第3話 『AW』
ジャンク屋『アキハル』を営む兄妹の兄、ハルキ・ジャウハリーの朝は早い。
彼が寝起きしているのは、工房を兼ねた二階建て・ガレージ付きの古ビルだ。
生活感のない部屋に置かれた、金属製の飾り気のないフレームの武骨な二段ベッド。倒れないようにビスで壁に固定してあり、取り付けはハルキが自分で行った。
バザーで買った薄いマットレスを2枚重ねて無理やり厚みを出し、硬いベッドフレームの感触を幾分ごまかしている。掛布団は薄いが、この辺りは冬でもさほど寒くないくらいには気候が温暖なので、特に問題はない。
二段ベッドの下の段が彼の寝場所であるが、朝起きるとたまに、寝ぼけたアキラが自分の寝場所である上の段を放棄して潜り込んできているので、そういう時は起床と同時にその人間湯たんぽを起こさないように優しくどかすのが、ハルキの朝起きて最初の仕事となる。
寝汗を拭きながら、手早く寝間着から仕事着であるツナギに着替えると、店の裏手にある井戸で水を汲み、顔を洗って残った眠気を飛ばす。
それからもう1度水を汲み、今度はそれを小さめの水瓶に入れてキッチンへ持っていく。
料理をするのに支障ない程度にはきちんと片付いているし、掃除もこまめにして清潔にしているそこで、冷蔵庫の中の食材を適当に出し、足の早い食材の在庫処理もかねて煮込み料理を作る。
メインは野菜で、昨日市場で安くなっていた豆とベーコンをたんぱく源として投下。さらにコンソメスープの素を鍋に入れてしばらく煮込む。
煮込む間に、同じく昨日買った食パンを軽く焼き、まだ熱いうちに、薄切りにしたチーズをのせて余熱で溶かし、いい具合にデコレーションして仕上げた。
くつくつという音が鍋から聞こえ、食欲を誘う香りが漂ってきたところで、鍋の中身を味見し、完成を悟ったハルキは、一式を食卓に移動させてから、数十分前に後にした自室に戻る。
ドアを開けると、ちょうど起きたところだったらしいアキラがそれに気づいて、出入り口の所に立っている兄に、『おはよっす』と軽く挨拶をよこす。
ボーっとしていたように見えたのは、どうやら、2段ベッドの上に寝ていたはずだったのが、なぜ下で目覚めたのかと寝ぼけ頭で混乱していたからのようだ。
「……あー、またやっちゃったっすか。ごめんっすハル」
「もういつものこったろ。ほら、さっさと着替えろ。朝飯できてるから、冷める前に食っちまえ」
「りょーかいっす。あー、確かにいい匂いがここまで……腹減ってきたぁ」
言うが早いか、アキラはすぽぽーんと気持ちいいくらいに一気に服を、パンツ以外全部脱いでしまう。まだ部屋にハルキがいようともお構いなしに。
呆れながらハルキが、絞った濡れタオルと投げて渡すと、それを使って寝汗をぬぐい始める。
パンツ一丁で、裸体を隠そうともせずに体をふいている妹を前に……したところで、ハルキは別に妙な気分になどなったりはしなかったが、どちらかというと『年頃なんだからもう少し恥じらいを持つべきじゃないのか』という説教が口を付いて出そうになる。兄とはいえ、異性の前で。
しかしそれを言うと、『なんなら襲ってくれてもいいんすよ?』などと悪ふざけが帰ってくる予感しかしないので、代わりに『先行ってるぞ』とだけ言ってハルキは部屋を後にした。
2人そろって朝食を食べ終えると、作ったのはハルキだということで、片づけはアキラが担当し……その間にハルキは、今日これから行く仕事のため、ガレージのAWの整備を行う。
部品の摩耗をチェックし、油をさし、ガソリンを補充して万全の状態に仕上げておく。
AWは2人にとって、移動手段であり、仕事道具であり、そして武器である。
様々な意味で命を預ける形になる以上、整備に関して妥協など許されるはずもなく、毎朝のこの時間、ハルキは常に真剣に手を動かしていた。
先代店主である父親の代から使っている、『第1世代』のAW。名前は特にない。
年代物といっていいくらいのものではあるが、日々のこまめで丁寧な整備の甲斐あって、今でも十分動ける性能を保っている。昨日も立派に、ハルキ達の危機を救うという大役を成し遂げた。
しかしながら、この日、ハルキの目は険しかった。
(各部の部品にガタが来てるな……だましだましやってきたが、流石にそろそろ限界か……?)
