第26話 第7部隊の実力
形容するのが難しいほどの轟音。
空気を震わせ、近くにいた車両の窓ガラスがガタガタと震えるほどの衝撃を生み出した両者の激突。その直後、『レックス』と『オーガングリズリー』は弾かれたように互いに離れた。
「ッ……マジか、押し切れねえとは……!」
「予想以上にとんでもないパワーっすね……アリやアルマジロとは大違いっす」
それまで、いかなる『クリーチャー』が相手であっても、正面から小細工なしで叩き伏せて来た『レックス』という強大な暴力。『炭鉱アリ』や『ナイトローラー』の硬い甲殻をものともせず、その他さまざまなクリーチャーを相手にしてなお、正面から戦いに勝ってきた。
しかしここに来て初めて、その『レックス』にパワーで張り合うだけの存在が現れたことを、ハルキとアキラは悟る。
反動で仰向けに倒れ、しかしすぐに起き上がってきている『グリズリー』を見て、これは一筋縄ではいかないかもしれない、と認識を改め、こちらも体勢を立て直す。
一方で、今の一撃で『敵が倒れなかった』『逆に倒された』という、およそ生涯で初めてであろう経験をしたグリズリーもまた、戦意はそのままに、目の前にいる鋼の恐竜に対する警戒心を大幅に引き上げる。
今さっき叩き潰した黒い獣のように、容易く仕留められる相手ではないと認識した。
しかしながら、生まれてからこれまで、同族を除き、出会ってきたあらゆる敵を捕食してきた、絶対的な強者としての『傲慢』が、あるいはそれによる『無知』が、様子を見たり、慎重になるという選択肢を選ばせない。
『オーガングリズリー』にとって、目の前に飛び込んできた者は全て餌。どんな過程を経ようと、どんな姿をしていようと、最終的には叩き潰してその血肉を食らう相手には変わりないし、それ以外では有り得ないものだった。
つい先ほども、何やらやかましい音と振動で『休眠』から叩き起こされ、その起き抜けに、小さな毛のないサルのような生き物を平らげたところだった。『猪』よりも柔らかくて美味いそれらを、既に何匹か腹に収めたが、まだまだ全く足りない。
鼻に届く匂いから、あれらと同じような生き物に加え、その他にも食えるものがわんさかこの鉄の箱の中には入れられている。空腹を訴える胃袋は、一刻も早くそれらを欲していた。
その邪魔をするのなら、目の前にいるこのトカゲが何者だろうが叩き潰すだけ。感触からして食えるかどうかは怪しいものだが、それでもグリズリーにはいささかも迷いも恐れもない。
咆哮を上げて、再び突撃していく。
しかし今度は正面からぶつかるのではなく、直前で顔を反らし……自らを狙って突き立てられようとしていた牙をかわす。そしてその意趣返しとばかりに、『レックス』の首根っこに噛みついた。
「なっ……速い!? よけられた!?」
「いや、避けたっつーかコイツ、最初から噛みつくつもりだっただけか……どっちにしても当てられなかったことに変わりはないが……なるほど、スピードや小回りは若干負けてるか」
「けど、防御力や馬力なら……こっちが上っすよ!」
攻撃を回避され、その直後は動揺していたアキラではあるが、すぐに気を取り直す。
事実、彼女の言う通り、首元に食らいついたグリズリーではあるが……その牙は、レックスの装甲を貫くことはできていない。ガキン、という、金属同士の衝突を思わせる硬質な音を響かせて、そこで止められていた。
獣の毛皮を食い破って肉を食いちぎり、AW金属の装甲だろうと食い破って破壊する必殺の牙。
それもこのトカゲの命には届かないと悟るが、グリズリーはならばと、木に登るようにレックスの体に飛び乗ってしがみつき、押し倒そうとする。
