第77話 巨影
「なるほど……規格外の戦闘能力は健在。加えて、その他の雑兵共も力を増しているか」
「ふん……さすがは大都市といったところか。金が有り余っているようで羨ましい限りだ」
「左様。ならば、少しくらい持たざる者達に分け与えてしかるべきであろうとも」
ハルキ達が出現するクリーチャー達と戦いながら、1歩1歩確実に『アークル』を目指していた頃……そこから少し離れたある場所にて。
崖の下にテントを張って、隠れるように野営用の陣地を形作っている一団がいた。
その中でも大きく、一番つくりの頑丈そうなテントの中で……何人かの男達が、円を作って座り、顔を突き合わせて話し合いを行っていた。
全員、壮年と言っていいくらいの年齢に見え……出自を同じくする一団なのだろうか、肌が色黒で、使っている言葉の訛りも同じという、共通点がそろう集団だった。
彼らが話し合っているのは……他でもない、ハルキ達のことについてだ。
秘密裏に『使節団』の様子を見に生かせた部下達からの報告を受け、ハルキ達『使節団』の動向を逐一把握し、分析している。
無論、彼らが『ヴォーダトロン』を出発してからずっと付きまとっていたわけではない。
彼らが『調査団』へのストーキングを始めたのは、この山岳地帯に入る直前、最後に同盟フォートで宿をとって休んだ、その後からだ。
事前の密偵や情報収集によって、彼らは『調査団』一行がどのルートを通り、どこを経由して目的地を目指すのか、大まかにだが把握していた。それにより、途中順路とするであろう場所に潜み、つかず離れずの距離で様子をうかがっていた。
なぜそんなことをしているのかと言えば、理由は簡単。彼ら『調査団』を襲い、物資やAW、そして何より『レックス』を奪うためである。
組織としての彼らの名は『アルリ・バラム』。ここよりもかなり西……旧時代の呼び名で言うなら、『中東』との境目付近に存在する、中~大規模のフォートであり、そこに所属する者達だ。
彼ら『アルリ・バラム』は、人口や面積は『大規模フォート』と言って差し支えないそれだが、『ヴォーダトロン』ほど『余裕がある』フォートではなかった。
旧時代における中東は、石油の一大産地だった。
それは、そこにあった国々の経済を支える一大産業であり、世界中で日々湯水のように使われている化石燃料の何割かを供給していた。時には、裏組織やテロリストが密売して資金源にしていたこともあったとされている。
しかしそれゆえに、『災害世紀』によって訪れた資源枯渇……その影響を最も早く、最も大きく受けてしまったのもまた、それらの地域であった。
重要な経済資源である石油の枯渇により、経済は崩壊、社会が回らなくなって政府機能が失われてからは……もともと紛争やテロが多発する地域だったことも手伝って、無法地帯となった。
当時、かろうじて先進国で流されていた世界情勢のニュースでは、『多くの難民が発生した』などと報道されていたが、はたしてその表現は正確だったのか疑問だ。
なぜなら、国家が崩壊し、行き場を失った者達は、そこに住んでいた市民ほぼ全てだった。『難民』などと言って区別する以前に、ほとんど全国民、全人民が難民であるようなものだったからだ。
そんな中でわずかに残った力ある者達――旧時代から力を持っていた権力者もいれば、裏組織で暴力で支配を広げていた者もいる――は、独自に武装勢力を立ち上げることで人々をまとめ上げ……その地域で後にできるいくつかの『フォート』の原型を作った。
『アルリ・バラム』もその1つだ。彼らは元々、いくつかの反政府ゲリラや過激派武装組織が前身となってできており、当時『テロリスト』だと言われる立場で保有していた武力や汚れた資産を持っていた。
それに加えて、『災害世紀』初頭の混乱に乗じて、火事場泥棒じみた略奪を繰り返したことにより、さらに力を増した。