整備していても、様々な、それも重要な部品の摩耗から来る『寿命』までは避けられない。
毎日きちんと整備しているからこそ、それがわかってしまう。
長年の愛車である。もちろん愛着はあるし、少しでも長く使い続けたいとも思うが……同時に、あくまで『道具』であるAWに過度なほどに愛着を持ってはいけないというのもわかっている。武器として使う以上は、動作不良を起こす可能性のある状態を看過することはできない。
愛着があればこそ、このAWに乗って自分が死ぬわけにはいかない。いざという時に使えず、自分という乗り手を『守れなかった』という結果を招くようなことは避けなければならない。
そして、使わないのなら、巨大なガラクタをガレージのスペースを占拠させておく飾り物として置いておくわけにもいかない。いくら、思い出の詰まった愛機だとしても。
長年の相棒との別れが近いことを、整備士の経験という、残酷なほど頼りになる直感を通して、ハルキは悟っていた。
「バザーで中古品を買うか……いや、いっそ親方にディーラーを紹介してもらって、もう少し性能のいいのを買うって手も……まあ、予算次第だな。とりあえず、今日明日の現場はどうしてもコイツに頼ることになるけど」
☆☆☆
整備する間にアキラが身支度を、荷物も含めて終えてくれていたため、その後二人はすぐに家を出ることができた。
今日の仕事は、自主的に行うジャンクパーツの発掘・回収でもなければ、『クリーチャー』の討伐による素材回収・売却でもない。
日頃から何かと故意にしており、世話になっている『親方』の現場の手伝いである。
数日前から『人手が足りない』『特にジャンクパーツの解体・回収ができる奴が要る』という話を聞かされて、短期ではあるが、バイトか雇われ人足のような形で参加することになったのだ。
その現場へは、一旦集合場所に集まってから全員でまとまっていくことになるため、ハルキ達は集合場所として指定されている、フォートを出てすぐの広場のような場所に向かった。
到着してみると、そこには既に何人もの同業者と思しきガタイのいい男たちが集まっていた。何人か女性もいないことはないが、そのほとんどは作業着姿の男性のようだった。
そしてそのほとんどが、足として自前のAWを持ち込み、それに乗っている。
彼らは、ハルキ達が乗ってきたAWをちらりとみると、すぐに興味を失って視線を外すか、バカにしたような笑いをわずかに浮かべたりした。
それも仕方のないことではある。なぜなら、彼らが乗ってきているAWは、ほとんどが『第2世代』か『第3世代』である。
一番古い型である『第1世代』など、今や見かける機会も少ないそれだ。彼らからしてみればハルキ達は、なんとも貧しい仕事道具を持った、場違いな存在に見えたことだろう。
しかしその中のさらに何人かは、親方の眼鏡にかなった職人や業者しか参加できないこの現場に来ているのだから、あの旧式のAWでも相応に働けるだけの腕があるのだろうと、逆に読み取って感心していた。
あるいはもっと直接的に、ハルキ達のことを、そしてその腕を知っているからこそ、一目見て侮ったりすることなどなく、受け入れている者もいた。
ハルキもアキラもそれらの視線に気づいてはいるものの、いつものことだと特に気にもせず、出発時間になるのを大人しく待っていた。
そんな2人に、すたすたと歩み寄って声をかける者が1人。
身長190㎝はあろうかという、大柄でがっしりとした体格の男だ。でっぷりと腹は出ていて肥満体型にも見えるが、その腕は丸太のように太く、いかにも肉体労働者といった風体。らしさを通り越して、凄みや迫力すら感じるような巨漢が、歯をむいてニヤリと笑う。
「おう、元気そうだな、ジャンク屋の坊主共。今日はよろしく頼むぜ」
「あ、おはようございます、ムーアの親方」
「おはざっす、親方!」
その人物は……これから行く現場の責任者である、『親方』ことムーア・ドグラス。
