第80話 グランドマンモス
ただ単に転ぶよりも、勝てると思っている時に足を引っかけられて転ぶ方が、心にも体にも衝撃は大きい。
それは、人間のみならず、獣……もとい、クリーチャーにも共通のことであったらしい。
群れのボスである『グランドマンモス』と共に愚かな襲撃者を追い立て、その全てを蹂躙し、踏み砕く。そんなつもりで歩みを進めていた彼らは、突如として自分達の足元が火の海に変わった時、冷静でいることなどとてもできなかった。
そのまま走り出して『火の海』の範囲を抜け出れば、被害は最小限に抑え込めただろう。
……もっとも、そうできないようにハルキ達も当然色々と備えはしていたのだが。
しかしそれに思い至らず、困惑するままでいた『ランドエレファント』達は、足元から轟々と燃え上がり、自分達の体を焙っていく炎の熱にさらされるままだった。徐々に水分が失われ、足先から『土の鎧』が変色しひび割れていく。
しかもハルキ達の『罠』は、そこで終わらなかった。
火の海の外から、砲声と共に放物線を描いて飛んでくる何か。
それらは実に正確に、立ち往生している『ランドエレファント』達や『グランドマンモス』に命中すると、破裂してその中身をまき散らした。
中に詰められていたのは、粘度の高いゲル状のなにかで……降り注いでそのまま、べっとりと彼らの体にへばりついた。ちょっとやそっと動いたくらいでは取れそうにない。
そしてその直後には、足元で燃えている炎が、そのゲル状の物質……濃縮液体燃料に引火。
必然の結果として、『ランドエレファント』達は一瞬にして火だるまになった。
『グランドマンモス』もまた……体格が体格だけに『火だるま』とまでは行かなかったが、その分数をぶつけられていたため、体のあちこちに盛大な炎が灯った。
群れの全員が、先程まで自分達が見ていた、挑発のために打ち取られた群れの仲間と同じようになった。彼らに『へばりついた』炎の正体も、この特殊燃料による火攻めだったのだ。
先程までに倍する早さで、『ランドエレファント』達のよろいは剥ぎ取られていく。
すでに、動くたびに体からぽろぽろと土くれが零れ落ちている者も多くみられる。
「撃て撃て撃て! 燃えてる奴、色が変わってる奴から狙い撃ちにしろ!」
「どんどん撃て! だが雑に狙うなよ、しっかり急所を狙って撃ち抜いてやれ!」
「倒れて動かなくなったらその後は対応はいらん、火で勝手に死ぬ! 別のを狙え!」
そしてそんな者から……叩き込まれるハルキ達の総攻撃によって、鎧の向こう側の本体を撃ち抜かれ、命を潰えさせていく。
「『油翡翠』で精製した油は、様々な性質を持つオイルに、後付けで容易に加工できる……粘性を高めて、相手にまとわりついて焼き続けるようにすることも、揮発性を高めて空気中に散らし、それを燃やすことで瞬時に熱地獄を作ることもできる。燃焼する温度を高くすることで地獄の釜を作り出すことも、熱発火性を高めることで水がかかろうが消えないようにさせることも……ええ、本当に、今回の作戦には都合がよかった」
独り言にしては長く、どこか説明口調とも呼べる風になっているファウーラ。
彼女の言葉通り、今回の作戦に置いて……数日間の準備期間を置いて、ファウーラ達は大量の『油翡翠』由来の油を作り出し、さらにそれを、性質の異なる複数種類のものに加工して、今回の作戦に用いていた。
まず、液体としての粘度を大きく高めたことで、べっとりと『へばりつく』油。
先程から何度も話に上がっているように、これが体にかかってもえることで、少し動いたくらいでは振りほどけず、そのまま延々炎に焼かれ続ける。その分、水分が奪われて鎧が崩れ去る。
次に、揮発性が高くなっている油。
これについては、油の沼地を作り出す時に流れてきた油の一部がそれだった。気化して周囲に充満し始めた段階で火種を投げ入れたことにより、空気中に散っていたそれらも含めて即座に燃焼、あたり一体を一瞬にして高熱が焼いた。燃焼はほとんど一瞬だったが、その一瞬で周辺一帯の温度が爆発的に上がり、これも『土の鎧』から水分を奪う。
高熱で燃える油。
足元で燃え続けている油の大部分がこれだ。引火すると通常よりも高い温度で燃えるため、やはりこれも『土の鎧』を崩していく。
