第78話 戦うか、撤退か
哨戒部隊が持ち帰った報告は、すぐさま方針決定のための会議の場に届けられた。
会議の出席者は、各部隊の隊長クラスや、兵站等各部門の責任者クラスで揃えられている。各部門の状況などを相互に、正確に、迅速に報告し合い把握するための場だ。
『第7特務部隊』の隊長であるファウーラも、もちろん参加している。
しかし、普段であれば活発に議論が交わされているのであろうその場であるが……さすがに今、届いた報告の内容が内容だったため、漂う空気はこの上なく重い。
「全長50m以上の、超巨大クリーチャー……ですか」
「映像を見る限り、哨戒部隊の連中が見間違えた、という可能性はなさそうですね……周囲の木々や、『ランドエレファント』の大きさと比較しても……確かにそのくらいありそうです」
「……こんなの、どうやって相手にすりゃいいんだよ……?」
「いや、相手にできるレベルじゃないでしょう、どう考えても。明らかに通常兵器やAWでどうにかなる範疇にない。戦える相手じゃありませんよ」
会議参加者の1人が言ったその内容自体には、他の参加者達も全員が同意するところであった。
何せ、普段自分達が戦っている相手は、大きなものでもせいぜい5~6m程度。自分達が乗る兵器……AWが大きさにして4m程度なのだから、いかに飛び道具などの兵器を使うとしても、そのあたりのサイズが相手取れる限界なのだ。
一部の大型クリーチャー……『オーガングリズリー』や『ランドエレファント』はそれを上回る大きさを持つが、それに対しては有効な戦術や武器を駆使して戦うことで、また、人間の強みである戦術や連携を生かして戦うことで勝利を収めてきた。
ゆえに、そういった者達の相手も、無謀と言うわけではないと言っていい。
しかし、今目の前に立ちはだかっているのは……小手先の戦術や、多少の兵器などでは明らかにどうにもできないような、比喩でなく巨大な障害である。
全長50m超という、文字通り桁が違う大きさ。それに伴って、発揮される馬力もバカげたレベルのものなのだろう。『ランドエレファント』がそうだったのだから、見掛け倒しで中身は大したことはない……などという可能性はまず、ない。
思えば、『ランドエレファント』と戦うための策を練っていた時には、その質量と馬力を予想して戦慄していたはずだった。決して攻撃を受けず、遠距離からの砲撃や、のちに明らかになる『弱点』を突くことに終始すべきだと。油断をすれば、一撃で粉砕されかねない相手だと。
今回は、その頃がいっそ馬鹿らしく思えるほどの戦力差だ。絶望的と言う言葉すら生ぬるい……恐らくはもう、戦うことなど『不可能』だとはっきり言葉にすべきなのだろう。今しがた『戦闘は回避すべき』と発言した1人のように。
しかし、そう簡単に言うこともできない理由があった。
出席者全員が見ているモニター。その画面を分割する形で、巨大クリーチャー以外にもう1つ、映し出されているものがある。
それは、地図だ。
『旧時代』に用いられていた地図を叩き台に、事前の調査や、ここに来てから哨戒部隊が持ち帰った地形情報を逐一反映させていくことで作り上げた、それなりに詳細で正確な、この山岳地帯の地図である。
それによれば……今いるここから『アークル』を目指す上では、どう頑張っても、ある地点を通る以外に道がないという事実が示されている。
「よりによって……何でここに居座ってやがるんだ……」
そう……今まさに『超巨大クリーチャー』が鎮座している、その場所を。
そこを通らなければ、この山岳地帯を抜けて『アークル』へ進むことはできない。
無論、他に道がないか、幾度も地図を見て探した。
大回りするルートを通ろうとすれば、山を1つと言わず越えなければならない。しかも、通ることになるであろうルートの大部分は、哨戒部隊もまだ足を踏み入れていない未開地域。どんな地形があり、どんなクリーチャーその他の障害が待ち受けているのか、まだ何もわからない場所だ。
危険な上に、日程も大幅にロスすることになる。
かといって、最低限の迂回で通り抜けようとルートを探しても、そんな都合のいい道はない。
いくつかある道は、どれもそれ相応の規模の車列が通るには厳しい場所ばかり。
道幅が狭かったり、地盤が弱かったり……無理に通ろうとすれば、滑落などの危険がある。
かといって、そうならないように部隊を小分けにして通ろうものなら、いざ何かあった時に対応できない。思わぬタイミングでクリーチャーの襲撃を受けて、各個撃破される形で壊滅……などということもあり得る。未踏の地で、戦力を分散させることはできない。
結局、持ってきている食料や武器弾薬などの物資の状況等を考えると……迂回は選べない。
かといって、距離が最小限のルートは物理的に通れない。
ならばどうするのか、という問いに……しかしやはり、答えが出ない。
「……バカなことを言っているのは承知で言いますが、あれと戦う、という選択肢は?」
「無理に決まっている……一体どれだけ体格差があると思っているんだ。AW用の槍や大剣を直撃で突き刺しても全く痛痒にならないぞ。とげが刺さった程度のものだ」
「刺さるかどうかも怪しいですがね……仮にこのクリーチャーが『ランドエレファント』の上位種のような存在だとすれば、『ランドエレファント』と同様、土の鎧をまとっているでしょうし……その強度が下回っているということはないでしょうから」
「加えて、周囲を取り巻いている何頭もの『ランドエレファント』……これらも一斉に襲ってくると見ていいでしょうね」
「……無理じゃねえかよ、もう、それ」
はぁ、と1人ならずため息をつく音が聞こえた。
「しかし、そうすると……撤退するしかなくなるということでしょうか?」
強行突破も回り道も不可能となれば、選択肢はそれしか残らない。