腕を振り上げて、振り下ろす。ガギン、という耳障りな音を立てて、鋭い爪がレックスの頭を捕らえるが……これも通らない。
それでも、ぐらりとその体が傾いたのを見て、効果があった、これを続けよう、とグリズリーが思った……しかし次の瞬間、そのやや斜めになった状態で、レックスは地面を蹴り、勢いよく崖の岩壁に突っ込んだ。
機体と岩壁の間に挟まれ、押しつぶされる形になったグリズリーだが、一瞬息を詰まらせるものの、強引にそこから抜け出して飛び退る。
レックスの鋼の体による体当たりと、崖面の岩の間で押しつぶされたダメージは小さくはなかったが、表面がいくらか傷ついたものの、骨も内蔵も無事であった。
「ちっ、抜けられたか」
「まあ、半分くらいはふらついてホントに大勢崩してたっすからね……にしても、やっぱりパワーだけじゃ仕留めるのは難しそうっすね」
二合、三合とぶつかり合う中で、単純なパワーによる力押しだけでは、この巨獣を倒すのは難しいと、ハルキとアキラは予想を確信に変える。
恐らくは、爪や牙といった『鋭さ』を使えば、効果的な攻撃を叩き込めるだろう。
しかし、見たところグリズリーもそれは警戒しているようだった。こちらが爪を見せるように構えると、飛びかかってこず様子をうかがっているように見える。
先の喉元への噛みつきも、偶然ではなく、爪も牙も避けた攻撃になるように飛び込んできていた。
なまじ生物の形をしているから、というのもあるだろう。自分以外のクリーチャーを獲物として狩ってきた際の経験で、牙や爪で攻撃されると少しだけ痛い……こともある。
その程度の知識は、グリズリーの頭の中にもあった。
それゆえに、自分と互角に渡り合うだけの馬力を持っているこのトカゲがそれらを振るうと、あまりよくないことが起きる、と本能で警戒している。
しかし警戒しつつもやはり引くことはなく、そのまま一度、また一度ととびかかってはくらいつき、そして離れる、を繰り返す。
「動きも素早いし、野生の勘なのか、危険にも敏感と来た……火器でも使えればも少し楽かもだが……」
「場所も状況も悪いっすからね……商隊の車列やコンテナに近すぎるし、あんまり威力ありすぎる兵器を使うと、下手すると崖崩れが起こるっす。今のでもちょっと暴れすぎた感じあるし」
遠慮も自嘲もなく、搭載されている兵器をフルに使えば、力押しではあるが、グリズリーを圧殺できるだろう。熱エネルギーの弾丸で弾幕を張ったり、避けられない範囲に爆炎をまき散らしたり、色々と方法はある。
しかし、守るべきものを背中に抱え、さらには周囲の地形に脆い部分が多く、下手に大規模な重火器を扱うことができない……どころか、接近戦であっても、その強力過ぎる力で周囲の岩壁を破壊して、商隊や仲間を巻き込まないよう気を使う必要がある。
もっとも、グリズリーの方はそんなことはお構いなしに、思い切り走ってぶつかってくるし、腕を振りぬいては崖の岩肌をえぐるし、砕く。
砕けた飛礫が商隊の方に飛ばないよう、レックスがその身や尾でかばう場面もあった。
それらの制約が、レックスのこの苦戦に追い打ちをかけていた。
一度、上手くタイミングが合って、その爪を肩口から腕に突き立てて切り裂くことはできたが……傷は浅く、到底致命傷にはなりえない。
それどころか、どうやら明確にレックスの爪と牙を脅威だと認識したらしく、それ以降、余計に動きが、とりわけ回避と後退が素早くなり、攻撃が当たらなくなった。
どうしても思考に苛立ちが混じり、ぎり、とハルキはコクピット内で奥歯を鳴らす。
(場所も条件も悪い……こんな場所でこんな状況じゃなきゃ、もっと楽に……っ!?)