そして、熱発火性が高い油。これは、足元で燃えている油と、へばりついている油の両方に混ぜ込まれて含まれているのだが、それそのものによって焼くというものではない。
これに持たされている役割は、『火種』としてのそれだ。
仮に水や土によって火が消えてしまっても、その周囲が十分に高熱であれば、この油は容易に『自然発火』を引き起こし、何度でも燃え上がる。そして、その周囲にある他の油にも再度着火する。
これらの組み合わせによって、高い火力で燃え続ける上に、簡単には消えない炎で焼かれ続ける火の海は完成され、そこに打ち込まれる銃火器によって、1匹、また1匹と『ランドエレファント』は打ち取られていった。
『グランドマンモス』もまた、何発もの銃弾をその身に受けているが……こちらは流石に『土の鎧』も分厚いのか、まだまだ有効打にはなっていないようだ。
それでも、その身の一部が変色し、ぽろぽろと崩れ始めているその光景は、『弱点は同じである』という事実を雄弁に物語っていた。
もう1つおまけに、その準備期間を使って、周囲の山々からかき集めた枯れ木などを一緒に流して燃やし、大量の煙を発生させている。
外側から広い範囲を見れていれば、『ランドエレファント』ら自身の体の大きさも手伝って、煙の中で慌てふためくそれらを狙い撃ちするのは難しくない。
しかし、当人たちからすれば泣きっ面に蜂。
熱に焼かれている上に煙までとなれば、視界は遮られるわ、刺激臭で鼻をやられるわでたまったものではないだろう。特に『ランドエレファント』は、これまでの状況分析等からして、本物の象と同じように嗅覚が非常に発達していると見受けられるため、それが思い切り裏目に出る。
呼吸するにも苦しい上、自慢の鼻は利かず、さらに煙で目が見えずろくに動けない。
無理して動いて逃げようとする者は、他の仲間達にぶつかって互いに邪魔し合ってしまったり、その場で転倒する始末。そもそも足元は油まみれで滑りやすいのだ。
ファウーラ達からすれば、実に見事に策にはまってくれて……先程までは恐ろしくとも、今は何とも楽な標的だった。
しかし、この状況でさらに苛立ちを爆発させたらしい『グランドマンモス』は、咆哮と共に、現状を打破すべく、その巨体と馬力に物を言わせて突破しにかかる。
ずしん、ずしんと足を踏み鳴らして、油の沼地、ないし火の海の中を歩いてくる。重量がありすぎて地面に足がめり込むので、油によって滑るという妨害要素が弱くなっている様だ。
ただあまりに考えなしに動くので、恐らく意図せずして、自分で自軍の被害を拡大させていた。
「うわ……群れの仲間、踏み潰したり蹴飛ばして進んでるんだけど」
「ぶちキレてそのへん頭にないんだろうな……まあ、こっちとしては助かるというか、楽でいいというか……うわぁ、踏みつけ1発でアレ確実に死ぬもんな……」
文字通り、足元がお粗末になっていた『グランドマンモス』は……その移動に、手下である『ランドエレファント』達を盛大に巻き込んでいた。
全長50mもの巨体に、それに見合ったパワーと頑丈さである。普通の人間からすればこちらも巨大とはいえ、せいぜい数m規模の『ランドエレファント』では……激突した瞬間に粉々に粉砕されるか、踏みつけられて圧死するかの違いでしかなかった。
結果、その周囲にいた者達を主に……数にして、ハルキ達が狙撃によって仕留めたのと同じかそれ以上の数の『ランドエレファント』が、巻き込まれて潰れたか、吹き飛んだのだった。
そして、文字通りそれらの屍を踏み越えて、とうとう『グランドマンモス』は火の海を脱出し……周囲に展開するAW達を、今度こそ踏み潰して処刑せんと迫る。
おそらく、未だ体のあちこちにへばりついて燃え続ける炎の熱が、そこからじくじくと与えられ続ける痛みが、その怒りの一助になっているのは間違いないだろう。
そしてそれらが、ただ単に痛いだけではなく、実際に攻撃として効いているというのは……その周辺が変色し、『土の鎧』がぼろぼろと崩れて初めてしまっているという点を見れば明らかだ。
とはいえ、それも、本体へのダメージという面で見れば軽微も軽微。致命傷には程遠い。
このままでは、遠からず『グランドマンモス』の願う通りの展開になるだろう。いかに新型ぞろいで高性能とはいえ、奴を止めるだけのパワーは、ファウーラ達のAWにはない。
