第63話 小さな人食い虫
『ヴォーダトロン』から『ウルタブデラ』まではさほど離れていない。
そのため、午前7時に出発したハルキ達は、午前中もまだ早い時間のうちに『ウルタブデラ』のフォートに到着。
そこの司令部で簡単な打ち合わせを行った後、既に先方も準備ができていたため、速やかに現場である金鉱山の跡地へと向かった。
道中、クリーチャーによる襲撃なども特になく、順調に進み……昼食のための休憩をはさんだものの、昼過ぎには現場に到着した。
『ゴールドラッシュ』の終わった鉱山は、なるほど正に『用が無くなった』とでも言うような様相を晒していた。
つい最近まで人がいて、ここで作業をしていた痕跡がいくつもあるが、今は不気味なほどに静かで誰もいない。そこかしこに放置された、壊れた機材や採掘道具が、確かにここで汗水流して採掘が行われていたのだということを物語ってはいる。
壊れて要らなくなって、持って帰るのが手間だから捨てられたものもあれば、話に聞いたクリーチャーの襲撃で、放置したまま逃げるしかなかったものもあるだろう。
どちらにしても、それらの痕跡が、まさにこの場所ごと『捨てられた』かのようで……余計に、この光景の寂しさを増しているようにも見えた。
ウルタブデラの職員たち曰く、『出張所』はもう少し奥の方にあったとのことなので、あれらの中に回収の対象である機材などはないようだ。
もっとも、あったとしても困るだろうが。
長時間野ざらしになっていたためか、無事なものは1つもないようだ。ジャンク屋の食指も動かないような状態のものばかりだ、とハルキ達は思った。
そこからさらに進んで、ほどなくしてその『出張所』があった現場に到着。
残念ながら、拠点として使っていた建物そのものは壊されてしまっていたが、全壊ではない。単純に戦闘に巻き込まれて半壊しただけのようだ。
壁には穴が開き、柱が何本か折れているため、少しの衝撃で崩れそうではある。また、吹き抜け状態になっている所に雨風が入り込んだのだろう、内部は、まあ無残なものだった。
しかし、しっかりとケースに入れてしまわれていたらしい機材の多くは、どうやら無事なようだった。頑丈な金庫の中に入れられていたノール紙幣や、買い取った金もだ。
機材の中には修理が必要なものもあるようだが、それも簡単に済みそうなものが多い。
まあ、流石に全部無事とは言えず、修理しても使えそうにないくらいに請われてしまっているものもあるようだが、それに関しては仕方ないと、ウルタブデラの職員達も諦めていた。
もともと、金と資金だけでも回収できれば、程度に考えていたらしく、使える機材をいくつか回収できただけでも満足することにしたようだ。
ここまでは、ハルキ達『第7特務部隊』にとっても、ウルタブデラの職員達にとっても、凡そ予想通りの展開だった。
が、それとは別に、正直に言って予想外と言うしかない展開が待っていた。
「まさか、マジで生存者がいるとはな……」
「おいクリス、それあの人らの前では言うなよ。……まあ、正直気持ちはわかるけど」
「だな、逆にびっくりしたわ」
ロイド、ハルキも一緒になって、ため息交じりにそんなことを言う。
その視線の先には……汚れや破損でボロボロになった作業着に身を包み、頬がこけてやせ細ってしまった状態の、2人の男性がいた。
顔色は悪い。ひどく憔悴しているのが、素人目に見てもわかる。気のせいでなければ、座っているのにふらついているようにすら見える。
衛生兵でもあるメリルが簡易的に診察したところ、すぐに命がどうこうということはないが、栄養失調と低体温がひどい、という結果だった。
彼らは、先程クリスが言っていた通り……ここで働いていた採掘者達である。クリーチャーの襲撃時に取り残され、それをやり過ごし、どうにか今まで逃げ伸びて生き残っていた者達だ。
ハルキ達が到着したと同時に、ほぼ廃屋と化していた『出張所』の建物の中から、よろよろと歩いて出て来て、助けを求めてきたのである。さすがに全員、驚かされていた。
