第27話 紅色の巨人
「すっげ……」
「うん、すごい……」
時はほんの少しだけ戻り……シド達が、その見事なコンビネーションで、突撃してくる『黒炭猪』の奇襲から、商隊を守り切ってみせた光景を、2人も『レックス』のコクピットの中で見ていた。
『オーガングリズリー』の攻撃力では、『レックス』の装甲を抜くことはできない。しかしこちらの攻撃手段も限定されているせいで、思うように戦えず、『オーガングリズリー』に有効打足りうる攻撃を叩き込めていない。
しかしそれも仕方のないことではある。
本職の軍人のように、AW戦闘の訓練と呼べるものを受けていないハルキ達では、どうしてもそのアナログ的な意味でのスペックには大きな差がある。
いかにこの機体のスペックが高くとも、それだけで押しきれない相手であるならば、そこに必要になるのは、AWを扱うパイロットとしての技量。そこが足りていない2人では、てこずってしまうのも無理のないことだった。
……そして、
(多分……ここで考えるのやめて納得しちまってたら、いつまでも変わんねえんだろうな)
今しがたありありと見せられた、自分達と、他の『第7部隊』との、軍人としての能力の差。
確かにそれは、この立場……あくまで、『レックス』のパイロットが自分達にしか務まらないという事実と、おまけで技術者としての腕を買われて『特務士官』となった自分達からすれば、当初から明らかだったことではあった。
こういった戦闘方面、その他、専門的ないし特殊な技術や知識において、本職の軍人にはどうしても劣る。劣って当たり前、という点は。
今までの八面六臂の活躍は、あくまで、最新鋭機と比較してなお圧倒的なスペックを持つ、『レックス』の能力に頼ったもの。そして、『思考で操縦できる』という常識を外れた機能と、そこからくる優れた操作性によるものだ。
優れているのは『レックス』であって、自分達ではない。
繰り返しになるが、そんなことは、最初からわかっていた。それは仕方ないことだと、それでいいのだと思って受け止めていた。
しかし今こうして、スペック的には『レックス』よりも大きく劣ることが明らかな『ドルデオン』と『ブラムスター』を駆使し、同じように戦い方の制限された、不利な状況で、何体ものクリーチャーを相手に、戦技冴えわたる見事な戦いを見せた、第7部隊の面々を前に、ハルキとアキラの頭の中に、どうしてもその思いはよぎる。
これでいいのか、と。
必要に迫られて入った立場だとしても。
意図せずして手に入れた力だとしても。
何をして勝ち取ったわけではなく、偶然手にしたものであるとしても。
この手の中に確かにある力を、その可能性を、何もせずに握りつぶしてしまっていいものかと。
「……アキ、俺、忘れてたわ」
「何をっすか、ハル? ……まあ、大体わかるっすけど」
「俺達さ……ジャンク屋やってた頃は、いつも必死で……もうそれこそ、生きてくためにできることは全部やる、くらいの気持ちでやってたろ? まあ、AWでの戦闘なんてその頃は、運悪くクリーチャーに遭遇した時とかくらいのもんだったとはいえ……日常生活でだって、商売に、ジャンクの探索に……色々、何でも、明日のために全力だったと思うんだ」
「そのくらいしなきゃ生きていけないご時世っすからね……むしろ、それをここんとこ忘れ気味だったのが信じられないっすよ。ハルも……私も」
思えばここ最近、無自覚に、無意識に……自分達は、今の環境に甘えていたように思える。
ジャンクショップの経営で生計を立てていた時は、そもそもの設備が不十分……というよりも、このご時世で満足な設備や装備など望む方が難しいということをわかっていたからこそ、常に今あるものを最大限生かして、また今以上に生かせるように試行錯誤と工夫、そして何より努力研鑽を絶やさなかった。
それだけやってどうにか、危険な荒野でジャンクパーツのサルベージや、クリーチャーの狩りで日銭を稼ぐ日々を送れていた。
しかし今は、快適な住処、頼めば出てくる食事、安定した仕事と収入……これらをいきなり手に入れて……そういう立場に慣れることで精一杯で……気が付けば、『慣れ過ぎて』しまっていたように感じた。
最初から『こういうもの』『自分達はこういう立場』として提示されていたから、というのもあるにはあるが……それでも、今までの自分達を思い返してみれば、荒野で四苦八苦しながら、日々くたくたになってベッドに倒れ込んでいた日々から比べて……随分と変わってしまったように感じる。
(アホじゃねえのか、俺ら……ちょっとぬるま湯につかった途端これかよ。半ば不本意な人事だから、やれることをやってればいいとか……どんな立場でも、他人と関わって、他人の世話になって生きていくなら、やれること『全部』『探して』やるのがこのご時世、当然で、鉄則だろうが……!)
