第19話 急変する戦場
「総員、速やかにAW搭乗の後、戦闘配置! シャドー3、シャドー5は周辺を警戒しつつ援護を! シャドー7は周辺警戒しつつ、敵増援等不測の事態に備えて待機! 並びにここに合流してくる調査班及びシャドー2以下隊員を援護願います! シャドー1は私と共に迎撃に出ます」
「シャドー1了解。これより戦闘モードに変形する」
ファウーラはてきぱきと隊員達に指示を出し、追いついてきたシャドー1……シドの乗っている機体と共に、防衛ラインと定めた位置に並び立つ。
望遠装備を使わずとも見える位置に、既にその脅威は迫っていた。
土煙を上げながらこちらに転がってくる、巨大な球体。
先にここで遭遇したものと同種……しかし、見た目はかなり大きく違っている、アルマジロ型クリーチャー『ナイトローラー』。
以前に見た雄よりも大型で、甲殻が分厚く隙間も少ない形状になっている『雌』の個体。しかも繁殖期で、狂暴性が格段に増しているという悪条件だ。
もっとも、それを嘆いたところで状況が改善するわけでもないとわかっているファウーラとシドは、嘆くのもそこそこに、操縦席から捜査して、自らの乗る機体を『戦闘モード』に変形させる。
多用途ロボットアームと戦車のような砲身のついた、戦車と重機が合わさったような見た目になっている機体が……駆動部が足に変わり、折りたたまれていた腕部分が展開されて出現。
重機としての機能を持つ部分が、回転して背部に引っ込み、まごうことなき『人型』になる。
それ自体は、第4世代AW『ドルデオン』の変形過程と、何ら大きくは変わらない。
この第5世代AW『ブラムスター』が違うのは、脚部と腕部を始め、機体が全体的に重装甲になっており、シルエット的にもよりマッシブなそれになっている点だ。手甲具足で武装しているように、いかにも頑丈そうな補強がなされており、細身の『ドルデオン』とは明らかに違う。
それに加えて、せり上がるように出現したパーツが、仮名枠と強化ガラスだけで保護されていたコクピット部分を多い、見た目からしても、まるで人間の顔の部分のようになった。それでいて、視界は最大限保持するような設計になっている点に、設計者の苦心を感じ取れるだろう。
「新しく配置された『ブラムスター』……戦闘デビューには少々重い相手ですが、やれますか?」
「問題ない。シャドー1、目標を迎撃する」
言うと同時に、シドは『ブラムスター』を動かす。
背中に装備していた、武骨な大型の銃器……AW用のグレネードランチャーを取り出すと、それを素早く構えて狙いをつけ、撃つ。
そこから発射された弾丸は、狙い通り、転がってくる『ナイトローラー』……ではなく、底から見てその十数m前方の地面に着弾した。
そのままシドは、2発目、3発目を、微妙に位置をずらして、今の爆発で大地に空いた大穴が広がるように撃った。
横一線に地面が抉れ、溝のようになったそこに、一瞬後に『ナイトローラー』が突っ込み……その溝にガタンッ、と躓いて足を取られるような形で、大きく減速した。
「目標、急減速。『ブラムスター』、操作性良好」
「結構。敵の防御形態が解除されたと同時に斉射します……今!」
強固な甲殻による防御力に加え、回転の勢いが加わっている突進中の『ナイトローラー』には、ただ闇雲に銃撃を浴びせるだけでは、それが強力なグレネード弾であっても効果は薄い。
まず、今のように『転がりにくい』地形を作るなどして勢いを弱めるなり、突進を止めるなりして、隙間を作ることが必要となるのだ。
シドの作った即席のトラップ地形に足を取られたナイトローラーは、突如として加わった衝撃に何事かと驚き、球体になっていた体をほどき、元の形に戻してしまう。
その瞬間、よく狙いをつけていたファウーラに加え、素早く銃をアサルトライフルに持ち替えたシドも、装甲を解いた結果露出した、柔らかい横腹の部分目掛けて、鉛玉を叩き込んだ。
急所と呼べる部分に雨あられと痛打を食らい、ナイトローラーは悲鳴とも雄叫びとも見分けのつかない咆哮を上げた。
