第37話 救援要請
「ここが売店ね。生活に必要なものは割とそろってるから、欲しいものがあったらここを覗けばだいたい解決するかな。食料品も、衣類も、雑貨類も……薬とか本なんかもあるよ?」
「うわあ……さすがは大規模フォートの総司令部の売店。品揃えすっごい……めっちゃ広いし。何でもあるんじゃないコレ?」
「何でもはないっすけど、なくてもものによっては取り寄せとかもできるっすから、カウンターで相談とかしてみるといいっすよ」
ハルキとアキラ、それにメリルの3人は、マリカの『担当者』としての仕事に早速取り掛かっていた。
数か月前、兄妹がファウーラにやってもらったように、この『総司令部』の内部を1つ1つ案内している所だ。
今回の場合は、部外者であるマリカに『出歩いていい場所』と『行ってはいけない場所』を教えて忠告するという意味もある、という点で、ハルキ達の時とは異なるが。
説明は主に、メリルとアキラが担当している。
別に事前に役割分担を決めてそうしているわけではない。ただ単に、この2人が進んで、楽しそうにマリカに話して聞かせるのだ。
第7部隊では特にフレンドリーな2人なので、こうしてマリカを案内……というよりも、その名目で一緒におしゃべりしながら司令部内を回れているのが単純に楽しいのかもしれない。
肝心の案内に関してももちろん問題ない。メリルはもちろん、この数ヶ月でアキラもここにはすっかり慣れたということで、すらすらとよどみなく口が動き、立派に案内役をこなしていた。
おかげでハルキはあまり出番もなく、ところどころ補足を入れる程度である。
そして、そんな2人が相手なのに加え、マリカ自身の性格もあってか、打ち解けるのは早かった。
というか、すぐだった。
「ねえねえ、試しに何か買い物とかしてみていい? 『ヴォーダトロン』来た記念にさ。普通にノール札使えるんだよね?」
「あははは、マリカちゃん、そんなお土産屋さんみたいな……普通の売店なんだからさあ」
「いやでも、気持ちはわかるっすよ実際。私もここ初めて来た時はびっくりしましたもん……ものによっては、市内の専門店より品揃えも品質もいいし……ってあれ、食べ物買うんすか?」
「えっ? ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど、このあとフードコート案内しようと思ってて……ついでに夕食とか一緒に食べようかなって思ってたからさ、そこで。せっかくだし」
「おぉ、フードコート! その名前がすでになんかもうわくわくする……よし、買い物は後にしてそっち行こう! 話してたら何かお腹も減ってきたし。ほらハルキも早く早く!」
こんな感じである。
もともとマリカも、敬語やら何やらを使った堅苦しいやり取りは苦手だったようで……最初のうちこそ、ハルキ達にも敬語で話しかけていたが、どこか窮屈そうでもあった。
メリルとアキラが即座にそれを見抜いて、もっと砕けた態度でいい、と伝え……案内の間中、持ち前のフレンドリーな態度で接した結果、すぐにマリカの方も、友人感覚で話すようになった。
そもそもこの3人は、最初にマリカが狸寝入りから飛び起きたその瞬間を目撃していたメンバーでもあり、その際にある程度マリカの『素』の部分を見ていることもあってか、壁を取り払うのに苦労も抵抗もあまりなかったようだ。
その後は、メリルが言った通りフードコートに行って、4人一緒に食事ということになった。
食堂と違って有料なのだが、その分色々なメニューを選ぶことができ、好きなだけ食べられる。ここの品ぞろえの豊富さも驚くべきものだったようで、マリカはメニューを上下左右に何度も読み返していた。どれを食べるか決められないようだ。
ハルキを含めた案内役3人は、面白がるような、あるいは微笑ましいものを見るような目でそれを見ているが、ついこの間までは他ならぬハルキ達もそうだったことをもちろん覚えているため、若干微妙な気分になってもいた。
「うわ、コレホントにすごいって……! え、ビーフシチューにフライドチキンって……お肉普通に食べられるんだ。しかも安い……軍施設だからって恵まれ過ぎでしょ……」
「あー……それ私も思ったっす。町の食堂で肉とか食べようとしたら、この倍くらいはかかるし」
「いやいや、それ以前に中小のフォートじゃ肉なんて、軍人だってそうそう食べれないからねっ? 町の食堂でもお金出せば普通に食べれるとか、そっちも十分驚きだよ、私からしたら」
驚きと同時に呆れすら滲ませて、マリカは言う。自分の住んでいたフォートと、ここ『ヴォーダトロン』の差は、色々な面で予想以上に大きなものだったようだ。
国や地域にもよるが、かつて人類は、広大な土地で家畜を飼い、野菜や穀物を育て、豊かな食料をいつでも口にすることができていた。
しかし、『災害世紀』に入り、クリーチャーの跋扈により、広大な土地を使っての食料生産ができなくなってからは、限られた土地をどうにか使い、あるいは屋内の工場で、水耕栽培などの代替手段を使ってそれを行うようになった。
