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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第2章 空を舞う、鋼の翼
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第54話 未来への翼



 『ヴォーダトロン』に、航空戦力を有する新設部隊が配備される。

 まだ検討段階であるとはいえ、『サラセニア』協力の元、前向きに話し合いが進められているというこの情報は、決して小さくない衝撃を各所にもたらした。


 それは、ファウーラからその事実を告げられたハルキ達『第7特務部隊』はもちろん、他ならぬ『ヴォーダトロン』の総司令部でも同様だった。


 『サラセニア』との交渉が完了した旨を、その大まかな内容も含めて、既にファティマ達使節団から、長距離通信で総司令部に報告が届けられていた。それを受けて議会は緊急の会合を開き、今後の方針について話し合っていた。


「報告によれば、『サラセニア』はわが軍における空戦対応部門の新規設立に関して、運用ノウハウなどをはじめ、全面的に強力を確約してくれたそうだ。手始めに、向こうの航空隊所属のエースとその機体を含め、数名が出向されてくる。詳細は資料にある通りだから、各自読んでほしい」


「ふむ……これだけの規模での協力を取り付けるとは。ファティマ嬢も中々の大手柄ですな」


 総司令であり、議会の『議長』も務めるアルフレッドの言葉に従って、手元の資料を読み込んでいた議員の1人が、感心したように言った。

 そうなるだけの内容が、ごく簡単にまとめられたその1枚の資料の中には並んでいた。中には、航空隊云々に直接かかわりのない事項も含まれて入るが、今回の交渉で妥結し獲得した利益という点においては同じことだ。


 曰く―――


両フォートの友好関係の進展、及び『ヴォーダトロン』における航空戦力配備のためのノウハウ面における協力のため、航空隊所属マリカ・キヴァリー少尉他6名を『連絡将校』として派遣する。

各員の派遣先部署については(以下略)


同少尉については、乗機である『三式戦闘機』1機、及びその整備等に必要な各種機材等を含めての派遣とする。その際の運搬作業については負担をお願いしたい。


両フォートの司令部同士に専用通信回線を用意し、以後、情報連携を密に行う。


当初から予定していた交易については、今後も適宜内容協議の上、定期的に実施していくこととする。

また、両フォートと同盟関係にある他のフォートについては、希望があれば各フォートと調整の上、相互に紹介する形で交易参加を検討することとする。


『ヴォーダトロン』から『サラセニア』に対し、防衛上必要と目される軍需物品の提供・貸与等について、あらかじめ協議の上、適宜行うこととする。


『サラセニア』の秘匿資源である『油翡翠』について。劣化状態にある同物質を、『ヴォーダトロン』所有の汎用兵器『レックス』に搭載の『捕食変換』機構によってリフレッシュを行う。

対価として、品質を取り戻したもののうち、質量換算で1割をヴォーダトロンに提供する。

  ※油翡翠についての説明は別記


 ―――などといったものだった。


「現状、我々には航空戦力運用のノウハウも設備も何もない。旧時代の資料が多少なり残ってはいるが、とてもそこから読み解いてそういったものを整備できるほどのものではなかった……生兵法は大怪我の基、とも言うからね。これに関しては私も諦めていたところだった」


「しかし僥倖なことに、現役で航空戦力を保有・運用、多大な戦果を挙げているフォートとの協力関係を締結できた……しかも、我らがそれを整備するにあたっての全面的な協力までも。これは大きいですな……ゼロからのスタートではありますが、全くのゼロではないわけだ」


「ここにある『サラセニアへの軍事的な協力』の項目については、そのための対価として、という認識でよろしいのでしょうか?」


「そう見て構わんだろう。あるいは、派遣されてくる少尉殿は『エースオブエース』級らしいからな……単純にその分の戦力的不足を埋め合わせる意味で欲しているのかもしれん」


「なんと! この『油翡翠』の条項といい……思い切った決断をしてくれたものですな、『サラセニア』の首脳部は……。空戦をよく理解し、必要になるスキルを熟知している、うってつけの人材だとはいえ……これは議長、我々も負けていられませんぞ」


「然り。気合を入れて期待に応えなければなりませんね。とりあえず手始めに、こちらの保有する対飛行型クリーチャーの陸戦部隊による応戦戦術と、武器のレンドリースからでも……」


