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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第3章 栄える町、消えゆく町
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第56話 アルフレッドの『計画』



 『ヴォーダトロン』と『サラセニア』が同盟を組んでから、両フォートは徐々に今までと違う道のりを歩み始めていた。


 『ヴォーダトロン』は新たに『航空隊(仮称)』の設置を進めるため、『サラセニア』から提供されたノウハウをもとに、一部ではあるが、軍の再編を進めていた。同時進行で、それを設置・運用していくために必要な設備や人員、予算などの確保も進めていく。


 一方『サラセニア』は、こちらも『ヴォーダトロン』から提供されたノウハウと兵器類によって防衛機能を格段に向上させ、飛行型のクリーチャーに対しても、今まで以上に万全の守りを展開できるようになっていた。


 加えて、あれからの変化と、明らかになったこととして、1つ吉報が運び込まれていた。

 それは、緑色の箱こと『油翡翠』に関する研究成果の報告の一節だった。


 まだ使節団が『サラセニア』に滞在していた頃、緊急で開かれた司令部の意思決定会議により、ハルキの『レックス』による『油翡翠』の浄化を正式に依頼されることとなった。ハルキは、上司であるファウーラや、使節団の代表であるファティマから正式に命令が下りた段階で、その依頼を実行し、『サラセニア』が保有していた『油翡翠』の半分を浄化した。


 そしてその対価として、浄化してできた『油翡翠』の結晶の一部を持ち帰った。

 『油翡翠』の全てを浄化しなかったのは、今後行う研究用のサンプルとして、浄化前の劣化したものも保管しておく必要があったからだ。詳しくその性能を比較するために。


 その研究の結果……『油翡翠』には、水をオイルに変えるという機能のほかに、その水を介して水質や土壌の汚染を除去する、という機能があることが明らかになった。


 というよりも正確には、『油翡翠』は何も、摩訶不思議な力で水をオイルに変化させているわけではなく、あくまで媒介となってある種の化学反応を起こしていたのである。

 『油翡翠』は水と共に、その水中に溶け込んでいる様々な物質や、空気中の窒素や二酸化炭素などを取り込んで、その結晶内部で反応させ、オイルを作り出していたのだ。そしその際、水や空気中の人体に有害な物質は除去され、無害化されている。


 『サラセニア』の周辺の土壌や水は、もともと、軍事施設が違法に垂れ流していた廃棄物などで汚染されていた。

 運よくと言うべきか、汚染は飲料用とされていない地下水や、人の目に触れることのない地中や洞窟の中などの土壌にとどまっていたため、それが今まで問題になることはなかった。


 そしてそれらの汚染物質を、いつの間にかそこに存在していた『油翡翠』が吸い上げて分解し、オイルを吐き出していたことで、むしろフォートを支える福音となっていたのである。


 しかし、長年その化学反応を繰り返す間に、反応させきれず、少しずつ結晶内部に残留していった不純物が『油翡翠』を劣化させていき、その力を奪っていった。


 地下水というのは、その名の通り地下の水脈を通っている水なのだが、最後まで地下を流れて海や川に流れていくものもあれば、どこかの湧水池から地上に湧き出すものもある。

 『サラセニア』の地下水脈の形態は後者であり、汚染された地下水は、少しずつ地上……地底湖に湧き出して、そこから土壌や別な水脈を通して広がることで、汚染を拡大させていた。


 しかし、『油翡翠』がその大部分を無害化していたため、残りの汚染は自然の自浄作用のみで問題なく除去できていた。それが、ここ数十年続いていた。


 問題は『油翡翠』の劣化が始まってからである。オイルを作る、すなわち汚染物質を吸収して無害化する性能が落ちてしまったことで、それまでは問題なかった地質の汚染が徐々に進み始めた。


 それでもすぐにフォートでの生活に支障が出るわけではなかったのだが、ここに追い打ちをかけたのが、汚染された土壌や湿地に好んで住み着くクリーチャー『マッドワーム』の存在だ。