あまり考えたくはなかったことではあったが、最早その選択を考慮に入れずにはいられない状況に、『調査団』一行は追い込まれていた。
会議に出ている面々は、皆、実直で聡明であるからこそ、それが理解できていた。
「あのクリーチャーに勝てるとは思えない……それを考えれば、一度引いて準備を万全にしてから、改めて迂回ルートなどを使って『アークル』を目指すのが一番確実では?」
「……それしかないかもしれませんね。迂回するなら、ルートを探しながらですから、さらに長く期間を要する……食料や弾薬も、当初の予定よりもかなり多く必要になるでしょう。ともすれば、『調査団』の規模自体を見直す必要性も……」
「……待ってくれ、その前に1つ、考えなければならない可能性がある……あのクリーチャー、一体このあたりの、どの程度の範囲を縄張りにしていると思う?」
それを聞いて……会議参加者たちがはっとする。あまりにも不吉な、『撤退』以上に考えたくもない1つのことに、その一言で行き着いてしまったからだ。
クリーチャーは通常、普通の野生動物と同様に『縄張り』を持っている。そしてその縄張りは……例外もあるが、多くの場合、強力なクリーチャーほど、また多くの餌を必要とする種族ほど広いという傾向がある。
また、群れを成すタイプのクリーチャーは、その規模や個体の強さ等に応じて、当然だが広い縄張りを持つことになる。
件の超巨大クリーチャーが、以上3つの条件全てに恐らく合致しているであろうことは、想像に難くない。
そしてその場合、『縄張り』の範囲がどれだけ広いものになっているか、想像もつかない。
あの平野の辺り一帯か、それともそこを含む山1つか、あるいは……
「……仮にだ、奴の縄張りに『アークル』そのものが含まれていたとしたら?」
「開拓どころじゃない……気付かれた段階で攻め込まれて、壊滅しますね」
「それ以前に、こんな近くにあんな化け物がいるって時点で、『アークル』の復興なんざ無理じゃないのか? 仮に縄張りの範囲外だったとしても、そこに人間がいればクリーチャーは襲ってくる……まして、周辺地域の開拓なんてできっこないだろう」
『アークル計画』の元々の目的は、『アークル』の復興と同時に、『ヴォーダトロン』と『サラセニア』との協力体制によって、この辺り一帯のフォートのレベルを全体的に底上げすること。
そのためには、今はこのように、厳重な護衛付きでようやく通れる状態の山々を『開拓』し、交通の便やら何やらという面で優良な条件を整えねばならない。
そのために、復興と並行して周囲のクリーチャーを可能な限り排除し、安全を確保するという予定も組まれていた。
しかし……それも難しいと言わざるを得ない。
周辺というか、近所と言ってもいいであろう場所に、あんな怪物が住み着いているのなら。
「ですが、だとすると……『アークル計画』そのものが失敗、不可能だったということになってしまうのでは……!?」
「……だとしても仕方ありますまい。あんな怪物を相手取るのは不可能なのだから……逆鱗に触れない範囲で計画を練り直すか、全く新しいプランを考えるしかないでしょう」
アークル開拓のための『調査団』である自分達の存在意義そのものが根底から覆されかねないその事実に、皆、多少なり動揺を隠しきれない様子ではあった。
そんな中、恐る恐る、といった様子で挙手し、1人の出席者が声を出す。
「ええと……あのクリーチャー、先程他の方も言っていましたけど……見た目からして『ランドエレファント』の上位種ですよね? すると……弱点も同じなんでしょうか?」
「弱点……ああ、熱に弱い、というアレか。しかし、あのサイズではな……」
「ええ、仮にその弱点がそのままだったとしても無理かと……熱して鎧をはがすのにどれだけの熱量が必要になるかわかりません。よしんばはがせたとしても、あの巨体に痛打と言えるダメージを与えるのは……難しいと思われます」
「50m級ですからね……通常のAWとの体格差がバカらしくなるほどですよ。前に資料で読んだことがあるんですが、太古の昔、旧石器時代に人類の祖先が、『マンモス』とかいう馬鹿でかい象を相手に狩りをしてた時代があるそうですが、多分比率はその時以上の差でしょうね」
「おーおー、随分逞しかったんだなあ当時の人類は……ちなみに、どうやってそんなの狩ってたんだ? 武器なんてろくなもんなかったんだろ?」
「武力で上回ったわけではないようですよ? むしろ、運や偶然に頼んだ部分が大きかったようで……具体的には、群れからはぐれたなるべく小さな個体を選んで集団で襲い掛かり、沼や湖に追い込んで、体温を奪って弱らせたり、転倒したところを攻撃して仕留めていたそうです」
「なるほど……しかし、同じ手は使えないでしょうね。多少体温が下がった程度で弱ってくれないでしょうし、アレを誘導できそうな沼地や湖もこの辺りにはないでしょう」
「ないこともないですけど、せいぜいAWのくるぶしがつかる程度の深さですからねえ……奴に取っちゃ水たまり以下でしょう」
ははは、と笑う面々。
しかし、そんな中……ファウーラは1人、今聞こえて来た話を脳内で反芻し、何やら考え込んでいた。ぶつぶつと小声でひとりごとを呟きながら。
「湖や沼……転倒……狩り……弱点……!」
そして、はっとしたように画面に向き直り……地図の方を拡大して操作し始める。
映す範囲を広げたり狭めたりして、周囲の地形を事細かに確認しようとしているようだ。
突然様子が変わったファウーラに驚いている他の出席者たち。
しかしそんな奇異の視線に構わず続ける彼女は……どうやらようやくお目当ての情報を探し当てたらしい。地図の一角と、拡大して再表示した例の超巨大クリーチャーの居場所を比較するように何度も目を往復させて見て……
「……これなら、ひょっとしたら……!」




