第6話 アリの猛威
「くそっ、どれだけいやがるんだこいつら……!」
「おい、何匹殺した!?」
「知るか! いちいち数えてねえよんなもん!」
地上……鉱道の出入り口付近。
つい数時間前まで、労働者たちが額に汗して働き、行きかう場だったそこは……死と隣り合わせの戦場に変貌していた。
恐慌状態の『調査班』達を追ってくる形で地上にわらわらと湧き出してきた、無数の『炭鉱アリ』の軍勢。
人を襲い、食い殺す『クリーチャー』の一種たるそれらは、目の前に大挙して、なぜか自分達を待ち構えていた――アリ達を待っていたわけではないのだが――餌の存在を確認すると、迷うことなく、大挙してそれらへ押し寄せた。
その光景に、『調査班』の帰還を待っていた作業員達の顔色が真っ青になったのは言うまでもないが……そこで幸いしたのは、万が一に備え、AWの近くで待機していた者達がいたことだ。
炭鉱アリという、話どころか言葉の通じない敵が出て来た時点で、彼ら『警備班』は驚きながらもAWに乗り込んでエンジンをかけ、搭載されている武器を唸らせて迎撃する。
第2世代、あるいは第3世代のAWに取り付けられた火砲が、文字通り火を噴いた。間断なく鉛玉を吐き出して攻撃するものもいれば、着弾と同時に辺りを噴き飛ばすほどの一撃を食らわせるものまでいる。
それらが最初に『炭鉱アリ』を叩いて怯ませ、わずかに時間を作ると、その場にいた他の作業員達も落ち着きを取り戻し、次々と同じようにAWに乗り込む。
そのまま戦車隊のように、互いの邪魔にならないようにだけ気をつけながら、一斉に攻撃し始める。
もともと『炭鉱アリ』は大群で襲い掛かる、いわゆる『数の暴力』による戦闘を得意とするクリーチャーである。攻撃手段も、強靭な顎による噛みつき程度しかない。
他に注意するところがあるとすれば、見た目通り、あるいはそれ以上に硬質で強靭な甲殻と……アリらしく、自重の何十倍もの重量を軽々と持ち上げる、その馬力だろうか。
単純なことではあるが、人間では、組み付かれてしまえばあっという間に殺される。基礎的なスペックからして違う存在というのは、それだけで敵にするには致命的なのだ。
ゆえに、『炭鉱アリ』に対しての正しい対処法は、『近づかせない』こと。
距離を保ったまま、AW、あるいはそれに準ずる火力の銃火器類によって撃ち殺す。
数が多いなら、それだけこちらも数をそろえて、弾幕を形成することで対処する。弾薬を惜しんではいけない、それで抜かれては元も子もない。
だからこそ作業員達は、がむしゃらに、ひたすらに、ただただ手元の武器から弾丸を放って、出てくるアリ達を殺し続けた。
甲殻とその中身が砕けて飛び散り、あたりの地面の色が変わって見え始めるほどに積もっていく。
余談だが、『炭鉱アリ』はその甲殻が素材になる。
読んで字のごとく、炭鉱に住み着く性質を持っているこのアリは、甲殻に石炭などの燃料と同じ性質をため込んでおり、しかるべき処理を施すことで、燃料を作る材料となるのだ。
別に粉々に砕けていようが問題なく使えるのだが、彼らにそれを回収するような余裕は全くなかった。
何せ、後から後から出てくるこのアリの大群が、休むということを許してくれない。
覚悟してはいたが、大群で襲ってくるのが前提である『炭鉱アリ』の軍勢……その、撃てども撃てども終わりの見えない戦いに、作業員達は不安ばかりが大きくなっていく。
「くそ、弾切れだ!」
「こっちもだ、すまねえ……後は頼む!」
「わかった、おい、次だ! 抜けた奴の後を埋めろ、奴らが迫ってくる隙を作るな!」
いつの間にか、指揮官のようにその場を仕切っているこの男は、事業の発注者であるムーアが召し抱えている、私兵、あるいは警備兵とでも呼べる人材の1人であり、それらのまとめ役を担っている男だった。
それなりの規模の企業ともなれば、この弱肉強食の世界を生き残るため、独自に動かせる武力を抱えているということも珍しくはない。
極端な物言いをすれば、個人個人が持っているAWとて、そういう分類になるのだろうし。
「……まずいな」
指示を出しながら、その男は、周囲に聞こえないくらいの声で独りごつ。
