第28話 心構え
「ではつまり、先程のあの人型の形態は、変形する直前に『知識』として獲得したものなのですね」
「はい。聞こえて来たメッセージから察するに、ある一定の条件を満たすとロックが解除されて、知識としてのあの戦闘モードの知識が解禁、同時に機能としての変形も解放される、という感じになるようでした」
「たしか『機能凍結レベル1から3までを開放』とか言ってたっすから……まだ何か他にも、使えるようになった機能があるかもしれないっす。後でコクピットの中で探してみますんで」
『オーガングリズリー』を仕留めた後、ハルキ達は『レックス』を降りて、ファウーラ達のところへ帰還。今しがた見せたレックスの変形について話をしていたところである。
といっても、説明する内容は特に多くもなければ複雑でもない。あの瞬間なぜか使えるようになった『戦闘モード』は、例によって突然頭の中に知識が流れ込んできて、その存在を知った。
同時に機体の方でもロックが解除され、変形できるようになった、というだけのことだ。
後は、その新たな力でもって、それまで苦戦していた『グリズリー』を秒殺した。そこは、第7部隊の他のメンバーも見ていた通りだ。
なお、現在話を聞いているのはファウーラとシドだけで、他のメンバーは周辺の警戒に当たっている。後ほど情報共有は行う予定だ。
一連の事情を聴いたファウーラは、ふむ、と少しの間考えるようにして、
「事情は分かりました。正直、私もいきなりのことで、戸惑い、ないし驚いてはいますが……純粋な戦力増強になったと考えれば悪くはありません。このことを知っていて隠していた、出し惜しみしていたということでもないようですし……」
軍人として、しかも護衛の任務を請け負っている立場として、故意に自分の(機体の)実力を隠していて、本気を出していなかったというのであれば流石に問題である。
たとえ立場が『軍属』であれ、任務には全力で取り組むことは求められるのは当然だ。
しかし今回の場合は、『捕食変換』など、何度かそういった前例があるように、『今そういう能力があることに気づいた』という形である。しかも今回は、どうやら何らかの条件を設定して、機能及び能力自体にロックがかかっていたような可能性もあった。
まして『レックス』はもともと、ブラックボックスの多い……というかブラックボックスの塊といった扱いの機体である。どんな機能があるか未だに全容がわかっておらず、それを探りながら運用している状態なのだ。
今回のようなことが起こってもおかしくはないし、今後も同じようなことが起こる可能性も十分にある。いや、間違いなくそうだと見るべきだ。
「外部の方々に説明する内容は少し考えなければいけませんが……それは何とかなるでしょう。性能テストが不十分で未完成、ないし未実装扱いの機能だった、ということにでもすれば……しかし今後は、あの形態にも任意で変形可能になった、ということでよろしいですか?」
「はい。今は一応元に戻してますが、必要であれば戦闘モードへの変形は可能みたいでした」
「であれば問題ありません。今回の件は、任務終了後に総司令にも報告しますので、その際は同行をお願いします。それと今後も、何か新しい機能等が発見された場合は迅速に報告を。コクピットでの機能・知識のサルベージも継続してください」
「「了解しました」」
「今後は必要に応じて、あの形態も……我々の機体で言う所の『戦闘モード』の扱いで使用してもらう場面があるかもしれませんね。もっとも、もともとの……『恐竜モード』の戦闘力が既に規格外のそれですから、性能的な意味で言えばあまり出番はないかもしれませんが……」
「……そのことについてなんですが、1つ相談をさせていただいてもいいでしょうか?」
と、ファウーラが言った言葉に何やら反応して、どこか神妙そうな雰囲気を醸し出しながら、ハルキが切り出した。
「? 構いませんが……それは、後の方がいいのでしょうか? 今ではなく?」
「いえ、別に今でも大丈夫だと思いますが……ええとですね、簡潔に言いますと……」
そこでハルキとアキラは、ファウーラと、その隣で話を聞いていたシドにもだが、先に『レックス』の中で考えていたことを話した。
今回の戦いで、今まで『レックス』の機能そのものに甘えていた事実を痛感したこと。
大雑把な戦闘しかできないせいで、状況によって武装や動きを制限されただけで、スペック上は恐竜形態でも十分勝てるであろう敵を相手に苦戦してしまっていたこと。
