第52話 『油翡翠』と今後の展望
「それでは、始めてください」
『了解。アキ、頼む』
「了解っす。はーい、あーん……」
ハルキとアキラが、『油翡翠』を手に取ってからの発言から、十数分後。
『緑色の箱』の視察に来ていた一行は、場所を『オイルの湖』のある洞窟内からその外に移し、今からとある実験をするところだった。
ファティマやファウーラ、ヴィルジニアといった『ヴォーダトロン』の面々に、案内役や護衛達、そしてマリカら『サラセニア』所属の面々は、その実験の様子を、数mほど離れた位置で遠巻きに眺めている。
そのほとんどは、これから起こること……試すことに対して、率直に言って懐疑的な感情を持っていて……向けられる視線にも、それがこもっているのが傍から見てもわかった。
まあ、ここに来る前に聞かされた話の内容を考えれば、それも仕方ないことかもしれないが。
「本当に大丈夫なのか? 確かに『レックス』の機能としてそういうものがあることは私も聞いて知っているが……」
「ある程度量があるとはいえ、研究材料としては間違いなく激レアに分類されるものだし……今まで秘宝扱いで大事にしてきた『サラセニア』の皆さんの感情もあるしね~。ファウーラちゃんのことを信じてないわけじゃないけど、やっぱり不安にはなっちゃうかな~」
その懐疑的なメンバーの中に、ファティマとヴィルジニアも含まれていた。
疑いよりも不安の方が強い様子で、横に立って同じように見守るファウーラにそう尋ねているが……ファウーラはというと、涼しい顔で笑みを浮かべながら、さらりと返した。
「お気持ちは察します、姉さん、ヴィルジニアさん。ですが、私としては……きちんと考えた末に、試す価値のある実験だと判断しましたから。何かあれば、責任はきちんと……」
「まだ若いお前が、簡単にそんなことを言うものじゃない。……きちんと勝算はあるのだろう?」
「ええ。もっとも、流石に『オーバーテクノロジー』に関わることですから、知識や理論に基づいたもの、と言うわけにはいかないのですが……これまでの経験からでよければ、きちんと」
「ほう……経験、か」
「……これも、まだ理解できない部分の方が多いことなのですがね……あの2人が使う『レックス』……その、自動学習プログラムとでも言うべきシステムには、どうやら、必要な時に必要な知識、あるいは機能を優先して送り込む機能があるようでして。それを考えるなら……」
あそこで、あの2人が同時にこの方法を思いついたのは、決して偶然ではない。
ファウーラはそう確信していた。しかし、全て言い終えるよりも早く、目の前でその『実験』が開始される。
今現在、ハルキは1人で『レックス』に乗り込んでこれを操縦し……もう1人の操縦士であるアキラは、操縦席には乗らずに外にいた。
そして、すぐ目の前で大きく口を開けている『レックス』の口の中に、手に持っていた『油翡翠』のかけらを、ぽいぽいといくつか放り込んでいた。
用意していた大小の欠片――どれも濁ってしまって透明度がほとんどない状態のもの――を、全て口の中に投げ入れると、アキラもまた、見学している面々と同じように、少し離れて見守る体勢に入る。
そして、その視線の先で、ハルキの操る『レックス』はゆっくりと口を閉じた。
一拍遅れて、口の中……噛み合った牙の向こう側で、『油翡翠』がバキバキと粉砕される音が響き……それが聞こえていた何人かがぴくっと反応した。
目の前で、くすんでしまっているとはいえ、長らく秘宝として『サラセニア』の経済や産業を支えてきた『油翡翠』が、無残にも砕けてしまったことに、眉を顰める者が何人かいたが……もともとこうすることは知らされていたので、何か言うことまではなかった。
そのまま、少し待つ。
『レックス』のコクピットの中で、やることを終えたハルキもまた、待つ。
待つこと1分。ハルキは、頭に直接、『処理』が終わったという信号を受信して、『おっ』と小さく声を上げながら、画面――全天モニターに目をやった。
そこには、『インゴット作成が終了しました』と、ここ最近で随分と見慣れた表示が出ている。
すぐさまハルキは思考で指示を出し、コクピット横の扉を開いて、出来上がったばかりのそれを取り出す。
そこにあったのは、ついさっきまで目にしていた、くすんだ緑色の鉱物か樹脂のような何か、などではなく……
「うぉ、すっげー……マジで宝石じゃねーか」
思わず感嘆してしまうほどに、見事な透き通った翡翠の輝きを持つ……立方体の宝石だった。
☆☆☆
「要するに、『レックス』の持つ機能の1つである、『捕食変換』……口腔内から摂取した物質を分解・再構築して『資源』に変える機能。その応用ですね。一度取り込んだ『油翡翠』から、不純物だけを取り除いて再構築することで、再び本来の……聞いてますか?」
「……はっ!? も、申し訳ない……あ、あまりのことに、流石に驚いてしまいまして……」