もちろん、あの頃のままならば、もっとうまく戦えた……などということはない。
ないだろうが、少なくとも今より、『このままではいけない、いいはずがない』というような……向上心、ないし、ハングリー精神、とでも呼ぶべきものは、持ったままになっていたはずだ。
この『災害世紀』を、どんな形であれ生きていく上で、決して欠かしてはならないもの。
今に満足せず、さらに己を高め、最善以上の最善を求める精神。すっかり忘れてしまっていたことに、そしてそれをおかしいと思えなくなってしまっていたことに、2人は気づいた。
そのことを深く恥じつつ……ハルキとアキラは、モニターの向こうで、唸りを上げて睨んでくる『オーガングリズリー』を前に……心を決める。
今まで腑抜けていたのはもう、どうしようもない。認めざるを得ない。
そして、認めたならば、気付いたならば、そのままでいいはずがない。
今からでも、いくらでもやることはある。そのために……今はここを、全力で切り抜ける。
「帰ったら反省会だな、アキ」
「そっすね。でもまずは……」
「ああ。この邪魔なクマ公を……仕留めるとこからだ。そのために……」
そこで区切り、息を整えて……
(不甲斐ないパイロットで悪かったな、レックス。つっても、これからも当面は不甲斐なくて、下手くそで、その他まあ色々とどーしようもねえ奴だとは思う。それでも、お前に情けねえ戦いさせて、いらねえダメージ受けさせちまうようなことがなくなるように、これからは全力でやってくつもりだ。……つーわけで今は……)
「あの熊野郎に八つ当たりだ。行くぞレックス、この苛立ちと破壊衝動のままに」
「ハル、色々台無しっす。……気持ちはわかるけど」
「わかるんじゃねえかよ。まあコレ―――」
……その瞬間、
『搭乗者の『戦意』『闘争本能』レベル一定値以上到達を確認。適合性チェック……問題なし。DS05、機能凍結レベル1から3までを開放します』
「「はい?」」
その瞬間、様々な電子音や表示がモニターに浮かびあがり、コクピット内に鳴り響き始め、
『何だ』と口に出すより先に、ハルキとアキラの脳内に情報が流れ込んでくる。
そしてそれは、これまでに知ったものでも、決して常識的とは言えなかった『レックス』の機能関係のものの中で……1、2を争うほどに衝撃的なそれだった。
そして、2人がそれを受け入れて落ち着くのを待たず……それは、異変が起こる。
その光景を、ファウーラをはじめ、『黒炭猪』との戦いを終えた第7部隊の全員が目にしていた。
『Pray for luck. The Desire Star may be with you』
意味ありげな電子音声がコクピット内に響いたと同時に、それは始まった。
背部に砲撃用の武装ユニットを背負った鋼の恐竜。それが、『レックス』の見た目である。
そのユニットと、尻尾を含む下半身が反転する形で入れ替わり、さらに左右に2つに分かれて変形。背中側に回った両足の代わりに、足の形になった。それも、恐竜のそれを思わせる逆関節のものではなく、人間の足の形に。
一方、背部に回った尻尾と足。尻尾は2つに分かれて、甲冑の肩鎧のような形状になった。
足は側面にスライドして出てきて、がっしりした人間の腕を思わせる形状に。その状態で元々あった腕、ないし前足と連結し、5本指にしっかりと分かれた手を持つ腕になった。
そうしてできた腕の肩部分に、先程の尾が変形した肩鎧が装着される。
新たにできた足を延ばし、腕を体側に降ろし……最後に、恐竜の頭が胸部分までスライドして降り……その下からもう1つ、体の形に合った顔のパーツが出現。そこに至って……変形は終わった。