以前は当たり前に持っていた、『持っているもので常に最善を模索する』という、この時世を生きていくための鉄則を忘れ、しかもそれを受け入れて甘んじてしまっていたこと。
戦いの中で痛感し、また『第7特務部隊』の面々の奮闘を見てなお一層強く自覚させられたそれらの事実について、自分達が甘かったこと、現状に甘えていたことを恥じると同時に、その状況を改善するための相談を持ち掛けていた。
ハルキ達には現在、訓練所や士官学校で当然のものとして習得し、軍人であれば誰であれ当たり前に持っているスキルが欠落、ないし不足しているのだ。
軍人の職務にかかる各種知識、戦闘を含むAWの操縦、武器・機材類の取り扱い、個人の白兵戦・サバイバル能力……並べていけばきりがない。
それらのスキルは、時に戦闘に、時に事務作業に、時にその他雑務に、様々な場面で必要とされる。基礎中の基礎と呼ぶべきものから、分野として専門的なものまで程度に差はあれど、多かれ少なかれ軍人であれば修めているべきそれだ。
ハルキ達も、もともとの専門分野である『技術屋』としてのスキルであれば、下手な本職すら及びもつかないものを修めているとはいえ、その他に関してはほぼ皆無である。
せいぜい、以前の職場でもやっていたがためにある程度身についたもの。他は、契約時に渡されたマニュアル等を読んだり、任務の中で身に着けていった範囲にとどまっている。
『軍属』で『特務士官』であるという特殊極まりない立場ゆえに、もともと半ばそれで問題ないとされてはいたし、必要と判断されればその都度何かしらの指導を受ける予定にはなっていた。
さらに言えば、戦闘関連の技能に関しても、もうしばらく軍人としての任務をこなし、職場に慣れてきてから、折を見てスキルアップの機会を用意される予定になっていた。今後予想される、より難易度の高い任務において、『レックス』をより使いこなし、最大限の成果を上げられるように。
アルフレッドとの間でそういう話になっていたし、ファウーラもそれは理解して、ハルキ達の、そして『レックス』の現状を鑑みつつ、色々と考えていた。
しかし今回、『黒炭猪』そして『オーガングリズリー』というイレギュラーな敵に遭遇し、自分達の抱える問題点を痛感させられたことにより、ハルキ達は自発的にやる気を出した。
ファウーラ達からすればこれは、単に予定が前倒しになった形とはいえ、嬉しい誤算には変わりない。2人の決意を最大限生かすべきだと即座に考え至り、今後のスケジュールを調整することを決めた。
「わかりました、こちらとしても、あなた達の向上心は歓迎するところです。詳細は今後調整していく形になるでしょうが、最大限のバックアップをさせてもらいます。差し当たって……シド」
と、自らの横に立って話を聞いていた、副隊長であるシドに視線をやって声をかける。
シドも、相変わらずの仏頂面のままではあるが、応える形でファウーラに向き直った。
「あなたにこの2人の指導教官をお願いします。各種知識や技術等の講習の手配は私の方でも行いますが、日常業務の中で、あるいは空いた時間などを利用して勉強できることも多いはず。幸い、特務部隊は他の部隊に比べて時間的余裕がある部署でもありますから、適宜判断して、必要な知識や技能の教育をお願いしたいのですが、よろしいですか」
「……別に問題ないが、いいのか隊長? 俺は別に、教導部門に所属していた経験はない。完全な我流になるから、訓練校の教官みたく、お行儀よく丁寧に、ってわけにはいかないが」
「構いませんよ。むしろ、あなたのやり方で納得のいくように鍛えていただければ、それこそ様々な場面に対応できるようになるでしょうから。今後、講習等のスケジュールが決まった段階で、必要に応じてそちらの教官に引き継ぐか、あるいは内容のすり合わせなどをお願いします」
「了解した」
表情は変えず、だがはっきりとそう言い切ったのを聞いて、満足したようにファウーラは頷く。
そして、今後の予定等について、商隊の代表に話してくる、と言い残し、その場を後にした。
後に残されたハルキとアキラ、そしてシドは、そのまま解散して任務に戻ることになるが、その前に、今後教官と生徒としてお世話になる立場として、
「「よろしくお願いします!」」
気合十分、という気持ちをわかりやすく表して、腹から声を出して言う2人。
やはりシドは、それを聞いても表情はいつもの険しいそれのままで変わらなかったが、その意気に応えるという意思はあるらしく、2人に向き直って、1つ1つ告げる。