「ええ……事前に聞かされてはいましたが、正直に申し上げまして半信半疑だったのですが……ここまでのものになるとは……!」
ハルキがコクピットから持ってきた、見事な立方体の宝石と化した『油翡翠』を前にして、案内役他の『サラセニア』側の面々は、顎が外れるのではないかと思うほどに大きく口を開いて驚いていた。
さらにその直後に、もう1つ実験として、あらかじめ用意していた真水を、『油翡翠』を使ってオイルに変える実験を行った時には、最早声にならない様子だった。
もともとコレは、サラセニア側が『油翡翠』の力を証明するための実験として行うつもりで用意していたものだ。
くすんでしまってはいるが、全く力が失われてしまったわけではない。金盥に水を入れ、そこに『油翡翠』をいくつか沈めると、数十秒後には水面に油分が浮いて出てくる。『油翡翠』が水を吸い上げて、内部で化学反応を起こし、オイルにして吐き出すからだ。
しかし、それを『宝石』と化した『油翡翠』で実行した際、ものの数秒で水がオイルに変わり始めたどころか、それからしばらくする頃には、油分が水面に出るどころか、溜めていた水のほとんどが油分に変換されてしまった。
もちろん、これほどの性能……今までのくすんだ状態の『油翡翠』とは比べるべくもないものであることは、最早言うまでもあるまい。
実験は成功。こうして、ハルキ達が『油翡翠』を手に持ったあの瞬間、どこからか受信するかのようにひらめいたアイデアである『レックスの『捕食変換』による物質再生』が、有効な手段であると、『秘宝』と呼ぶにふさわしい物質である『油翡翠』を蘇らせることが可能なのだということが、めでたく証明されたのだった。
「で、そこからはもうなんか大騒ぎっすよ。その後の予定とか全部中止になって、インゴット化した『油翡翠』を持ち帰って早く対応を協議しなければー! って」
「そりゃまあ……そうなるだろ。よその手を借りてとはいえ、前提条件の割とでっけえところがひっくり返りかねないってことが分かったわけだからな」
「しかし、マジで何でもありなんだな……『レックス』って。まさかよそのフォート秘蔵の『オーバーテクノロジー』の物質までいじっちまえるなんてな」
「いや、逆にそれってほら、レックス自体も『オーバーテクノロジー』だからこそできたんじゃない? ほら、目には目を、みたいな感じでさ」
「そんなお前……いや、案外あり得るのかもしれないな。同じ、あるいはそれよりも上の水準の技術力でもって干渉したからこそ、こういう結果になったのかも……」
「………………」
またまた場面、ないし場所は変わり……『第7特務部隊』の仮の仕事部屋として貸与されている、『サラセニア』総司令部の一室。
そこでハルキ達は、つい先ほどまで言っていた『視察』で起こった、急展開にもほどがある事態について、同僚達に説明していた。
一応彼らも仕事中なのだが、完全に意識はハルキ達の報告と言う名の土産話に行っており、無言で真面目に仕事をしているのは、現在セリアだけである。そのセリアも、仕事に支障が出ない程度に耳を傾けて話を聞いているのだが。
なお、ファウーラとシドはまたしても隊を代表して、緊急に開かれることとなった会議に出席している。衝撃的な、しかし紛れもない『吉報』が持ち込まれ、今頃は会議室は、さぞかし盛り上がっていることだろう。
二転三転している状況に、今後さらにどう転んでいくか、本格的にわからなくなってきているわけだが……いずれにせよ、そういった部分での対応を考えるのは、会議室を縄張りとする者達……ファティマやヴィルジニア、それに『サラセニア』のお偉方だ。
「ちなみに、この後ってどうなると思う? 当初の予定では、ここから徐々に互いの交渉カードを見せあいながら、援助とその見返りについて話していく予定だったよな?」
「でも、『レックス』のおかげで『緑色の箱』が力を取り戻して、今までより断然早く多くオイルを作れるようになったんだよね? そうすると、もう『ヴォーダトロン』の援助も要らなくなっちゃったりするのかな?」
「いや……程度は変わるかもしれないが、多分それはない。売る品物があっても販路がなければ苦労するだろうし……そもそも『油翡翠』が力を取り戻せたのはうちの『レックス』の功績だ。最低でもそのへんの協力報酬はもらうことになるし……それに……」
「それに?」
「このフォートが抱えてる問題は、金が手に入るようになった程度じゃ解決しないだろうからな」
クリスの言う通り、『サラセニア』が抱える問題はまだまだある。
そのうちのいくつかは、金、ないし経済の活性化によって解決できるだろうが、ただ儲かるようになっただけでは手に入らないもの、諦めなければならないものもたくさんある。
そして、その最たるものが『人間』である。
「簡単に言うとな……今の『サラセニア』は、人が多すぎるんだと」
クリスのそんな言葉に、ハルキは頭上に『?』を浮かべて問い返した。その内容が、事前にハルキがマリカから聞いていた話と、真逆だったからだ。