「やれやれ、滑走路やその他の必要な設備の整備、空戦対応機ラインの手配、維持費その他の予算算出……やることは山積みですな。これは当分残業確定だ」


 中には文句じみたことを口にする者もいるが、その実、議員達の目にはやる気を通り越して闘志とすら呼べそうな熱が燃え上がっていた。


 設備や機体の手配、パイロットとなる人材の育成、運用のためのドクトリンの整備や軍そのものの再編成……やることは膨大だ。

 しかし、実現できれば、戦力的にもそれ以外の面でも、『ヴォーダトロン』にとって計り知れない利益をもたらすことは確実である。


 老若男女を、得意部門やキャリアを問わず、この『ヴォーダトロン』を更に発展させる事業に協力できることに歓喜していた。

 アルフレッドが選んだだけあり、こういったことに非常に精力的で、また誠実なメンバーがそろっているということがよくわかる光景である。


「航空戦力として採用する機体については、『サラセニア』が運用している戦闘機を解析して生産・使用する手もありますが、飛行能力を有するAWを採用する手もあるかと。『大連合』でもだいぶ前から進められており、欧州の一部では既に試験的に配備が進んでいるようです」


「そのあたりも追って決めていくこととしよう……それはそれとして諸君、私からもう1つ、この機会に君たちに提示しておきたい案がある」


 ふいにアルフレッドが、半ば流れを一旦断ち切るように言った。

 どうしたのかと議員達が視線をやる。


 アルフレッドは、手を組んで卓上に置いた、先程までと同じ姿勢のままだった。表情もまた、同じく微笑を浮かべたままだが、目だけが違っていた。

 その目に宿る光は、まるでこれから戦場に赴くかのような、静かでありながら、明らかな『凄み』を感じられるそれになっていたのだ。


 こころなしか、室内の空気も張り詰めたものになっていく。ごくり、と誰かがつばを飲む音が、やけに大きく聞こえた気がした。


 議員たちの注目が集まる中、アルフレッドは口を開いた。


「と言っても、この話自体はかつて、私が君達に聞かせたことがあるものなのだが……あらためてこれを、正式に『議題』として取り上げる時が来たのではないかな、と、個人的には思っている。諸君……仮称ではあるが、『アークル計画』について、覚えているかな?」


「「「……っっ!?」」」


 その場にいた議員全員が、息をのんだ。

 全員、今アルフレッドが言った言葉に、聞き覚えがあったのだ。いや、むしろそれは……忘れようと思っても忘れることなどできない記憶だった。全員にとって、間違いなく。


 かつて、まだ『議会』が設立されて間もない頃、議員達は全員、その『計画』について、アルフレッドから聞かされていた。


 それは、今はまだ、夢物語でしかない計画だと言った。

 しかし、私は本気だと、いつか必ず実現すべきことなのだとも、言っていた。


 その時に肌で感じた『凄み』と、今こうしてアルフレッドが放っているそれは……思い返してみれば、同じものにも感じられた。


「議長、つまりそれは……今回の『サラセニア』との同盟によって成るであろう、戦力及び経済力その他の増強を元手に……『計画』を実行に移すつもりだ、と?」


「ああ。いよいよ時が来た……と、私は思っている。図らずも、必要なピースが……この『ヴォーダトロン』に揃いつつあるからね」


 そう静かに言うアルフレッドの脳裏には、その、いくつもの『ピース』が並んで思い浮かべられていた。


 『資本主義』『弱肉強食』『独立独歩』の政策によって、時に犠牲を出しつつも発展し続け、今日にいたるまでに築き上げてきた、この『ヴォーダトロン』の、フォートとしての力。


 今回新たに同盟を組むこととなった『サラセニア』をはじめ、周辺にあるいくつもの有力なフォートとの協力関係。そこから引き出せるであろう、量・質的共に十分な、人的・物的資源。


 それらのフォートの協力も得て進めてきた、周辺地域におけるクリーチャーの生息情報および、各種族の詳細かつ正確な生態情報。そして、それらに対する応戦手法の確立。


 今回『サラセニア』で手にすることができたいくつも成果。

 後々確立する見込みである『航空戦力』に加え、それに匹敵、あるいは上回ると言っても過言ではない、『油翡翠』という、この『災害世紀』において、まさしく秘宝たる物質。


 そして何より……このフォートにおける、様々な意味で『切り札』とも呼べる存在になりつつある、ある日突然手にした究極のオーバーテクノロジー。あらゆるを粉砕して排除する……どころかこちらの力にすら変える、鋼の暴君龍……『レックス』。