「さっき言った通りだ。俺は訓練校や士官学校で取られるような、お行儀のいい教え方なんてものは知らん。やるべきこと、覚えるべきことは示してやる。俺にできる範囲の指導であればする。後は、反復練習と現場での経験、それらの積み重ねだけだ。……それと、いい機会だからはっきり言っておく。俺は正直、お前達のことがあまり好きじゃない」
内心で『あ、やっぱり』と呟くハルキ。アキラも同様だ。
敵意や害意、とまではいかないが、普段のシドからは、自分達に向けられる視線からでもそれがわかる程度には、あまり好ましくない感情を向けられているのは明らかだった。
が、その割に何か行動でちょっかいを出してくるような様子もないし、任務などの際には真面目に取り組むどころか、その身を案じたような言葉をかけられたこともあった。
結果として、ハルキ達からシドへの理解は、『嫌われてるっぽいけどよくわからない』という微妙なところで止まってしまっていた。
どうやらその前半の部分は当たりのようだが、同時に、どうやらただ単に気に入らないとか、そういう理由で嫌われているわけではないようだ、という予想も正しいと思われた。
「これはあくまで俺の持論だが……軍人と、そうでない一般人。戦って守る者と、守られる者。この2つは中途半端に混同されるべきじゃないと思っている」
唐突に告げられたそんな言葉に、2人は意図を察しかねながらも、聞く姿勢をとる。
「この時世において、軍服に袖を通し、それを纏って戦場に立つということは、決して小さくない意味を持つ。軍人とは、フォートを、そしてそこに住む市民を守るために力を振るう存在であり……その一点において、常に自覚をもって、全力で臨むことが求められる。ゆえにこそ、こんな時代に、市民よりも豊かな暮らしができ、大きな力を持つことが認められている。であるなら、いかに理由があれど……軍人は『中途半端』であるべきではない」
一言一言が、迷いなくはっきりと告げられる。シド自身が纏っている雰囲気や威圧感、常は交流自体があまりなかった彼が、真正面から向き合って話していることも相まって、言葉の全てがずしりと重みを持っているように、ハルキ達には感じられた。
「仕事にあらかじめラインを引いて、最低限これだけやっておけば十分だとか、正規の軍人じゃないからとか、理由をつけて最初から妥協し、途中で満足する。多くの場合そういう奴は、いずれその2つの立場の意識の差から、大なり小なりの失敗を呼び込む……何が言いたいかはわかるな?」
「「…………!」」
今まさに反省したばかりの痛い点を突かれて、押し黙る2人。
しかし、シドは別にそこを掘り下げて責めることはなく、
「俺から見れば、お前らはまだ中途半端だ。意図せずして軍人よりも大きな力を持ちながら、感覚や価値観は、ほとんど市民のそれのまま。だからこそ俺は、正直言ってお前らが軍人としてここにいることも、『レックス』に乗って戦いの場に出ることもよくは思えなかった。可能でさえあれば、『力』の部分は軍人に任せて退くべきだと……少なくとも、さっきまではそう思っていた」
そして、あらためて2人をそれぞれ一瞥するように視線をやり……それにひるまず、目を反らすこともなく、2人共が見返してきた視線を受け止めて、締めくくった。
「幸いにしてやる気はあるようだ。ならばお前らがこれから目指すのは、99点や98点で満足しているような半端者ではなく、100点や120点、さらにその上だ。常に向上心を持ち、全力を尽くせ、俺みたいな堅物に四の五の言われなくなるくらいに強くなれ。俺も、そのために全力を尽くす」
そう言って……話は終わりだと言わんばかりに踵を返し、自分のAWのところに戻っていった。
残された2人は、告げられた言葉の1つ1つを改めて噛みしめ、これからのことに改めて決意を新たにする。そして、今できることからまずは全力で取り組んでいくべく、こちらも『レックス』に戻っていった。
その様子を……連絡を終えて戻ってきていたファウーラが、途中からだが遠目に見守っていた。
満足そうな、あるいはこれからが楽しみだというような微笑を浮かべ……しかし、同時にその心の中では、また別のことを考えてもいた。
(2人の今後に関しては、ひとまずこれで問題ないでしょう。……残る問題は……)
今しがた仕留められ、1カ所にまとめて置かれている、『黒炭猪』と『オーガングリズリー』の死骸を見ながら。
(事前の情報によれば、あれらはいずれも『休眠期』に入っていたはずのクリーチャー。『グリズリー』に至っては縄張りすら違うはずの……なぜ、奴らがここに現れたのか、それもこんなタイミングで……。先日の『ナイトローラー』といい、恐らく偶然ではない。これは……!)