彼を目にして、それぞれに挨拶をし――アキラの方はかなり適当なそれを――ムーアの方もそれを受けて嬉しそうに笑う。
元々が強面のため、いささか凶悪というか、子供が泣き出しそうな笑顔になってしまっているが……それこそまだ小さい子供のころから両親共々付き合いがあり、この顔を見慣れているハルキ達からすれば、なじみの気のいいおじさんの、むしろ安心できる笑顔だったりする。
もちろん、そういう『顔なじみ』という関係だけで現場の手伝いに招かれたというわけはない。
ひとたび現場に出れば、普段がいかに気安く仲がいい関係であろうと、雇用者と被用者、依頼人と技術者の間柄である。
それを念頭に置いた上で、私的な繋がりの一切を考えず、ハルキとアキラの技術者としての能力を『有用である』と判断したからこそ、ムーアは2人に声をかけたのだ。
それを2人もわかっているし、技術者としてムーアほどの人物にそう認めてもらっていることそのものを光栄だと思うからこそ、2人はいつどんな仕事にも全力で取り組んでいたし、ムーアの期待に常に応えるよう努めて来ていた。
今回もそうしてくれるとムーアもわかっているがゆえに、あまり多くの言葉は必要ない。
せいぜい、軽く世間話する程度にするつもりだったが、ふとムーアは……先程までの野次馬達と同じように、ハルキ達の乗ってきたAWを見る。見て、何事か考えこむ。
「……寿命だな。もう長くない」
「あー……わかりますか」
「あたりめえだ。こちとらお前らがまだ父ちゃんと母ちゃんがくっつく前から、油まみれになってあらゆる機械をいじって回してたんだからな。そのくらい見りゃわかる」
いっそ子気味いいほどにきっぱりと言い切るムーア。
彼の記憶にある限り、この兄妹は独立して以来ずっと……いや、あの店が、この兄妹の父親のものだった時代から、この旧式のAWを使ってきたはずだった。
ムーアから見ても、彼ら兄妹がこのAWに思い入れを持っているであろうことは、考えるまでもなくわかることだったが、だからといって十分な性能を発揮できなくなり、その結果、顔見知りでもあるこの兄妹が不幸になるかもしれないという状況を見過ごす気はなかった。
「このままじゃ下取りしても買い手はつくまいが、解体すれば使えるパーツもあるだろう。それは自分でできるだろうし……あとは、新しいのを買うなら、わしが紹介してもいいぞ?」
「すんません、実を言うと丁度俺も相談しようと思ってたんす……近いうちにどうするか決めてお伺いすると思いますんで」
「おう、なるべく早く決めろよ。どうせ買うなら、この機にいいもん買っちまえ。今なら、第2世代はもちろん、第3世代も割と値段下がってきてるしな」
「あー……その辺は要検討ですね」
玉虫色の答えを返しつつ、ハルキは周囲をちらりと見まわしてみる。
集まってきている車両のほとんどは『AW』であり、そしてそのほとんどは『第2世代』か『第3世代』だ。未だに『第1世代』を使っている自分達は、明らかなマイノリティなのだと否が応でも自覚させられる。
(……安全を考えれば、せめて次は第2世代あたりかね)
武装搭載型汎用作業車両『アームドワーカー』……通称『AW』。
この世界において主力たる作業車兼武装として使われているこれらには、『世代』が存在する。
まず『第1世代』。
これはただ単に、中古の作業用車両に中古の銃器類を簡単な工事で取り付けただけのものだ。
ただ単に空いているスペースに銃器類などを固定して取り付けただけというパターンがほとんどであり、取り回しは悪く戦闘能力も低い。
慣れていない者が使っても全く戦力として生かせないことも多く、『使いこなせない素人は車を降りて普通に銃を撃った方がマシ』とまで言われることもある。
実際に機動力の高いタイプのクリーチャーなどが相手の場合、それに照準を合わせるより先に懐に入られて殺されるというパターンが数多く発生していた。