「え、何それ。俺、マリカからは『人が少なすぎる』って聞いたんだけど」
「うん、どういうことだ? クリス、言ってること真逆じゃね?」
「ハルキのそれは正確じゃねーんだよ。正しくは『マンパワーが足りない』とかって言い方されたんじゃねーのか?」
「いや、まあそうだけど……違うのかその2つ?」
「割と大違いだ。簡単に言えばここは、フォートとしての機能を維持するための人力が足りてないんだよ。『生産年齢人口』って言えばわかる奴いるか? ……いないか」
『生産年齢人口』とは、生産活動の中心にいられる年齢とされる、15歳から65歳未満の人口のことを指して言う言葉だ。つまり、労働力として社会に貢献できるとされている年齢の層である。
そこから外れた年齢の者達が貢献できない、というわけではないが、それなりに重労働になる肉体労働系の職業や、知識や集中力を有する仕事も多くあることを考えれば、妥当かもしれない。軍人などはどうしても、ある程度若さを持つ者でなければ就けないのも確かである。
「年齢がいくつでも、働けなくてもいいからとにかく人がいればいい、ってわけじゃないだろ? 人手が要る職場があって、そこに見合った働き手がいなけりゃ意味がない。中には専門知識や技術が必要な仕事もあるからな……そんなに単純じゃないのさ」
「なるほどな……そういう仕事って向き不向きもあるし、何よりできるようになるまでに、色々と勉強することも多いし、供給が簡単じゃないから不足しがちなのか」
「孤児や老人……働くのに不向きな年齢の割合が決して少なくない。別に、そういう連中にできる仕事もあるし、いること自体には何も問題ないんだが……割合としても絶対数としても、『生産年齢人口』がある程度いて、必要なところに人を回せないと、やはりフォートは回らねえのさ」
生産能力はそのまま、そのフォートの力に、そしてそこに暮らすことができる許容人数につながる。『サラセニア』がマンパワーが足りない、余裕のないフォートであると言われる理由の大部分はここにある。必要なところに必要な人材を供給できないのだ。
他のフォートから調達する、という手段もあるだろうが、それにも限度があるし、そういう方法に依存しすぎると、それはそれで別の問題が起こってくる。
そもそもこの『災害世紀』、金があればどこからでも何でも買えるわけではないし……それ以上に『サラセニア』は、物流という点において、条件が最悪と言っていい。山の中にあって大きな道もなく、一度に大量の輸送がほぼ不可能。クリーチャーも出没し、危険も伴う。
今回『ドラゴン』が出没するようになったことで、難易度はさらに増したと言っていい。泣きっ面に蜂である。
ゆえに、ある程度は『サラセニア』自体の生産能力を確保しておく必要がある。
それがかなわない場合は、逆に『人』の方の問題を何とかするしかない。
『生産年齢人口』を増やして、フォートが保持できる人数を底上げするか、あるいは……生産能力につながらない年齢層を優先して、減らすか、だ。
前者は簡単ではない。今現在子供、あるいは余裕のある他業種である者達に職業教育を施すにしても、一朝一夕で使いものになるものではない。
しかし他所から勧誘して連れてくるのはもっと困難だ。そういう人材はどこでも欲しているし、引き抜くとしたら相応にいい条件を提示する必要があるが……モノもなく、将来性もなく、交通の便は最悪で、新種のクリーチャーが出没し始めて危険。そんな場所に誰が好んで来るだろうか?
後者は、以前から提唱されていた『移民』をもっと小規模に行うという形になるだろう。しかしその方法でも、受け入れ先のフォートの承諾は必要になる。そこに行くまでの方法的・物資的な支援もだ。やはり簡単なことではない。
受け入れ先のフォートからすれば、労働力として使いものにならない層の人間を押し付けられるに等しい。それ以外の点でメリットを欲することになるだろう。
「とはいえ、もともと想定されていたことではある。色々と新しい要素が出てきたから、そのへんを織り込むのに苦労はするだろうが、何らかの形で落としどころは見つけるだろうさ」
「俺達は、偉い人達が決めたことに従うことになる、ってのは変わらないわけか」
そう言ってロイドは、椅子の背もたれに体を預けて脱力する。
すると、メリルが前の方に身を乗り出してきた。奇しくも、まるでロイドと発言する役を含めて入れ替わるように。
「ねえクリス、それじゃあさ……」
そのまま、対面する位置のデスクにいるクリスに問いかける。
その目には、隠しきれない――隠す気がない、という可能性もあるが――『期待』の感情がありありと表れていた。
「『サラセニア』が同盟フォートになるなら……色々交流とかするわけでしょ? この任務が終わって、『ヴォーダトロン』に帰っても。そしたらまた、マリカと会ったり、一緒に遊んだりできるかな?」
「……だといいな」




