手から白い光がシーオンの中に飛び込むと、
彼女の中からその光が身体全体へとめぐり、
僅かの間、彼女を白い光で包んだ。
「……最上級の回復魔法を、こんな早さで?」
表情が楽になったかと思ったら、そんな感想を述べた。
「だから、いやなんだよ。二人以上で旅ってのはな」
一つ溜息の後、俺はシーオンから顔を背けて言った。
「あなた。まさか?」
「ガキのころに、ちょっとな。ほら、立てよ。もう動けるだろ?」
俺の言葉に頷くと、シーオンはゆっくりと立ち上がる。
「こうやって、行く先々で女性の心を勇者行為してるんですか。
すけこまし」
「減らず口が叩けるなら問題ないな。シーオン。マガエス、使えるか?」
「え、あ、あの。はい、その程度なら」
なんか、急にたどたどしくなったな。どうしたんだ?
「よし。奴の魔法は任せた。俺は剣で勝負する」
「本当に。倒すつもり、なんですね」
「それが俺を勇者として送り出した、
ハジマリーダの王の望みだからな」
「そうですか。わかりました。あなたを倒すのはわたしです、
死なれても困りますから、ここからは本気でやりましょう」
「よく言うぜ。いくぞ。どうやら魔王、待ち構えてるらしい。
マガエス、かけておいてくれ。不意打ちされても、跳ね返せるようにな」
「はい」
「急にしおらしいじゃないか。変な奴だぜ」
「他人を変人呼ばわり、どの口が言うんですか」
悪態をつきながらも、シーオンが二人共に、
魔法反射の魔法マガエスをかけたのを確認して、
今度は流れ込むようにではなく、挑む者としてゆっくりと、
俺達は魔王城へと向かった。
「アースバス!」
魔王城の崩れた広間に入ったとたん、そんな声と共に魔法が飛んで来た。
火魔法だ。こいつは俺と同じく、火魔法が得意なのかもしれない。
いや、俺もシーオンもか。え? ここにいるの全員火魔法得意なのか?
迫りくる圧力を伴う火魔力。しかし、俺達はまったく慌てていない。
魔法が命中したのと同時に、一瞬まばゆい光が俺達の目をくらました。
直後、魔王の「バカな!」と言う声。
「魔法を、跳ね返した、だと」
魔王の漆黒の鎧は、灰色の煙を上げている。
彼自身は、言葉の通りに驚愕の表情だ。
「100年あなたが眠っている間に、魔法は進化しているんですよ」
「お前の功績じゃないだろ、なんだその勝ち誇った顔」
なにか目くばせして来るシーオン。なにかはわからんけど、
こっからは俺の出番だろう。
「魔法が反射されるのならば」
「ああ。こっからは」
「剣の勝負!」「剣の勝負だ!」
俺と魔王は同時に踏み込み、同時に剣を抜き、同時に振るい打ちあった。
「重い。これが、魔王の力か」
「流石バランスブレイカー。見事な物だ。はぁっ!」
「ぐあっ?!」
「メシアンドゥーさんっ!」
「いってて。癒しの鎧のおかげだな。
で? 下着泥棒じゃなくなったのか呼び方」
「う、うるさいですっ」
シーオン、なんか顔がうっすら赤いな? 指摘されて恥ずかしくなったのか?
「ハーラストリアート、コールモエロ!」
シーオンがなにやら言うと、彼女の前に赤く輝く槍が現れた。
それが魔王に向けて飛ぶ。一切槍に振れてないのを見るに、魔力の槍か。
「ぬん!」
「そんな。剣で魔力を切り裂くなんて?!」
「氷と火を合わせて放つことで、火を刃に似せるとは。
ハーラストリアめ、面白いことを考えたものだ。
だが、奴ならともかく小娘。貴様では練度が足りん!」
「魔力の収束っ!」
なぜか驚くシーオン。マガエス張ってるのに、なんで驚いてるんだ?
「モエロ!」
「くっっ!」
テラバーナを収束した火の玉、にしか見えないモエロ。
それを必死に上昇してよけたシーオン。
「なんだ? なんでよける?」
「よそ見している場合ではないぞ!」
「ぐっ!」
シーオンの動きになど興味がないと言わんばかり、
俺に剣を振って来た。なんとか受けたけど、やっぱり重い。
「そらそら!」
「くっ、気付かれてるっ!」
左手で火球を放ちつつ、俺とも切り合う。
「化け物が」
「その王だ」
「なんっ、とかっ、よけられるっ、けどっ。
なんっ、にもっ、できませんっ」
「こいつ、いったい目玉が何個ついてんだ!」
切り合いながらシーオンを牽制する。それを休むことなく、
凄まじい制度で続けている魔王。
「つまらん。久しぶりに戦えたと言うのに」
ほんとにつまんなそうだ。
「それに貴様。その剣の力の引き出し方、知らんと見える」
「力? 切れ味と強度が、このバランスブレイカーの特徴じゃないのか?」
俺も俺で、切り合いながら言葉を返せてるから、充分に化け物かもな。
「ただ丈夫な業物であるのなら、バランスブレイカーなどと言う
不相応な名になどせん」
「なるほど。たしかに」
けど、どういうことだ。なんで、まるでこいつが作ったような口ぶりで話す?
