第36話 サラセニア
フォート『サラセニア』。
『ヴォーダトロン』から見て東の山岳地帯にあるフォートで、規模としては小規模から中規模に分類される。立地ゆえに他のフォートとの交流があまりなく、せいぜい周辺にあるいくつかのフォートとの協力関係がある程度。
もちろん、ヴォーダトロンを中心として構成されているフォートの同盟にも加盟はしておらず、交流はほとんど、全くないと言ってもいいフォートである。
しかし、交流があるなしに関わらず、規模にしては広く名を知られているフォートでもある。
その最大の理由が、『航空戦力』を有する数少ないフォートの1つであるということだ。
かつて、まだ世界に『国』という枠組みが残り、機能していた時代。
資源の奪い合いのために他国を攻めようと画策した国があった。
そのため前線基地として、山岳部にある1つの町を占領し、航空戦闘部隊の発着が可能な設備を持った基地をそこに設置した。
しかしほどなくして、その基地を維持するだけの物資すら用意できなくなり、その国の軍はそれらの基地を放棄。
その際、町を奪われた上に、敗戦国の住民だからといって奴隷のように酷使されていた、その町の元々の住民達が、切り捨てられて孤立していた軍を相手に反乱を起こし、基地を占領。残されていた様々な設備もろとも、自分達のものにしてしまう。
その町を中心に発展し、立地の特殊さゆえに、クリーチャー然り他国然り、横槍がほとんど入らない中で、フォートとしての機能を確立することができるまでに至った。
それが、フォート『サラセニア』の成り立ちである。
……という話を、ハルキ達はセリアから聞いていた。
「『災害世紀』の開始と共に、世界中の人々が、今住んでいる場所を棄てて身を寄せ合うか、そこで生きていく術を見つけるかの二択を迫られました。『サラセニア』は、運に助けられた要素も強いとはいえ、後者を選んで今に至るまで生き残って来れた数少ないフォートの1つだそうです」
「そう聞くと、なんかこう……すげーって思うっすね。そんなフォートもあったんだ……」
現在、ハルキ達は既に『ヴォーダトロン』の総司令部へ帰還済であり、別行動だったファウーラとクリスとも合流していた。
そしてそこで、『サラセニアって何すか?』と、本人の前では何となく聞けなかった疑問を、アキラがセリアに聞いたため、セリアが説明を始めたのだが、そこに第7特務部隊の全員が集まってきたため、まるで学校の講義、あるいはゼミか何かのような形で皆、その説明を聞いていた。
「ドックにとんでもないもんが運び込まれたってのは聞いたが……そういう事情だったか。聞いた話じゃ、クリーチャーに襲われて墜落したんだろ? 直せるのか?」
「さー、調べてみないことにはなんとも。さすがに飛行機はいじったこと……っていうか見たこともなかったし、当然構造もよく知らないからな」
「そもそもあの飛行機、AWじゃなくて普通の飛行機っすからね。私らも流石に……飛行機なんて素人がにわか知識で手出していいもんじゃないと思うし……大人しく専門家に任せないっすか?」
「専門家っつったって、そんなもん『ヴォーダトロン』にはいないだろ」
そもそも『ヴォーダトロン』には航空機そのものがないのだから、それを扱う技師や、整備用のドックや機材などない。管制塔も滑走路ももちろんない。
加えて、戦闘に作業に『多少雑に扱っても大丈夫』であり、『壊れてもすぐに、簡単に直せる』を売りにしているAWと違い、飛行機はかなりデリケートな機械だ。物理学やら航空力学に基づいて、恐ろしく複雑な理屈の元に設計された鉄の塊を空に飛ばすのだから。
もちろん、『戦闘機』としての運用を想定している以上、多少乱暴、ないしアクロバティックな飛行にも耐えられるようにはできているだろう。しかし、それにも限度はある。
今回あの鳥のクリーチャーに襲われた飛行機は、少なくとも飛び続けるのが難しい程度の、何かしらの不具合を機体に起こしているのは確実なのだから、それをきちんと修理せずに再び飛ばせるなど、問題外もいいところだろう。結論として、あの飛行機は動かせないし修理もできない。
仮にその故障個所及び原因が明確で、それがハルキ達でも修理できる程度のものであったとしても、できることなら専門家にきちんと任せた方がいい、というのが2人の考えであるし、ドックにいる技術者達の大半もそう考えるだろう。
余程の理由ですぐに直して飛ばなければならない理由があるならば別だし……この災害世紀、時にメカニックは専門外の機械をいじらなければならないことがあるが、それでもだ。
既にハルキとアキラのメカニックの腕は、軍内部では末端の兵卒すらほぼ知っているレベルである。そんな2人でも無理だと聞いて、ロイドはセリアに続けて尋ねた。
「さっきのセリアの話だと、航空戦力やその整備用の設備があるフォートってすごく少ないんだろ?」
「そうですね、少なくともこの辺りにはありません。もちろん、『ヴォーダトロン』と同盟関係にあるフォート群の中にも皆無です」
「ダメじゃん」
「じゃあやっぱ……マリカちゃんが来たっていう、『サラセニア』でやってもらうのが一番早いんじゃない? そこなら確実にあるよね、設備」
メリルの発言はもっともなのだが、それも難しいだろう、とセリアは首を横に振った。
事務室の本棚から、1冊の色褪せた本を取り出して持ってくる。
