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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第1章 ディストピア2068
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第7話 暴君竜の王



(……え。何だここ、どこ?)


 目覚めて一番、彼が……ハルキが思ったことはそれだった。


 全く見覚えのない……しかし、なぜかしっくりくる場所に、彼は座っていた。


 雰囲気からして、おそらくはAWか何かの操縦席だろうことはわかった。

 やけに座り心地のいい椅子に腰かけているし、操縦桿らしきものをその手に握っている。目の前と頭の上には……所謂、全天モニターというものだろう。ガラス張りの部屋にいるがことく、前方と側面の広い範囲を見渡せる様式になっている。


 ただ、そうだとすると、同時に奇妙な点があることにも、ハルキは気づいていた。

 握っている操縦桿や、その他、操縦席の周辺に、操作するような機材がほとんどないのだ。


 AWは、作業用重機が母体となっていることから、操縦席の構造も、おおよそそれに準じたものとなっている。ハンドルがあり、レバーがあり、スイッチやダイヤルがいくつも並び……それらによって巨大な重機を手足のごとく操作するのだ。

 その役割を覚え、流れるように、間違うこともなく使いこなせるようになってこそ、一人前の職人……もとい、AW乗りと言える。


 しかし、今ハルキが前にしている操縦席(仮定)には、そういったものがほとんどない。


 いや、全くないと言ってもいいだろう。自分がいつの間にか握っていた操縦桿――よく見れば、座席のひじ掛けのような部分から伸びるようにして設置されている――に、ちょうど親指で押せるような位置についているものくらいだ。

 それ以外は、ハンドルもペダルも、スイッチもダイヤルも、何もついていない。


 複雑な操作を必要とされるAWの操縦席において、それはあり得ない状態だ。


 『災害世紀』に突入する以前の時代、一般的な乗り物だった普通の乗用車でさえ、ハンドルがあり、運転切り替えのレバーがあり、アクセルとブレーキのペダルがあり、その他、窓の操作やサイドミラーの操作、空調や音楽まで様々なものを操作するスイッチやダイヤルがあった。


 それら一切がないとすら言えるこの操縦席は何なのか。

 こんな形で操縦できるのは、せいぜい自転車くらいのものだろう。


 だが、ハルキはその疑問に対する答えがわかっていた。

 その理由はわからない。

 自分の頭には、それに関する知識などなかったはずだ……なのにわかる。


 まるで、直接頭の中に知識をインプットされたかのように、この機体が『思考によって動かす』仕組みであるということが、疑う余地もなく理解できている。


 この操縦桿も、ここについているスイッチも、本来は必要ないもの。

 ただ単に、操縦者がイメージをしやすく、力を籠めやすく、姿勢を整えやすく、そして力を開放するタイミングを認識しやすくするためだけの、いわばアクセサリー。


 そう認識したのを皮切りに、ハルキの頭の中から、次から次へと、『知らない知識』があふれ出てくる。圧縮して頭の中に押し込まれていた知識が解凍されていくようなイメージだった。

 見て覚えるでも聞いて覚えるでもなく、過程もなにもなしに『覚えた』状態になるという異常な現象。にも関わらず、ハルキの頭には何も苦痛はなく……知恵熱一つないままに、全ての知識が頭に染み渡った。


 唖然とするハルキの背後から、声が聞こえた。


「な……何なの、今の……!?」


「っ……!? アキ!?」


 そこで初めてハルキは、その操縦席が複座になっていたことと……自分から見て後方、斜め上についているもう一つの座席に、アキラが座っていることに気づいた。


「無事だったのか!? ん? いや、無事じゃなかったよな、俺も含めて……つーか……」


「あ、ハル……ハル! よかった、生きて……え、何すかその服?」


「その言葉そっくりそのまま返すわ。つーか、どこだ、ってか何だここ……」


 そこでようやく、ハルキとアキラは、自分達が瀕死の重傷を負っていたはずだろいうのに、今こうして傷一つない状態でいること、


 そして、いつの間にか見覚えのない服に着替えていることに気づいた。


 何と表現したものかも難しい。ぴったりとした体に張り付くようなスーツだ。

 一昔前、人間が海で『スキューバダイビング』という娯楽を楽しむ際に着ていた、ウェットスーツという服装に似ていた。これを着て乗る、ということを考えれば……『パイロットスーツ』とでも呼ぶべきなのだろうか。

 色は黒をベースにしていて、所々に赤いラインが入っている。見たことも聞いたことも、もちろん触れたこともない材質のようで、素材が何なのかはわからなかった。


 加えて、傷が治っているのは全くの意味不明……どういう過程を経てこうして治ったのか、2人とも全く覚えていない。

 気を失っている間に何日も何か月も経ち、その間に治ったのか……あるいは、全く別な、わけのわからない過程を経て『治癒』へと至ったのか。

 そう……突如、自分達の目の前に現れた、あの『鋼の卵』のように。


「……まあ、いいか。とりあえず、あの卵っぽいのが言ってた通り、俺もアキも助かってるっぽいしな。……現状は全くわかんねーけど……」


「ああ、そういや言ってたっすね……『契約』すれば助かるとか、『力』がどうのこうのとか……あれ、じゃあ助かったのはいいとして、『力』って何のことなんすかね? このAWがそうとか?」


「いや、知らねーよ。つか、これAWなのか? こんな操縦席の型式、見たことも聞いたことも……そもそも、どこだここ……土の中、岩の壁……え、まだあの鉱道の中か?」


「え、マジで!? ちょっ、あたしら生き埋めになってる!? ちょっと何すかそれ折角助かったのに、どうにかならないんすかコレ!? こんのっ、動け!」


「あ、バカお前不用意に動かすなって……」



 ――ドゴォォオオン!!



