第46話 サラセニア航空隊
ものものしい警報が鳴り響く『サラセニア』の街中を、息が切れて動けなくならない程度に全速力で走るマリカ。
数分とかけずに『司令部』に到着すると、案の定、そこは既に大騒ぎになっていた。
「誰だ、今は……あっ、失礼しました、キヴァリー少尉でしたか!」
「はい……航空隊所属、マリカ・キヴァリー少尉です。サイレンを聞いて今到着したので、現状がまだわかりません。対策本部はどこの部屋に設置されましたか?」
「はっ、2階の206会議室で、対策会議はもう間もなく始まるとのことです!」
「ありがとう、今から向かいます!」
そのまま、教えられた203会議室に向かうマリカ。
そこには既に、他の航空隊の面々を含む、『サラセニア』の軍関係者が何人も集められていた。
そのほとんどは、大小の部隊を束ねる隊長格であることから、この襲撃に対応する作戦に投入される部隊の代表者たちが集められたのだろうと予想がつく。
更にそこには、ヴォーダトロンから来た使節団の各部門の代表者の一部――ファティマとファウーラの2人――も参加していた。作戦に参加させるのだとは考えづらいので、恐らくは情報共有のためだろう。
そのままそこで始まった会議で、今回襲って来た『クリーチャー』が何であるかを聞かされて、マリカは驚きを隠せなかった。
☆☆☆
同時刻、フォート外縁部に緊急に設けられた防衛線。
常駐している軍の部隊が、襲って来たクリーチャーを迎撃していた。
防衛にあたっているAWはどれも、第2世代か第3世代の機体。『サラセニア』のフォート軍で主に運用されているものだ。
『サラセニア』は、航空隊という特別な戦力を有してはいるものの、特に裕福なフォートというわけではない。『ヴォーダトロン』でそれなりの数導入されているような、第4世代や第5世代の機体はほとんどなく、軍事力は決して大きいとは言えないフォートだった。
幸いにも、地形などの条件が味方しているために、その程度の戦力でも、フォートの防衛自体はさほど難しくない。そもそもこの辺りには、そこまで強力なクリーチャーも元々出現しないため、向かってくるクリーチャーに陣形を組んで砲火を浴びせる程度の戦術でも、大抵の防衛線はどうにかなる。
それこそ、フォートの切り札である『飛行隊』の出番など、どこかほかの土地から流れて来た強力なクリーチャーが出た時程度しかない。
それでいいと、現場の彼らも思っていたし、むしろ、『航空隊』の手を煩わせることなどなく、自分達で騒乱を沈めて見せるのだ、と、いつも意気込んでいるくらいだ。
だが今、彼らは……一刻も早く、その航空隊の到着を待ちわびていた。
彼らは、今自分達が相手をしている者達が、自分達では絶対にどうにもならない相手だということを理解していた。そう、理解せざるをえなかった。
「ダメです! 高射砲、全く当たりません……やはり、急造の対空兵器じゃとても……」
「泣き言をいうな、撃ち続けろ! 威嚇射撃にさえなればいい、こちらに近づけさせないことが重要なんだ……ここを抜かれたら、町が襲われる!」
「畜生っ、何なんだよあのクリーチャー……あんなの、今まで……しかも、あんな数っ!」
ほとんど直角に近いほどの角度で備え付けられた大砲から、ドンドンドォン! と立て続けに砲声が響き渡り、空気を震わせる。音速以上の速さで打ち出された砲弾は、その先にいる獲物を目掛けて飛んでいく。
しかし、その獲物がかわしたのか、はたまた狙いが甘かったのか……砲弾は空しく空を切って、はるか遠くの地面に落ちて爆発する。
そして、それを当てるつもりだった標的……鳥型のクリーチャー『イオンバード』は、ギャアギャアと耳障りな声を響かせながら、こちらをあざ笑うように、何事もなく飛び続けている。
成人男性よりも明らかに大きな鳥が……空に、10匹以上もの群れを成して飛んでいる。地上から見上げている軍の面々からすれば、絶望的な光景だった。
「くっ……今までは1匹か、多くとも2~3匹しか一度には現れなかったというのに、なぜ……」
1人の軍人……指揮官らしき者が呟くように言った通り、『イオンバード』は、昔からこの辺りに出現するクリーチャーではあったものの、その出現頻度はごくまれであったし、群れで現れることなどなかった。
フォートを襲ってくるにせよ、フォートの周辺で遭遇するにせよ、単体あるいはごく少数が確認されるだけであり……しかもそのいずれも、AWの装備する銃火器や、重機関銃による攻撃で撃退できていた。打ち取ることまでいくことこそ少なかったが、そこまで脅威足りえない相手だった。
それが、今回は2桁にもなる数の『群れ』で現れ、今にもフォートに飛び込んで、人間の血肉を貪ろうとしているのだ。
ここ最近、どういうわけか出現する頻度が増えていたため、念には念を入れる形で、彼らは対空兵装を強化・増設していた。それが功を奏した形になるが……そうであっても、空を舞う怪鳥達を打ち取るには至っていない。近づけないように防ぎ続けるのが関の山だった。
「今までのは、群れの偵察だったということでしょうか?」
「バカ言え、何十年もそうだったんだぞ、そんなわけあるか……しかしだとすると、この周辺に生息する奴らの絶対数が増えた、ということになるか……?」