それは、一昔前なら教育機関で普通に使われていた、世界地図の地図帳だった。
それをぱらぱらとめくり、お目当てのページを探し出し……その見開きページを、談話スペースの机の上に広げて全員に見せる。
「このページが丁度、この『ヴォーダトロン』周辺の地域を掲載している図面です。やや範囲が広いですが。ご存じの方も多いかと思いますが、このフォートがある場所はかつて、『インド』と呼ばれた国でした」
地図の上の方に広がっているとみられる大陸から、いびつな逆三角形型に、地図の下側……南側に突き出している亜大陸。その中心部には、確かに『インド』という国名が刻まれている。
すでに国というコミュニティがほぼ過去のものになって久しい今、この地図は陸地の形を確認するくらいならできるが、並んでいる都市の名前や位置は飾りと化してしまっている。
いや、陸地の形や地形すら、完全に正確とは言い難いだろう。
災害世紀が始まって以降、世界各地で頻発した、豪雨や干ばつなどの異常気象や地震災害の影響で、各地の地形は少なからず変わってしまった。砂漠化した土地や、水没した土地、崩れた山や谷はあちこちにあり、現在のそれらを正確に記した地図は、恐らくは世界のどこにもない。
それを承知の上で、一同はその旧インド周辺の地図に目を落とし……『デリー』と書かれた場所の近くを指さしているセリアが続ける。
「このあたりに『ヴォーダトロン』はあります。そして問題の『サラセニア』ですが……」
「たしか、山岳フォートだから……このへんだったか?」
次いでクリスが指さしたのは、地図の東側、『ネパール』との国境付近。『ヒマラヤ山脈』という名の山脈地帯が描かれている場所の一角だった。
セリアがこくりと頷く。一同は驚きに言葉も出ない。
「え、ええっと……遠い、ね?」
「何百キロ離れてんだ……えっと、縮尺がこれだと……」
「ざっと800km程度かと。航空機の速度であれば、さほど時間はかからなかったであろうとはいえ……覚悟が必要になるほどの長旅だったでしょうね」
「往復1600km……これ、仮に故障せずに済んでたとしても……帰りの燃料足りたのか?」
「航空機そのものの種類にもよりますが、燃料タンク満タンでの飛行可能距離が2000kmを超える機体も存在していたそうです。もっとも、燃料が残っていても、機体そのものに問題がある以上、どちらにせよ飛行は不可能なわけですが」
「こんなもん見せられたら、余計ににわか修理じゃ飛ばすわけにはいかないっすよ……800kmって何すか、800kmって」
「陸路だと……時速80kmで飛ばしても、10時間ぶっ続けてどうにかって距離だな」
「バカ野郎、それで済むはずないだろうが。800kmってのは直線距離だ。『サラセニア』まで直線で行けるはずもないし、舗装道だってない。オマケにフォートがあるのは山岳地帯だぞ」
クリスが指摘すると、ロイドは『そうか』という顔になり、その横でクリスは、今自分が言ったことを加味して、簡単にだが再計算する。
「未舗装の荒野を走るんだ。いくら頑丈なAWといえど、スピードは抑えないと、各部への負担がアレなことになるし、積み荷への負担にもなる。加えて、途中にある地形や、クリーチャーの出現による回り道、ゴールが山岳地帯って点を考えると……まあ、1週間ありゃ足りる、ってとこか」
「そんなにかかるの!? ……それ、あの飛行機持ってけるのかな……?」
「相応の設備……それこそ、『レックス』用のトレーラーと同等の輸送車両があれば、なんとか……といったところではないでしょうか。加えて、それを守るための護衛ももちろん必要です。ですが、それ以上に懸念になるのは、そこまでの燃料ですね。途中で同盟関係にあるフォートから補給するか、あらかじめ予備のタンク等に積んで持って行かないと……とても一回の補給では持たない距離です。まして、往復となれば……」
「っていうか、飛行機の修理も問題だけど……そもそもあの子って、『救援要請』に来たんだよな? その中身までは聞いてないけど……それが何にせよ、マジでうちのフォートから陸路で部隊か何か出すことになるの? 『サラセニア』まで? 往復1600kmの距離を?」
「要請を受けるとすれば、その可能性は高いだろうな。まあ、そのへんはうちのボスが話を聞いて、その上で議会にかけて決めるだろうが……仮にそうすることなった場合……」
そこで一旦区切るクリス。
続きを急かすような周囲の視線の中、ため息交じりに、
「『飛行機』と使者……あの子を送り返すだけじゃなく、こっちからも外交関係の使者やら何やらを出すことになる。相応の規模の部隊が編成されて、その足兼護衛として使わされるだろう……道中何があってもいいように、精鋭と呼べるだけの腕があり、なおかつ汎用性の高い能力のな」
クリスの言葉を聞いて……ほどなくして、その場にいた全員が1つの答え、というか懸念に行き着いて、うわあ、とでも言いたそうな顔になった。普段は表情を変えることがほぼないセリアですら、気持ち疲れたような表情になっている……気がする。
そんな一同の気持ちを代表するように、ロイドが恐る恐る挙手し、
「……自画自賛っぽくなるの承知で言うんだけどよ、それってモロに……」
「ああ、『特務部隊』だな。それも多分、見つけた縁やら何やらで……俺達『第7』の可能性大だ」
(((やっぱり……?)))