「今の我々であれば、『アークル』に手が届く……このまま失われようとしている、貴重な資源を、未来への希望を手にすることができる……!」


「「「…………!」」」


「すぐに何かを決めたり、始めたりするわけではない。だが……少しずつ準備を始めていこうと思う。諸君らも……頭の中に置いておいてくれたまえ」



 ☆☆☆



「えー!? マリカ姉ちゃん、引っ越しちゃうのー!?」


「やだー、寂しいー!」


「一緒にいようよぉ……」


「えぐっ、もう……会えないの?」


「あーほらほら泣かないの。ほら、涙と鼻水ふけ……しょうがないでしょ? お仕事なんだから……大丈夫、もう会えないわけじゃないから。ちょくちょくは無理だけど、ちゃんとたまに帰ってきて、お土産持ってくるからさ」


 マリカの『連絡将校』としての、『ヴォーダトロン』への出向が決まってから、既に数日。


 既にハルキ達『使節団』は、その役目を終えて、数日前に帰路についている。

 しかし、マリカは引き継ぎなどを含め、色々とまだやることがあったため、ここに残っていた。


 マリカは、自分にとっての生家である孤児院を訪ねて、ことの次第を……この『サラセニア』を出て、遠く離れた『ヴォーダトロン』のフォートに行くことになったことや、そのせいでもう頻繁には会いに来れないことなどを、子供達や、施設の職員たちに報告していた。


 当然、彼女を未だに姉として慕っている子供達は、それはもう驚いた。

 戸惑い、涙を浮かべる者もいた。離れたくない、行かないで、と抱き着いてくる子もいた。


 マリカはそんな弟妹達1人1人に、声をかけてあやしたり、励ましていく。


 それから少ししてやってきた、マリカにとっても姉である職員の少女・マリアも加わり、子供達をあやしてなだめて、どうにか落ち着かせる。

 ひとまず皆に、ご飯の時間だから施設に戻るように言って、マリアはマリカと2人になった。


「姉さんは戻らなくていいの? ご飯時なんでしょ?」


「その前に、話を聞かなきゃと思ってたからね」


 座って、とベンチを手で指して言うマリア。

 それに従ってマリカが座り、隣にマリアも座った。横に座る妹に、神妙な面持ちで問いかける。


「噂、広がってきてるわ」


「……何の?」


「移民の噂よ。……このフォートが、そう遠くない未来……人が住めなくなるって。その時に向けて、市民全員を移住させる計画が今、進められてる……って」


 ぽつりぽつりと、呟くように……どこか力ない様子で言うマリア。

 それをマリカは黙って聞いていたが、はぁ、とため息をついて、マリアが聞きたがっているであろう答えを告げた。


「人の口に戸は何とやら、って奴かしらね……あるいは、あんな『ドラゴン』なんてのが出てきちゃったからか……予想より広まるの速いなあ」


「……っ……やっぱり、そうなの? ひょっとして、この間話してたのも……」


 他ならぬあの襲撃の日に、偶然、マリカが呟いていたことを覚えていたマリアが尋ねる。

 マリアはそれを頷いて肯定し……今現在、自分が知っている情報のうち、話すことを認められている範囲を話して聞かせた。


 不明な点も多いため詳細は省くが、この『サラセニア』は、様々な要因から、今後10年以内に、人が住み続けるのが難しい環境になる可能性が高いということ。


 それに備えて、司令部は市民の移民受け入れ先として、今回交流を持つことになった『ヴォーダトロン』に話を持ち込んで交渉に入っていること。


 本来であればこの話は、今後数年以内、という期間を見て徐々に発表していくはずだったが、『ドラゴン』襲来をはじめ、状況が予想よりも早く変わり始めたことや、今すでにそういった噂が広まり始めていることから、前倒しして発表を行う可能性も検討していること。

