第64話 鉱道の中に待つモノ
一応の実験を済ませたところ、情報通り、『レックス』の装甲は超硬合金をも溶かす『メタルスラッグ』の溶解液にも耐えることができていた。
そのため、当初の予定通り『レックス』が単騎で救出に行くこととし、ハルキとアキラは通信をONにしたままで、慎重に奥へ奥へと進んでいく。
鉱道内を少し進んだところで、すぐに件の『メタルスラッグ』は出没し始めた。
概ね、生存者の2人に聞いた通りの姿である。粘液をつけながら壁を這って動く、体長が30㎝を超えるサイズの銀色のカタツムリ。うねうねと動く軟体状の部分も、その背中に背負っている殻も、両方が金属の光沢を帯びていた。
それが、ぱっと見ただけでも数十匹は視界に入るというほどの規模の群れを作って、洞窟の中にうごめいていた。
「……気持ち悪ッ……」
「こういうの何て言うんだったっすかね? フジツボとかハチの巣とか、めっちゃいっぱい同じようなのが並んでるのが気持ち悪く見えるって言うアレ……」
『『トライポフォビア』ですね。小さな穴や物体の集合体や、幾何学的な模様に対して生理的な嫌悪感を覚えることがあるという、恐怖症の1つです』
通信の向こうから、セリアの説明が届いた。次いでロイドとメリルが、
『確かに……そんな風に感じるのも無理ないってレベルでうじゃうじゃいるな……』
『そのトライなんとかがなくてもコレ、生身で脱出とか救出とか絶対無理なレベルだね……』
レックスのカメラがとらえている映像は、外で待機しているロイド達のところにも、リアルタイムで送信されるようになっている。そこでこの光景を――流石に全天モニターと同じようにはいかないが――見ている2人の声音にも、うんざりしているような響きが乗っていた。
地面にも、壁にも、天井にも、無数のカタツムリがうねうねと蠢いている光景。その全てが、人の肉を、金属をも溶かして食べる人喰いの虫。
『レックス』を見つけて、餌として食おうと寄ってくるが、構わず蹴散らして進んでいる。
地面を這ってレックスに取り付けるものはほとんどいないが、これも生存者達が言っていた通り、上からボトボトと落ちてきて、『レックス』に張り付く。そして、ただ動くよりも多くの粘液をどろどろと垂れ流し、その体を溶かそうとしてくる。全く効果はないが。
事前に聞いていた通り、溶解液さえ効かなければただの大きなカタツムリのようで、蹴飛ばし、引きちぎり、踏み潰して普通に殺せているようだった。
ただ、背負っている殻は、どうやらそう見えるだけではなく、本当の金属らしい。本体の部分がぐしゃりと潰れるのに対して、蹴飛ばしたり踏み潰すと、ばきん、がしゃん、と硬質なものが砕ける音を立てている。微妙に騒がしい。
「うるさい上に、『レックス』が粘液まみれだよ……何か気持ち悪ィ」
「一応、範囲焼却用の高熱ガス兵器とかならあるっすけど……アリの時みたいに、至近で使って洗浄(物理)するっすか、ハル?」
「ああ、至近距離で熱エネルギー機雷爆発させて『炭鉱アリ』消し飛ばしてたアレな。……もうちょっと後にすっか、どうしてもって時には必要だろうけど、ここ鉱山の中だし、ガス爆発とか粉塵爆発とか怖いし」
「生存者の2人の話では、ガスとかは多分ないし粉塵もほとんど出てないって話だったっすよ? 洞窟自体かなり大きいし、『メタルスラッグ』の粘液も可燃性じゃないから、大丈夫じゃないっすかね? 多分だけど、コレが動いてるだけでも多少なり火花とか出てると思うし」
「岩肌とかにぶつかってか? まあそうだけど、用心するに越したこたねーだろ。……気持ち悪りーけど、まあ、我慢するしかないか」
『なら、気持ち悪いついでに少しいいか、ハルキ?』
と、通信の向こうから、今度はクリスの声が聞こえた。
「どした、クリス?」
『余裕があるなら、いや何なら帰り道にとかでもいいんだがな? その辺にいる『メタルスラッグ』を食って素材にできるか?』
「……このカタツムリ共を?」
いかにも嫌そうな、『えー……』とでも言いたそうな感じの声音。
やり取りは音声のみだと言うのに、その表情が、クリス達には容易に想像できるようだった。
が、もちろんクリスも理由もなくこんなことを言ったわけではない。むしろ、この男が何かを言い出すということは、その理由ないし方向性もおのずと限定されると言ってよかった。
事実、続けてクリスが口にしたのは、そこにいたメンバーにとって予想通りの内容。
「『メタルスラッグ』は体組織に、濃縮した金属成分を蓄積してるから、精製すると良質な金属の材料になる。何を食ってるかで採れる金属の種類は違うんだが、含んでいる量や質が上等であるほど、体や殻に見事な金属光沢が現れるらしい」
そう聞いて、改めて目の前のカタツムリ達を見てみれば……蠢きさえしなければ、金属でできた像に見えなくもないというくらいには、それらの体の光沢ははっきりしている。
比較対象がないので、これがどの程度のものなのかは正確にはわからないが、少なくともそれなりの質は持っていそうではある。
