第53話 連絡将校
ある日の会議室にて。
「それでは……今後の対応に関しては、以上の通りということで」
会議室の下座に座る、進行役と思しき男がそう締めくくる。
会議室にいた面々からは、誰からともなく、大きく息をつく音がいくつも聞こえて来た。
それらは確かに疲れから来るものであったが、ネガティブな意味を持ってはいない。同時に安堵や達成感のようなものを含んでいるようにも感じられた。
出席者の1人であり、『ヴォーダトロン』使節団の代表であるファウーラは、隣で無遠慮にぐぐーっと伸びをするヴィルジニアを見て呆れつつも、自身もその胸の内に達成感を覚えていた。
手元の会議資料には、そこに至るまでの経緯が、メモ程度にではあるが、愛用のペンでびっしりと書き込まれている。満足げにそれを眺めつつ、彼女は体面に座っている、『サラセニア』側の代表に語りかけた。
「『サラセニア』の皆さんの英断に心より感謝いたします。こちらとしても、非常にありがたい条件で交渉をまとめることができました」
「そう言っていただけるとありがたい。今後とも、どうぞよろしくお付き合いをお願いできれば、我々としても幸いです」
「いやいや、ホントにですね~……随分思い切った判断していただいちゃいましたね、なんか」
「おい、ヴィルジニア!」
「ははははは! いや結構、お恥ずかしい話ながら、図星ですからな」
ヴィルジニアが、都市の高官同士の話し合いには不釣り合いな砕けた物言いをしたが、『サラセニア』の代表は特に気にした様子もなく笑って言った。
彼女の言う『思い切った』という部分も、全く否定もせずに。
「ですが、この話に関してはこちらが一方的にお世話になった側です。それに加えて、これからもしばらくお世話になる必要があるとまで来ている……そのご恩返し兼、これからの協力関係や明るい未来のための投資、と考えれば、別段、高い買い物だったとは思いませんとも」
そう言って、『サラセニア』代表の初老の男性は、会議机の上に置かれている、握り拳程度の大きさの、透明感のある輝きを放つ『油翡翠』を見つめる。
宝石もかくやという美しさを持つのに加え、実用性に関してはそれ以上に重要な物質。そして何より、これからの両フォート間の協力関係の締結においても、大きな意味を持つこととなった、正真正銘、嘘偽りも誇張もなしの秘宝である。
「彼らによろしくお伝えください。彼らと、その愛機たるあの紅の龍のおかげで……この『サラセニア』の将来にも、ほんの少しですが、希望の光が見えてきた気がします」
「ええ、承りました。それと、彼女についてですが……よろしいのですか? 申し出自体は非常にありがたいのですが……替えの利かない人材では?」
「それは否定できませんが……適任であるのも事実です。今後のことを考えれば、早い段階で操縦や空戦戦術における専門知識を持った者との交流があった方がいいのは確実でしょう。もちろん、技術面での支援も適宜、行わせていただきますので」
「何から何まで申し訳ないですねえ~。せめて、大いに有意義な時間を過ごしてもらえるように、責任もってお預かりしますので」
「ええ、よろしくお願いします。彼女は……我らにとっての誇り。航空隊の『エースオブエース』ですからな」
その、数十分後。
会議の場で決定されたある『人事』が、速やかに発表された。
「本日を持ちまして、サラセニア航空隊よりヴォーダトロン特務部隊へ『連絡将校』として出向いたします、マリカ・キヴァリー少尉です! あらためて、よろしくお願いいたします!」
同じく『サラセニア』司令部内の一室……『第7特務部隊』に与えられた仕事場の部屋で。
驚きや歓喜など、様々な――しかし、概ね好意的な――視線を受けながら、クリーニングも修繕も済んで、ぴしっと新品同様になった軍服を身にまとい、姿勢正しく敬礼姿を披露していた。
こちらも負けじと、隠しきれない喜色をその顔に浮かべながら、これから自分が担うこととなる大任に、億すことなく挑む気満々だった。
☆☆☆
『連絡将校』とは、簡単に言えば、2つの国ないし組織の間で、様々な連絡・調整を担うため、相手方の組織に派遣される将校のことである。