その時代、どんな形、どんな経緯であれ、力を持っていた者こそが正義であり、生き残ることができた。ゆえにこそ、後に『大規模フォート』にまでなったのだ。
『ヴォーダトロン』には及ばなくとも、周辺にあるその他の中小フォートよりは抜きんでた勢力を持っていたため、それらを統率し、時には裏で操り、『アルリ・バラム』は今まで勢力を広げ続けてきた。
そしてその方針には……『災害世紀』最初期から掲げ続けてきた、『なければ奪う』という考え方が今もなお残っている。
自分達に服従するならば、手駒として使ってやる。
従わないならば敵。滅ぼして奪い、自分達の力を増すために使う。
それが、『アルリ・バラム』の掲げる掟であり、この『災害世紀』を生き残るための、ある種の迷惑な処世術だった。
かつて、アルフレッド総司令達が語った、『この時代を乗り切るために人類は結束すべき』という方針に、真っ向から対立する立場にある、と言っていい考え方だ。
そして彼らは今回、さらなる力を求めて、『ヴォーダトロン』の特記戦力である『レックス』の強奪を狙っていた。
彼らが動くのはこれが初めてではない。今までに何度かあった、同盟外のフォートや外部の武装勢力による襲撃。そのいくつかの裏には、彼らの存在があった。
勢力下においているフォートや組織を焚きつけたり、あるいは困窮しているフォートをそそのかして『レックス』にぶつけ、威力偵察を行った。
さらに婉曲させた手として、休眠中のクリーチャーを爆薬で叩き起こして炊きつけて襲わせる……などということもやっていた。かつて、『レックス』が初めて人型に変形して倒した『オーガングリズリー』や、その前後に姿を見せた『黒炭猪』の時のあれも、彼らの手引きだったのだ。
そして今回、遠征で『ヴォーダトロン』からはるか離れた場所に来ることを知り、援軍もなく強奪には絶好の機会だと、戦力を投じて来た彼らだったが、調査団が足を踏み入れたこの山岳地帯は……彼らにとっては、多くの事前情報を知っている場所だった。
ホームとまでは言えないが、勝手知ったる戦場であると言えた。
しかしだからこそわかることがあった。
この地では、襲い掛かって派手に戦うのは難しいと。
ゆえにこそ、いつまでも襲い掛かることはせず、気配を殺して山麓部に潜伏し、機会をうかがっているのだが……
「足を止める気配がない、か……連中、どうやらこの先に何がいるのか知らないと見えるな」
「どうする? 『あれ』と戦えば、いかにあの『レックス』とて……貴重な戦力が失われてしまうぞ、いっそのこと今すぐに襲い掛かって奪うか?」
「いや、今ここで騒いで『あれ』を呼び寄せる方が下策だ……最悪の場合、もろともに全滅、ということもあり得るからな。……時にはあきらめも肝要だ。追いかけて虎の尾を踏む愚を犯すことは避けなければならん」
「それに……『あれ』は関係なしに、予想以上に奴らが随伴させている戦力は大きいからな。奇襲を加えても、AW同士の戦いでは……こちらも楽ではなさそうだ」
「むう……『あれ』の存在に気付いて撤退すればよし、隙を見て、そこを襲えばいい。無謀にも『あれ』に挑むようなら……その時は、惜しいが諦めるしかないか」
「仮にその存在に気づいたとしたら、挑むようなことはないだろうと思うがな。いくら何でも……『あれ』に勝てると思うほど命知らずでももの知らずでもあるまいよ。じっくり待つとしよう」
彼らは、この山岳地帯について……『ヴォーダトロン』や、その同盟フォートの面々よりも詳しく知っていた。
比較的、という文言が頭につくとはいえ、近所に住んでいるがゆえの強みだった。
この山岳地帯に……何が住んでいるのか、知っていた。
そして、それには絶対に手を出してはならない、ということも。
「さすがと言うべきか……『子象』を難なく倒すくらいの力はあるようだ。だが……」
「ああ……『親象』に挑むほど愚かではないことを、祈るばかりだな」
☆☆☆
「おい……何だよ、ありゃあ……!?」
「ははは……夢でも見てんのか、俺達?」