ほんの数秒の間にそこに姿を現れたのは、『ドルデオン』や『ブラムスター』と同様、人型……ないし、『戦闘モード』に変形を遂げた『レックス』の姿。
人間型でありながら、胸部に残る龍の貌と、手の指に残る鋭い爪が、『暴君竜の王』としての姿の名残、そして凄みや禍々しさをどこか残した、紅色の巨人。
その変容に、見ていたファウーラ達はもちろん、乗っているハルキとアキラも唖然とするしかなかった。
そして、その2人が身にまとっていた軍服。
それがいつの間にか消え失せ……代わりに、初めて『レックス』に乗った時と同じ、あの独特なデザインの『パイロットスーツ』が、またいつの間にか2人の身を包んでいた。
「……マジかコレ、こんな機能まで持ってたのかコイツ……」
「びっくりっすね、流石にコレは……でもまあ、とりあえず……」
「ああ……やることは変わらねえ、行くぞアキ。幸か不幸か……動かし方はわかるしな」
「合点! 武器系は任せるっすよ!」
そんな、2人の気合を感じ取った、というわけではないだろうが、2人が気合を入れ直して操縦桿を握ったのと同時に、『オーガングリズリー』は咆哮し、牙をむき出しにして突進してくる。
『……はっ!? し、シャドー6、シャドー7!? その姿は一体……いえ、それよりも戦闘の支援を……』
と、少し遅れて、話の途中だったことに思い至ったらしいファウーラの声が通信の向こうから聞こえて来たが、それに答えを返すよりも早く、ハルキとアキラは、『レックス』は駆け出していた。
しかしそれは、今までのようにただ2本足で走る、というだけではない。地面を蹴ると同時に、脚部と背部、そして両肩から、ロケットエンジンのように炎を噴射し、爆発的に加速する。
またたく間に『オーガングリズリー』との間の距離をゼロにすると、その顔面目掛けて、握りしめた鉄の拳を叩きつけた。
顎からねじり込むように決まったその一撃で、ガチンッ、と強制的に口を閉じさせられて歯を鳴らし……グリズリーは大きくのけぞった。
最初の激突の時とは違い、レックスも同じように弾かれる、ということはない。一方的に、グリズリーの方だけがのけぞって、あおむけにどう、と倒れる。
形状もパワーも、そしてスピードも……何もかもが先程までとは明らかに違う。わずかな間に大きく変容したその存在に、獣の脳は困惑せずにはいられない。
しかし、それでも止まらぬ闘争本能は、すぐさま体勢を立て直させて、グリズリーの身をレックスに向き直らせた。
そして再び飛びかかる。今度は、多くの動物にとって急所となる場所……喉元を目掛けて、牙を突き立てる軌道で。下段から飛びかかって、なぎ倒してそのまま食いちぎる形で突撃する。
しかしその直後、グリズリーの巨体は宙を舞った。
下から掬い上げるように、あるいはもっと単純に、ボールを蹴るように繰り出されたサッカーキックの一撃が胴体、胸元に思い切り決まり、鎖骨や肋骨の一部が砕ける感覚と共に、グリズリーはその生涯で初めて『蹴り飛ばされる』という経験をした。
流石にこうして、突如空中に投げ出されるなどという状態は、グリズリーにも経験がない。経験がないがゆえに反応できず、対処が遅れる。
そしてそれを、目の前の紅の巨人は待ってはくれない。
再び点火される、脚部のブースター。
その勢いも利用して空中に跳躍したレックスは、体を大きくひねり、推進力を『直線』から『円』の動きに変えて回転し、その勢いでその足を、空中にいるグリズリーにたたきつける。