すぐさまメリルが診察を行い、温めるためにそこらにあった角材ゴミなどを燃やして火を起こし、それにあたりながら、携行食料の中から即席のスープを出して作り、飲ませた。
温かいものを腹に入れて落ち着いたのを見計らって、一体何があったのか、今までどうしていたのか、事情を聴いているところだ。
「最初の襲撃の後、俺達は鉱道に隠れたんだ。襲って来たクリーチャーのほとんどは、それなりに体が大きい奴だったから、狭い空間に入れば追って来れないだろうと思って……掘ってあった鉱道のうち、一番小さいところに……」
「それからしばらくはその中で過ごしてたよ。外に出ればクリーチャーがまだいるかもしれないから、怖くてな……でも、少しして今度は、鉱道の中にもクリーチャーが出たんだ。俺達以外にも4人、そこに一緒に隠れていたんだが……皆、『あいつら』にやられちまった」
「それで、鉱道の中にもいられなくなったから、仕方なく外に出た。『あいつら』も外までは追ってこなかったのと、最初に襲って来た奴らがもういなくなってたのは運がよかった……それからはずっと、あの建物の中で救助を待ってた、ってわけさ。『ウルタブデラ』は、流石に徒歩で行くには遠いし、危険だし……飯も食えなくて、体も弱ってたからな」
話を聞いて、ハルキ達はどういった状況だったのかを大まかに把握できた。
向こうでは、ウルタブデラの職員たちが、今聞いた内容を書き記してまとめている。この後、帰ってから報告する必要があるからだろう。
予想外のことではあった。しかし、生存者がいたことは純粋に喜ばしいことだ。
彼らはこの後、物資を回収してから、帰還する時に一緒に連れて帰ることになった。運搬用に、車両にはスペース的な余裕を持たせて用意してあったため、問題はない。
「にしても……鉱道の中にもクリーチャーが出た、ですか……」
「どんな奴だったんだ? 中に出たってことは、そのくらい体が小さい奴だったんだよな」
「……思いだすのは辛いかもしれませんが、教えていただけると助かります」
こちらからの問いかけに、その時のことを思い出したのか、顔色が悪くなる2人。
しかし、何度か深呼吸して、気持ちを落ち着けることができたのか、ゆっくりと口を開く。
「ああ、確かにな……小さい奴だった。名前は、わからない……というか、正直俺らはクリーチャーとかには詳しくないから、アレがクリーチャーだったのかは、実のところわからないんだ」
「つっても、あんなヤバい生き物がクリーチャーじゃないってことはないだろうと思うがな」
「どんな奴だった? 見た目とか、特徴とか……何でもいいんだけど……」
「見た目は……カタツムリみたいな奴だったよ。テカテカしていて、壁を這って進むんだ」
「カタツムリ……!?」
「大きさは……20~30㎝くらいだと思う。鉱道の中は薄暗かったから、よくは見えなかったんだが……気のせいじゃなけりゃ、体も、背負ってる殻も、金属みたいに光沢があったきがする。そして……」
そこで一度、男は言葉を詰まらせて……辛そうに続ける。
「体から、酸か毒か……わからないが、そういう液体を出して、何でも溶かしちまうんだ。木も、金属も、服も……人も……」
「動きは遅いんだが、音もなく壁を這って進むから、天井とかにもいてな……あいつら、いきなり上から落ちてきたカタツムリ共にへばりつかれて、そのまま溶かされて……ッ!」
「殺そうとしたけど、ダメだった。体が小さいし動きが遅いから、殺すのは簡単なんだが……体液ですぐにナイフも鶴嘴もダメになっちまって……しかも、100や200じゃないってくらいに、とにかくとんでもない数がいやがったんだ。逃げるしか……なかった」
覚えてるのはこのくらいだ、と、そこで男たちは説明を締めくくった。
彼らの後のことは、『ウルタブデラ』の職員たちに任せることになる。