 そしてその『発表』を行う際は、混乱・パニックが起こるのを防ぐため、その対応策も合わせて発表する方向で調整していること、などを、1つ1つ語った。


「それじゃあ、私達も……すぐにではないにせよ、ここを出ることになるのね?」


「多分ね。『ヴォーダトロン』と同盟を組んで、軍事面で支援を受けられることになった。ノウハウなんかも含めてだから、『ドラゴン』や他の飛行種族に対する備えも、近くきちんと形作られると思う。けど……土壌と水質汚染については、何せ原因がわかってないもんだから、食い止めようがないって感じでさ……それを考えると、根本的なピンチは変わってなくって」


「避難する先は、『ヴォーダトロン』なんでしょう? でも噂で聞いた話だと、そのフォート、弱者に厳しいって……」


「……正直言うと……まあ、確かにそうだね。弱肉強食で、ついてこれない奴は置いていかれる、っていう感じの方針なんだって。だから、ここみたいに、孤児院とかに手厚く行政から支援とかがあるわけでもないみたい。うん……ぶっちゃけ、厳しい感じかな」


「……っ……」


 マリアは悲痛な面持ちになって、子供達が去って行った、施設の入り口の方を見る。


 今は皆は、食堂に集まって、少ない蓄えでどうにか用意して作った食事を食べている頃だろう。

 安く大量に買える硬いパンや、具の少ないスープ、施設のOBである生産者の厚意で譲ってもらえたハムやジャガイモ……わずかな食材も無駄にできない中で、マリアを含めた職員の努力や工夫で毎回どうにかやりくりして、子供達のお腹を満たしているのが現状だ。


 ヴォーダトロンに行けば、それも難しくなる。

 頼れるなじみの業者もいないし、行政からの支援も恐らくない。子供達にさせる内職も……いやそれどころか、そもそも受け入れてもらえる場所があるかすら定かではない。


 全く何の用意もなしに放り出されるようなことはないと信じたいが……いずれにせよ、考えれば考えるほどに、マリアの頭の中には悪い想像が浮かび上がってきてしまう。

 

(あの子たちは、今でも十分に辛い思いをしながら、それでも懸命に1日1日を生きているのに……なのに、それすらできなくなってしまうというの……!?)


「……そんな顔しなくても大丈夫だって、マリア姉さん。私が何とかするから」


「……? マリカ……何とかする、って?」


「さっき言ったでしょ? 私、『連絡将校』として『ヴォーダトロン』に行くことになったって。目的が目的だから、結構、それなりに長い期間いることになりそうなんだよね。だからその間に……皆が『ヴォーダトロン』に来てもやっていけるように、色々準備しようって、考えてんの」


 このまま弟妹達が『ヴォーダトロン』に行っても、居場所も後ろ盾もない彼ら、彼女らは、一層苦しむことになる。それ自体は、彼女自身が前々から考え、危惧していたことだ。

 しかし危惧したとしても、『ヴォーダトロン』に対しては、せいぜい少しの間滞在したというだけで、何の伝手もない自分では、そういったものを紹介することもできない。


 だが、『ない』で済ませるわけにはいかない以上……今ないならば、これから見つける、あるいは作るしかない。


 あの夜、酒場でハルキに相談してみたものの、やはり彼もそういう都合のいい伝手は持っていなかった。

 その場では落胆しただけで終わったが……事態が急激に動いたのは、その翌日のことだ。


 その酒場で聞かされた『視察』で、緑色の箱こと『油翡翠』を見に行った。

 そこで、『レックス』の機能によって、濁った緑色としか言えなかったそれが、正しく翡翠のような、宝石の輝きを取り戻し、そしてその機能までも十全以上に取り戻したことによって、秘宝と呼ぶにふさわしいそれへと、目の前で化けた。


 だがそれは、ただ単に『油翡翠』そのものに価値が発生した、というだけの問題にとどまらない。そのことに、現場でそれを目にしたマリカも、うっすらとではあるが、気づいていた。


 そして後日、『連絡将校』に着任した彼女が、交流のためにハルキ達と――特に、『第7特務部隊』が誇る1人の守銭奴と――交わした雑談の中で、それをマリカは尋ね、より正確に把握した。


 曰く、今のこの状況は、持ち運び可能・小分け可能な油田が手に入ったようなもの。

 そう考えれば、現実の油田と同じように、儲け話がその周りにいくらでも湧いて出てくる。


 単純にオイルを生産して販売する大本はもちろん、それを買い受けて販売する、枝葉の販売店や仲卸の業者。


 オイルに付随して取り扱われる機材や、加工のための材料の生産者。それらを取り扱い、販売や貸与を行う業者。そしてそれらの販路上にまた存在する販売店や仲卸。

 