また、早い段階で食糧危機を予見していた各国の研究機関は、動物・植物の両方において、薬品投与や遺伝子組換えを含む品種改良を進め、成長速度の早い種を作り出した。また、より安価で作れて栄養価の高い飼料や肥料も並行して研究・開発された。
国際社会が崩壊し、破滅的な時代が到来するまでに、それらの技術の多くはどうにか実用化に至り、食糧生産の効率は大きく上がった。
今、ある程度以上の規模のフォートでは、それらの技術を使って食料が生産されている。
それにより、より短い期間で、より多くの食用の野菜や穀類、家畜などを育てて収穫し、どうにか人々の腹を満たすことができていた。
それでもやはり、肉や魚、乳製品は……期間は短くとも、野菜や果物、キノコ類などに比べて、育てて収穫するまでに時間も手間も大きくかかるため、高価なものだった。どちらかと言えば『ぜいたく品』に入ると言っても、決して過言ではない。
ここ『ヴォーダトロン』であれば、それなりの規模の生産工場で作られているため、こういったフードコートでも、金さえ払えば食べられるし、グレードが下の方のものであれば、市井の飲食店にも卸されているため、やや値は張るが庶民にも手は届く。稼ぎのいい仕事を終えた自分へのご褒美としてそれらを食べる市民も多くいるくらいだ。
だが中小のフォートでは、そういった肉類はまず庶民の食卓には並ばない。限られた高級店で取り扱われるか、軍人など一部の者達だけが食べることができる。それも、大規模フォートから見れば、決してグレードも高いとは言えないものを、だ。
中には、食肉の生産設備自体が存在しないフォートもある。
そういったフォートでは、肉よりも低予算で大量に作れる、豆類などの植物性たんぱく質を生産して食料にしたり、そういったものを材料にして『代用肉』を作って流通させている。
一昔前ならば『大豆ミート』などと呼ばれていたものの類型だ。当然、普通の肉よりも味は劣るとされているが、栄養価は問題ないし、むしろこちらの方を好む者もいる。
そして、マリカがいた『サラセニア』もまた……『肉類=高級品』の等式が成立するフォートの1つであった。
軍人である彼女ならば手が届かないことはないが、相応に値が張るため、日常的に食べようとは思わないし思えない。何か祝い事があった時に奮発する『ぜいたく品』だ。
それがこうして、当たり前のように、冗談のように安く食べられる。
マリカはメニューを前にして、実は顔と態度に現れている以上に驚かされていた。
「大規模フォートってホントに豊かなんだなあ……」
普通に肉類を使った料理を注文していくメリルとアキラを見つつ、ぽつりと呟く。
その表情が一瞬だけ、どこか物憂げなそれに変わったことに、向かい側に座っていたハルキだけが気付いた。
それが少し気になったハルキだったが、次の瞬間には、メリルとアキラと同じように、どれを注文しようかと楽しそうに悩み始めたので、聞くのも野暮だと思い、自分もメニューに目を戻した。
自分は早々に何にするか決め、マリカにはとりあえず、思う存分悩んでもらおうと黙って待っていたが、ふとマリカが気付いたように、
「あれ、ここって……飲み物も色々あるけど、お酒はないの?」
「うん? ああ、そうっすね。食堂もフードコートも、アルコールは置いてないっすよ」
「えー、そーなんだ……こんだけ品ぞろえいいのに、ちょっと意外」
「勤務中に利用する食堂だからねー」
「なるほど。……じゃあ、どこ行けば飲めるの?」
「何だ、飲みたかったのか、酒? それなら、フードコートじゃなくてクラブとかに行けば飲……あれ、でもマリカ、お前年いくつだ?」
「? 19だけど」
「え、ダメじゃんそれじゃ……まあ、私達もだけど」
そうメリルが言うと、なぜかきょとんとした表情になったマリカ。
「えっ? なんで?」
「……うん? 何でってそりゃ、20歳未満の未成年が酒飲んじゃダメだろ……え、もしかして『サラセニア』では違うのか?」
「えっ、うん……『サラセニア』は、18歳から飲めるよ」
「そうなの!? へー、フォートによって違うんだね……でもそれだと……」
「こないだの講義の中にあったな。基本的にフォート間をまたいだ移動があった場合、一部の例外を除き、法律は現地のものを適用する……つまり今回の場合、マリカは『サラセニア』の所属ではあるけども、『ヴォーダトロン』の法律に沿って判断しなきゃいけないってことだ」
「ということは……ダメ、っすね」
「なーんだ……」
それを聞いて残念そうにするマリカ。どうやら、今かどうかはともかく、酒は飲みたかったようである。『ヴォーダトロン』にいる間は、それができないということが確定してしまったが。
わかりやすくがっかりした雰囲気になった彼女を、少し意外そうな目で見る一同。
「マリカちゃん、お酒好きなの?」