ロボットでありながら、ダイナミックな『飛び後ろ回し蹴り』を決めて見せた。
ドムッ、という水の一杯に詰まった袋を思い切り殴ったような音と、ガゴォン、という金属と金属がぶつかったような音の2つが混ざって聞こえ、グリズリーはまたしても豪快に吹き飛ばされる。
少し前までのぶつかり合いとは桁が違うダメージが立て続けに叩き込まれ、見るからにフラフラの様相だが、それでもグリズリーは立ち上がる。
その衰えぬ戦意は、生まれてから今まで、絶対の強者にして捕食者であり続けたがゆえのプライドか、はたまた勝ち続けたがゆえに『敗北』や『恐怖』を知らずにここまで来た傲慢と無知か。
いずれにせよ退却という選択肢はすでにない。グリズリーは四つ足で、手負いながらも恐るべき速さで突進していく。
それをレックスは、握った左の拳を、弓を引き絞るかのように引いて構える。
衝突の直前、グリズリーもまた二本足で立って地を蹴り、右腕を振り上げて、鋭い爪を凶悪な腕力で叩きつけようとし……同時にレックスも拳を突きだす。
クロスカウンターのように、文字通り交差して炸裂するかと思われた両者の攻撃だが、命中の瞬間、突き出されたレックスの腕から、鋭い鉤爪のようなものが伸びた。
それは、もともとその『腕』が、恐竜形態での『脚』から変形してできたことにより、今までは折りたたまれていた部分……脚部の爪のパーツだった。それが丁度、手の甲の部分から鉤爪のように伸び、ザクッ、とグリズリーの体に、鎧のような毛皮を易々と突き破って刺さる。
しかも、超のつく高熱を発しているらしいそれは、刺さると同時にジュウウゥゥ……と音を立てて、傷を焼いた。
グリズリーの一撃の方は、当たりはしたが何一つ聞いている様子はない。先程までと同様、レックスの装甲……それも、肩鎧の部分に当たって、力なく弾かれている。傷一つつけられずに。
激痛に苦しむグリズリー。
「蹴りに爪か……随分とまあ、野生的というか、ワイルドな武装、ないし戦い方になるもんだな」
「わかりやすくていいじゃないっすか。何にせよ、ハル」
「ああ、わかってるアキ。これで……終わりだ」
ハルキ達は……レックスはそして、残る右腕を、そしてそこから伸ばした爪を振り上げる。
左腕の爪以上の高熱を纏い、炎すら噴き出しているその爪を……一気に踏み込んで、振り下ろす。その瞬間に、刺さっていた左腕の爪を抜いて、それによる勢いも利用して。
「こいつでッ……」
「決まりだァ!!」
超高熱の爪による必殺の一撃は、首の付け根から入って袈裟懸けにその身を斬り降ろし、骨を、肉を、内臓を破壊して……炎熱による追撃により、半ば溶断するような形になる。
龍の爪による三条の熱傷は、その高熱ゆえに出血すらさせず。大きく巨体に刻まれた切れ込みから、向こう側の景色が見えた。
一撃で文字通り命を刈り取られた巨獣は、断末魔の叫びすらほとんど上げぬままに、その体から全ての力を失い……どう、と仰向けに倒れ込んだ。
鋼の龍が姿を変えた、剛脚と熱爪の巨人は、そしてそのコクピットにいる2人の兄妹は、その光景を見届けて……さらに、レーダーで生命反応がなくなっていることも確認した上で、ようやく戦いの終わりを悟り、ふぅ、と同時に息を突いた。
「終わった……」
「終わったっすね……まあ、この後色々大変そうっすけど」
「だな……どう説明すりゃいいんだ、またこれ、とんでもねえ機能眠ってやがったし……」
「それはホラ……もう、ありのまま言うしかないじゃないんじゃないっすか?」
「……そだな。それしかないよな」