少し前から気づいていたことだが、徐々にアリたちが展開する範囲が広がっていっているのだ。
最初は、穴から出て来たアリを、出て来た直後に集中砲火することによって仕留めていたが、敵が数でそれを突破したがために、徐々にアリたちは穴から出て『広がり始め』ていた。
穴を出て、アリたちは少し進んで、弾幕にやられて散る。
しかし、その『少し』が、徐々に広がってきているのだ。
そしてその分、多くのアリたちが、より広い範囲に散らばり始める。
それでもまだ、その展開を狭い範囲に押しとどめ、そこに火力を集中させて弾幕で迎え撃つことでしのいでいたが、それも限界が近づきつつある。
円、あるいは扇形の図をイメージすればわかりやすいだろう。
その図形の『半径』が少し広くなるだけで、面積は大きく増える。
つまりは、弾幕でカバーしなければならない範囲がそれだけの速さで広がっていくのだ。
惜しんではいけない、が鉄則だとはいえ、弾薬にも限りがある。このまま何も考えずに戦線を広げられてしまえば、こちらに限界が来る。
弾切れになる……よりも前に、弾幕でカバーしきれなくなった防衛線が食いちぎられてアリがあふれ出し、一気に決壊するだろう。
それを危惧した指揮官の男は、温存していた自分の部下たちの機体を動かすことを決めた。
別に、弾薬をけちっていたわけではない。彼らの戦力である『第4世代』は、出すべきところで出すのが一番効果的だと判断したがゆえだ。
素人でもできる、撃てばいいだけの『弾幕』は数に任せ、自分達は、それでさばききれないほどに戦線が拡大してしまったり、あるいはその包囲を抜けて来たものが出た場合に動く。
この方針は全員に、一番最初に通知している。ゆえに、彼らが参戦して来ないことに対して――してくれればいいのに、と思う者はいれど――文句は上がらない。
そしてそれゆえに、彼らが動き出したということは、それだけ油断ならない状況なのだと、全員が把握するところでもあった。
『第3世代』よりも一回り大きい、『第4世代』のAWが、包囲陣の外周をなぞるように展開していく。
そして、各印画配置についたところで……ついに、その真骨頂が解禁される。
AWが……立ち上がった。
キャタピラ状になっていた駆動部が、折りたたまれていた『足』が伸びる。
その横に、これまた折りたたまれていた、マジックハンドになる部分が伸び、『腕』になる。
例えるなら、正座してうずくまっていたような状態から立ち上がったかのような、そんな動きでAWが『変形』し……その最後に、邪魔になるのであろう、作業用パーツの部分――ショベルカーのアームとショベルの部分や、ブルドーザーの前面など――が、ぐるんと胴体事一回転して背中側に回り、折りたたまれた。
コクピットの部分は回転せず、そのまま『頭』の位置に来る。
少々無骨さを残すが、それでも、紛れもない『人型ロボット』になった機体……第四世代・可変型AW『ドルデオン』は、背面に収納されていた、AW用アサルトライフルを取り出して構えると、数を頼みにただ撃っていただけの作業員達とは明らかに違う、場慣れした動きでアリを仕留めていく。
包囲を食い破りかねない位置にいるアリなどを重点的に仕留め、1匹仕留めたらまた場所を変え、別な『危険な位置』にいるアリを探して、撃つ。
他のAWとは段違いの機動力……身軽さを武器にして、まるで訓練された兵士そのものといった、流れるような動きを見せる。
自分達は1匹倒すにも何発も打ちこんで、動かなくなってから次へ行かなければならなかった強敵を、1人1殺以上の勢いで次々に仕留めていく。
彼らの、そして『第4世代』の参戦は、敵の進行を押し止めるのみならず、その雄姿をもって味方の士気を上げ、恐れを捨てさせた。勢いを取り戻した前線の作業員達は、負けてられるかとばかりに、殺到する『炭鉱アリ』を仕留めていき、徐々に押し返しすらしていった。
これなら勝てる。
このまま行ける。
誰もがそう思っていた。
作業員達も、私兵たちも、指揮官も……親方のムーアも。
地面を突き破って、それが現れるまでは。
――バキィッ!!