その後ハルキ達は、聞き出した情報をもとに、そのクリーチャーの正体が何か、どう対処すべきか、そして今後の予定についても、再度確認するために打ち合わせを行った。
クリーチャーの正体については、すぐに判明した。クリスとセリア、それにロイドが、特徴が一致するクリーチャーについて知っていた。
「出現したというクリーチャーですが……おそらく『メタルスラッグ』かと思われます」
「鉱山とか洞窟に出没する……まあ、あの人達が言っていた通りの、『カタツムリ』型のクリーチャーだよ。雑食で何でも食べるけど、特に金属や鉱石を好んで食べるらしい」
「体液が強力な溶解液になっていて、そいつで獲物を溶かして捕食する。AWの素材になってるような特殊合金類だろうがお構いなしにな。言っていた通り、戦闘能力は皆無に等しいが、その性質ゆえに、ただ体がデカいだけのクリーチャーより数段厄介な奴だ」
「これも報告通りですが、数百匹からなる群れを作って暮らし、集団で獲物を襲う習性を持っているそうです。閉所や暗所を好むため、洞窟外に出てくることはほぼないのですが……逆に言えば、洞窟内であればどこにいてもおかしくない、と言えるかと」
そこまで3人の説明を聞いて、シドがファウーラに尋ねた。
「どうする隊長? この後の予定は、確か……」
「ええ……鉱道内に生存者がいないか『一応』確認するため、中に入って簡単に調査を行う予定でした。ですが、そんなクリーチャーがいるとなると……」
「生身での探索は自殺行為、よね? いや、AWでも同じか……装甲溶かしちゃうんじゃな……」
「となると……捜索中止?」
「でもなあ……今さっきまさに生存者いたところだし……もしかしたら、中にまだ生き残ってる奴いるんじゃないかってちょっと思ってるというか……可能性、あるよな?」
「……何とも言えねえな。鉱道の中に逃げ込めていれば、襲って来た外のクリーチャーからは身を守れた。だが、中に出現した『メタルスラッグ』に殺されてないかどうか……そういや、なんでいきなり『メタルスラッグ』が出現したのかも謎だな。『ゴールドラッシュ』の採掘中は、そんな気配はなかったようだし……崩落か何かで巣穴にでも繋がっちまったのか?」
「……どこかで聞いたような話っすね」
「だな……あー、嫌なこと思い出した」
クリスの推理を聞いて、ハルキとアキラは、自分達が『レックス』と出会うことになった日のことを思い出していた。
地震と、その直後のガス爆発で崩落した古い炭鉱。その結果、奥にあった炭鉱アリの大きな巣につながってしまい、大勢の犠牲者を出すことになった事件のことを。
最終的には、『レックス』によって全て焼き滅ぼすことができたわけだが、今思えば、あの時から自分達の運命が変わり始めたのかもしれない……などと思い返していた。
「……? まあいいや。一応、対応方法がないわけじゃないんだ。『メタルスラッグ』の溶解液は、ガラスを溶かすことはできない。だから、車体ないし装甲の表面をガラス質の物質でコーティングすれば、防げるんだけど……」
「さすがにそんなん、即興で用意するの無理っすよ……あ、でも」
言っている途中で、アキラが、そして一瞬遅れてハルキも、何かに気づいたようなそぶりを見せた。
それを見て、似た反応を少し前に見ていた、ファウーラ、シド、そしてマリカが『あ、もしかして』と何かに気付く。
「? でも……何?」
「今、なんか『受信』したんだが……『レックス』の装甲なら多分平気だ。溶解液にも溶かされないで、普通に耐えられるってよ」
「え、マジで? つか、すげータイムリーじゃね?」
以前、『油翡翠』の浄化……ないし、『捕食変換』による再構築の方法を『受信』した時と同じように、ちょうど今欲しい情報ないし事実が、ハルキとアキラ、2人の脳内に直接送られてきたのだった。