その時、全天モニターの端に移った表示に、三度目を見開くハルキ。一拍遅れてアキラも気付いたそこには、また別な敵がここへ向かっていることを示す表示があった。
苛立ちから前を見すぎ、一拍気付くのが遅れたことを反省しつつ、ハルキは声を張る。
「シャドー6より警戒中の各機へ! 側面からさらに新手! 反応が同じだから多分『黒炭猪』だが……速さからして走ってきてる! もうすぐそこに多分見えるぞ!」
『シャドー6! 具体的な位置や方向を教えろ! 商隊自体が縦長だから、それだけの情報じゃこっちも守りづらい!』
『視界悪いから横からだとけっこう近くに来るまで肉眼じゃ見えないよ! いやでも、片面は崖なんだし、こっちは違……』
「っ……悪い! えっと、位置は商隊中央部に向かってて、方向は正面向かって右……」
『あ? 向かって右ってお前そっち崖……上か!? おいまずいぞ、『黒炭猪』なら、駆け下りてくるか飛び込んで……どっちにしても勢いが洒落にならねえ!』
通信の向こうでクリスが叫ぶのと同じくして、ガガガガガ……と、崖の向こう側……上側から、蹄の音が聞こえてくる。
クリスの悪い予想の通り、崖の上から駆け寄ってきた『黒炭猪』が、今まさにそこから飛び出して姿を見せるところだった。
そのままダイブして商隊の車列に飛び込んでくる、ということこそなかったが、続けて派手に蹄の音を鳴らしながら、崖を駆け下りて商隊の横っ腹に突っ込んでくる。
よく見ると手傷を追っているその個体は、恐らく先程『グリズリー』から逃げていたうちの一匹だろう。自分達にとっても捕食者であるグリズリーが、レックスとの戦闘で手がふさがっているのを見て、出し抜いて餌にありつくチャンスと見たのだろうか。
あるいは、単に空腹が限界に達しているのかもしれないが、いずれにせよ鬼気迫る勢いで駆け下りてくる。止まる気配は全くなく、そのまま突っ込んで積み荷を破壊するつもりのようだ。
クリスとメリルが素早くその進行方向に立ち、銃を乱射してそれを守ろうとするが、勢いづいたまま止まる気配がない。顔面に弾丸を浴びている以上、何発かは毛皮や骨に阻まれただろうが、全く痛打になっていないというわけではないはず。
現に、多少動きは遅く、鈍くなっているようにも見えるが……そのまま突っ込んでくる。
銃撃で止めるのは諦め、しかし商隊が近くにいるここでは、『レックス』と同様の理由で、グレネードランチャーなどの高威力の火器を使うわけにはいかない。
『ち……修理費用がかさむが仕方ねえ。接近戦で止めるしかねえか』
『ちょ、近接って……無茶だよ、『ドルデオン』はあくまで中距離から遠距離が主体で……重量級の『クリーチャー』と接近戦やれるほど強度は……』
『なくてもやるしかねえだろうが。『レックス』は熊の相手でいっぱいいっぱいでこっちには来れねえし、万が一を考えりゃ、隊長の『ブラムスター』を前に出すわけにもいかねえ』
『……それなら私がやるよ。クリスは接近戦あんまり得意じゃないし、武装も遠距離向けの奴ばっかでしょ?』
言いながら、メリルは腰のところにさしていた、手斧のような形のAW用武装を取り出し、慣れた手つきで構えて『黒炭猪』に向ける。
『ったく、接近戦はどうのこうの言っといて、ちゃっかり用意してるじゃねーか』
『銃よりこっちの方が得意だからね、私。けど、流石にやっぱアレを止めるのは無理だから……』
口調は軽いままながらも、頭の中でどう戦うかを組み立てていくメリル。
AW用の手斧は、肉厚で一撃の威力は出るし取り回しも軽いが、長剣の半分ほどの長さしかないため射程は短い。また、『ドルデオン』自体の非力さを考えれば、真正面から挑むのは愚策。
あくまで動きを止めることを優先するならば、すれ違いざまに喉元から救い上げるように斬りつけて、そのまま肩口まで切り裂いて転倒させる。その際、横に押しのけるようにすれば、機体への負担はギリギリ許容範囲で止められる。
しかし、プランを組み上げ、手斧を下段に構えるメリルと『黒炭猪』の距離が、残り20mを切ったその瞬間、その間に横から飛び込んでくる影があった。
『無茶はするな、俺がやる! シャドー2、シャドー5、お前らはバックアップに回れ!』