ゆえにこそ、この場において最大火力を誇る『レックス』にその出番が回ってくるのは必然だった。
そしてこの戦いに置いて、ファウーラは『レックス』に……それを操るハルキとアキラに対して、ある指示を出していた。
「この戦い……いくつも策を用意してはいますが、そうは言ってもカギを握るのは『レックス』の火力だと思われます。ゆえに、ハルキ、アキラ……本気で、全力でやってください」
「えっと……いや、私達いつもきちんと本気でやってるっすよ?」
「ええ、もちろん知っています。あなた方が普段、手を抜いて怠けているなどと疑っているわけではないのです。ただ……まだ、上があるのでしょう?」
「「…………!」」
「技術部からの報告資料にもそうありましたし、実際私自身、何度かあなた達から聞かされています。『レックス』の攻撃用兵装……特に、熱エネルギー系のそれらについては、過度に被害が大きくならないよう、意図的に威力を抑えて使っている……そうでしたね?」
「ええ、まあ……正直、マジの本気で使ったら、冗談じゃなく地形変わりかねないんで……一回だけ、検証のために無人の荒野で、いくつかの兵装を全力で試した時には、実際に……でもそれは、きちんと隊長にも報告して、許可も取ってましたよね?」
「ええ。あまりに強力過ぎて、その余波などで周囲の施設などを破損したり、友軍に被害が出るようなことがあってはいけませんからね。セーブした状態でも、今までも任務に支障は出ていませんでしたし。ですが……今回は別です。恐らく、『レックス』の……正真正銘の『最大火力』が必要になるでしょう」
「「…………」」
「今回ばかりは、どれだけ地形が変わろうが、余波で何を破壊しようが構いません。もとより友軍は巻き込まないように展開させます……。ハルキ、アキラ、今回だけは……目の前にあるもの全てを破壊し、何一つ残さないつもりで力を振るってください」
「正直あの時は『マジかよ』って思ったんだけどさ……実のところ俺、ちょっとだけ今ワクワクしてるかもしれねーわ」
「奇遇っすね、ハル。私もっすよ……不謹慎っすけど、1回マジの戦場で、ガチで暴れさせてあげたいと思ってたっすから」
物騒なことを言いながら、2人はコクピット内で集中する。
これまで意識してつけていたセーブはもちろん、心の中で『流石にまずい』と思って無意識的にかけていたストッパーを、意識して全て解除する。
正真正銘、全てのタガを外した状態となった『レックス』は、迫りくる『グランドマンモス』を前に、背中の主砲を含む全ての兵器を起動させる。
全天モニターに映るどでかいターゲットサイトは、恐らく全ての兵器のそれが統一されているものなのだろう。
それが『グランドマンモス』に合わさり……固定。ロックオンされた。
「稼働兵装……火炎放射、拡散熱線、半実体ナパーム弾、非実体熱機雷、他、熱エネルギー系兵装同時展開可能なもの全部。陽電子反応炉フル稼働継続、エネルギー充填完了」
「全兵装、全リミッター解除。全システム、オールグリーン。ターゲット・ロックオン。射線クリア。標的、射程圏内……発射まで、3、2、1……」
「「発射ァ!!!」」
その瞬間を見ていた他の兵士は、のちにこう語った。
『レックス』を中心にして爆発が起こったように見えた、と。
そのくらいの輝きと熱が、発射の瞬間に『レックス』そのものから放たれ……しかし次の瞬間には、それすら上塗りする勢いの、凄まじい量の光線や光弾、火炎放射や衝撃波が放たれ……怒涛のように前方の『グランドマンモス』目掛けて押し寄せたのだと。
前方にある地面や岩を、焼き焦がすどころか、砕いて抉って消し飛ばし、空間ごと焼き滅ぼすかのような熱と光が殺到……なまじ巨体ゆえに的が大きかった『グランドマンモス』は、それらほぼ全てをその身で受けることになった。
大瀑布のように膨れ上がった火炎放射が全てを飲み込む。
文字通り光の線を描いて飛び、1発でも必殺の威力を誇る熱光線が、十重二十重に打ち込まれる。
体に直撃するか、あるいは周辺の地面に着弾して、エネルギーの機雷がはじけ飛ぶ。
その他、数えるのも億劫になるほどの数の、無数のエネルギー砲弾が体中に当たり、その身を焼き、穿ち、砕く。
まるで流星群が降り注いでいるかのような、見ようによっては荘厳とも惨劇とも呼べる光景。