「教えてやる、その剣がなんであるのか。どう使えばいいのか」
この口ぶり。俺の予想が、当たってるのか?
「どういうつもりだ? わざわざ戦力の増加をさせるなんて」
「このままではいつまでたっても動きがない。戦いながら暇になる。
わかろう、それがいかなる虚無であるのか。虚無なる時は、
封印された間だけで、もう充分だ」
「そうかいっ!」
聞き流しつつ切り合いを続ける。
癒しの鎧の力で、地に足をつけて動けば、
俺の魔力が尽きない限り体力は無尽蔵。しかもごく僅かな消費で、
それと同等の僅かではあるものの、
体力回復の恩恵が得られる。
そしてこのバランスブレイカーの強度。たしかにこの状態が続けば、延々と打ちあうことになる。
まるで実戦演習だ。精神はすり減るだろうけど、今はまだ余裕。
戦いながら暇になると言う、魔王の言い分が理解できてしまった。
もし、バランスブレイカーになんらかの力が隠されてるんだとして、
魔王にとってそれを教えることは悪手だろう。
けど、魔王がその知識をちらつかせるってことは、
それを教えることで、暇じゃなくなるのか。
なら、己のピンチを自ら呼び込もうとも、その能力を教えたくなる。
そういうことか。
「教えてもらおうか」
「それは魔剣。魔力を流すことで、その真の力が解放される。
やってみせろ。その力、我が身で味わいたい。
退屈解消の意味も含めてなっ!」
強めに一撃叩きつけ、魔王は俺との距離をむりやりとると、
楽しそうな表情で言い放った。
その威力に軽く弾き飛ばされるが、倒れず踏みとどまって、
俺は不敵に笑ってこう返した。
「後悔するなよ、魔王」
バランスブレイカーを握りしめ、俺は自らの魔力を流し込むイメージをした。
暫くはなにも起きなかったが、全魔力の半分程度を
注ぎ込んだと、疲労感から判断したところで変化が起きた。
「刃が黄金に?」
「それの真の名は、神断剣バランスブレイカー。我を作り出した神を殺すため、
我が作り出した剣だ」
「なんだって?」
あっさりと告げられた言葉。わが耳を疑わざるを得ない。
けど、同時にやっぱりかとも思った。
口振りが、どう考えても他人の物を語るそれじゃなかったからな。
「魔王さんが作った剣。それが、どうして勇者の下に?」
シーオンも、信じられない様子だ。そりゃそうか。
で、まだ魔王さん呼びなのな……。
「それは、殺されるために生まれた我と言う虚無の輪を、
神と言う観測者を殺すことで断ち切るために、作り出した剣なのだ」
「神を……殺す?」
「殺されるために生まれた。それはいったい、どういうことですか?」
「ただ生きることを許されず封じられ、封印を脱すれば
今度は我を殺すために、人間どもは刺客をよこす。
この因果、仕組まれているとしか思えん。
だが。いくら調べようと、この世界を生み出した存在を知ることはできなかった。
接触する手段を、見つけることはできなかった。
残ったのは、空しさと、刃を向ける先のなくなったその剣のみ」
喋ってる間にその時の感情が戻って来たのか、
表情が悔しさに染まり、「その剣のみ」の
「そ」と同時に、剣を持ってない左手を、
音が鳴るほどの力で握りしめた。
「お前……」
魔王、それはきっと、ずっと変わらずこいつなんだろう。
長く生き続けてるがゆえに、こんな鬱屈とした思いを
ずっと抱えてるんだ。
「ならば、虚空に向けたこの憤り、それごと我は斬られよう。
そのため、配下にそれを守らせた。そして、強き者へと渡るようにした」
冷静さを取り戻したか、表情がさっきまでのに戻った。
「だが挑んできた人間どもは、その剣の使い方を知らなかった。今にして思えば、
貴様にそうしたように、使い方を教えればよかったのだが、
100年前の我は、ろくに武器の扱い方を知らぬ者どもとして、
憤りをぶつけていたのだ。ゆえに、あの時に死ぬことはできなかった」
魔王は、そう自嘲に笑った。
「さあ、付き合ってもらうぞ勇者ども。我が死に場所の構築に」
カチャリ。言葉の後に、剣を握り直した魔王。
「やれやれ。倒しづらいこと、言い募りやがって」
俺は、そう言うと、更に剣に魔力を
ーーいや、魔法を注いだ。
「思った通りに作用してくれるといいが。キズナオス」
「回復の魔法を? 刃の色が白銀にかわった?
貴様、なにを考えている?」
「さてな。再開だ、魔王」
「よかろう」
「混ざらせてもらいますよ、わたしも。テラバーナ!」
今度はシーオンのテラバーナによって、戦いが再開された。