「ここ最近出現頻度が上がってたのはそういうわけか、しかし一体なぜ……」
砲声に負けないくらいの音量で会話しながらも、絶え間なく砲撃を続け、鳥どもを近づけさせまいとする軍人達。
そんな彼らの耳に、それから数十秒を持ち答えたところで……待ちわびた音が聞こえて来た。
鋼の翼が空を切って飛ぶ風切り音と、力強いエンジンの駆動音が。
「よぉし、来た! 航空隊だ!」
「やった、これで勝てるぞ!」
「撃ち方やめ! 撃ち方やめ! 航空隊の邪魔になる、こちらに近づいて来た時のみ迎撃とする、あとは彼らに任せるんだ!」
砲声に代わり、編隊を組んで飛ぶ6機の戦闘機の飛行音が飛び、さらにそこに少し遅れて、武装ヘリ2機が追従していく。合計8機の航空戦力、大盤振る舞いの壮観な光景。
それを目にした時点で、彼らはもちろん、フォートに住む市民達も、飛行クリーチャーの襲撃というこの非常事態が、このまま終わると確信して疑わなかった。
「数は……13か、中々多いな」
「今までに比べれば、って意味ではな。1人2匹落とせば終わりだ、楽なもんだろ」
「鳥の数え方って『匹』じゃなく『羽』じゃなかったっけ? まあどうでもいいですけど……」
通信で緊張感のない会話をかわす、航空隊の面々。
その中にはもちろん、修繕が完了した『三式』を駆るマリカもいた。
「マリカ、お前が襲われて落とされた『鳥』って、やっぱアレか?」
「そうよ……この辺にいる奴とはまた別な群れだと思うけどね。あんの鳥ヤロー……こないだの恨み晴らしてやるから覚悟しなさいよ」
「いや、別の群れなんだろそれ……完全な八つ当たりじゃねーか」
「いーのよ、どうせ倒すべき敵なのは変わらないんだから」
「全員そこまでにしておけ、2機1組で叩いていくぞ。防衛と援護射撃は武装ヘリと対空砲部隊に任せて、我々は空対空戦闘であいつらを落とす。1羽たりともフォート内部に入らせるな!」
「「「了解!」」」
その瞬間、一糸乱れぬ編隊飛行を披露していた面々は、『隊長』の言っていた通り、2機1組になってばらけていき、それぞれが標的に定めた『イオンバード』へと向かっていく。
向かってくる飛行物体を視認した『イオンバード』は、けたたましい鳴き声を響かせながら突貫していくが……その選択は悪手も悪手だった。
正面から飛びかかって行こうとした時点で、『射線』に入ってしまったのだから。
―――ガガガガガッ!!
マリカの乗る『三式』の機銃から放たれた弾丸が直撃し、イオンバードは羽と胴体を穴だらけにされた。
必死に羽ばたいて滞空しようとするその横を、マリカとそのペアの2機がすり抜けるように飛び去って行く。それを攻撃することもできず、耐えきれず力なく墜落していった。
「まず1匹!」
「さすがです先輩! 次行きましょう! っと言ってる傍から、2時方向に敵影!」
「了解、行くよ!」
大きくカーブして、向かってくる2匹目をまたしても真正面から迎え撃つ。
そこからは先程の焼き直しのような展開で、けたたましい鳴き声を上げて……それを上書きするように響いた機銃の掃射音と共に、穴だらけになって2匹目も落ちていった。
先程の1匹目は、墜落した際に首を追って絶命したが、2匹目は打ちどころがよかったのか、死にきれずにじたばたとその場でもがいている。
しかしそこに到着した陸戦部隊の攻撃により、さらに穴だらけにされて今度こそ絶命する。
他の航空隊ペアが撃墜した個体も同様だ。落下で死ねばそれでよし、死ななければ、陸上を走るAWの部隊がそこに急行し、トドメをさす。その繰り返しで確実に仕留めていく。
マリカ達が相手にした3匹目は、流石に他の個体の末路を見て学習したのか、正面から向かっていくことはせず、側面に回り込んで襲い掛かろうとした。透明な風防に覆われて守られた、美味しそうな獲物……人間の姿を見て、より一層凶暴に吼える。
しかしマリカ達はそこから急旋回し、突っ込んで来ようとする『イオンバード』をかわして、逆にその後ろをとる。
そして、軸線の照準に乗った瞬間に機銃を放ち、落とす。交わしてからその後ろに回るまで、僅かに数秒という素早さと鮮やかさだった。
4匹目はそれを警戒してか、中々マリカを後ろに回そうとせず、むしろ自分がマリカの後ろを取って襲い掛かろうとするように動いて飛んだ。
互いに後ろを取ろうと飛ぶため、あちこちに飛んで回って、互いを追いかけるような形になる。
「生意気ね、こんにゃろ……私達航空隊相手にドッグファイトやろうってわけ?」
航空機用語で、戦闘機同士がお互いの後ろを取ろうとして飛んで戦う機動戦闘のことを、2匹の犬が互いの尻尾を追いかけ回す動きに例えて『ドッグファイト』と呼ぶ。
戦闘機同士の近接戦闘では、後ろから相手を追尾する形に位置を取れた方が有利なのだ。そのため、互いに相手の後ろを取ろうとすると、必然そういう動きになる。
このご時世、戦闘機対戦闘機で空戦を行う機会などめったに、いやまずないが、シミュレーターによる訓練は欠かしておらず、マリカも簡単に後ろを取られるようなことはない。
何より、敵がそう動いてくるのなら、それを利用するフォーメーションも当然、ある。
―――ガガガガガッ!!
