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災世のディザイアスター  作者: 和尚
第2章 空を舞う、鋼の翼
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第38話 マリカと『ヴォーダトロン』



 普段とは違う寝心地のベッドで、マリカ・キヴァリーは目を覚ました。


 まだ、うっすらと空が明るんできたくらいの時間ではある。多くの人間は、まだベッドで夢の中だろうが、目を開けた直後から彼女は、まどろみもほとんどなくはっきりと目を覚ましていた。

 そして周囲を見回し、見慣れた自分の部屋ではないことをあらためて認識し、はぁ、とため息をつく。


(そっか、『ヴォーダトロン』の宿舎……昨日着いたんだっけ)


 昨夜、部屋に戻って、持ち込んだ部屋着に着替えた後、そのままベッドに入って眠ってしまったことを思い出す。

 まだ寝るには早い時間だったと思うのだが、色々あって疲れていたのだろう。すぅっと意識が遠くなり、そのまま熟睡。朝になっていた。


「うげ、ちょっと体べたべたするかも……せっかくシャワー付きの個室もらったのに」


 シャワーを浴びずに寝たせいで、昨日の汗が体に残ってわずかな不快感を残していた。


 『サラセニア』では、士官用の宿舎と言えども、部屋にシャワーまではついていない。

 それこそ、相当な高級軍人や要職に就くような者でなければ、施設等に備えられている共用のシャワー室で汗を流す。あまり熱くはないお湯で、しかも1人あたりの時間制限があるそこでの入浴は、単なる汗の始末のための作業だった。


 本当なら昨日の夜、売店やフードコートに続き、この豊かな『大規模フォート』で使用できる入浴設備を使うのを楽しみにしていたマリカだが、寝落ちしてしまったため持ち越しとなっていた。


 なら早速この肌に残る不快感を始末しようか、と思ったが、ふとあることを思いついてやめる。


 そのままマリカは、最低限の寝汗をタオルで拭いた後、財布などを小物入れのポーチにつめて腰に巻き、鍵を持って部屋を出て……


「お」


「わ!? び、びっくりした……え、ハルキ……と、アキラ?」


「お! おはよっす、マリカ。早い……ってか、偶然っすね、すごい時間に」


 部屋の前にいたハルキとアキラの2人に出くわし、朝から驚くこととなった。



 ☆☆☆



 少しだけ時は遡り……同じ日の明け方。午前5時30分。

 営むのがジャンク屋でなくなったとしても、ハルキとアキラの朝は依然、早い。


 士官用の部屋に備え付けのベッドの上で、どうにか『まだ寝ていたい』という欲求を振り切ると……2人は手早く着替えて、着心地のいいジャージに袖を通す。


 ハルキ達が初任給で買った、色違いでおそろいのデザインのそれは、ここ最近は朝起きて真っ先に、すなわち1日で一番最初に身に着ける服になっている。朝食の前に、軽く体を動かすために。

 そのまま2人は宿舎を出て、仕事に支障が出ない程度での運動。基礎体力作りと体を起こすのも兼ねて、30分ほどジョギングを行う……というのが、ここ最近の日課だ。


 町に出る必要はない。総司令部の軍関係施設には、敷地内にランニングコースがある。軍関係者であれば誰でも使えるので、ハルキ達の他にも、朝走っている者は珍しくない。

 最近は顔なじみも増えてきたため、『よっ』などと軽く挨拶を交わしながら走ったりもしている。


 ただ今日は、他にもう1人、そのジョギングに同行者がいる、という点でいつもと違っていた。


「じゃあ、マリカも毎朝このくらいの時間に起きて走ってるんすね」


「うん、敷地の外周とか軽くだけどね。習慣ってほら、場所が変わってもこう……やらないと気持ち悪いっていうかさ。それで、近場でいいから軽く走れないかなって思ってたんだけど、ここ、こんなランニングコースもあったんだね。ホント凄いわ、このフォート」


