第61話 経験を『活かす』ということ
「なんか、ここんとこずっと視察ばっかだねー……」
「視察してんのはファティマ局長達で、あたしらは護衛っすけどね」
「それでもあっちこっち連れ回されてるのには変わりないだろ。あー疲れた……」
ここ最近、『ヴォーダトロン』はあちこちのフォートに視察を出しており、その護衛として毎度『第7特務部隊』が駆り出されている。
仕事自体はそこまで大変なものではないし、道中クリーチャーが出現して戦闘が起こったりもしたが、そこまで大変ではなかった。『第7』の実力をもってすれば、一切ダメージを出さずに、十分に対処可能なレベルで、問題は発生していない。
ただそれでも、外敵から護衛対象を守るためには、常に多少なりとも周囲に気を配っていなければならない。交代でやっていたとしても、相応に疲れる。
加えて、単純に移動距離の長さや、車中泊とはいえ野営での寝泊まりの多さなど、慣れない環境で過ごす期間が多い日々というのも、どうしても疲労につながる。
そしてそれが単発の任務ならまだしも、ここ数週間で何カ所も視察(の、護衛)の任務が入っているのだ。
連日の遠征任務でたまった疲れの中、帰ってきて総司令部の事務室にいるのが、『第7』の面々にとっては、半ば休息の時間のような扱いになっていた。
なお、今日もれっきとした出勤日であり、今は仕事中である。
メリル達もそれはきちんと理解しているし、仕事もしている。それでもどちらかといえば気が休まっているのだから、ここ最近の視察ラッシュは本当に過酷だったようだ。
それらの仕事でよかった点と言えば……必然的に色々なフォートを巡り、滞在期間中は半ばそこを見学するような形になるため、色々と見て回って、知識を蓄えることができたり、世間話の話題には事欠かなくなった、という程度だろうか。
「こないだ行ったフォート……何だっけ? あの、西の方の……木とか植えてる……」
「『グロスレッテ』ですね。規模としては中規模程度ですが、管理しているエリアが広く、また隣接するエリアに山岳地帯があり、そこでの植林事業に力を入れているフォートです」
「あーそう、そこそこ。アレって結局何で木なんて植えてるんだっけ? しかも、町の中じゃなくて外にさ。理由、聞いたような聞いてないような」
「聞いたよ、そんでお前理解できてなかったんだろ」
「そういうお前もその後セリアに何度も説明してもらってやっと理解してただろうが、ロイド」
「ちょ、それ言うなよ!」
「あっはっは、ロイドー、知ったかぶり失敗っすねー……で、何でなんすか?」
しれっと聞いたアキラの問いに、セリアが説明する形で答える。
「山岳地帯での土砂災害などを防ぐためだということでした。現在ある森林が徐々に規模を縮小していっているため、これ以上の森林の減少を防ぐために少しずつでも、と」
「? 森がなくなると土砂災害が起こるの?」
「緑がない山は保水力が小さいから、大雨が降ったりした時にそういう2次的なアレが起こりやすいんだとさ。まあ、俺も詳しいメカニズムは知らないけど……」
「このご時世、地震やら何やら、結構頻繁に起こるからな……まあ、対策打って防げる災害なら、どうにか防いでおきたいと思うだろ。……まあ、上手く行ってるかって言えば微妙だったが」
そうクリスが言うと、それを聞いていた面々のうち何人かがきょとんとした表情になった。
正確に、ないし具体的に言えば、そのフォートの視察時に、護衛としてついていったメンバーではない面々が、意外そうにしていた。
今の話については、同行した面々しか聞いていなかったことであり、またその後話題にも上っていなかったからだ
「え、何で? 効果なかったの?」
「いや、効果云々以前に……周辺の住民の協力が得られなかった、ってのが大きいらしい。生活が苦しくてエサ代が出せないからって、家畜に食わせようとするんだと」
「木を?」
「の、皮だってよ。あとはまあ、生えてる草とかもだな」
そのフォート……『グロスレッテ』は、もともと畜産が盛んなフォートだった。
食肉用の豚や牛などに加え、毛を取るための羊やヤギなども買っている家が多い。『旧時代』にはそれらを売って、それなりに稼いでいた家もあったようだ。
『災害世紀』を迎え、多くの畜産農家が廃業したが、土地だけは広い『グロスレッテ』には、まだかつてのやり方で畜産を行っている家がそれなりの数ある。
幸いにして、発展したバイオ技術で餌は割と安く多く手に入るため、それを利用して食肉その他を作り、食料品店や飲食店、さらには他のフォートとの取引で財を得ている農家も多いのだ。