ちなみにこの世代の見た目から、そのままズバリ『武装した作業用車両』という意味で『アームドワーカー』と呼ばれ始め、それがそのままこの系統の兵器の呼び名として定着した経緯がある。
次に『第2世代』
これは、AWの改造・制作を専門に扱う業者が誕生して間もなく発案された、一定の規格に沿って作成された武装パーツを取り付ける形で改造された機体を指して言う。
重機そのものは単なる中古の作業用車両であるが、取りつけるパーツは、設計段階から『どんな車体のどんな位置にも取り付けられる』をコンセプトに設計されている。ショベルカーの運転席の前側だろうと、ブルドーザーのエンジンの上だろうと、ギミックの組み合わせで装着できる。
もちろん、車両の大きさや強度、重心バランスなどが理由でどうしてもできない場合もあるが。
それらの武装パーツは、全て砲身を動かして照準を合わせることが可能で、その操作も操縦席に設置されるコントローラーから行えるため、第一世代に比べて取り回しや戦闘能力は雲泥の差だ。熟練者ともなると、移動しながら照準を合わせて射撃するなど、まさに戦闘用車両として十分な性能を発揮できるまでになっている。
しかしこれも、多様な種類が存在するクリーチャーの性質上『なんとか武器になる』レベルと言わざるを得ない。
続くは『第3世代』。
本格的に『戦闘』と『作業』の両方に使用することを考え、設計段階から念頭に置いて制作された機体。基部となるキャタピラ部分とその上の稼働台座部分の『基部パーツ』が完全な統一規格になっており、その上に組み合わせる『コクピット』『作業用パーツ』『戦闘用パーツ』の組み合わせによってさまざまに『カスタム』する形で車両デザインを完成させる仕組みになっている。
言うなれば、極限までフレーム構造を簡略化し、プラモデルのように『パーツとパーツを組み合わせて作る』というコンセプトであるため、量産に適した非常に高い生産性と、多少雑に扱ってもびくともしないほどの機体強度を誇る。
また、生産性の高さゆえに、性能と比較して値段も非常にリーズナブルであるのに加え、オプションパーツを追加することにより、大型化やロボットアーム等の機能を追加することもできる。
第二世代機と比べても、戦闘用としても作業用としてもかなり優秀な能力を発揮する。特に戦闘能力は、最初からその使用用途を想定して設計されているため、火力や機動力はもちろん高い。
加えて、それを補助するOSもそれに適した仕上がりになっているため、単なる作業員等の『戦闘の素人』でも一定の能力を発揮することが可能な『扱いやすさ』も大きな魅力である。
ここに集まっている機体のほとんどは『第2世代』と『第3世代』であり……ジャンクパーツの寄せ集めのような『第1世代』はほとんどいない。
しかしもう1つ、それらのいずれにも該当しない機体が、ごくわずかだが停まっており……それらは、ハルキ達の機体とは全く逆の意味での注目を浴びていた。
(あれって多分……『第4世代』だよな? あんなもんまで動員するとは……親方、相当な気合の入れようだな)
『第4世代』
その名の通り、『第3世代』のさらに上となる機体であり、今現在、市場に出回ってはいるものの、その数はまだまだ限られており、コストも安いとは言えないことから、持っている者は少ない。
作業用としてもそれに見合った性能を持ち、また、この世代以降の機体には、それ以前の機体にはない『ある特徴』が備えられており……それからくる性能を鑑みれば、現在の値段でも安い、と評する者も決して少なくはない。
ただそれでも、絶対値的なコストの問題だけはどうにもならず、所有できるものはやはり限られると言わざるを得ないのが現状だが。
そんなことを考えている間に出発の時間になり、親方の号令を受けて、その場に集まった作業者達は、一路『現場』へ向けて動き出すのだった。