通常の業務の他、相手方の組織のもつ情報資源や知識・ノウハウなどを最大限活用するため、専門的な分野での支援を行うなどの任を帯びて活動を行う。
また、相手の組織に対して、自分の組織の人材を預けることで信頼の証とし、お互いに顔の見える、ないし襟元を開いた関係を形作るためでもある。
……と、いうような説明を、シドがハルキとアキラの2人に対して行っていた。
なぜそんなことになっているかと言うと、マリカの着任の挨拶を聞いた2人が、『連絡将校って何すか?』『さあ?』という会話を普通に交わしていたからである。
「つまりマリカは、まあ……何ていうか、両フォートの友好の証と、後は、技術とか知識方面での人材交流の一環として、うちのフォートの軍に派遣されるってわけか」
「その認識でいい。付け加えて言えば、派遣先は他ならぬうちの隊だ」
「『第7』っすか!? へー、すごい偶然っすね!」
「偶然なわけねーだろうが」
シドの言う通り、この人事が偶然であるはずがない。
マリカが選ばれたのは、救援要請の特使として『ヴォーダトロン』に行った張本人であり、またその際に見て回ったことで、誰よりも『ヴォーダトロン』を知っているため。そして、そこの住人達との交流も既に持っているため。
……という理由のほかにもう1つあるのだが、それに関しては後からの話になるだろう。
そしてそんな彼女が就任する先が『第7特務部隊』であるのは、こちらも軍内部で一番彼女との交流が多く、お互いによく理解し合えているから、という理由。
それに加えて、『便利屋部隊』にして『精鋭部隊』であるがゆえに、様々な経験を積むことができ、その中でより一層絆を育めるだろうから、という狙いもある。
無事に2人が『連絡将校』という単語の意味、そしてマリカの人事異動の意味を理解したところで、ファウーラははぁ、とため息をついてマリカに向き直った。
(まあ、普段使う機会のない知識なのは確かですし、仕方ないといえば仕方ないのかもしれませんが……キヴァリー少尉がお気を悪くされていないといいのですが)
なお、そのマリカはというと、他の隊員たちとしばし雑談している最中である。
これから『連絡将校』として共に行動することになるため、交流を深めてはどうか、というフォート側からの配慮だったが、ぶっちゃけその必要もないくらいに、この隊に既に馴染んでいる。
彼女が隊員達と共に過ごした期間の長さを考えれば、むしろ納得できるものではあるが。
「あー、悪りーな。前に一応ちらっと話した気もするが、あいつらまだ軍人としては新参でな……知識面じゃどうしてもな」
「あーいやいや、全然気にしてないから。私もちょっと忘れかけてたっていうか、忘れててさっき慌てて調べて思い出したし。いやー、使う機会ないよねー、こういう知識」
「おい」
まさかのマリカからの言葉に、思わずツッコむクリス。
ハルキ達と違い、一応、訓練校も出ている本職の軍人はずであるマリカからのまさかのセリフ。
クリスが内心で『大丈夫かコイツが代表で』と思ってしまったのは仕方ないことかもしれない。
「いやでも実際、この単語聞いたの訓練校での座学以来だったもんほとんど。『サラセニア』って、立地が特殊だし外部との交流も限定的だから、そういうの多分、前例ないんじゃないかな1件も」
少なくとも私は聞いたことない、と語るマリカ。
それを聞いて、メリルは横にいるセリアに尋ねた。
「ねーねーセリアちゃん、うちのフォートはそういうのあるの? あんまり聞いたことないけど」
「多くはありませんし頻度も少ないですが、必要に応じて行われています。主に、協力関係にあるフォートとの間で、ある程度の規模ないし重要度のある事業や共同作戦を実施する時などですね。形式的なものであったり、単なる人材交流として行われた例もありますが」
「そうなんだ。じゃあ、マリカちゃんは『サラセニア』で初めての『連絡将校』かもしれなくて、その行き先が私達の隊なんだね! これは盛大におもてなししなくっちゃ!」
「あっはっはっは、気持ちはありがたいけど、いーよーおもてなしなんて。一応ちゃんとした仕事で行くんだからさ。あ、でも歓迎会とかならありがたく頂戴する準備はできてる」