だが、全ての畜産農家がそうかと言われれば当然そうではない。
餌を買う金もないが、畜産を廃業しても他に仕事がないからやめるわけにはいかない、というような貧しい家も多くある。そういった農家は、家畜にそこらに生えている草や、木の皮などを食べさせて育てていた。
畜産家からすれば、売っている餌を変えないのだからしかたないことなのだが、この行為が問題になっていた。
以前に述べたことがある知識だが、『災害世紀』が始まって以降、紙の材料などのために、近場にある木々はそのほとんどを人類はとりつくしてしまっていた。あるいは、クリーチャーとの戦闘に巻き込まれて破壊され、残っていない。そのため通常、フォートの近くに緑はほぼない。
『グロスレッテ』近くの山は、たまたま近辺に、山まで赴いて伐採するほどの事業者がいなかったために、比較的緑が残っている。畜産家たちは、そこに行って家畜たちに木の皮を食べさせていた。
しかしその結果、木が減って森が弱り、山の保水力が下がって水害などが起こりやすくなっていた。『グロスレッテ』では畜産以外にも普通の農業などもやっており、そういった問題は決して軽く見られるものではなかった。
クリスも言っていた通り、それが対策をとれる類の問題であるならば、あらかじめ解決しておくことで被害を抑えるに越したことはない。ゆえに、フォートは植林という形で山の緑を、ひいては保水力を取り戻して、支配地域の安全と産業を守ろうとした。
が、前述した『餌を買えない畜産農家』はそんなことは構わず……というとやや語弊があるが、やはり家畜を山に連れ込んで、木の皮を食べさせようとする。禁止されているとわかっていても。
フォート内の畜産農家であれば、緑化事業の一環として、家畜にそれを食べさせないよう、やや安価で餌を調達できるようにする助成制度のようなものがあるのだが、それでも経済状況によっては間に合わない農家もいる。
また、フォートに所属していない、周辺の『ネスト』で暮らす畜産農家などもそうだ。
『ネスト』とは、簡単に言えば、フォートの未完成品、ないし欠陥品である。
経済的なものや人間関係、立場上のものなど、様々な理由でフォートに所属できない者達が寄り集まって形作っている集落。
人が住む場所としての最低限の設備は揃えられているものの、機能的に充実しているとはお世辞にも言えない。難民キャンプのようなものだ。
クリーチャーの侵入を防ぐ防壁もないし、正規のフォートのような統治機構も、防衛のための軍などもない。あったとしても、お粗末なありあわせのものでしかなく、せいぜいが作業用がメインのAWを使って戦闘を行うような、自警団の領域を出ない。
ゆえに、クリーチャーの襲撃や災害などがあった日には、それはもう簡単に壊滅してしまう。
というより、そういう事態は割とどこででも起こっている。昨日まであったネストが今日消えていた、瓦礫と死体の山になっていたなどという話は、枚挙にいとまがない。
運よく壊滅を免れて存続しているネストであっても、当然というか基本がそもそも物も何もかも乏しく、貧しい。その日暮らしの日々を続けてどうにか生きている、という状態だ。
中には、生きるために犯罪に手を染める者も少なくない。
そういった場合に標的となるのは、同じネストの他の住人……ではなく、生活面で余裕があり、彼らにとっては嫉妬の対象である、正規のフォートの住人などだ。フォート間の移動中に盗賊まがいのことをしたり、フォートに忍び込んで盗みを働いたりすることもある。
それゆえに、『ネスト』の住人というのは、フォートの住人からは疎まれ、嫌われていることも多い。
積極的に虐げるような立場であったり、差別意識を持って接するわけではない。ただ、自分達に危害を及ぼし得る存在として、あまりよくは思われていない。
もっとも、ある程度以上に治安・防衛機能がしっかりしたフォートであれば、そういった連中が侵入することもほとんどないため、あまり気にされていないことの方が多いかもしれないが。
「最下層の畜産農家や、フォート所属外の『ネスト』の住人からすれば……いくら建前が、いや建前じゃなく、フォート側は真剣に防災のためにやってることだろうし、それも一応わかってはいるんだろうが、それでもそうしなけりゃ自分達が食っていけないから、家畜を連れて行って木を食わせようとする。だがそれを許せば事態の改善につながらないから、フォート側としては見張りでも何でも置いて追い払ったり、違反した連中を罰するしかない」
