第62話 幻の黄金
『ゴールドラッシュ』というものがある。
一昔前……よりもさらに昔の時代に誕生した造語であり、未発見・未着手の金鉱脈が見つかった際、金の採掘で一攫千金を夢見る者達がそこに殺到すること。
また、その採掘者・事業者達をターゲットにした商売人たちが一挙にそこに集い、大規模なマーケットが展開することで、金の売買による直接的なもの以外のものも含め、莫大な経済効果が発生することを含めて、そう呼ばれる。
その『ゴールドラッシュ』が、この『災害世紀』においても発生した。
未発見の金鉱脈が、『ヴォーダトロン』から……近い、と言えるかどうかは微妙ではあるが、とある枯れたと思われていた鉱山で発見された。しかもそこは、多数の『クリーチャー』が出没して危険であることから、どのフォートの影響下にもない、場所的にもフリーな鉱山地帯。
そこに、一獲千金を夢見て、フォートから派遣された採掘事業者や、フリーの採掘屋が殺到したのだ。
もっとも、この『災害世紀』、金に装飾品としての資産価値などほとんど残ってはいない。
全くないわけではないが、社会における需要のメインは、あくまで工業製品の作成に必要なレアメタルとしての価値だ。
そうだとしても十分な価値になるため、採掘者達が二の足を踏むことはない。
ある者は今ある財を更に増やすため、またある者は底辺から一気に這い上がるため、それぞれの思いを胸に、採掘道具を手に、危険を承知でそこに向かった。
…………というのが、既に半年以上前の話である。
「結論から言えば、そこには鉱脈、と呼べるほどの量の金はなく、また質もそれほどよいものではなかったため、早々に『ゴールドラッシュ』は収束したようです」
と、事務室にて、『第7特務部隊』全員の視線が集中する中、セリアが淡々と説明する。
そこまで聞いて、何人は『うわあ……』とでも言うような顔になっていた。
表情から察するに、そこで夢を描いて懸命に働いて、しかし結局夢破れることとなった『ゴールドラッシュ』参加者達に、同情の念でも抱いているのだろうか。
「ガセネタに踊らされた奴が続出した、ってこと? いやまあ、実際に金は多少はあったんだから、全くのガセってわけでもないんだろうけどさ」
聞けば、『ゴールドラッシュ』自体も、採掘者達による需要ないし経済効果を見込んだ近隣のフォートが過剰に宣伝を行った結果起こったものであるという。
悪気があったわけではないだろうが、振り回された者達からしてみれば、たまったものではないだろう。
「参加者達からすれば変わりねーだろうよ。個人でちまちまやる程度ならともかく、鉱脈からの採掘なんざ、初期投資だけでもバカみてーに必要になるからな。他人に先を越される前に突貫で取りかかろうとしたなら、猶更だ。考えるだけで頭痛くなるわ」
「利益になるほど金が手に入った人、どれだけいたんだろうねえ……まあ、リスクは承知だったんだろうけど……」
「一か八かで、短期間に楽してでっかく稼ごうとしても、上手く行かないっていい例だ。人生、そう上手いことできちゃいないんだよ」
「クリスが言うと重みあるっすね……さすが守銭奴」
「それ褒めてないだろアキラ……ところで隊長、なんでそんな話を今?」
「もちろん、この後の我々の仕事に関わってくるからです」
遡ること数分前、事務室にやってきて最初に『少し前にあったゴールドラッシュ』という話題を振ったファウーラは、そう言って手元に持っていた資料を配る。
各自1枚ずつ手にしたそれを見ながら、続けて口を開いたファウーラの話を聞く一同。
「先程セリアが説明した通り、『ゴールドラッシュ』自体は既にほぼ収束しています。今はもう、ごくわずかな量の金が時々出るという程度のものになっていて、近くに住んでいる者達が、暇つぶしを兼ねた小遣い稼ぎや物見遊山で訪れるような状態ですね」
すでに『ここでは採れる』という確実性がなくなっている以上、金を稼ぐための事業としてそこに赴く者はいないようだ。このご時世、無駄に使える時間など、多くの者にとってはないに等しいのだから、当然と言えば当然ではある。