そんな通信と共に姿を見せた1機の『ブラムスター』……シドが乗るそれは、手に持っているAW用ブレードを下段に構え、突っ込んできた『黒炭猪』の動きに合わせ、寸分の狂いもないタイミングでそれを掬うように斬り上げる。
『ブラムスター』の馬力に加え、自身の突進の勢いや馬力も利用したその攻撃で、『黒炭猪』は逆袈裟に深く切り裂かれ、悲鳴と共に横に倒れる。しかし慣性によって、その体は勢いだけは残して商隊の方に転がってきた。
軌道はそれているため、激突することはなかったが、近くにそのまま放置しておけば危険なことに変わりはない。瀕死の『黒炭猪』に、手斧を持ったままのメリルの『ドルデオン』が背中側から近づき……刃を振り下ろす。
延髄を捕らえて断ち切った一撃により、びくっ、と大きく振るえた後、動かなくなった。
『ふぅ……あ、もう1匹来てるよ』
『知ってる。そして、問題ない』
短く言い切ったシドが、コクピットの中から向けた視線の先で……遅れて追いついてきた、というよりも、少し前には既にそこまで来ていたロイドとセリアが、2人共狙撃用の銃を構えていた。
直後、短く響く銃声。連射はされない。
セリアが撃ったそれは、崖を駆け下りてくるもう1匹の『黒炭猪』の10mほど前方に命中し……その瞬間、光と煙を放って炸裂した。
『え、閃光弾?』
『いえ、信号弾です。別に閃光弾でもいいのですが、そこまで強い光は必要ではありませんし、信号弾なら煙も一緒に出ますから。あくまで光と煙で『黒炭猪』の視界を封じることが目的なので。猪は突然視界が大幅に悪くなると、急停止する習性があります。それを狙いました』
『んで、ちょっとでも動きが遅くなってくれれば、俺も当てやすいってわけ』
一拍遅れてロイドが放った弾丸――かなりスピードが遅く、山なりに飛んでいる。普通の弾丸ではないようだ――が、『黒炭猪』……の、脚部付近に命中すると、同時にそれは炸裂いて中から網が飛び出し、絡みついた。
『あれ、ロイド、ネット弾なんて持ってたの?』
『おう、こんなこともあろうかと、って奴だな! まあ、アレ飛ぶの遅いから、今みたいに小細工しないと当てづらいんだけど……でも、あんな場所で足動かせなくなれば……』
その場にいた面々の視線が集中する先で、『黒炭猪』は、急斜面どころではない崖の半ばで、足を動かすことも踏ん張ることもできなくなり……真っ逆さまに落下してきた。
かなりの勢いで地面に激突したが、当たり所がよかったのか、命はまだあるようだ。
もっとも、それも……次の瞬間振るわれたシドのブレードにより、首を断ち切られるまでの短い間だったが。
確実に『黒炭猪』が動かなくなったことを確認してから、シドはふぅ、と息をつく。
それを見ていた他の面々……司令塔として俯瞰的な立ち位置に徹していたファウーラも含めて、緊張感は保ったままで、しかし内心いくらか安堵しつつ、直後に聞こえて来た、シドの通信に耳を傾ける。
『現時点で確認されている敵性生命体のうち、『黒炭猪』の排除完了を確認。各位散開し、警戒態勢に移行、一部の人員で、戦闘継続しているシャドー6、シャドー7の支援を行うことを提案する。シャドーリーダー、指示を』
『シャドー1の意見を採用します。シャドーリーダーより各機、散開して次が来ないかどうか警戒を。シャドー6、シャドー7、これより『オーガングリズリー』との戦闘の支援、を……?』
残る強敵……『レックス』でも苦戦するパワーとスピード、そしてタフネスを持つ『オーガングリズリー』を討伐するため、それを単騎で食い止めている2人に加勢する。
それを通知し、連携して戦えるように体制を立て直すよう、ハルキとアキラに通信で通達しようとしたファウーラだが、その視線を『レックス』と『オーガングリズリー』との取っ組み合いの場に向けた瞬間……そこで起こり始めた、不可思議というか衝撃的な現象を目にし、言葉が止まる。
一拍遅れてそちらに目をやった他の面々も……大よそ、同じようなことになった。
『え、何アレ? 『レックス』って……っていうか、『レックス』も……
……変形、出来たっけ?』
メリルの言葉は、そこにいた面々全員の心の声の代弁だった。