その後、念のため2人は『レックス』のコクピットに乗り、こちらからデータベースを確認したが、結果は同じだった。この機体の装甲であれば、『メタルスラッグ』の溶解液も全く問題なく耐えられる、というものだった。
そのついで、と言うわけではないが、ハルキ達は許可を取った上で、『レックス』に乗ったまま、鉱道のすぐ近くまで行き……レーダーで生命反応を探知してみると、
「うおわぁ……いるいる、めっちゃいる」
「何が」
「多分『メタルスラッグ』。小っさいクリーチャーの反応が、もうなんかうじゃうじゃと……何て表現したら的確か分かんねえコレ」
レーダーで拾える範囲だけでも、人間よりもかなり小さな、クリーチャーのそれと思しき生体反応が、100や200ではない数確認できた。多すぎて1つの生物がうごめいているようにすら見えるそれは、データ上で見ているだけでもどこか気持ち悪さを誘う。
そして、もう1つ……見逃せない探知結果が、全天モニターに映し出されていた。
「それと……何か、奥の方に生存者いるっぽいんすけど」
「は? ……え、マジで?」
「マジで。多分この反応……人間だぜ」
外にいるロイドが驚いて聞き返した気持ちを察しながら、ハルキはファウーラ達の手元にある端末にデータを画像化して送信する。
そこには確かに、人間が、鉱道の奥の方で生き残っていることを示す反応が表示されていた。
一端ハルキ達は『レックス』から降りて、話に加わる。
「……コレ、一応生存じゃとして……今から『ウルタブデラ』に戻って、耐腐食性の加工したAWとか用意してたら……間に合わないっすよね?」
「あのおっさん達でもけっこうギリギリだったしな。そうなると、もう今から入って助けるしかねえけど……」
言いながら、ウルタブデラの職員たちからもらった図面を見る。
幸いと言っていいのか、その生存者たちがいるのは、かなり大きな鉱道の中、その奥の方のようだ。それこそ、『レックス』でも入れるくらいの大きさの通路が通っている。
(……? 外のクリーチャーが入って来れないような小さい通路を選んで隠れたから、あの人らは助かったんじゃなかったか? こっちの生存者は、なんだか矛盾……いや、状況が違うような……)
ふと、ハルキを含めた何人かの脳裏によぎった疑問をよそに、ロイド達が生存者の2人に追加で尋ねる。
「あのー、何でこの通路こんなにデカいんですか? そんだけ大規模に金の採掘進めてたとか?」
「あ、ああ……この鉱山はもともと、石炭とか他の工業資源の採掘場だったんだよ。金鉱脈が追加で見つかったのはごく最近でな、それまでは、この山はもう採掘しつくされたと思われてたんだ。もっとも、それすら旧時代の話らしいんだがな」
「成程。そうなるとやはり、『レックス』で救助に行く以外ないのではないでしょうか。これ以上は生存者の負担が許容範囲を超えます。装備を用意している時間はありません。もちろん、データ通りに『レックス』の装甲が『メタルスラッグ』の溶解液に耐えられることを確認した上でですが」
「でも、仮にそうだったとしてだよ? 助けた後、どうやって連れ帰るの? 『レックス』のコクピットって、たしか……思考操縦のための電磁波みたいなのが充満してて、それってパイロットの2人以外には有害で、入ると死んじゃうんでしょ?」
個人認証であると同時に防衛装置にもなっているシステム。それについては、事前に同じ部隊の全員が聞かされている。
そういった理由で、非常事態であっても『レックス』にはハルキとアキラ以外乗れないので、十分に注意するように、と。
「機体外部についてる資材格納用のスペースを使えば、運ぶだけならできると思う。荷物扱いすることになっちまうし、乗り心地はよくはねえだろうが……まあ、我慢してもらうしかないな」
「命かかってる時にそんなこと気にする奴はいねえと思うがな……隊長、そんな感じで進めても?」
「……最適解でしょう。許可します。準備に取り掛かってください。30分後に作戦開始です」
「「「了解!」」」