 同じく早起きしていて、部屋の前で出て来たところにばったり会ったマリカである。

 彼女もまた、『サラセニア』では日課にしていた朝の軽い運動のために部屋を出て来たところで、これから走りに行く2人と一緒にいくことになったのだ。


「いやでもびっくりしたなー……部屋出た瞬間に2人に会うんだもん。監視か待ち伏せでもされてたのかと思ったよ」


「いや、しないっすよそんなこと……こんな朝早くから」


「えー、でも2人とも……あ、メリルもだけどさ、『担当者』と言いつつ、私に対する監視役も兼ねてるでしょ、ぶっちゃけ?」


「まあ、そりゃ一応お前部外者だしな……ってか、聞きにくいこと平然と聞いてくるなお前」


「監視されてる本人は気にしてないんだからいいじゃん。他のフォートの軍人がいきなり来て敷地内の施設に泊まってるんだから、そりゃむしろ多少なり警戒とかは必要だろうし。でもまあ、こうしてランニングコースの案内とかしてもらえてラッキーだったけどね」


 やはり自分はここでは『部外者』であるため……立ち入り禁止の区域に入る気はないとはいえ、朝早くから自分が担当者――という名の監視役――の動向もなしに出歩いているのはまずいかな、と思いつつ部屋を出たマリカ。

 そこで2人に出会えたことは、驚きはしたが、むしろちょうどよかった。


 そのまま同行させてもらい、いつも2人が利用しているランニングコースをマリカも走る。


「あ、そうだハルキ、今更なんだけどさ」


「うん? 何だ?」


「昨日、助けてくれてありがとね。あのトカゲみたいなAW、ハルキが乗ってたんでしょ?」


「……おう、どういたしまして。ホントに今更だけどな……つか、何で今?」


「うん、なんか……言うタイミング昨日から探ってたんだけど、なんか言い辛かったり忘れたりで……もうタイミングとか話題とかそういうのいいから、忘れる前にさっさと言おうかと」


「さよか。……あとついでに言っとくと、アレ乗ってたの俺だけじゃなくてアキラもだぞ」


「え、そうなの? あのAW2人乗りなんだ? あーごめん知らなくて、アキラもありがとね」


「いえいえどういたしまして」


 走りながら、3人が初めて会ったあの時の話題になる。


 助かったけど、ぶっちゃけ『レックス』は『レックス』で見た目があれだから怖かったとか、正直自分が助かってるのかどうか、今度はこいつに襲われるんじゃないかと少し怖かったとか、若干失礼な感じではあるが、正直無理もないであろう感想で笑い合ったり、


 噂程度に聞いていた超強力なAWの存在が本当だったと聞いて驚いたとか、『でも聞いても機密とかで詳しくは話せないでしょ、やっぱ?』『『うん』』ダメ元でそんな会話になったりとか、


 あの時回収した飛行機――『三式』という名前らしい――は今、AW用のドックの1つに入れてあって、しかしさすがに航空機は誰も彼も専門外で、修理のめどがつかない状態だとか。


 いつの間にか緊張も距離もなく、旧知の友人同士のように普通に話せる間柄になっている3人。


 そのまま30分ほどのジョギングを終えて、互いの部屋に戻るところで、ふと気づいたように、


「あ、そうだごめん2人共。個室のシャワーって、使い方とか見ればわかる?」


「ん? ああ、そういや教えてなかったっけな……まあわかるとは思うけど、何個か注意点あっから……アキ、悪いけど頼んでいいか?」


「いいっすよ。じゃあ今日はハルから入っててくれっす」


 一応女性の部屋ということで、教える役はアキラに頼んだハルキ。

 そのまま分かれて、マリカの部屋に一緒に入ったアキラが、浴室で簡単に使い方を説明する。


「まあ、使い方は全然見たままなんすけどね。ツマミは2つあって、赤い方でお湯、青い方で水が出るっすから、好みの温度になるように調整するっす。あとここの目盛りが、1週間ごとに使える水とお湯の残りの量確認できる奴なんで、あまり使いすぎないようにするっすよ? コレなくなっちゃうと、次の月曜日まで水もお湯も出ないっすからね。風呂だけじゃなく、部屋の水道とかも。あ、それとマリカ……石鹸とか持ってなかったっすね?」