「問題はここからです。その『ゴールドラッシュ』なのですが、近隣のフォートのいくつかが公的な事業として参加していました。その中には、『ヴォーダトロン』の同盟フォートもあります」
「公的な、って……随分と博打な公共事業に打って出るところがあったのね」
マリカの呆れたような指摘。しかしファウーラは『いいえ』と首を横に振った。
「採掘に、ではありません。全容が不明であるため、あくまで採掘は、個人や事業者に任せていたようです。そのフォート……『ウルタブデラ』がやっていたのは、産出した金の買い取りです」
先程述べた通り、金は、宝石ではなくレアメタルとして、資源として扱われる。
市場に流通させて経済効果に変えるのも手ではあるが、公的機関として、フォート自体でも金を保有しておきたいという考えがあったことから、『ウルタブデラ』は採掘場所近くに出張所のようなものを設け、金の買い取りを行っていた。
事業者などは、より高い値段で買い取ってもらえるように様々な買い手を回ったり、あらかじめ協力関係にある販路での販売を約束していたが、個人で訪れているような者にとっては、手っ取り早く換金できて現金が手に入る『出張所』はありがたい。持って帰る間に奪われるかもしれない、という懸念もあった。
ゆえに、そういった者達からの買取で、そこそこの量の金が集まった。
しかし不運なことに、その出張所は、そろそろ撤収するか、という時になって……クリーチャーによる襲撃を受けてしまった。
働いていた職員は……さすがに全員は助からなかったようだが、護衛として就いていた部隊の奮戦もあり、どうにか大半が帰還できた。
問題は、その逃走の際、買い取った黄金と、買い取りのために持ち込んでいた少なくない額の資金、そして様々な設備をそのままにしてきてしまったことだった。
金は、定期的にフォートに運んでいたため、最初からの分全てが失われたということはない。しかしそれでも、それなりの量の金や資金がそのままになっている。切り捨てるには、いささか惜しいらしい。
加えて、その『クリーチャー』の襲撃自体がそこそこの規模であり、出張所のみならず、その時点でまだ残っていた採掘者達もまた、襲撃の被害にあった。
基本的に、フォート外……クリーチャーが出る危険な場所での作業は、公共事業でもない限りは自己責任だ。しかし、決して人数が少なくない規模だったのに加え、そのフォートが、主導とは言わなくとも、推進していた事業に参加して多くの死者が出たというのも外聞が悪い。
なので、もし生存者などがいれば、その救出もできれば、と考えているとのこと。
「生存者の方、ついでなんすか? ……まあ、自己責任だし仕方ないのはわかるっすけど、世の中厳しいっすね……」
「それもありますが……経っている時間が時間です。既にその襲撃があってから、4日が経過していますので、今からではどの道、生存自体が絶望的だという見方が主のようです」
「ああ、それは確かに厳しいわね……4日か。個人でも保存食持つか微妙だわ」
山などでの遭難の際、遭難から72時間を過ぎると、生存確率は急激に低下すると言われている。
そこからさらに1日以上が経過しているのに加え、周囲には危険な『クリーチャー』も跋扈しているとなれば、確かに『絶望的』と言う以外にない状況だろう。
そもそも、少数だったとはいえ、フォートの軍が撤退するしかないレベルの襲撃があったのだから、その時点で既に全滅していてもおかしくはない。
「そのフォートが放った調査班の報告が先程通信で届いたのですが、外側から確認できる範囲には、生存者はいなかったとのことです。ただ、襲撃してきたクリーチャーもほとんどいなかったと」
「……ってことはつまり、その辺に縄張りがあったわけじゃなく、ただ単に人間が群れてたから襲ったってことか?」
「ゴールドラッシュ終盤に襲ってきたわけですから、その可能性は高いですね……ですがその場合、現場にクリーチャーがもう残っていないということは、つまり……」
「……あるもん食いつくしたからずらかった、って可能性が高いわけだな」