クリーチャーと言えど生物だ。柔らかい部分を打てば攻撃は通るし、痛みも覚える。
そして、腹という柔らかい部分に鉛玉を何十発と打ち込まれ、激痛と共に異物感が体の中をかき回している状態のナイトローラーは……これから先の攻撃は著しく弱体化するだろう。
何せ、突進などというダイナミックな攻撃手段を用いるのだ。
その巨体と装甲の頑丈さあればこそ、恐ろしい威力をたたき出すわけだが……一方で、そういう体全体を使う攻撃手段においては、撃たれた横腹の痛みは無視できないレベルの阻害剤となる。転がるたび、ぶつかるたびに激痛が走り、パフォーマンスを著しく下げることになる。
それでも、傷つけられた怒り、さらに縄張りを侵された怒りからだろうか。ナイトローラーは紛れもない怒号としての咆哮を上げて、転がらずに4本の足で走って突進してくる。
体の大きさは、機敏さはともかく、歩幅などが大きくなることから、そのまま単純な速さにおいてプラスの要因になる。回転程のスピードはなくとも、巨体が地響きと共に突進してくる光景は、視覚的な圧力も相まって、気の弱い者なら委縮して動けなくなってもおかしくないそれだ。
だが、待ち構えているのは訓練された兵士2人。その程度で怯むことはなく、左右に分かれる形で冷静に攻撃を回避する。
『ナイトローラー』はそのうちの一方、シドの方を追って方向転換して突っ込んでくるが、
「鈍い!」
生身でやるように、素早く身をひるがえして、その噛みつきを回避したシドは、回し蹴りの要領で鼻先を捕らえた蹴りを放ち、力ずくで黙らせつつ、狙いを外させた。
さらに、上から頭を踏みつけるように蹴りつけ、上あごを下あごにガチンッ!と音を立てて強引に叩きつける。そして自分はその反動で後ろに下がり、距離を取った。
その光景を見ていたファウーラは、大したものだと率直に思った。
まるで人間のように素早く、滑らかに反応して動いてみせた、シドの操縦技術もそうだが……それ以上に彼女が感心したのは、その機体強度だ。
AWと言えど、人型ロボットと言えど、その内実は精密機械だ。
第3世代以降のそれは、多少乱雑に扱ってもびくともしない程度の強度があるとはいえ、指先にまで機械による操作機構が通っている。そして精密機械とは本来、丁寧に扱うべきものだ。
多少ぶつけた程度では問題ないだろうが、そうするつもりで、格闘戦の意図で使えば、とてもその使用に耐えられない。巨大で強固な肉体を持つ『クリーチャー』などに叩きつけた日には、確実に動作不良を起こす。最悪はそのまま動かなくなるだろう。
ゆえに、『ドルデオン』は人の形をしていつつも、その主な戦闘手段は、銃器による射撃戦だ。
人と同じように動くことができる汎用性の高い機体……ではある。
しかし、人のように格闘戦ができたり、飛んだり跳ねたりするようなダイナミックな動きができるわけではない。反作用で、あるいは自重で内部の機械が壊れてしまう。
その点を、装甲と馬力を強化し、改良された衝撃吸収機構を搭載することにより克服、殴る蹴る投げるという人間さながらの格闘戦能力を獲得するに至り、その馬力で接近戦用の武器を振り回すことも可能。近接戦闘能力が大幅に上昇した。
また、単純に機体強度自体も上がっているため、被弾時の生存率の向上にも一役買っている。
それが、第5世代AW『ブラムスター』だ。
そしてシドは、そのまま地面を蹴って側面に回り、追撃とばかりに、先程鉛玉を浴びせたのと同じ場所へ銃弾を放つ。
痛打に次ぐ痛打に『ナイトローラー』が悶える暇もなく、その直後、今度は逆側から脇腹目掛けて銃弾が降り注いだ。
それが飛んできた先をシドが目で確認すると、『戦闘モード』に変形し、アサルトライフルを構えている2機の『ドルデオン』がいた。遅れて合流した、シャドー3とシャドー5こと、ロイドとメリルである。
「遅れてごめん! シャドー5、これより掩護します!」
「シャドー3同じく! 並びに報告。先程調査班の保護・収容を完了。護衛についていたシャドー2とシャドー4はそのまま待機中! シャドー6は機体である『レックス』に搭乗後に合流予定。待機中の2名についても、必要であれば合流できるが」