「あーうん、流石に持ってこなかったな……売店、まだ空いてないよね?」


「うちから予備取ってくるからちょっと待ってるっすよ」


 そう言ってすぐ近くにある自分達の部屋に戻るアキラ。

 1分もしないうちに戻ってきて、予備の石鹸を包装のまま差し出してくる。


「これ、このままあげるっす。髪洗うのにも使えるタイプだから、コレ1コで足りるっすよ」


「そんなのまであるんだ……ありがと。新しいの買って返すから」


「それじゃ、そろそろハルも上がるだろうから、私も帰るっす」


「ん、ありがとマリカ。……ちなみに2人さあ、普段一緒に入ってたりとか……流石にないよね?」


「え? ハルとっすか? あははは……昔はともかく、流石に今はもうないっすね。ケガでもして1人で入れないとかじゃない限りは」


「(その時は入るのか……)そっか。いや、さっき『先に入ってて』なんていうからさ、ごめん、変な予想しちゃった」


「あー、それ。いや、普段は私が先に入ってるんすよ、朝は。まあ、どっちも烏の行水っすから、どっちから入ってもすぐ終わるんであんまり変わらないし。最後に一緒に入ったの……5~6年前くらいだったっすかね」


「え、結構最近じゃん。えっと、今アキラ19歳だから……14歳くらいまで?」


 兄妹とはいえ、かなり上の年齢まで一緒に入ってたんだな、とマリカは思った。

 血が繋がっていても、普段仲が良くても、10歳にもなれば異性の親兄弟と一緒に風呂に入るのを恥ずかしがったり、嫌がる子供は多いことを、マリカは普段の生活からよく知っていた。


 それを悟ったのかどうかはわからないが、アキラは『そういや確かにそのくらいまでっすね』と呟くように言って、


「まあ、あの頃は単純に……お湯とか燃料を節約しなきゃだったっすからね……。いかに短い時間で体洗って流して終われるか、って感じで。それに、うち両親とも早くに死んでて、ハルは私にとって親代わりでもあったっすから……あんまし気にもならなかったっす。多分今でも、もしハルと一緒に入るってなっても、そんな恥ずかしくないっすもん」


「こらこら、年頃の女の子……っていうか、もう成人間近な年なんだから、そういうこと言わないの。……まあ、家族相手ならそういう距離が近くなる感じはわからなくもないけどね。私も弟や妹たちと一緒にお風呂入ったりしてたから」


「へー、マリカって下に弟妹いるんすか?」


「うん。まあ、孤児院だから血は繋がってないんだけどね」


「えっ? あ、そうなんすか……えっと……」


「いやいや、何も気にするようなことじゃないよアキラ。今の時代、どこにでも転がってる話だし……アキラだってさっきさらっと、両親と死別してる的なこと言ってたじゃん」


 さらりとマリカの口から出て来たヘビーな話に、少し反応に困るアキラ。

 しかしそれを、これまたさらりと何でもないことかのように言うマリカ。その声音からは、悲痛な感情は微塵も含まれて羽織らず、かといって特に無理をしているような様子もない。