胸のうちに浮かんだ、いや、以前からずっと浮かんでいたある疑念を確かめるべく、ファウーラはAWの通信回線を秘匿モードで起動し、ある相手を指定して連絡をとるのだった。
☆☆☆
それから数時間後。とある場所にて。
「隊長、痕跡の収集終わりました」
「ご苦労様。行動規模や移動時間から考えて、この巣穴で最後だと思う。時間もそろそろ日暮れだし、今日はここまでね。ファウーラから連絡は?」
「先刻、無事に目的地の『カプージェン』に到着したと連絡を受けております」
「そう、ならそっちの仕事も終わりでいいね。……全員、『ヴォーダトロン』に帰還するよ。回収した痕跡・証拠その他、全部持って帰るから輸送用の折り畳みコンテナ組み立ててそれに入れて」
第7部隊が遂行していた護衛任務。実は、それに参加していたのは、第7部隊の面々だけではない。後詰めとしてではあるが、もう1つ他の部隊が、それに少し離れてついていく形で、周辺警戒を行いながら、出番、ないし仕がこないか待機していた。
ファウーラは数時間前、その別動隊に連絡し、今回の『黒炭猪』や『オーガングリズリー』の出現について、その巣穴などを捜索し、情報を集めてくれるよう頼んでいた。
それを受諾し、彼女らは周辺のそれらしい洞窟を捜索し……今に至る。
今しがた部下達に『隊長』と呼ばれていた、ボブカットの明るい茶髪にメガネをかけた女性は、やれやれ、といかにも疲れたような様子で、1つ1つ部下に指示を出し、撤収作業を始めさせる。
「了解しました。……コレも持って帰るんですよね?」
「当たり前でしょ」
「うえー……」
「うえーじゃない、それだって立派な証拠だよ。……気持ちはわかるけどさ」
言いながら、その『隊長』は、足元にいくつか並べて置かれている、縦長の袋を見る。
ジッパーが上までぴったりと閉じられているその袋は、頑丈そうな作りをしている上に、かなり大きい。それこそ、人が1人入ってしまえそうなくらいに。
……というか、実際に入っているのだが。
生きている人間ではなく……少し前まで生きていた人間が。
それらの『死体袋』を、中に入っている『証拠』ごとコンテナに積み込んでいく。
中には、恐らく『グリズリー』に食い荒らされたのだろう、原型をとどめていないものも混じっていたので、持ちあげる時に何とも言えない感触があったり、ぐじゅ、という水音がしたりする。
部下があまりいい顔をしない……生ゴミを見るような目を袋に向けたのもわかるというものだ。
「おそらく、アレが実行犯……ですよね? そして今回のコレは、いや、ここ最近起こっていたうちのいくつかは、奴らが人為的・意図的に引き起こしたこと」
「だろうね。ま、そのあたりは解析班の人達の領分だよ、私らの仕事はアレを運ぶとこまで」
そう言いつつも、『隊長』の女性も大体の筋書きを頭の中で察して組み上げていた。
今回、ここや、他数カ所の洞窟で押収した証拠や痕跡は、大きく分けて2種類。
1つは、そこに『黒炭猪』や『オーガングリズリー』が休眠していたということがわかるもの。
もう1つは、そこで何者かが爆発物を使ったということがわかるもの。
それも、回収できた爆弾の残骸などを見る限り、眠っているクリーチャーを爆殺して仕留めようという意図のものではなく、爆音や衝撃でダメージを、それも大したことのない範囲で与える程度の規模にとどまっていた。
(明らかに、休眠しているクリーチャーを叩き起こす目的での爆破。けどここの連中は、ミスってその起こしたグリズリーに食われちゃったようだけど……状態が似てたから、『黒炭猪』の巣と間違えたのかな? どっちにしろこいつらは、こうして叩き起こしたクリーチャーを使って誰かを襲わせたり、騒ぎを起こしていた。それも、常習的に。……総司令に報告しないとな)
準備ができたところで、その女性は改めて部下に指示を出し……自らもAWに乗り込んで、その場を後にした。日が暮れる前に、自分達の巣穴に帰るために。