 自らも汚染を加速させるこの虫のせいで、汚染はさらに加速した。


 さらに、『マッドワーム』を起点としたクリーチャー間の食物連鎖が起こり、『イオンバード』や『ドラゴン』といった強力なクリーチャーが出現することとなったのである。


 奇しくも、『油翡翠』について研究を進めた結果、現在『サラセニア』がさらされている危機的状況の全容が明らかになったのだった。


 これを受けて『サラセニア』司令部は、直ちに浄化した『油翡翠』を使って、地下水脈の湧水地点となっている地底湖の浄化に乗り出した。これにより、恐らくこれ以上の汚染の進行は……少なくとも、地下水を原因とする部分については止められるだろう。


 が、既に広範囲に住み着いてしまっている『マッドワーム』まではどうしようもない。地下水を由来とした汚染が止まったとしても、このクリーチャーは自前で汚染を加速させる。


 『当初よりも早く限界が訪れる』という悪化点が『当初通りに限界が来る』に戻ったに過ぎないという意見もある。恐らくそちらの方が実情に近いだろう。

 

 比較的、という言葉をつければ状況は好転したものの、今度改善していくという確証がなく、今現在もその脅威が増し続けている以上、『サラセニア』の移住計画は予定通り進行させていくこととなっていた。


 そうでなくとも、明日、今日と同じような平和な日常がやってくるかどうか、一体どんな異変がいつ起こるかなどわからないものだ。ゆえに、力に余裕のあるフォートの多くは、現状維持よりも改善・強化を見据えて政策を打ち出していく。


 現在、『ヴォーダトロン』総司令部……その上層部、『議会』や一部の幹部達のみの間で議論されているとある案件もまた、それに類する政策の一つであると言えた。


「では……総司令。私とファウーラも、そのプロジェクトに参加することになると?」


「っ……」


「ああ、協力してほしいと思っている。むしろ、2人にはそれぞれこの計画の、各部門の中核を担う立場についてもらいたいのだよ。ファティマ、君は計画全体の統括と、行政部門の調整を。ファウーラには『第7特務部隊』を率いて、そこまでの道を切り開く戦力として」


 指令室の応接スペースに、ファティマとファウーラの2人……いずれも、総司令・アルフレッドの娘である2人の女性が着席し、アルフレッドから直接、その計画について聞かされていた。


 2人の表情に、いつも浮かべているような、利発さと冷静さ、そして優しさを感じさせる笑みは……ない。明かされた『計画』のあまりのインパクトに、2人共、眉間にしわを寄せ、険しい表情になっていた。

 ファティマはアルフレッドを見つめ返し、ファウーラは手渡された資料を何度も読み返している。


「おっしゃることは、わかりますが……コレは、本当に今、必要なことなのですか? 少なくとも、『サラセニア』の移住計画ですら、数年がかりというペースを見込んで進めているはずなのに……」


「むしろ私は、それを聞いて余計にコレが必要だと確信したくらいだよ。今の時代、ギリギリの綱渡りで運営できているフォートが大多数だ……いつ、どこで、何が起こってその『ギリギリ』が崩れ去ってしまうかわかったものじゃない。だからこそ、どこまでも貪欲に、手にできるものを確実に確保し、『余力』を確保していくことが重要だと私は思う」


 常と同じ穏やかな声音で、しかしはっきりとした意思を感じる語り口でアルフレッドは語る。

 有無を言わさぬ、とまでは言わなくとも、到底『譲る』という意思を感じ取れないことを、実娘である2人は感じ取っていた。


 それだけこの『計画』が、父にとって重要なものだと、そう認識しているのだと理解する。


「加えて、かの地に遺されているものを手にできれば、我々にとって大きな力になることは確実だ……そこまで行くだけの力がなければ、それは夢物語でしかなかったが……」


「『サラセニア』との協力や、現状における特記戦力『レックス』……必要な駒が揃った、と」


「そういう言い方は好きではないがね……だが、動くなら今だ、という確信はあるとも。君達の目に見える形で示すことができないのは残念だが……」


「……父上の先見の明は、皆が知るところです。今更疑いはしませんとも」


「姉さんも賛成、なのですか?」


 まだ迷っている様子だったらしいファウーラが、驚いたように言う。

 これほどの内容であるにもかかわらず、こうまで早く結論を出したことが予想外だったらしい。


 同様のあまりか、2人共呼び方が家族ゆえのものになっているが、アルフレッドは指摘しない。


 ファティマはその『総務部長補佐』という立場上、ファウーラよりも執政、ないしフォートの運営により多く、深く携わってきた。それゆえに、アルフレッドの……父のいうことにも一理あるということがわかっていた。