『加えて、こいつらは鉱山や鉱床を餌場として、住み着いて増えることが多いんだが、その餌場の量と質がよければ、それだけ大きな群れを成す、って聞いたことがある。これだけの数、しかも見事な光沢を持った『メタルスラッグ』がいるってことは、それだけのもんがあるってことだ』
「要するに?」
『金の匂いがする』
『ブレねーな、お前……言っとくけど、人命優先だぞ。それはわかってるだろうな?』
『ああ、わかってるさ。だから『余裕があれば』でいいって言ってんだろ。救助した後で探すって手もあるしな』
「どっちみちその鉱脈……らしき何かは探したいんすね。まあ、そういうのがある可能性が高いとしたら……確かに結構な資源になるっすから、探す価値はあるかもだけど」
「それだってお前、仮にあったとしても、どこにあるか分かったもんじゃないだろ。さっきちらっと話に上がったけど、もしここが崩落で『メタルスラッグ』が住んでた空間につながったんだとしたら、そっちの方にあるかもしれ……ほら見ろ、何か図面に乗ってねえ穴が開いてんぞ」
モニターに映っている景色の中に、なるほど確かに、少し小さめの横穴のようなものがある。
端末で撮影してデータを取り込んでおいた『図面』をモニターに移して参照するが、そんな位置に道はないし、そもそも人が整えて堀ったものには見えないくらいに、有体に言って『雑』な形で開いている。
予想通り、崩落か何かで開いた、ないし『繋がった』穴であるようだ。
同じような崩落の痕跡、ないし不自然な穴はあちこちにある。そしてよく見ると、『メタルスラッグ』がその奥から這い出してきているようだった。
「予想的中、ってことか……」
「あそこに入るのは無理っすね……小さすぎて『レックス』じゃ……いや、普通のAWでも無理っすよ多分。生身の人間くらいの大きさでなら何とか、ってとこっすかね」
「イコールで死だろそれ。……でも、クリーチャーの襲撃でテンパってたりしたら、思わずって感じであそこに逃げ込んだ人もいたかもな」
あの穴が鉱道ではなく、崩落で偶然つながった者で、あの先にあるのが『メタルスラッグ』の巣だとしたら、そこに生身の人間が行くのは自殺と同じだ。
この『レックス』で入れる大きさでない以上、それを確認するのは難しい。先程クリスが言っていた、『メタルスラッグ』が餌にしていると思しき『上質な鉱床』があるかどうかも含めて。
「でも、それならこの生存者は、そうじゃない道を選んだから助かったっていうこと……アレ? でも、ここコレで行き止まりっすよ?」
「あん?」
ハルキがモニターを確認すると、確かにアキラの言う通り……道はここで終わっている。
見間違いようもなく、そこには未掘削の岩壁があるのみ。まさしく行き止まりだ。
しかし奇妙なことに、『生存者』の生体反応はこのさらに奥にある。
そのことを通信で話すと、やはりその向こうでも、不思議そうにしている気配が伝わってきた。
『奇妙な状況ではあるが……要するにそれは、その壁の向こう側に空間があって、そこに生存者が隠れてるってことか?』
『だが、図面にはそれは載っていない……ということは……』
「さっき話してた内容、的中したかねコレは」
予想としては、この奥にある空間が……恐らくは、『メタルスラッグ』が巣にしていた空間、あるいはその一部なのだろうと、ハルキ達はあたりをつけた。
そしてあの小さな、崩れてできたような穴は、やはり『メタルスラッグ』の巣穴の空間につながっていて……底を通って、『生存者』は向こう側に逃げ伸びた。そして今まで、上手いこと逃げ回っていたのか、『メタルスラッグ』に溶かされることもなく生き延びていた、ということになる。
だとしたら、逆によく生きていられたものだ、とハルキ達がその悪運に感心した……その瞬間、
「「……え゛!?」」
そんな声が、思わずと言った感じでハルキとアキラ、両方の口から漏れる。
当然、それをいきなり耳にした通信の向こう側では、何かあったのかと気になっていた。
『……ハルキ? アキラちゃん? どうかした?』
「あー、っと……たった今、その生存者の反応……消えたっす」
『……何ですって?』
通信の向こうから、驚いたファウーラ達の声が聞こえてくる。
無理もないだろう。救出を目前にして、よりによってこのタイミングで……救えたはずの命が、失われてしまったというのだから。
一体何が起こったのか。とうとう隠れきれなくなって、『メタルスラッグ』に食われたのか、それとも体力が限界に達したのか……
推測ばかりで答えが出ないが、そんな考えがまとまるのすら待たずに、事態がさらに動く。
「……ん? ちょっと待て何だコレ? なんか……いきなりバカでかい生体反応が……」
『おい、今度は何だよハルキ!? 何かあったのか!?』
「いや、今話してた、この向こうにあるっぽい謎空間に、いきなり……大型クラスのクリーチャーの反応が出た! 何だコレ、マジで……『グリズリー』よりデカいぞ!?」
