第一話。勇者行為と、出会いと勢い。
「まてー!」
「待てと言われて待つ奴はいないって。大人しく捕まってる場合じゃないんだぞ、こっちは!
それに、勇者行為許可証をきっちり見せてから、町を見て回ってるんだから、
おっかけられるいわれはないんだけど。やっぱ、勇者行為って、
よく思われないよなぁ。俺が逆の立場ならいやだし」
俺メシアンドゥーは、王から勇者として魔王討伐を直々に頼まれた。
俺そのものは、魔法と剣術をどちらもそつなくこなせる戦士だ。
俺は旅に出る時、王からハジマリーダの城にある、
結界に守られた剣と鎧をもらい、そして勇者行為許可証と
王が呼んでた手形をもらった。
その手形を町や村の長に見せることで、
物を取ってもおとがめなしになるって物だ。
手形のことを聞いて、王の横のマリエッタ王女が、
なんとも言えない複雑な顔をしてたのが印象に残ってる。
ハジマリーダの城にあった武具は、癒しの鎧と言う
俺の魔力を少量利用して、それを回復魔法に転換することを、
常に続けると言うとんでもない代物と、バランスブレイカーと言う名前の、
凄まじい切れ味と強度を誇る剣だ。
特に癒しの鎧のおかげで、疲れ知らずの一人旅ができている。
とはいえ、それも俺の魔力が鎧に回せる間だけなんだけどな。
「やめろ! これ以上ついて来ると、命があぶないぞ!」
追手に声をかける。なぜこんなことを言いきれるのかと言えば、
俺の眼前には、渡るな危険の看板のある橋があるからだ。
この橋を渡ると、モンスターの危険度が増すのだ。
「知ったことかこの偽勇者め!」
「っ! いきなりモエロなんて打ってくんな!」
火属性の最下級魔法モエロ。そんな物をいきなり鼻って来る村人。
「この先すぐ使わなきゃならないし、ちょうどいい。
ついでに振り切るか。メガハヤ!」
俺は、移動速度を急激に引き上げる魔法を、自分にかけた。
「にげ」
逃げるな、と言ったであろう村人の言葉は、一瞬で聞こえなくなった。
「メガハヤの効果中なら、体が沈む前に走り抜けられる!」
「うおおおお!!」と叫びながら、全力で走る。
どうしてメガハヤで加速してる状態で、なおかつ全力で走る必要があるのか。
今俺が浮かぶように走ってる足元には、いつまで続くんだと思うほどに
広い毒の沼地が広がっているからだ。
背後でバシャバシャと、水しぶきが上がっているような音が聞こえるが、
気にしてる余裕はまったくない。ひたすらに走る。毒の沼地が途切れるまで。
王によれば、癒しの鎧を着てさえいれば、毒の沼などただの水、
らしいけど、心理的にのんびりしてられない。
背後に火魔法をぶっぱなって来る村人はいるわ、
毒の沼地に足を浸すのは心理的にごめん被るわなのだ。
「まだ、効果が切れてないな。なら、このままいくか。
目の前の洞窟を抜ければ、モウムリダールまで後少しだからな」
勢いをつけるため、ザッザと地面を二度蹴り、
目の前の洞窟に突撃しつつ、アカルイーナと言う
暗闇を照らす魔法を使う。
「流石ダンジョン。モンスターがうようよしてやがる」
昼間のように明るくなったダンジョン内、
驚いてる様子のモンスターをさけながら駆け抜ける。
「よし、抜けた! 効果はまだ続いてるか」
モンスターの気配に気を配りつつ、ハジマリーダ城の対岸にある
魔王の城に一番近い町、モウムリダールを目指す。
「モエテーラ!」
「なにぃっ!」
空中から、火属性中級魔法だと!?
なんとかよけたが、いったい何者だ?
あーあぁ、着弾点がたき火してるみたいになっちゃったよ。
「こんの下着泥棒! いい加減捕まりなさい!」
「下着泥棒!?」
「とぼけるんじゃありません!」
「おわっ! モエロ乱射だと?!」
なんなんだ、この火魔法乱射女は?
「俺の邪魔を、するな!」
このままじゃ埒が明かない。癒しの鎧の力を信じて、
モウムリダールまで駆け抜ける!
たとえメガハヤの効果時間が切れてても!
「嘘!? モエロの中を突き進んでる?!」
「ぜぇ……はぁ……勇者行為許可証、見せ終えた」
体力はまだ回復しきってないが、とりあえず目的地に到着、
町長に勇者行為許可証を見せて、彼の家を出たところだ。
町の様子を見るついでに、癒しの鎧の力で体力を回復する。
それでようやく一息つける。
「追い付きました!」
「火魔法乱射女、追っかけて来たか」
「大人しく捕まりなさい! と言うより、わたしの下着を返しなさい!」
「知らないって言ってるだろ!」
「あなたの勇者行為とやらを、容認してる人間が、
いったい何人いると思ってるんですか!