 購入希望者が多くなって来れば、そういったものを取りまとめて『こういう、これだけの人達が欲しがっています』と紹介してくる仲介役の業者が出てくる。逆に、売る側を相手にして、よりいい条件で買い求めてくれる相手かどうか、信用のおける相手か、将来性があるかなどを調べて選定する商売などを行う業者などもいるだろう。


 その他にも、オイルや材料、加工品を運ぶ輸送業者や、加工した先の製品をさらに加工する業者、そしてそこにも貸与や販売……と言った風に、まさしく油田発見に等しい、あるいはそれを上回る経済効果が発生する。


 この波に乗ることができれば、やり方次第で莫大な利益を生むことが可能だろう。

 もちろん、中には公共事業に近い形をとることになるものも多いだろうから、どこにでも好きなように参加できるわけではない。しかし、一般に開かれている部分に潜り込むだけでも、上手くすればひと財産築くことも不可能ではない。


 いくつか個人的に持っているフロント企業をどう使ってどう儲けるか、クリスが心底楽しそうに脳内でそろばんをはじき始めたのを見て、他のメンバーは、いつものことだと感心したり呆れたりしていたが……そんな中でマリカは、静かに決意を固めていた。


「私が出向する先の部隊にさ、そういうのに詳しい人がいるのよ。『ヴォーダトロン』では、自分の仕事に支障がない範囲で、営利で絡んでくるようなこととかしなければ、兼業したり、個人事業のオーナーやったりするのもOKなんだって。その人(クリス)もそうしてるみたいだし、中には実家の事業を手伝いながら軍人や司令部勤めしてる人もいるみたい。だから私も、そういう感じで何か他の稼ぎ口を見つけて、お金をためたり、人脈とか作れればな、って思ってるの」


「それ……すごく大変なんじゃないの? 一回行ったことがあるとはいえ、土地勘もないし、今は伝手も何もない、経験も知識も本当にゼロからの状態なわけでしょ? それなのに、新しく事業を立ち上げるなんて……そんなの『サラセニア』でも難しいでしょうに」


「かもね。でも、だからって何もしないままでいたって状況がよくなるわけじゃないでしょ。このままいけば、数年後にはどうしたってこの町を出なきゃいけなくなる。その時に少しでも困らないために、今できることからやって行かなきゃって、そう思ったの。その意味じゃ、今回『連絡将校』として『ヴォーダトロン』に行けるのはラッキーだったな」


 言いながらマリカは、内ポケットから茶封筒を取り出してマリアに渡す。

 マリアが受け取って中を確認すると、中には決して少なくない額のノール札が入っていた。


 マリカが軍人としての稼ぎから、『仕送り』と称して寄付を送ってくれるのはいつものことだが、今回はいつもに比べてかなり多い額がそこに入っているのを見て、流石にマリアも驚いた。


「マリカ、これ……こんなに、大丈夫なの?」


「大丈夫。下の子達に、美味しいものいっぱい食べさせてあげて。向こうでのお給料、かなりいいみたいなの。色々お手当もつく上に、衣食住ばっちり保証されてるから、普通に生活するだけなら全然お金かからないし。これからは毎回このくらいの額送れると思う」


 それに、とマリカは続ける。


「その分仕事は結構大変そうでさ。別に休みがないわけじゃないんだけど、『サラセニア(ここ)』まで戻って来れそうな長期の休みは、そうそう取れそうにないんだ。さっきは『たまには戻ってくる』なんて言っちゃったけど……半年か、1年に一回……いやもっとかも」


「そんなに……」


「ちょくちょく顔出せるわけじゃなくなっちゃうんだし、このくらいはね。だから、後のことは……マリア姉さんに全部任せることになっちゃう。もちろん、定期便で仕送りや差し入れはちゃんと出すけど……私にはそれくらいしかできないから。……今は、ね」