 正真正銘、1つの事実、こんな時代にはよくある身の上として受け入れている様子だった。


「あーまあ、そうっすけどね……いやホント、アレな時代に生まれたもんっすよね、私ら」


「だよねえ……昔の人も、もっとこう……環境とかに気を使ってくれてればよかったと思うんだけどさあ。おかげで今、地球こんなボロボロ……」


「環境問題に関する議論もいいけど、そろそろ風呂入ったらどうだ、お2人さん?」


 こんこん、とドアを叩きながら、とっくにシャワーを終えて上がっていたハルキ(部屋着)の声で、2人は何気に長話してしまっていたことに気づき、はっとした。



 ☆☆☆



 汗の始末をして仕事着……それぞれの軍服に着替え、朝食を取ったら、その後は仕事である。


 しかし、『サラセニア』の総司令部でならともかく、ここ『ヴォーダトロン』では、マリカがやる仕事など特にありはしない。

 せいぜい、アルフレッドや議会からの招致に応じて説明などを行う程度だが、それもまだない。


 そうなると手持ち無沙汰になってしまうマリカだが、ある程度の行動の自由は保障されているため、売店や図書館を見て回った後は、司令部の外に出て町を見て回ることにした。

 きちんと外出の許可もとって、付き添いとして『担当者』であるメリルを一緒に連れてだ。


 その際、やはりここでも、大規模フォート……の中でも、特に景気が上向きな1つとして昨今知られている『ヴォーダトロン』の豊かさを目の当たりにする。


 活気にあふれた町。あちこちにある商店や市場では、世相を見ればかなり品質のよさそうな食料や雑貨が売り買いされている。そして市民も、普通にそれらを買い求めている。

 フォートによっては、一部の富裕層など、懐に余裕がある者の間でのみ売り解されるような品が、町の大通りとはいえ、普通に軒下に並んで、誰でも買えるように置かれている。


 それらに驚きながら、そしてメリルと仲良くおしゃべりなどしてはしゃぎながら、自分も色々と興味を引くものを買い求めていくマリカ。


 町の人々は、『ヴォーダトロン』のそれとは違う、見たこともない軍服を着たマリカを、最初は多少不思議そうな目で見るものの、『交易』が盛んなこのフォートでは、外からのお客もさほど珍しくはないため、すぐにいつもの調子で商売に戻る。買い物をするなら、分け隔てなく客として接した。


 やはり豊かでいい街だな、とマリカは思いつつも……目に見えるもの全て、見ていて気分のいいものばかりではなく。

 時折視界に、言うなれば、この町の『影の部分』とでも言うべきものも映ってきていた。


 裏路地に見える痩せた人影、物乞いをするが無視される乞食、店に並んだ食べ物を睨むように見て、しかし警備の兵士達が近くにいるのを見て悔しそうにする子供達。

 明確な光と闇。『持つ者』と『持たざる者』がひとところに暮らしていることがわかる光景。


 もちろん、皆、自分や家族が生きていくだけで精いっぱいのこんな時代である。他人を慮る余裕のある人などほとんどおらず、ある意味仕方のないことなのかもしれない。


 それでも、ああいう光景はどこに行ってもあるものなんだなと、どうしてもああいう立場の人達は生まれてきてしまうんだなと、マリカは声に出さずに思ってしまうのだった。


 こんなにも豊かなフォートでも、そこに暮らす人々全てが豊かに暮らせるわけではない。

 弱い立場の者はどこにでもいて、歯を食いしばって生きていくしかない世界で、時代なんだと。どこへ行っても、程度は違えどその仕組みは変わらないんだ、と。


「それでねえ、最近できたあっちのお店が……マリカちゃん?」


「え? ああうん、ごめんメリル、なんだっけ?」


 メリルの声で、シリアスな思考から戻ってきたマリカは、すぐに気持ちを切り替えて、まず今はこの観光の時間を楽しむことにした。せっかく案内してくれているメリルにも悪いと考えて。


 救えない人々の存在に目をつぶるしかないやるせなさと……もう1つ、


(……ああならないように、もっと頑張らなくちゃ。私も……『サラセニア』の弟妹達も)


 社会の仕組みとしては正しい、あるいは仕方のないものであっても……倫理的とか道徳的には、あまり褒められたものではないな、と自分でも思う……そんな考えに、今は蓋をして。





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