ある者はヘソクリを奪われ、ある者は壺の中身をかっさらわれ、
傷薬のためにタンスにしまっておいた薬草を
無遠慮に盗まれて困ってた人もいます」
「王からのお達しだぞ。だから俺だって、そんなことができてんだ。
なのに、そんな話聞かされたら……胸が痛えだろうが!」
歯噛みしての俺の叫びを聞いて、
少女は驚いたように僅かに目を見開いた。
「だから、あなたが町や村を去るまではなにも言えないんですよ。
あなたが魔王の手先を倒して行くことは、皆さん感謝しています。
ですが、それと引き換えに家財を奪われなければならない。
わたしなんか、下着ですよ!」
この、お話に出て来る魔法使いって感じの、黒い三角帽子に
黒の上下の、袖の広がった上衣に膝までのスカート姿の少女、
力が入った語調に引っ張られたか、青緑のセミロングの髪が
前後に揺れている。
俺の叫びを聞くまでは、緋色の瞳が寄り目だったけど、
今は、怒ってるような気の毒そうな、なんとも言えない目付きである。
それでもなお偉そうに、魔法サポートに使ってるであろう杖を、
先端を前側にして浮遊中だ。
女の子の下着……俺、勇者行為したっけかなぁ?
マジで記憶にないんだが。
「どこにやったんですか。出しなさい」
「いや、ほんとまったく記憶にない。……いや、まて?」
「なんですか?」
「下着。そういえば……あ」
「どう、したんですか?」
「……悪い。いつどこで勇者行為したのかわかんなかったし、
ちょっと魔法の丸薬に資金が足りなかったし、
女性物の下着持ち歩くわけにもいかなかったしで……売ったんだわ」
どんな顔をして言えばいいのかわからず、無表情になっちまった。
魔法の丸薬は、丸飲みすることで魔力を回復できる物だ。
丸飲みしなきゃいけないから、使うのにちょっと勇気がいるんだけどな。
「そう……ですか」
「こ……声が死んだ。だってのに、目付きがむしろきつく、
俺のことを見つけた時のきつさに戻った?」
「テ! ラ! バ! ア! ナ!」
「バカやめろ! 火属性最上級魔法だぞ!」
「問答無用! 勇者行為許可証共々、燃え尽きなさい!」
「うわあああああ!!」
全力で逃げる。轟音を伴った火が、まだ距離があるのに熱を伝えて来るっ!
モンスターからだって、ここまで必死に逃げて来なかったぞ俺っっ!
「メガハヤ!」
速度上昇魔法をかけた。振り切るっ!
「メガハヤ!」
「追ってきた! 火の波ともどもおおおっ!!」
この町がどんなところなのか、よくわからないまま、
一路火魔法から逃れるため、俺はモウムリダールを走り出て、
そのまま逃げ続ける。路なんてわからないけど、
とにかく逃げる。止まれば火の波に飲み込まれるからなっ。
「なんか、どんどんいやな気配の方に向かってるような?」
まずい、陸地がなくなる。
けど、メガハヤの力なら、この先に……!
「ま、魔王の城にだって、いけるぞ!」
ちくしょう、行くも地獄戻るも地獄かっ!
まだ魔王と戦うには、実力不足だと思ってるんだけどなぁ。
ええい、ままよ!
「おりゃああああああ!!」
文字通り道なき道、水の上を毒の沼地を走り抜けた要領で走り続ける。
「いっけえええええ!!」
なんか、試練がどうとか王が言ってたけど、
上陸できるんなら上陸してやるぜ!
「いつまで逃げるつもりですか!」
「その火が消えるまでだバカ野郎!
ここまで来たからにゃ、このまま魔王城に突撃だ!」
「え? 魔王……城?
ほんとだ! 魔王の城じゃないですかっ!
なんでこんなことになったんですかっ!」
「お前がテラバーナなんて使ったせいだろうが!