「シャドー1より返答。必要ない、既に勝負ありだ……じきにこいつは死ぬ。油断するつもりはないが、現状以上に加勢は不要と判断する」
シドの言う通り、眼前にいるナイトローラーは、すぐに死に至るような場所ではないとはいえ、急所を徹底的に撃ち抜かれ、息も絶え絶えといった状態である。
ここから反撃する力は……ない、とは言わないが、仮に無理を押して攻撃してきても、傷の程度相応にパフォーマンスが落ちているであろうその攻撃を避ける程度、彼らにとっては特に難しくもないことだった。
「シャドーリーダーより各機へ。シャドー1の意見を採用します。各位、不意の逆撃を受けないようにだけ十分に注意しつつ、併せて周囲への警戒を続行してください」
「「「了解」」」
ファウーラの指令に対して返答を返す3人。
ほとんど動けなくなったナイトローラーを包囲し、油断なく銃を構える3機のAW……シド、ロイド、メリルの乗る機体。
そして、残るファウーラの機体は、銃を持ち換えて大型ライフルを手にしていた。
連射能力はないが、口径が大きく1発1発の威力はアサルトを大きく上回るそれの照準を、内臓があるであろう腹の位置に合わせる。
心臓などの重要な臓器……即死確定級の急所があるであろう場所は、甲殻によって守られているし、その防御を抜けるほどの威力は流石にこのライフルにもない。
今見えているわずかな肉の部分を狙い撃ったところで効果は薄いし、頭……は効果的に見えて、きちんと甲殻に覆われている上、頭蓋骨は骨の中でも特に硬い。狙いを外せば痛打にはなりえない……となれば、ここで狙うべきではない。
だが、甲殻さえ外して撃てば、『ナイトローラー』の体を貫通する威力は出せるし、少しでも隙間ができたり、角度ができて甲殻内部を狙い撃てるような状況になれば、ファウーラは即座にライフルに火を噴かせてそこを撃ち抜くだろう。
待っていれば、失血で衰弱して死ぬ。
動きがあれば殺す。銃撃で動きを止めて、急所を撃ち抜く。
いずれにせよ、最早大勢が決した以上、無駄弾は使わない。そのスタンスを、無言のままにその場にいる全員が理解していた。
……通信から、新たな情報が入るまでは。
「こちらハルキ! ……じゃなかった、えーと……いいや、各位応答せよ!」
「おい新入り! 貴様コールサインを何だと思ってる!」
「うっさいな! あんたも『新入り』とか言ってんじゃねーかよ!」
シドからの指摘に、悪びれもせず怒鳴り返したハルキは、しかしその後すぐに思いなおし……シドから次の文句が飛んでくるよりも前に、通信をつないだそもそもの理由を口に出す。
「今こっちのレーダーで確認したんだが、新手がこっちに向かって来てる! 数は一匹だが、どうやらそこそこでかそうで……方角は北西、そろそろ目視で確認できる距離に……」
指摘に対して逆切れで返した上、敬語というものを放り捨てて怒鳴ったハルキへの指摘を一瞬にしてひっこめる程度には、シドや、その他の面々にとっても、ハルキがもたらした報告は無視できないものだった。
くだらない……とは言わないが、軍規や素行に関する口論のことは即座に飲み込んで、通信の向こうからもたらされる情報に傾注する。
同時に、位置的にそれに適した位置にいるロイドは、瀕死の『ナイトローラー』への警戒は他の者達に任せて、ハルキから報告があった『北西』の方角に視線を向けた。
その一方で、今の通信で気になることがあったらしいメリルは、警戒を絶やさないようにしつつも、通信で問いかける。
「……今の言い方だと、ハルキ達のその機体……『レックス』だっけ? 望遠装備で目視できる範囲より広い範囲を感知できるセンサーがついてるの?」
「うん? ああ……そうっぽいな」
「マジかよ、ますます得体が知れないっつーか……まさしくオーパーツって奴だな」
「……メリル、お前もコールサインを……」
「こちらロ……あっやべ釣られた、シャドー3より各機へ! 情報通りこちらへ向かってくる敵影を確認! 土煙でまだよく……っ!? おい嘘だろ! 『ナイトローラー』だ! 多分雄!」