「え? なっ、あ……う、うわあああぎゃああぁぁあ!!」
包囲陣形を形作る、第2世代、第3世代の機体群からなるAW部隊。
その一角の足元に、突如、AWを1機丸々飲み込めるほどの大穴が開き……そこから、巨大な『炭鉱アリ』が飛び出し、近くにいたAWに襲い掛かった。
鋼のボディと強化ガラスで守られた、強靭なボディに、その巨大な顎で食らいつき……バキバキバキバキ!! と、破滅的な音を立てて、容易く食い破ってしまう。
第3世代AWの、生半可な弾丸なら弾いてしまう強度の装甲を、柔らかい菓子を噛みちぎるがごとく断ち切られ……その機体は、そのまま爆散した。
果たしてそのパイロットは、体をコクピットごと真っ二つにされて死んだのか、はたまた爆発で死んだのか……今となっては、知る由もない。
確かなのは……悲劇はむしろ、今からはじまるということ。
死ぬ人間の数は……たった1人程度では、もう収まらないということだ。
「「「う…………うわああぁぁあああああ!!!」」」
今まで勝っていた……比較的とは言え、安心できていたところからの転落。
突如訪れた仲間の死。すぐそこに現れた、黒光りする絶望。
一気に突き落とされる形となった彼らが、恐慌状態になるのは……半ば必然だった。
「ば、ばかな……こりゃあ……」
「女王アリか!? こんな化け物までいやがったとは……!」
「おいお前ら、持ち場を離れるな! おい! ……くそっ、だめだ、全員パニックだ……!」
通常の『炭鉱アリ』に数倍する体の大きさを持ち、それに見合っただけの馬力を発揮する、炭鉱アリの『女王』を前に……勢いと数、そして距離だけを頼りに戦っていた作業員達は、もうだめだと我先に逃げだした。
結果、必然的に包囲陣は形を成さなくなり、弾幕にさらされることのなくなったアリ達は、待ってましたとばかりに総攻撃を仕掛けて来た。
足並みを乱され、友軍の機体とぶつかって逃げ損ねたり、横転して倒れたり……逃げ遅れた機体が、次々とその顎にかかっていく。
到底迎撃できない数と勢いが襲い掛かり、反撃の隙を与えず、そのまま仕留めてしまうのだ。
決して小さくはないAWの機体だが、巨大なアリにたかられてそのまま食いちぎられて、あるいはコクピットのガラスが食い破られて中の乗員が貪られていく光景は、悲惨の一言だった。
あるいは、そんな仲間を助けようと奮戦する者もいたが……今やこの場は、足を止めた者から食い殺される餌場と化してしまっている。入り口に近いところで止まっている者から、次々と、中身のパイロット諸共食いちぎられていく。
ごくわずか、指揮官の指示を聞いて応戦していた、私兵たちを含むAW達もいたが……一旦崩れてしまった戦線は、再構築するのは最早不可能というところまで来ていた。押しとどめられる許容量を超えたアリが外に出てきてしまったことで、敗北は確定したのだ。
それを悟った指揮官は、ぎり、と悔し気に歯を食いしばりつつも、部下や、生き残った作業員達、を無駄死にさせてはならないと、そして、雇い主であるムーアを守らねばならぬと、決断する。
「撤退だ! もう抑えられん、撤退する! 第4世代AW部隊は俺と来い、殿を務める! 他の連中は全速力で『ヴォーダトロン』に向かって逃げろ!」
指揮官はオープン回線でそう呼びかけながら、同時に、ムーアの乗るAWに向けた個人回線を操作してつなぐと、
「聞いての通りです、親方……こうなっては最早、俺達だけで対処するのは無理です。『ヴォーダトロン』に戻って、うちのボスに軍を出してもらねえと、とても……」
「そうだな……わかった。戻り次第、ワシから総司令に話をしよう。その時は、報告のために立ち会ってくれるか」
「了解です。……力及ばず、申し訳ない」
「何を言う、お前さんの責任じゃねえさ。こんな状況……それこそ……」
――神か悪魔でもなければ、どうにもなるまいよ。
そう言いかけて、空しくなるだけだとやめたムーアは、再度、現場を仕切る親方の名で『全員撤退』を指示すると、自分もAWを動かして反転させ……一路、『ヴォーダトロン』へ向けて走り出した。殿軍と共に、自分の護衛を受け持つ私兵たちに守られながら。
そのまま、脇目もふらずに逃げることしかできなかった彼らは……恐らく、誰一人気づかなかっただろう。
逃げ続け、追ってくるアリももういなくなるほどに、彼らとの間を開けることに成功した、まさにその頃……
女王アリが、何かに気づいたように振り向いて……じっと睨むように、鉱道の方を警戒し続けていたことに。
そして……地震のような地響きが、鉱道入り口の周辺あたりに響き渡り始めていたことに。
その数十秒後。
最早、殿軍を含めたAWの部隊が、ただの1機も見えなくなった時、ついに……
――ドゴォォオオン!!
三度、岩肌の地面が爆ぜて、大穴が開いた。