 その瞬間、周囲の岩の壁がはじけ飛んだ。


 半分パニックになったアキラが、とっさに全力で『動け』と思考で命じたことで、その機体は、下された命令に忠実に動いた。

 込められた意思そのままに……ここから出るために、全力で体を動かす、という形で。



 ☆☆☆


 

 鉱道入り口。

 すでに、ムーアの私兵たちの殿軍も含めて人もAWも、残らずそこからいなくなっていた。


 もっとも、『生きている者と、無事な機体は』という注釈が必要だったが。


 動くものは炭鉱アリしかいなくなっていたその場所で、突如として岩の地面がはじけ飛び、中から巨大な『何か』が現れた。


 困惑するアリたちの前に姿を現したのは……鋼の竜だった。


 翼は生えていない。蛇のように、体が長いわけでもない。空を飛んでいるわけでもない。

 どちらかといえば、『二足歩行するトカゲ』という感じの見た目であるそれは……太古の昔、地球上を闊歩していたとされる『恐竜』に似た姿をしていた。


 その種の1つであり、肉食のそれの中でもっとも有名と言われるもの。

 恐竜と聞けば、多くの人はまず最初にこの種を思い浮かべるであろう、その代表格。

 鋭い牙と力強い顎、長大な尾と強靭な後ろ足を持ち、陸上生物史上最強種との呼び声も高い……時に『暴君竜の王』とも呼ばれる存在。


 恐竜……『ティラノサウルス・レックス』。


 その『機体』は……そんな、古代の絶対王者を模した姿をしていた。


 体は明らかに機械でできており、鱗ではなく、赤を基調とした装甲に覆われている。

 小さめの前足には、鋭くとがれたブレードがついている、

 太く力強い後足には、本物の爪のごとく、太く力強い、地面をしっかりとつかむ鋼の爪が備え付けられ、その巨体を抜群の安定感で支えている。

 機械仕掛けの顎が開くと、その奥に見える牙は……1枚1枚が恐ろしい鋭さを持っていると、一目見ただけでわかるほどになっていた。加えて、肉厚な刃であることから、強度も相当なものであることが見て取れる。


 そして、その背中は……ここだけは、モチーフとしたのであろう恐竜とは、かけ離れていた。


 胴体の半分ほど、あるいはそれ以上の大きさがあろうかという、巨大な機械仕掛けのユニットが装着されている。いくつもの砲塔が突き出ている上、ミサイルか何かの発射口と思しき個所も見える。さらに後部には、加速用のブースターと思われるものまでついていて……露骨なまでに『機械』を強調して思わせる要因になっていた。

 砲口にブースターという、いかにも戦闘用を思わせる設備なのがまた物々しく、禍々しい。


 そして、そんな機械仕掛けの暴君竜の中にいる、2人の年若い『パイロット』はというと……


「や、やった、外出た! 出られたっすよハル! 助かったっす!」


「アキ、よく見ろ、助かってねえ。とんでもねえとこに出たぞ俺ら」


「へ? ……にぇ!? た、炭鉱アリ!? なんでこんなに……や、ヤバいっすよこれ!? え、ここ巣!?」


「さっきの地震か爆発で道が通って、巣につながっちまってとこだろうな……つーかマジでヤバいな、早く逃げねえと……こんな数、たった1機のAWで相手になんかしてらんねーぞ」


 先にも述べている通り、炭鉱アリの本領は集団戦。数に頼んだ波状攻撃による蹂躙である。

 ゆえに、この種族を一対多数で相手取ることは、極めて危険なのだ。


 まして今、全天モニターに映っているその数は、10や20ではない。そこらのAWなど、あっという間に組み付かれて食い破られ、操縦者もろとも餌にされてしまう。


 それがわかっているからこそ、2人は焦っているのだが……2人が立ち直って動き出すより早く、炭鉱アリ達が動いた。


 大挙して押し寄せ、恐れていた通りに、眼前の鋼の恐竜を食い殺して餌にしようとしてくる。

 最も早く動き始めた戦闘の1匹が、早くも飛びかかり、その顎で食らいつこうとしていた。


 それを見て冷汗を流す2人。炭鉱アリの顎が、金属の装甲すら食い破る力を持っていることは、2人も知っている。

 ゆえに必然、こいつを食らいつかせてはいけない、という結論にいたり……ハルキが動いた。


 幸い、動かし方はわかっている。先程のアキラと同じように、操縦桿を握りしめ、それを通して己の思考を機体に伝えるイメージで動かす。

 小さめだが、ロボットアームのようになっていて、十分動く前足。それについている鋭い爪を生かして、飛びかかってくる炭鉱アリを振り払うか、叩き落そうとして……



 ――ザシュッ!!