「「「!?」」」
シドの叱責(状況を考慮してかやや控えめ)を遮ってロイドからもたらされた報告に、またしてもそこに居る一同が度肝を抜かれる。
今まさに仕留めようとしている『ナイトローラー』がもう1体……しかも最悪なことに、目視確認したロイドの口から告げられた性別は『雄』。
通信の向こうで、ロイドの声が焦った様子になっていたのも当然だ。というよりも、今、それを聞いていた全員の脳内には、共通の思いが浮かんでいることだろう。
そもそも、この辺りは『ナイトローラー』の縄張りではなかったはずだ。巣穴が見られない以上、それは間違いない。
それなのに襲撃を受ける状況として、先にハルキは、調査班の女性から2つの可能性を聞いている……そのうち1つが、この状況に合致する。
そうでなくとも、雌のナイトローラーを相手にしている時に雄が来る、という状況からして、頭に浮かぶ可能性など限られているだろう。だからこそ、ここにいる全員が緊張感に包まれているのだ。
今自分達が仕留めようとしている『ナイトローラー』は雌。
ハルキ達は最初、この雌は、数日前に『レックス』で仕留めた雄の個体のつがいで、それゆえにこの周辺を通るAWを警戒して襲って来たのではないかと思われていた。
だが、もし……
もし、今こちらに向かってきている『雄』こそが、この『雌』のつがいであったら?
もしそうだとしたら、つがいが今にも死にそうになっているのを見て、どう思うのだろう?
答えなど分かり切っている。
愛情……というものをクリーチャーが持っているかどうかはわからないが、野生の獣にとって、子孫を残すことは至上命題の1つに等しい。そのために、異性のつがいは必要不可欠な存在だ。
それを害されそうになったとなれば……怒り狂うに決まっているのだ。
「シャドーリーダーより各機へ! シャドー1、今すぐその『ナイトローラー』にとどめを! シャドー3、シャドー5はその援護を。新たに現れた雄の方は……シャドー6、シャドー7、対応を」
「シャドー1了解。しかし……いいのか?」
「何がです?」
了承を伝えつつも、疑問を含んだ形で応答するシドに、ファウーラは聞き返す。
「機体そのものが強力であり、討伐実績もあるとはいえ、ついこの間まで一般人だった者に戦闘を任せるのか、って話だ」
「うぉいシド!? お前こんな時に何言ってんの!?」
「コールサ……もういい。機体性能が全体的に不確定な戦力を過信するよりも、ここで『雌』を迅速に仕留めてから総力で迎撃した方が効率的だと思うが」
ロイドへの叱責をこれまた取りやめ、シドは指揮権を持っているファウーラにそう申し出るが、ファウーラが首を縦に振ることはなかった。
「その間『雄』を放置して接近を許すのはリスクでもあります。運の悪いことにあちらは風下……『ナイトローラー』は嗅覚が発達したクリーチャーです。今のこの状況はすでに知られていると思っていいでしょう、となれば……」
「報告! 奴さん、丸まって転がり始めたぞ! 段違いのスピードでこっちに向かってくる!」
と、ロイドが報告。ファウーラが危惧していた通りの状況となった。
恐らくは、雌の血の匂いと……その周辺にいるAWの匂いをかぎ取ったのだろう。
はた目にも興奮しているとわかるすさまじい勢いで転がり始めた雄の『ナイトローラー』は、もうその土煙共々、目視で確認できるところまで近づいてきていた。
それを聞いて、ファウーラが再度指示を出そうとするが……そこにさらに追い打ちとなる凶報が舞い込むこととなった。
「すんませんもう1コ報告っス! 同じ反応が北東方向からも接近中! 感知できたバイタルパターンが同じっすから……ええと、多分『ナイトローラー』の雄! この速さはもう既に転がってるっすよ!」
「「「!?」」」
通信の向こうから聞こえて来た、アキラの声。
余りにも頻繁に急変する戦場に、他の面々はもちろん、シドやファウーラも驚いて絶句せざるをえなかった。