 マリカが、最後の『今は』の部分に力を入れて言った意味が、マリアにはわかっていた。

 本気だということだろう。この血のつながらない妹は、本気で『ヴォーダトロン』で、自分達の居場所を、自力で勝ち取るつもりでいる。

 何年後かに訪れる未来を、暗いものにしないために。弟妹達に、明るい未来を約束するために。


 だとすれば、ここから動けない……動けたとしても何もできないだろう自分にこそ、できることなんて、これしかない。


「……マリカ」


「うん?」


「無理だけはしないで。大変だろうけど……気を付けて行ってきてね」


 かわいい妹の背中を押してやる。このくらいしか、自分にはできない。

 自分の無力を嘆きつつも、マリアは、マリカを信じて送り出すという、彼女なりの覚悟を決めた。


 妹はこれから、自分では想像もできないような苦難の道のりを歩んでいくことになるのだろう。それくらいは、『ヴォーダトロン』をよく知らないマリアにもわかる。

 しかし同時に、覚悟を決めたマリカは、もう誰に何を言われても、その決断を変えることはない。それもまた、よく知っていた。


 思い返せば、まだ自分達が、この孤児院で守られる側だった頃……彼女が女性でありながら『航空隊』のパイロットになりたい、と言い始めた時も、そうだった。


 『サラセニア』の空の守護神『航空隊』。

 空を駆ける鋼の翼に憧れ、自分もいつかあそこに、と考える者は決して少なくない。


 戦闘機を駆り、自由に、優雅に大空を舞い、その姿だけでもフォートに住む者達を鼓舞する。

 有事の際には勇ましく出撃し、フォートに牙をむく不届きな怪物たちを迎え撃つ。


 そしてその際は、危険なクリーチャーに近づくことなく、空中から爆撃を加えて排除するという形で対応が可能だった。

 どんなに恐ろしい獣の爪も、牙も、届かなければ意味はない。本職の軍人がAWで相手をするのも危険な怪物を、一方的に爆弾の雨あられを叩きつけて灼きつくす。その雄姿は、頼もしさは、このフォートに生きる者達に安心を与えていたし、また誇りでもあった。