「けど彼らからすれば、生きるための糧を奪う……じゃないけど、供給を断たれるに等しい。でも所詮は個人や『ネスト』じゃ、フォートに逆らうことなんてできないし、表立って敵対すればそれこそどんな報復ないし処罰があるかもわからない。だから最終的には泣く泣く諦めるしかなくて……フォートから出てったり、『ネスト』もいつの間にか消えてなくなっちゃってたんだっけ? 移動したのか滅んだのかはわかんないけど」
「ご説明いただいた担当者の方は、『あの場ではフォートの利益と防災のためにああするしかなかったのは確かだ。だが、あの対応が彼らを追い詰め、追いやったのも確かだ。あれが本当に正しかったのか、他にやりようがなかったのか、今でもわからない』と言っていました。この手の問題は、どういった立場で考えるかによって結論が変わりますから、正解というものがない類のそれだと言うしかないと思われますが」
クリス、ロイド、それにセリアと、つらつらと述べられた、当時の状況の説明。
長い話ではあるが、自然と頭の中にすっと入ってくるそれに、残る面々は聞き入っていた。
「どこかを立てればどこかが立たない。誰かが得をすれば、誰かが損をする」
聞き終えたところで、呟くように口を開いたのは、シドだった。
寡黙な彼が、こういった場での話に混ざってくることは珍しく……そしてそう言う場合、えてして重要な、ためになる話であることが多いことを、ここにいる面々は知っている。
「損得はもちろん、価値観、立場、背景……何かが違うがためにわかり合えず、軋轢を抱えたままで進まなければならない……どこにでもある話だ。自分がその当事者になってるとかならともかく、人から聞いた話に、あまり考えすぎて没入しすぎても辛いだけだ、ほどほどにしておけ」
「シド……」
「それをきちんと噛み砕いて頭の中で整理して、自分達の今後に生かすことができるようになれば……その話を聞いた意味があった、ってことになるだろう。そのくらいに考えろ」
それっきりまた黙ってしまったシドだが、それに続く形で、今度はファウーラが言う。
「『グロスレッテ』に限らず、ここ最近に視察したフォートの中には、似たような問題や、それに伴う葛藤を抱えたフォートはいくつもありました。しかしそのどれもが、そこで得た経験や教訓を受け止め、決して無駄にすることなく『活かして』いたところばかりでした」
(それは……確かに。つか、もしかして司令部は、そういうフォートを選んで視察してんのか?)
声には出さずにクリスが、同意と共にそんなことを考えていた。依然続いている、ファウーラの、場をまとめるような話を聞きながら。
「私達はそのいずれに対しても『部外者』の立場でしたが、そこで得た経験を、伝聞という形であれ知ることができた。なら私達がするべきことは、同じように『活かす』ことだと考えます。先人たちが培ってきた手法をより錬磨して完成度を高めると同時に、犯してしまった失敗に関しては、二の轍を踏まないように心に刻んで取り組んでいく。例え100%『正しい』と言い切る結論や結果には至れなかったとしても、常に最善を目指して進歩していくことこそが……」
そのままハルキ達は、ファウーラの言葉を最後まで聞いて……聞き終えたところで、ふと思いついたように、メリルが言った。
「ふふっ、なんか隊長の今の話し方だと、まるでこれからは私達がフォートを回していくみたいな感じだったよね」
そう言って、笑った。
「いやいや、メリルお前……いや、でもまあ、もしかしたら、隊長ならそれもあり得るんじゃね? 総司令の娘だし」
「ですがアルフレッド総司令は、執政に関わる総司令や議員の立場は、世襲や指名で後継者を決めることはない、きちんと選挙で、人望と能力を持ったものに任せていく、と明言されていますが」
「隊長ならそれでも選ばれても不思議じゃないと思うっすけどね。総司令はどうかわかんないっすけど、議員くらいならなれそうじゃないっすか?」
「確かにねー、隊長、なんかまだまだ出世しそうじゃない?」
「ここ来て最近のマリカでもそんな風に感じるくらいだもんな」
続く形で、軽口の雑談のようなものが交わされていく。どこか重く、暗い雰囲気があった室内は、ファウーラによって上手くまとめられたうえで、程よく弛緩した空気に包まれつつあった。
シリアスな雰囲気を経た話のまとまり方としては、おおよそ理想的ではないかとも言える。
そんな軽口の雑談に興じている彼らのほとんどは……気づいていなかった。
ファウーラの話の直後、メリルが何の気なしに言った言葉を聞いた時……ほんのわずか、ファウーラがその身を、表情をこわばらせたことに。