ところ変わって……山岳地帯、中腹部。
哨戒部隊として、行く先の脅威を事前に発見すべく動いている彼らは、この遠征において非常に大きな役割を果たし続けている。
行く先にある様々な障害……危険なクリーチャーや、通過に注意が必要な、あるいは迂回した方がいい地形などを事前に発見し、報告する。
持ち帰られた情報をもとに、ファウーラ達がそれらについての対策を練る。
そして出た結論をもとに調査団全体が行動し、ここまで無事にやって来れた。
彼らは今日も、いつも通りに先行して地形やクリーチャーの分布などを調べていた。
しかしその途中……とんでもないものを見つけてしまった。
冒頭のやり取りは、それを眼前にした隊員たちの、現実を直視したくないという願望を滲み出させたものだった。
しかしながら、現実は非情である。
いくら逃避しようとも、目の前にある、この現実は、この存在は変わらない。
変わらないのならば、それを受け入れて動くしかない。
そこにようやく思い至った隊員は、僅かに震えている指で、コクピット内に備え付けの通信装置を操作し、使節団本隊に通信をつなぐ。
「……こちら哨戒部隊。進行方向にクリーチャー発見……新種かどうか判断が難しいが、少なくとも我々でいかに対応するか判断しかねる。情報を伝えるので、至急対応を協議してくれ」
『了解。どういった特徴があるのか、できるだけ鮮明に報告を頼む』
「姿かたちは、『ランドエレファント』とほとんど同じだ。だが、頭部や脚部についている土の装甲が通常より重厚で、その分耐久力が高いのではないかと推測できる。それと……大きさが、違う」
『大きさ? 通称種よりも大きいのか? どの程度だ?』
「……目測で……」
そこで男は、一旦言葉を切った。そして、カメラアイの向こうに見えている、その推定『新種』の姿を、今一度見る。
それが、報告のためにより正確な大きさを割り出そうとしているのか……はたまた、その信じがたい大きさを今一度噛みしめて見ているのかは、定かではない。
「…………体長……50m超。体高も、30、いや40mくらいはありそうだ。距離があってわかりづらいが、大体……」
『……は? おい、おい、待て、何を言ってる? 本気か?』
通信の向こうから困惑した声が聞こえる。
哨戒部隊の男には、その気持ちが痛いほどよくわかったが……目の前で現実を見ている自分は、同じように現実を、彼にも伝えなければならない。
そう自分に言い聞かせつつ、続ける。
「残念なことに、本気だ。周囲に通常サイズや、以前1度だけ遭遇したラージサイズの『ランドエレファント』がいる……まるで親と子、いやそれ以上だな。遠近感考慮しても、それらと比べると、どう見てもそのくらいのサイズはある……というか、今画像送る」
通信装置を操作し、カメラアイで記録した画像と映像を、本隊の受信設備へ送る。
十数秒後、画像を確認したのだろう、通信の向こうから息をのむ音や、『ひっ』と小さく悲鳴が上がるのが聞こえた。
その気持ちも、やはりよくわかった。
もうそこそこ長い時間ここでこうしてこの光景を見続けている自分でも、目の前のこの光景から感じられる絶望感には未だに慣れられないのだから。
今まで見たことのあるクリーチャーの中でも最大級のサイズである『ランドエレファント』。
それと比較してなお、圧倒的なまでのサイズを誇る巨影。
『ランドエレファント』を片足1本で踏み潰してしまえそうなほどの巨体は……そこらのAWなど、その移動に巻き込んだだけでスクラップにしてしまえそうだ。
相当距離があるはずなのに、僅かに動いただけで地面が揺れている……気がする。
強靭極まりない四肢はもちろん、あの長く太い牙や鼻の一振りにかすっただけでも致命傷だろう。
後に、仮称を『グランドマンモス』と名付けられる超大型クリーチャーを前に、哨戒部隊はしばらく観察を続け……数分後、帰還命令が出た段階で即座に踵を返した。