『はぁ、マジかよ!? え、ちょ、そんなの今まで何でわからなかったんだ!?』
「多分だけど……『メタルスラッグ』の反応に隠れちゃってたんじゃないっすかね? この奥の空間にも滅茶苦茶いっぱいいるみたいだし、その上……大きさ以外は、何か反応が似てるっすよ。近縁種か何か……って、おわぁ!?」
『今度は何だ!?』
「壁の穴から何か出て来た! 蛇? ……いや、触手かコレ!?」
話している間に、今度は岩壁のあちこちに空いている大小の穴から――気のせいでなければ、今この瞬間に開いた穴があったようにも見えた――何本もの触手のようなものが這い出してきた。
ぬめぬめとしていながら金属光沢を放ち、ちょうど『メタルスラッグ』と同じような質感のそれらは、『レックス』の体に絡みつき、蛇のように締め上げてくる。
「何っ、だコレ……!? 動きづらい……見た目に似合わず馬力やばいくらいあるぞ! あの熊と同じくらいか、それ以上……」
「しかも何か、周りにいるカタツムリが一斉に襲って来たんすけど!? 何すかコレ、協力してる!? え、この触手、『メタルスラッグ』のボスか何かっすか!?」
絡みつき、締め上げて動けなくさせた『レックス』の体中に、次から次へと『メタルスラッグ』が襲い掛かる。先程までに倍する勢いでへばりつき、よじ登り、降り注いでくる。
そして、溶解液を分泌し、機体全体をドロドロに汚していく。それによって装甲が溶ける気配などは、今のところないが。
しかし、明らかに今までと違う挙動を見せるそれらに、ハルキ達はもちろん、それを音声で聞いて、カメラの映像を見てもいるファウーラ達も動揺を隠せない。
『『メタルスラッグ』と協力して襲ってくる謎の触手……!? クリーチャーも動物だ、種族が違えば敵対して食い合うことすら多いのに、逆に協力するってのは……セリア!?』
『……っ……申し訳ありません、私が知っているもののなかに、それに該当する種族は……』
『新種ってこと!? ねえハルキ、アキラちゃん、他に特徴とかない!? てか大丈夫!?』
「今んとこ一応大丈夫だ! まあ、攻撃も溶解液も効いてはいねえし……つかこの触手も溶解液出してるっぽいんだが。見た目も近いし、マジでボスかも……とにかくこれじゃ一方的にやられっぱなしだ、隊長、どうすればいい!? 撤退した方がいいのか、それとも……おぅわっ!?」
その瞬間、ひときわ強くその触手が『レックス』の体を、締め上げながら引っ張ったことにより、バランスを崩して倒れ、岩壁に突っ込んだ。
その衝撃で岩壁が崩れ、その奥にあった『謎の空間』へとレックスの機体が転がり出す。
そこは、地底湖のような場所になっていた。ちょうど『サラセニア』で、『油翡翠』が安置されて――沈んで――いた場所に近い。こちらはあそこと違って、日の光が差し込んではおらず、ただひたすらに暗い空間になっているが。
水は濁っていて、透明度は低い。
しかし、少し大きな波が立つと底が簡単に見えることから、水深は浅いようだ。大人の膝上から大腿部あたり、くらいだろうか。
そのあちこちに、数えるのも億劫になるほどの数の『メタルスラッグ』がいる。
地面を這い、壁や天井にへばりつき、水の中にもいて、そこから這い出してきてもいる。先程までいた通路で見た数が可愛く見えるほどの量だ。100や200どころか、1000や2000ではきかないのではないだろうか。
「何、なんすか、この数……!? これ全部、『メタルスラッグ』……!?」
「つーか、その真ん中にいる奴何だよおい……!」
そして、ハルキの言った通り、その中心……地底湖のど真ん中に鎮座しているのは……今しがた『レックス』に絡みついてきた触手の持ち主だった。付け加えて言えば、底が見えるくらいの『大きな波』を先程から引き起こしているのも、このクリーチャーである。
一言で言えば、そこにいたのは、巨大なアンモナイトだった。
イカやタコのように、長い触手を体から何本も生やしており、その本体部分には、巨大な巻貝型の甲殻を背負っている。触手以外のほとんどの部分は、その中に隠れているようだ。体の両側についているぎょろりとした巨大な目が、こちらを不気味な威圧感と共に睨みつけていた。
そして、伸びている触手も、その大本の本体部分も……さらには背負っている巻貝も、金属光沢を帯びている。甲殻部分にいたっては、その重厚さたるや、生半可な銃火器では傷一つつかなそうなほどに堅牢だとわかる。要塞を思わせるほどの、鋼の装甲だ。
その目的は、わかり切っている。どろりと濁った双眸は、こちらを……『レックス』の姿を捕らえて放さない。また、触手も同じように絡みついたままで、締め付け続けている。
今出している数本では不足だと判断したのだろう。その、何と呼べばいいのかもわからない巨大アンモナイトは、さらに追加で何本もの触手を伸ばしてきた。
早々に、餌の息の根を止め、食らうために。