オラアどけどけー! 燃えカスになりたくなかったらなぁっ!」
予想外のタイミングだったのか、「え? 嘘でしょ?」みたいな顔してる
モンスターどもに言う。いや、たぶん俺がそう感じてるだけだけど。
「こうなりゃついでだ。魔王はどこだ!」
「え、まさか。戦うつもりなんですかっ?!」
「誰かさんが、そんなもん引き連れてるせいでな!」
「勇者の武具には、兜と盾もあるって聞いたことありますよ?」
「知るか。このバランスブレイカーがあれば、それでいい。
体力にこまったら、癒しの鎧の力を利用して逃げ回れば問題ないしな!」
「それ、他の防具探すのがめんどうなだけですよね?」
「とにかく! 魔王を探すぞ! そしてついででぶっ倒して、
世界の不安を取り除く!」
「ついでで倒せるつもりとは、なめられたものだな」
人型、エルフのようにとがった耳、背中に一対の
立派なしっかりとした黒い翼。
紫の髪に同じ色の瞳。ハートを突きさす剣の紋章のあしらわれた、
漆黒の鎧を着た優男。
うん。ハジマリーダ王宮の広間に掛けられてた、
世界に平和をって絵の、攻撃されてる側と同じ姿だ。
そしてこの、尊大な態度。
「っしゃー魔王が自分から出て来た。喰らえ!」
「え、ちょっとまってくださいっ! わたし、メガハヤ状態じゃ、
空中じゃ急に動きを変えられないんですっ!
きゃああ魔王さんよけてっ!!」
「くら、なに、よけ、うおあっ?!」
勢いを殺さないまま、俺は魔王に体当たりをしかけるふりをして、
当たる寸前で横に飛び、テラバーナをぶち当ててやった。
「よし、テラバーナ地獄から解放されたし魔王にダメージ与えたし、
一石二鳥だな!」
「な……なんとか止まれました。って、あ……」
「貴様ら。よくも我を虚仮にしおったな!」
ただでさえきつい目付きが、更にきつくなった。どうやら、お怒りの様子だ。
……不意打ちになったのは、まずかったみたいか。
「流石魔王。火属性最上級魔法喰らっても、ピンピンしてやがる」
「違いますよ? 全部そこの下着泥棒が悪いんですからね、
わたしは悪くないんですからね!」
「お前がテラバーナさえ打たなきゃ、こうはなってねえだろ!」
「大人しく受けてればこんなことにはならなかったんですっ!」
「たわけ!」
いらいらした様子で叫ばれ、俺達は言葉が止まった。
俺は息すら止まった。
「いかな事情があろうと、我に不意打ちをしかけたことにかわりはない。
我が前で、醜い茶番はやめろ」
忌々し気にそういう魔王。
不意打ちをここまで嫌悪するってことは、こいつ、武人か。
「そ、そんなぁ」
初めてこいつ、なさけない声出したな。
「しかし、貴様の魔法。ただのエルフの物より強い。何者だ」
「エルフ? お前、エルフだったのか?」
「ええそうですよ」
「髪で隠れて耳が見えなかったからわかんなかったぞ」
「明かす理由もありませんからね。それで? 答えないといけませんか」
「いかにテラバーナとはいえ、我が体を揺るがすほどの威力、そう出せる物ではない。
強者を知りたくなるのは、魔族が定めよ」
「武人ですね。そうですか、わかりました。では、お教えします。
わたしは大賢者ハーラストリアの孫娘。シーオン」
「ハーラストリア。それってたしか」
「我を封じた前勇者どもの一人か。それならば、貴様はどうなのだ?
その剣と鎧は間違いなく、勇者ヘルリバスが身に着けていた物」
「俺? 俺はただの魔法戦士、メシアンドゥーだよ。
そこのとは比べるまでもない、ただの魔法と剣術を
そつなくこなせるだけの器用貧乏だ」
「エルフの里を開放してくれた時、あなたは
攻撃に、補助に、回復魔法まで使ってたそうですね。
そんな貧乏がいますか」
呆れた雰囲気で、エルフだと言う火魔法乱射女シーオンは掃き捨てた。
「そんな言い方ねえだろ?」
「なるほど、武具相応の人間、と言うわけか。面白い。
ハーラストリアに免じて、さきほどのテラバーナは許す。
だが、ここからは許しはない。この魔王城に
たった二人で乗り込んで来た愚行を呪いながら滅ぶがよい!」
「その台詞。このバランスブレイカーで後悔させてやる!」
「こうなったらやるしかありませんね。おばあさまのようにできるとは思えませんが」
揃い切ってないらしい勇者装備の俺と、行きずりエルフ魔法使いは、
事故的に魔王との決戦に突入してしまった。
「先に言っておきます下着泥棒」
「メシアンドゥーだ」
「どうでもいいです。魔王さんの次は、あなたですからね」
「なんで魔王に敬称ついてんだよおい?」
「人の下着勇者行為しておいて、しかも売り払っておいて、
それで平然としてる人間なんて、呼び捨てで充分じゃないですか」
「くそ、言いたい放題いいやがって。いいぜ、こいつを倒したら相手してやる」
「ならば。その叶わぬ望みを抱いて眠れ!」
魔王のテラバーナで、戦いは始まった。