マリカを追いかけている間に、もう1機……マリカとペアになっていた機体がその後ろを取り、鉛玉を浴びせて撃墜する。
墜落していく『イオンバード』を見送りながら、2機はその2秒後には、もとの並んだフォーメーションを取り直していた。
「よし、次!」
「はいっ!」
☆☆☆
「すげーな……これが『航空隊』の戦闘……空戦か」
「こんなん初めて見るっすよ……飛行機自体見るの初めてだったっすから、当たり前っすけど」
ハルキ達はその様子を、司令部に設置された控室のモニター(しかも3つ並べて設置されている)で見ていた。
対策会議に参加したファウーラから聞く形で、ハルキ達『第7』の面々は、このフォートに危機が迫っている現状、その詳細を知った。しかし、既にフォートの軍が迎撃のために動いており、心配はいらない、という説明も同時になされていた。
襲撃してきたクリーチャーは、13匹というかなりの数の、しかも飛行型クリーチャーの群れだ。それだけ聞けば、危機的状況なのではないかと思うだろう。
実際ハルキ達も『大丈夫なのか』と当初は思ったものの、『サラセニア』側の担当者が自信たっぷりに言い切って見せた上で、『折角ですのでご覧ください』とモニターを用意し、このフォートが誇る『航空隊』の戦闘をそこで見せたことで、何も言う気にならなくなった。
空を自在に飛び、陸専用のAWでは苦戦は免れないような飛行型クリーチャーを相手取って、これほどまでに見事に立ち回り(飛び回り、と言うべきか?)、次々に撃ち落としていく。
戦闘機部隊はもちろん、その援護をする形で、隙を見つけて武装ヘリによる掃射までもが加わるため、驚くほどのペースで『イオンバード』の群れは撃墜されていった。
性能のみならず、相当な訓練の末に磨き上げられた、1人1人の錬度あってこそのものだ。
「素晴らしい錬度ね……空の守護神、と呼ばれるだけあるわ」
「すごいね、ホントに……AWじゃないけど、新型機でも相手するのが難しい、空を飛ぶタイプのクリーチャーを次々に……」
「マリカ達って、いつもこんな風に戦って、フォートを守ってるんですか?」
そう、ファウーラとメリルが感嘆したようにつぶやく中、気になったらしいロイドが聞くと、同室している『サラセニア』の軍人……解説的な立場の者が答えた。
「はい、彼ら航空隊は、いかなるクリーチャーが相手であっても、フォートに被害を出すことなく町を、市民を守り続けて来た、『サラセニア』の誇りです。といっても……普段は皆様、爆装の上、上空からの爆撃で攻撃・圧殺するパターンの戦闘をとる場合がほとんどで……今回のような空対空の戦いというのは、滅多に起こらないのですが」
その説明を聞いて、ぴくり、と反応した者がいた。
壁に寄りかかるようにして話を聞いていた、シドだ。
「……おい、1つ聞いていいか?」
「はい。何でしょうか、ヴェルク中尉殿」
「今の話だと、普段のあいつら……ああ失礼、サラセニアの航空隊は、『空対空』で戦闘を行うことはあまりないのか? 例えば、あの『イオンバード』とかいうクリーチャーが攻めてきて、それに対して応戦しているわけじゃない、と?」
「ええ。航空隊の方々が出動する際、ほとんどは今申し上げましたように、地上にいるクリーチャーに対しての爆撃による攻撃を行う形になりますので。それすらも、地上部隊の方々だけでは対応が困難であると判断した場合のみですから……出番自体が少ないのが実情です」
「副隊長が言っていた、『イオンバード』の襲撃の際などはどうしていたのですか?」
付け加えるようにセリアが聞く。
「あのクリーチャーは本来、群れて行動するような種族ではないのです。出現したとしても単体か、多くても2~3羽だけで……それも、多くの場合は重機関銃や高射砲による射撃のみで撃退あるいが撃墜できていましたので、航空隊が出ることはほぼありませんでした。そもそも、襲撃してくること自体ほとんどなかったですしね……年に数回程度だったかと」
資料によれば、ここ数十年ずっとそうだった、と言う案内役。