「ノンアルコールになっちまうけどいいか?」
「! ……そうだった……くそう、早く来い誕生日!」
元々壁などなかったマリカと『第7』の面々である。当然、こんな風に打ち解けるのもすぐ……というか、既に打ち解けていたわけなので、今後に問題はほとんどなさそうだな、とファウーラは安堵していた。
しかし、そこで打ち合わせは終えて『はい解散』とはならない。
まだ1つ、彼女には、隊員達に伝えなければならないことが残されていた。
が、ファウーラが最後の通達をするために口を開こうとしたその時、先程から何か考え込んでいる様子だったクリスが、すっと挙手した。
「なあ隊長、ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「? 何でしょうか、クリス」
「1つ確認させてくれ。マリカが『連絡将校』としてうちの部隊に来る理由は、さっきセリアが言ってたもの2つのうち、どっちだ?」
「? えっと……セリアが言ってたのって……」
クリスの問いかけを聞いて、ロイドが思いだそうとするが、それより先にセリア本人が言った。
「『連絡将校』としての基本的な業務を別にすれば……単に友好を深めるための、形式的な人材交流と……何かしら実務上の目的があって、その分野の専門家ないし有識者として、ですね」
それを聞いて、ファウーラは、クリスの察しの良さに感心していた。
マリカを『連絡将校』として選ぶという、この人選。
そこに強烈な違和感があることに、クリスは気づいていた。
確かにマリカは、特使として『ヴォーダトロン』を訪れており、恐らくはこの『サラセニア』にいる誰よりもそのことについて詳しいだろう。知識的な面で言えば、様々な報告書類や資料に目を通した者には負けるかもしれないが、実地で様々なことを直接見聞きした経験は大きい。
加えて、ハルキやアキラ、メリルをはじめとする『第7特務部隊』の面々とも、先程の光景を見てもわかるように、友好的な関係を結んでいる。既にそういった間柄になっている者を選ぶことは、相手方の心象をよくするという手間が丸々省けるため、効率的と言える。
だが、それらのメリットを加味したとしても、マリカを選ぶという選択には、無視できない大きなデメリットが存在する。
彼女の所属する『航空隊』は、『サラセニア』にとって航空隊とは、守護神とも言うべき存在だ。
厳しい訓練に耐え抜き、数ある候補者の中から選抜されたエリート中のエリート。
しかもマリカはその中でもひときわ実力のある、空の『エースオブエース』級である。『サラセニア』にとっては、是が非でも手放したくない人材のはずだ。
特に今は……情報が入ってある程度ドクトリンも組み立てられつつあるとはいえ、『ドラゴン』という新たな脅威となるクリーチャーも現れているのだから、マリカを単なる交流のためだけに、『航空隊』としての持ち場を離れさせ、『ヴォーダトロン』に向かわせるというのは考えられない。
となると、もう1つの理由の方……何か実務的な理由があっての人選、という点が当てはまると考えられるが……これはこれで問題である。
マリカが能力ないし知識として保有している、『専門分野』があるとすれば、それは1つだけだ。
そして、それをヴォーダトロンとの交流の中で必要としている、ということは即ち……
「クリスが何を気にしているのか、何を聞きたいのかは大体わかります。今からきちんと、それについてもお話ししますよ」
「……!」
「皆も聞いてください。今回、彼女……マリカ・キヴァリー少尉が『ヴォーダトロン』に赴任するのは、単なる交流のためだけではありません。彼女の持つ、航空隊所属のパイロットとしての知識や経験が今後、『ヴォーダトロン』にも必要になるためです」
「えっ? 隊長、それってつまり……」
「……まさか……」
言いかけて止まった、メリルとハルキの問いを受けて、ファウーラはこくり、と確かに頷いた。
「そのまさかです。『ヴォーダトロン』は今後―――
―――軍の一部門として、『航空戦力』の導入・配備を検討しています」