「生存者の救出が、ついで扱いされるわけっすね……」
現状を認識し、その場の空気がやや重くなってしまったが、すぐに切り替えて、ファウーラの話の続きに傾注する。
「話を戻しましょう。私達の今回の任務は、その鉱山で残したままになっている金と資金、それに設備の回収です。正確には、回収自体は『ウルタブデラ』の担当者が行いますので、我々の仕事はそれを護衛することですね」
(外部のフォートの連中の護衛か……まあ、協力関係ってあるだけじゃそこまでしないから、それなりに貰うもんは貰ってる、あるいは貸しにしてるんだろうが……そのへんは俺らが考えることじゃねーか)
「でも隊長、今はもう、襲撃してきたクリーチャーはいなくなってるんですよね? なのに護衛が……しかも、外部のフォートに頼んでまで必要なんですか?」
「ええ。ですが厄介なことに、襲って来たクリーチャーの中には飛行種族がいたそうです」
それを聞いて、質問したロイドをはじめ、皆が納得したようにうなずいた。
飛行能力を持つクリーチャーの機動力は、その他の陸生・水棲種族とは比較にならない。また、行動範囲もけた外れに広くなり、さらには目もいい場合が多い。
もしもその種族が、金鉱山を狩場の1つとして覚えていて、たまたま通りがかって目にする、あるいは巡回でもしていれば……回収作業中に襲ってくることも十分考えられる。
そして、当たり前だが飛行種族は戦いづらい。同じ舞台で戦うことになる陸生のもの達とは違い、素早く立体的に動き、こちらの攻撃が届かないところにすぐに逃げてしまう。飛び道具で対応するにしても、簡単ではない。物量でどうにかしようとすればコストがかさむし、確実とも言えない。
ゆえに、中小のフォートには……それこそ『サラセニア』の航空戦力でもない限り、飛行種族との戦闘は半ば鬼門扱いなのだ。防衛に主軸を置き、撃退を主目的として動くのが常道である。
「! ってことは……とうとう私にも出番が!? え、隊長、私今回『三式』で出撃ですか?」
「いえ、残念ながら違います。今回もマリカは待機班です」
「えー……なんだ、そうですか……」
これまで……ヴォーダトロンに来てから、訓練や試験飛行以外で『三式』に乗っておらず、『航空戦力』として任務ないし戦闘に参加できていないマリカ。腕が落ちないよう、シミュレーターによる訓練は欠かしていないとはいえ……だ。
今回も出番はないと知って、がっくりとうなだれた。
「仕方ないだろ……飛行機は1回飛ばすだけでもかなり燃料食うし、そもそも、滑走路があるの、このへんじゃ『ヴォーダトロン』だけだぞ。離着陸どうすんだ」
航空機を飛ばすには、燃料と滑走路がいる。
今言った通り燃料を多く消費するのもさることながら、航空機の離着陸は基本、滑走路以外では行えないという点が一番の問題だ。陸上を走らせていつでも止められるAWと違う。
当たり前だが『ウルタブデラ』の周辺に滑走路はない。ゆえに、飛ばすとしたら『ヴォーダトロン』の滑走路から離陸し、『ウルタブデラ』まで飛んでクリーチャーをせん滅、そしてまた戻ってきて着陸……という形になる。
もしも、どうしても航空戦力でなければ太刀打ちできない敵がいるのであれば……それも選択肢の1つとなるのだろうが、現状では、襲撃すら不確実である以上、Noだろう。
あったとしても今回は、非実体弾で弾幕を張れる『レックス』や、上空の敵相手でも狙撃で撃ち落とすだけの腕を持つ、ファウーラやセリア、ロイドが十分に対応できると思われた。
残念そうにしつつも、理解できるからこそ、マリカはそれで納得するのだった。
「それで隊長、今回も一応、遠征は遠征だが……実働全員で行くのか?」
シドの質問に、ファウーラはこくりと頷いた。
「一応その予定です。山の中ではありますが、採掘のために切り開かれていて、広さはかなりありますので。各員は自分のAWに搭乗して出撃。なお、マリカはセリアの機体に同乗してください。出撃は明日、午前7時。15分前までに格納庫前集合。以上です」
「「「了解!」」」