「うん、割とね。まあ、別に毎日飲んでるわけじゃないけど……気分転換や、大変な仕事が終わった時とか、たまに飲むくらいかな。でもせっかくヴォーダトロンに来たんだから、ここのお酒ってどんなのかなーって、ちょっと興味あったんだよね」
「今言ってた肉みたいに?」
「そんな感じかもね。まあ、肉よりは全然安いから、頻度ならむしろ上かな、お酒は」
少し残念そうではあるものの、マリカはそのまま、気を取り直してメニューを見始めた。
どうやら、残念ではあれど、本当に『少し興味はあった』程度であり、ダメと言われて食い下がるほどのことでもないらしい。食い下がられても困るが。
「まあ、酒はないけどせめて今日はここでは好きなもん食えよ。折角だし、なんなら俺奢るから」
「ホント!? やった、ありがとハルキ! どのお肉にしようかなー……?」
「肉は確定なのな。いやまあ、別にいいけど」
この数分後、運ばれてきた料理の美味しさにまたしても驚くマリカだった。
しかしその楽しい食事やおしゃべりの最中も、ふとした拍子に一瞬だけ、彼女の表情に、どこか憂うようなそれが浮かぶことがある。
ハルキはそれに気づきつつも、あえてその場では何も言わなかった。
☆☆☆
その頃、アルフレッドは執務室で、先程も読んだ、『サラセニア』からの書状と、そこに同封されていた資料に目を通していた。
公的な書類として、『ヴォーダトロン』とフォート同士の正式なやり取りのために用意されたものであり、発行元は『サラセニア』の意思決定機関。
内容にも、見る限り矛盾点などはない。恐らくは、ここに書かれていることは真実だ。
簡単にまとめると、次のようなものになる。
『サラセニア』は山岳地帯にあるフォートである。
もともとが某国の軍事基地だったこともあり、その立地その他は、平地にあるフォートに比べて防衛機能という面では優れているが、反対に流通や食糧生産などの面においては、残念ながら恵まれている環境とは言い難い。
耕作地として利用可能な面積がかなり小さく、都市内部でも食料生産用の施設を稼働させているが、完全に自給自足できるレベルではない。
そのため、以前ハルキ達が商隊の護衛を務めた『カプージェン』と同じように、近くにある他のフォートと同盟を結び、交易などで食料など物資を手に入れている。
フォートに行くための通り道がことごとく山道であり、一応舗装はされているが、いい状態かと問われれば『無舗装よりはまし』という程度のものだ。
そこを通って山を上り下りするため、平地にあるフォートよりも物資のやり取りが大変なのだ。道はあまり広くないし、時間もかかる。見通しも、場所にもよるがあまりいいとは言えない。
それでも、フォートの規模ゆえに暮らしている人もさほど多くはなく、回数と頻度の少ない公益でも食べていくことはできていた。
しかし最近、同盟相手であるフォートの1つが、クリーチャーの襲撃にさらされ……救援に駆けつけるも間に合わず、壊滅してしまった。
それまでギリギリでもっていた食料品等の流通に、穴が開いてしまった形になる。
もちろん、他の取引先からその分を追加で購入する……というのも難しい。どこのフォートも、食料にせよ資材にせよ、あくまで自分達が消費することを考えて、その余剰の分を取引に持ちだしているだけなのだ。
いきなりそれだけの物資を用意してやり取りできるように、というのは無理だ。
ゆえに現在、『サラセニア』は徐々に物資不足な状態になってきている。
これまでの蓄えもあるからしばらくは大丈夫だろうが、もうしばらく後には、フォートの住民たち1人1人に食料や物資が行き渡らなくなる、ということも考えられる。
これをどうにかするには、新しい取引先を用意するか、少なくともそれが決まるまでの間、どこか別の場所から援助の類をもらう必要がある。そうして、白羽の矢が立ったのが『ヴォーダトロン』だったのだ。少しの間、食料等の取引相手になってほしい、と。
(なるほど、筋道としては通っている。物資のやり取りを行うには、なるべく余裕のあるフォートを相手にしないといけないからな。その意味では、対外的に食料その他を輸出する立場にあるうちのフォートを相手取るのは正しい。ただ、もっと近くに……うちほどではないにせよ、取引に応じる程度には余裕のあるフォートもあるはず……さて、どういう意図が隠されているのか……)
恐らくこの書類、騙す意図があるわけではないだろうが、全てを語っているわけでもない。
書いてある通りの内容、それに対する対処、という形でのやり取りだけでは恐らく終わらない。その後さらに何かする必要が出てくる……という可能性が高い。
はたしてここに記されていない『続き』はどんなものか……そしてそんなものがあるとして、自分達のフォートはどのようにそれに対応すればいいのか。
その見極めが必要になるであろう点も含めて、どのように今、対応すべきか……アルフレッドは先程からずっと、様々なパターンを思い浮かべ、検討していた。