 爪で捕らえた炭鉱アリが、一撃でバラバラになって飛び散った。


「…………え?」


 驚く2人。

 大きさにもよるが、1匹1匹の力はそこまでではないとはいえ、炭鉱アリの甲殻は、生半可な銃弾は効かないレベルの強度を持つ。


 それが、まるで、濡れたちり紙を指で突くかのように、あっさり断ち切られた。


 そのことに驚いてしまい、一瞬のスキを作ったことで……後に続く無数のアリたちがその足元に群がってくるが、それに慌てたアキラが、今度は動いた。


「このッ……こっちくんな!」


 叫ぶように言いながら、恐竜の足を動かすイメージを送る。

 鋼の竜は、その2本の足を踏み鳴らすようにして動かし、足元にいるアリたちを踏みつぶしていく。何匹かそれを潜り抜け、足をよじ登って胴体に食らいつこうとして来たものもいたが、それらはまたハルキが、腕を動かして斬り払う。


 ――ドスン、バキバキッ! ドスン、バキャッ!!  ザシュ!


 踏みつぶす。

 斬り払う。

 踏みつぶす。

 斬り払う。

 踏みつぶす。

 斬り払う。


 その繰り返しで、いとも簡単にアリたちは死んでいく。

 

 AWの大部隊が、時に多大な犠牲を覚悟で討伐戦を挑まなければいけないレベルの、災厄の虫達が、なすすべなく足蹴にされ、物理的に粉々になっていく。


 繰り返すうちに、ハルキとアキラは、徐々に冷静になってきていた。

 置かれている状況を……そして、自分達が乗っている機体の『力』を、正確に把握し始めた、と言い換えてもよいだろう。


 ゆえに、多くのアリを踏み潰しすぎた結果、その残骸に足を取られて機体が傾いてしまった時にも……即座にハルキが反応し、思考を割り込ませて対処することができた。

 倒れようとする勢いを逆利用し、体を横向きに大きく一回転させながら……水平に振りぬくように尻尾を一閃させ、その範囲にいた全てのアリを粉々に粉砕する、というおまけまでつけて。


 さらには、幾度かこちらの攻撃を抜けて、アリがその顎で攻撃を仕掛けて来たこともあった。

 その時は2人も肝を冷やしたが……アリの一撃は、かちん、かちん、と、悲しいほどに力ない音を立てるばかりで、こちらの装甲には傷一つつけられていない。


 そして極めつけに、正面から突っ込んできた1匹のアリを……その強靭な顎と鋭い牙で、噛みついて粉々にし、食いちぎるという、いかにも恐竜らしい攻撃で仕留める。

 そこに居たって、2人は……同じ結論に思い至った。


「……なんか、この機体のこととか、この状況とか、そもそもあたしら何でこんなことになってんのとか……未だに色々わかんないっすけど……」


「とりあえず置いとけ。後でいくらでも考えられるだろ、生きてればな……兎にも角にも、だ」



((これなら……いける!!))



 その手につかんだ『力』。

 その使い方を、2人は把握した。


 身を守るための『抵抗』は……動機は違えど、互いに殺意を向け合う『戦い』に変わろうとしていた。

 そしてそれがさらに、『戦い』から『蹂躙』に変わるまで……さほど、時間はいらないだろう。


「よぉーし、もうお前ら何も怖くねえぞ……にしても……」


 言葉通り、もう、ハルキ達には、恐怖も不安も微塵もなかった。

 だからこそこれだけ強気で出られるわけであり、我ながら現金なものだ、と自覚もしていた。


 が、そこまで言って、ハルキはふと、周囲の状況を改めて見る。

 アリの残骸が圧倒的に多くて気づきにくいが、よく見ると周辺には、AWのものと思しき機械類の残骸らしきものがいくつも、あちこちに転がっている。


 さらにはその近くに、血の跡と思しき赤黒いシミも。


 ここに先程まで、少なくとも自分達が知っている限りでは、自分達と同じように『仕事』に訪れていた者達がいたはずだったことを考えれば……状況を理解するのは、難しくはなかった。


「随分とまあ、好き放題やってくれたみたいだな……」


「……親方達、無事だといいっすね」


「ああ……まあ、それは後だ。とりあえず今は……」


 これもまた現金なこと、とでも言えばいいのだろうか。

 この惨状を見て、ハルキ達の心の中には……恐怖や焦燥ではなく、怒りを、そして闘志を感じる余裕が生まれていた。



「この害虫共、食ってやろうか……!! ここからは、俺達の番だ!」



 2人の闘志に呼応するかのように、鋼の暴君竜は、天に向かって雄叫びを上げる。

 聞く者全てに畏怖を抱かせんがごときその轟音は、絶対強者の存在を知らしめた。




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