☆☆☆
一方その頃、話題に上がっている少女……マリカは、ファウーラとシドに連れられて、ヴォーダトロン総司令・アルフレッドの部屋を訪れていた。
シドと会った時同様、緊張しながらも堂々とした態度でいる彼女。
武装こそ解除しているものの、機体に乗っていた『サラセニア』航空隊の軍服そのままの姿で立っている。さすがに室内で、しかも人と会うということで、特徴的なパイロット帽子とゴーグルは外しているが。
アルフレッドは、彼女が持ってきた『親書』その他をに目を通していたが……しばらくすると、それらをとんとん、と揃えてまとめてから、口を開いた。
「なるほど、概要はわかった。君達『サラセニア』が置かれている状況も、今回の『救援要請』に応じる見返りとして、我々のフォートにもたらされるであろう利益もだ。だが、すぐに決められることではない……この後議会にかけて協議し、正式に決定・通知することになるだろう」
「はい。……その、決定までどのくらいかかるでしょうか?」
「心配かな? フォートのことが」
アルフレッドの質問に、一瞬返答に困りながらも、マリカはこくりと頷いた。
「すいません、その……頼んでいる立場で、こんなことを聞いてしまって」
「いや、無理もないことだ。これを読む限り、すぐにどうこうという話ではなさそうだが、かといってあまり時間もかけたくないようだしね……しかし現実問題として、この話、受けるにせよ断るにせよ、物資の手配や予定・人員の調整などの準備の時間は必要だ。イブリー、次の会議は?」
「4日後を予定しております、総司令」
斜め後ろに控えていた秘書官の女性がそう答えると、そうか、とアルフレッドは少し考え、
「……まだ何とか間に合うな。その時にこの件を議題に組み込んで話し合うとしよう。議員達と、あとは……ジェニファーとリドリーにもこのことを伝えておいてくれ。期間が短くて悪いが、必要そうな資料をそろえておいてもらいたい、とも。それから、議会事務局に臨時会の開催準備をするように伝えてくれ。4日後の会議で結論が出なかった場合、数日以内に再度話す場を設け……遅くとも10日以内には結論を出したい。その時点で、マリカ・キヴァリー少尉。君にも通達しよう」
「は、はい。ありがとうございます!」
「うむ。ではそれを待つ間、君の生活拠点については……士官宿舎に空き室はあったかな?」
「手配済みです。今準備中で、夕方17:00以降なら入れるとのことでした」
「そうか、では、そのあたりの細かい調整は……」
そのままアルフレッドは、さしあたっての対応と方針を伝え、さらに今後のマリカの生活の場や待遇などについて簡単にまとめると、後のことは秘書官、及び外交部門に任せる、とした。
現時点での予定としては、マリカは最長で十日後まで、議会での決定を待つこととなった。その間の生活は、これも言っていた通り、士官用の宿舎の空き室を使えることになった。
そこでの暮らし方や、このフォートにいる間の案内などについては、この後『担当者』が選ばれることになる。
生活面でのサポートと共に、立ち入り禁止の区域へ行かないようにや、その他怪しい行動をしないようにという、監視としての意味もある役割である。
士官宿舎を使わせる以上、その『担当者』も士官以上である必要がある。さらに言えば、マリカは女性なのだから、同性の方がいいだろう。
アルフレッドから『担当者』の選定を任されたファウーラは、少し考えて……結論を出した。
☆☆☆
「え、私っすか!?」
「んで、俺と」
「私が、副担当?」
順に、アキラ、ハルキ、そしてメリルである。
奇しくも、意識を取り戻した直後のマリカが最初に会った3人。
『特務士官』ではあるが、れっきとした士官であり、士官宿舎にも住んでいるアキラを主担当とし、そのアキラと同居しているハルキを副担当。宿舎での生活のサポートは、この2人に。
そして、2人以上にこの総司令部に長くいて様々把握しているため、条件的に適任であるが、まだ軍曹……すなわち『下士官』であるために士官宿舎には住んでいないメリルも、同じく。
『第7』の事務室に連れてこられ、そこの談話スペースで告げられた人事に、選ばれた3人と……担当してもらう方のマリカも、少し戸惑っている様子だった。
それをデスクから横目で見ているクリスとロイドは、『やっぱこうなったか』と顔に書いてある。
「ええと、その……よ、よろしくお願いします」
「あ、はい、こちらこそっす」
ぎこちなく、互いに会釈程度に頭を下げるアキラとマリカ。
その横で、メリルは早くも驚きから立ち直って、むしろやる気になったようにし、ハルキは『女の世話って何すりゃいいんだ』と、任された仕事にやや不安になっていた。