それを聞いて、内容そのものには納得しつつも、シドは今聞いた……『今までとは違う』という部分に、不穏なものを感じていた。
これまで群れることのなかったクリーチャーが群れて出現し、こうして襲撃してきた。
結果的に今、画面に映っているように、問題なく迎撃はできているものの、この『変化』をそのまま見逃しておいていいとは思えない。何かが変わったのなら、そこには必ず理由があるものだ。
シドのみならず、ファウーラやクリス、セリアも、程度に差はあれど、それは思っていた。
しかし、誰かがそれを口にするよりも早く……画面の中に、異変が起こる。
かぶりつき、と言えるような状態で見ていた面々の1人であるアキラが、それに最初に気づいた。
「……うん? 何か今、右の画面の端っこに……何か映らなかったっすか?」
「えっ、何……端っこ? 気づかなかったけど」
「アキラちゃん、どっちの端?」
「右側っす。あー、この見え方だと……南側っすかね? 見え……ないな」
「カメラを移動させましょうか? 記録班、3番カメラ、もっと南側を映せるか?」
解説役はそう言って、無線を使って、現地で空戦の様子を撮影・記録しているであろう隊員に指示を出す。その指示通りに、3つ並んでいるうちの右側の画面が動く。
アキラが言った『南側』が映されるが、そこには別に何も変わったものは映ってはいないように思えた……が、
「……あれ、ホントだ、何かいる……ってか、飛んでる」
メリルが、何かに気付いて言った。
「え、どこ? やっぱわかんねーんだけど」
「ほらほら、ロイド、ここ、ここ。遠くの方の、山のこのへん」
モニターの傍に走り寄ったメリルが、指で指して示す。
その部分に、見ていた面々が全員、目を凝らすようにしてみると……たしかに、かなり遠くの方に飛んでいる『何か』が映っているのが見えた。しかも、複数。
ほとんど黒い点にしか見えないが、よく見ると、羽ばたくような動作をしているように見えなくもなく……鳥のような影に見える。
しかし、これほど遠くにいる鳥が、この位置から、羽ばたいている様子まで見えるとなると、かなりの大きさということになる。
全員の脳裏によぎったのは、さらなる『イオンバード』の群れか、という懸念。それを言葉にして出したのは、クリスだった。
「増援……あるいは、全く別の群れか? いずれにしろ、立て続けに飛行型クリーチャーの群れを相手取ることになりかねないわけだが……大丈夫なのか、航空隊の方は?」
「現在のペースから考えれば、大丈夫かと。あれを敵の第二波であると仮定して、接敵までには、今現在相手をしている群れを掃討できると思われますし、航空隊の予備戦力もあったはずです。そうですよね?」
「え、ええ……航空隊は数こそ陸戦部隊に比べればごくわずかですが、それでも複数の部隊が存在しますし、今回の部隊への後詰めも……正直出番はないとは思うのですが、用意されています」
セリアの質問に対する、解説役の答えを聞いて、ロイドはほっとしたように言う。
「なら大丈夫そうだな。今の戦い見てた限りでも、結構楽勝っぽかったし、同じ相手なら……」
「……んー? でもなんか……コレ、形違わないっすか?」
と、アキラがジッと、目を凝らすようにしながら言う。
それを聞いて、ハルキ達もよく見てみると……どうやらその飛行物体は、こちらに向かって飛んできているようで、徐々にその形がはっきり見えるようになってきていた。確かに、今マリカ達が相手にしている『イオンバード』とは、どこか違うように見える。
鳥、というには、尻尾が細長く、翼の形もおかしい。
『それ』がどんどん近づいてきて、姿かたちがはっきりとわかるようになるにつれ……ハルキ達の表情に、驚愕が浮かび上がっていった。
「……おい、何だアレ」
「い、いやちょっと……あんなクリーチャー、見たことも聞いたことも……」
「えっと……解説の人? このへん、あんなのも出るの?」
「い、いえっ! 私もあのようなクリーチャーは見たことも……そ、それどころか、過去の記録の中にも、あのようなモノはいなかったはずです! あんな……あんな―――
―――龍のような姿の、クリーチャーはっ!」