 それが一見すると突拍子もないような、それこそ、アルフレッドが今言っていた夢物語に等しい提案だったとしても、優秀さゆえにこそ、その必要性が理解できていた。

 

 ファウーラはファティマほど素早く結論を出すことはできなかったが、『必要か否か』はともかく、この計画が、リスクはあれど極めて有益なものだということは理解できていた。

 それこそ、『ヴォーダトロン』のみならず、『サラセニア』や『カプージェン』といった、協力関係にあるフォート全てにとって、大きな益をもたらすものであると。


「まあ、急なことで混乱するのはわかるよ。けれど、どんな結論や意見を出すことになるにせよ……頭の中には置いておいてほしい。わかるとは思うが、これは間違いなく、『ヴォーダトロン』設立以来最大のプロジェクトだ。実行する折には、あらゆる準備を万端にして望まねばならない。可能であれば……少しずつでも、今から準備を進めていきたいんだ」


「……ファウーラの立場では、かみ砕いて飲み込むのにも時間を要するでしょう。であれば父上、先に私の方でいくつか、今後の業務の中で提案したいことがあるのですが」


「ふむ……聞こう、ファティマ」


「はい。後で正式に企画案を提出しますが、まず……」


 横で、父と姉がどんどん話を進めていくのを耳で聞きながら、ファウーラは姉の予想通り、手の中の資料に書かれている概要を、何度読んでも足りないと言うように読み返していた。


 いや、実際にそう思っているのかもしれない。それほどにこの事業は、あまりにも、大きい。

 確かな才覚あって、若くして隊長の座を任されたファウーラであるが……今その気分は、軍務に就くこととなったその初日のように、最後まで落ち着かず、ざわついていた。



 ☆☆☆



 ところ変わって、格納庫。

 そこに入れられている、マリカの愛機『三式』。


 今、その胴体下部の動力部のハッチを展開し、内部の配線や配管の整備が行われていた。


「アキ、レンチ4」


「ほいっす」


「おう。あと30秒、排気2番と3番」


「もう空いてるっす。あ、6番ちょっとコレ」


「んあ? あー……後で粉塵チェックだな。先に7番」


「はいよ、じゃタンク一応変えるっすか」


 口数の少なさに反して、ハルキとアキラは、凄まじい速さと精密さで手を動かす。


 ハルキが手に持ったレンチでボルトとナットを手際よく外し、動力部につながれているパイプを外す。2本、3本と立て続けに、流れるように素早く外していく。

 全て外し終えると、すぐにそのレンチをアキラに手渡し、同時に別なレンチをアキラが差し出して、ハルキもやはりよどみない手つきでそれを受け取ると、それを使って次の作業に取り掛かる。

 それが終わればまた別な工具を受け取って別な作業を、という風に続いていく。

 時には、受け渡す役と受け取る役を逆にして行われることもあるが、しかしやはり手さばきには迷いもよどみもない。


 排気パイプの点検・洗浄、劣化したパーツの交換、時間を合わせてパーツの分離・再接合、状況に合わせた手順の変更、消耗品である機材の交換。

 手に持つ工具を目まぐるしい速さで持ち換え、動かし、また持ち換え、次々に作業を進めていく。


 いつ、どのタイミングでどんな部品や工具が必要になるのか、ほとんど指示も何もなしに、2人は完璧に把握して手渡し合って、まるで言葉もなしに意思が通じ合っているかのようだった。

 いや、この分野に関しては、整備班が満場一致で認める、プロフェッショナルと言っていい2人である。本当にそういう、言葉もなく通じあえる感覚のようなものもあるのかもしれない。


 その様子を、風防を開いた操縦席に座っているマリカは、感心しながら見下ろしていた。


「やり手だとは聞いてたけど……実際に見てみると予想以上だわ。すごいのね、2人共」


「どもっす」


 返事をしながらも、アキラの目は手元から離れない。

 普段の彼女を思い返せば、そっけない対応と取れなくもないが、それだけ今は技術者として、作業に集中しているということだろう。

 ハルキも同様だ。こちらは手元から『ギリギリギリ、ガチャンガチャンガチャン』と大きめの音がしているので、呟く程度の音量だったマリカの言葉が聞こえていないだけかもしれないが。