 マリカもまた、幼い日に見たその雄姿に憧れて……そして、厳しい訓練の末、見事にその夢をかなえた1人だった。


 その夢をマリカから聞かされた時、マリアは、応援するとは言いつつも、それは難しいだろう、とどうしても思ってしまったものだ。


 女性であり、体格などの面で既に男性相手に不利であるだけでなく……孤児院の出で学もあるとは言えず、足りないものが多すぎる。

 それらを生まれながらに持っている者でもなお、『狭き門』どころではないエリート中のエリート。それが『航空隊』なのだ。


 それでもなお、マリアは決してあきらめずに努力し、必要な知識を覚え、経験を積み、過酷な訓練にも耐えて自らの評価を高め……その狭き門をものにした。

 それどころか、さらに己の力を高め続け、『エースオブエース』とまで呼ばれる実力をも身に着けて見せた。


 それを知った時の驚きは、マリアの記憶に鮮烈に刻まれている。


 そんな(マリカ)であるならば、ひょっとしたら今回も……そう、マリカは思った。

 だからこそ、信じて送り出そう、応援しよう、そう思えた。

 そして、彼女が新天地で思う存分戦えるよう、自分は自分にできる務めを……マリカの分まで、この孤児院を、弟妹達を守り続けようと、あらためて決意を固めたのだった。


 その心中を、マリカが察したかどうかはわからない。


 だがマリカは、マリアからの激励の言葉を受けて、力強くうなずいた。その顔には、迷いがなくなったかのような、輝くような笑みを浮かべている。

 これから自分が歩む、決して楽ではない道のりに対する悲観など、欠片も感じさせないような、力強く、頼もしい笑みだった。



 ☆☆☆



 その翌々日。早朝。


 『サラセニア』の敷地内、大きく開けた場所にある滑走路の上。

 マリカは、修繕と整備の完了した愛機『三式』に乗って、呼吸を整えていた。


 上空との寒暖差を見越した、頑丈で保温機能に優れた、搭乗時用の軍服に身を包み、パイロット帽子とゴーグルも既に装備済み。

 風防もロックし、あとは、管制塔からのGoサインを待つのみとなっているマリカは、ふと、座席後ろに積んで固定してある荷物に目をやる。


 そこそこの大きさの、頑丈なケースの中に入っているのは、様々な私物。

 最低限のものだけ持っていけば、後は向こうで揃えられることを知っているので、前回『ヴォーダトロン』に向けて飛んだ時よりも荷物は少ない。


 だが、前回はなかったが、今回は持ち物に加えているものもあるため、結果的には同じ大きさのケースを積むことになっていた。


 そのうち、特に大事なものが2つあった。


 1つは、『油翡翠』の結晶。

 直方体のインゴット化されたそれを何本か、マリカは荷物として積んで持っていた。


 これは、ハルキがレックスの『捕食変換』で浄化したものの一部である。

 浄化の報酬兼、親交の証の品として、協定に基づいて『ヴォーダトロン』に贈られるものだ。


 先に帰ったハルキ達に持たせればよかったのだろうが、マリカがこうして持っていくことになったのは、単に形式的なことだ。


 『サラセニア』に来るとき、破損して動かないことから、やむをえず陸路で『三式』を運んだものの、修理されているのであれば当然、マリカは『三式』で飛んできた方が速いし、陸路を進むハルキ達の荷物にもならないため都合がいい。

 そのためマリカは、『ヴォーダトロン』へは愛機で飛んでくるというのは割と最初から予定として決まっていた。陸路を行く車両と戦闘機ではスピードに差があるどころではないため、到着時期を合わせるために、ハルキ達が出発した数日後に出発するというのも決まっていた。


 それを利用して、『サラセニア』を象徴する航空機で到着するマリカが、贈り物である『油翡翠』の結晶を持っていく、という形にするらしい。

 着陸予定地点には、フォートの代表者であるアルフレッド総司令が待っていて、マリカの手からそれを受け取るという、式典じみたやり取りも予定しているそうだ。


(普通に部屋とかで渡すだけでいいと思うんだけど。無駄に緊張するし……)


 そして、大切なもののもう1つは……孤児院の子供達が持たせてくれた手紙だった。


 出発の前日……すなわち、昨日の夜。

 門限も近くなった時間になって、士官宿舎を訪れたマリアが渡してくれたものだ。


 孤児院にいる弟妹達のうち、文字をかける年齢の者全員が、それぞれ筆を執って、思い思いの激励を綴った、何枚もの手紙。

 精一杯丁寧に書いてあるものもあれば、ぐちゃぐちゃで読むのに難儀するものまで。どうしてか想像はつくが、書いてある字が滲んでいるものもあった。


 マリカは夜のうちに、1つ残らず目を通し……その手紙に込められた、弟妹達の思いも、一緒に新天地に持っていくことを決めていた。

 必ず、彼ら、彼女らの、数年後の笑顔を守って見せると、心に決めた。


 などと思いだしている間に、管制塔に点灯しているライトの色が変わる。

 次いで、通信機から声が聞こえて来た。


『こちら管制塔、時刻は0600ジャスト。マリカ・キヴァリー少尉搭乗、航空戦闘機『三式』。目的地、『ヴォーダトロン』。滑走路上、障害物クリア。天候、問題なし。離陸を許可』


「了解。マリカ・キヴァリー少尉……出る!」


 発声と共に、エンジンに火を入れる。

 エンジン内部に充填された燃料――他ならぬ『油翡翠』の、浄化された結晶から作られたオイルを使用しているとのことだ――が燃焼し、轟音と共に出力が急上昇していく。


 機体がゆっくりと動き出し、しかしすぐにエンジンの馬力に乗って急加速。遮るもののない滑走路上で風になっていく。

 その身に受けるGを含めた、馴れ親しんだ感覚に、自然とマリカの気分は高揚し、顔には笑みが浮かぶ。緊張など微塵もない、この身が風に慣れる時を、今か今かと待っている。


 そして、トップスピードに乗り、操縦桿を思い切り引いた瞬間、『三式』は滑走路から飛翔……抜けるような青空に飛び出した。


 その空の向こうに、何が待っているのか。

 クリーチャーが跋扈する、絶望と恐怖の未来だろうか。それとも、弟妹達や仲間達が笑って暮らせる、希望に満ちた明るい未来だろうか。


 もっともマリカにとっては、どうでもいいことだった。

 後者であると信じていたし……もし、そうでなくとも自分で作ればいい。


 高揚した気分のままに、前向きに、しかし本気で心に決めていた。


「……っしゃァ! 待ってろ新天地(ヴォーダトロン)! 待ってろハルキ、アキラ、メリル……皆! 今行くからね……どこでだろうと私は、私らしく、飛ぶ!」





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