当然ながら、変色している部分にも何発も、何十発も命中し、その向こうの肉体が穿たれ、目に見えてダメージが蓄積していく。
火の海で装甲が脆くなったところに、『レックス』の最大火力による絨毯爆撃のコンビネーションは絶大な効果を叩きだしていた。先程まで、大樹のごとき揺らがぬ威圧感を見せていた『グランドマンモス』が、苦しそうに身をよじり、怒りではない感情の乗った咆哮を響かせている。
そして……穿たれているのは、『グランドマンモス』ばかりではない。
周囲の地面や、既に倒れてこと切れている『ランドエレファント』も、巻き込まれる形で盛大に飛び散り、消し飛ばされ、灰燼に帰していく。
それでも、そんな惨劇の中でも……傷だらけになり、ペースダウンこそしたものの、足を止めることはなく、1歩1歩強引に前に歩みを進める、山の王者。
これでも止まらないのか、と、見ていた兵士達は戦慄したが……それすらもファウーラ達からすれば『想定内』だった
最早意地もあるのだろう。『グランドマンモス』の意識がほぼ完全に前方……真正面の『レックス』に向いていたその時……
「その首……もらったァ―――!!」
……その頭上……数百メートル上空から急降下してくる戦闘機の中で、マリカが吼えた。
そして、急降下爆撃によって雨あられと銃弾を背中に……それもピンポイントで、『土の鎧』が剥がれた上に、レックスの爆撃で穿たれて重症になっている、首の後ろのあたり目掛けて集中砲火を浴びせた。
突如として全く無警戒だった上空からの痛打に怯む『グランドマンモス』。そこにさらに、追い打ちが叩き込まれた。
機体下部に爆走していた『地殻貫通爆弾』……それも、シドの『グランドガード』がかつて砲撃で使ったそれよりもさらに大型で威力のあるそれが、急降下の勢いに乗せて放たれ、激突し、防ぐものを失って無防備になった『グランドマンモス』の首元に……文句なしの急所に、尖った弾頭が深々と突き刺さった。
当然、激突する直前でマリカの乗る『三式・改』――技術部+ハルキ達によっていくつもの新機能を搭載させられて強化された――は、急上昇に転じて空に戻っているし、その瞬間だけはマリカを巻き込まないよう『レックス』も爆撃をやめていた。
首元に突き刺さった『地殻貫通爆弾』は、マンモスの体内で爆発し、内側から大きく首元の肉を爆散させた。
恐らくは背骨も無傷ではあるまい。ぶらぶらと頭が不安定になるほどの、そのまま自重で首と胴体が泣き別れになりそうなほどのダメージだった。
そんなダメージでも、まだ『グランドマンモス』は死んでいない。
意識があるのかどうかは最早疑わしいし、そのまま放っておいてもほぼ確実に――この状態から回復するような理不尽なレベルの再生能力でもなければ――死ぬだろうが。
しかし、意識がないからと暴走のような形で暴れられて被害が出れば、それはまずい。
ゆえに、ハルキ達はきちんと、トドメの一撃を叩き込むことにした。
一瞬にして『戦闘モード』に切り替わる『レックス』。足と背中についているブースターを全開にし、助走からの跳躍で飛びあがる。
そして、体勢を崩しかけている『グランドマンモス』の前足を足場にして、忍者の壁登りのように手の鉤爪も使って駆け上がり……今しがた大量の肉を喪失した、首元にまで来た。
そしてそこで、大きく足を大上段に振り上げて……ブースターで一気に勢いをつけて振り下ろし、渾身の『踵落とし』を、どうにか残っている状態の首に叩きつけ、
その瞬間、『サラセニア』でドラゴンにとどめを刺した時のように、足から兵装の砲火を……しかも今度は、先程と同じように全力で放射。
さながら、光と爆炎を纏った踵落としとなったその一撃……いや、放たれた爆撃の数で言えば、10撃や20撃ではなかったであろう。
断末魔を上げる隙もなかった。
いや、上げていても聞こえなかったのかもしれないし、気道が吹き飛んでいて何も声など出せなかったのかもしれない。
いずれにせよ、その代わりに響いた、無数のそれが一続きになった爆音が、戦いの終わりを告げた。
火柱と黒煙を上げながら、上から下へ振り抜かれたその渾身の足技により、残った首の肉も焼き切られ、吹き飛ばされた『グランドマンモス』は……巨体の頭と胴体を分割されることとなり……ついにその巨駆を、巨大な地響きと共に地面に倒れさせたのだった。