 2人の姿は、真剣なだけでなく、とても生き生きしているように、マリカには見えていた。


 どこか、空を飛ぶ時、あるいはそれについて考えている時の自分に近い気がする。きっとこの2人は、仕事としてだけでなく、もともと機械いじりが好きな、根っからの技術者肌なのだろう。


「うっし、こんなもんか……マリカ、エンジンかけてみてくれ」


「はいはーい」


 ハルキに言われた通り、マリカは操縦席に腰かけ、エンジンに火を入れる。

 といっても、走ったり飛んだりするわけではないので、動力の部分を起動するだけで、機体を『動かす』のに必要な個所……ジェットエンジン等の起動はしていない。あくまで、今ハルキ達が整備していた部分の点検だけが目的である。


 操縦席にある各種計器類の動きを確認。異常はない。

 次いで、マリカは目を閉じて集中し……聞こえてくる音を確認する。もう何度もこの操縦席で聞いてきた音だ、異常があるかどうか、コンディションがどの程度のものかも、聞き分けられる。


「どうだ?」


「ばっちり。あー……でも強いていうなら、もうちょっとこう、音のバランスが……左がバーッてなって、右がシュバッ、でギューン、だとちょうどいいかな」


「なるほど、そうか」


「了解っす」


「いや、今のでわかんのかよ」


 と、唐突に聞こえて来た、また別な声。

 ハルキ達が振り返ると、そこにいつの間にか来ていたのは、クリスだった。


 やや呆れたような、疲れたような表情になってハルキ達を……もちろん、操縦席にいるマリカを含めた3人全員を見ている。恐らくは先程の会話が原因だろうが。


「どーしたんすか、クリス? こんなとこ来て」


「俺らに何か用か? ちょっと今、手離せねーんだが」


「ああ、大丈夫だ、終わった後でいい。相談……っつーか、頼みたいことがあってよ」


「『頼み』? ……仕事じゃなくて?」


「まあ……半分仕事、半分は……私的なこと、かもな。まあでも、そっちも一応仕事の枠内には入ってることは入ってるし、きちんと許可はとってある」


「許可が必要なことなんすか? ……あ、ひょっとしてこないだ言ってた、『兼業』絡み的な?」


「おう、アキラ正解。ちょっと『レックス』動かしてもらいたいんだわ」


 それに続けて、クリスはその『仕事』ないし『私事』の内容について説明する。

 ハルキ達はそれを聞いて、『そういうのアリなのか』と、あるいは『クリスってそういうのやってたんすね』と少し驚いていた。


 また、会話には混ざらなかったが、操縦席からそれを聞いていたマリカも、感心していた。

 クリスがそういう『事業』に手を出していることは、話に聞いて知っていたが、実際にその内容を聞いたことはなかったからだ。


「……クリス。それ、私も見学させてもらってもいい? 邪魔にはならないようにするから」


「あん? ……ああ、そういやお前、そういうの興味あったんだっけな。まあ、別にいいぞ」

 

 彼女自身がこの『ヴォーダトロン』に来てやりたいと思っていたことにも関わってくるため、特に興味はあった。よし、と気合を入れるマリカ。


「……わかった。んじゃ、この後やるよ」


「おう、頼む。っつっても今はまだちっと忙しそうだな。時間置いてまた出直すか?」


「いや、大丈夫だ、もう終わる……終わった。よし、OK」


「マリカー、もっかいちょっと音聞いてみてっす」


「え、もう? マジで? …………うわ、ホントだ、完璧」


 再度同じようにして駆動音を聞いてみたところ、この短時間の調整で、ぴったり自分のイメージ通り、ないし注文通りになっていたため、マリカは流石に驚いた。

 クリスも、横で見ていて驚いていた。2人の作業の手際もそうだが、『マジでさっきの擬音だらけの説明でわかったのかよ』という点でも。


 そんな見学者2人の心中を知ってか知らずか、ハルキとアキラは、ひと仕事やり遂げた感じで汗をぬぐい、ハイタッチを交わしていた。

 軍手をしているせいで、音は『ぺしん』という、くぐもった感じのものだったが。





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