第10話 リドリーの判断
新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
「あー……悪ィ、ムーアの親方。俺の目が何つーか、朝早起きしすぎてまだ寝ぼけてんのかもしれねえが……なんか、バカでけえトカゲみたいなAWが見えるんだけど、気のせいかね?」
「奇遇だな隊長殿。俺の目も、まあこの歳だからついにおかしくなっちまったのかも知れねえが、そのトカゲがアリ共を食い殺してる光景が映ってるよ」
『炭鉱アリ』出現の報告がフォートにもたらされた、その翌日。
その場の目撃者であり、当時の現場責任者であるムーアと、その護衛である私兵達を伴って……『ヴォーダトロン』軍事部門所属、戦闘部隊の隊長であるリドリーは、『炭鉱アリ』の巣とやらを偵察するため、場合によってはそのまま殲滅戦に移行するため、部下と多数のAWを動員して、現場に向かっていた。
証言通りなら、数十匹は確実にいるであろう『炭鉱アリ』の大群が待ち構えている。
昨日その光景を目撃しているムーアと私兵達はもちろん、防衛隊長として何度も『クリーチャー』との交戦経験があり、その強さ、恐ろしさを理解しているリドリーもまた、警戒を露わにしていた。
もっとも後者については、場慣れれしている人間の余裕ゆえか、それを飄々とした態度でごまかし、周囲の部下たちや護衛対象を必要以上に緊張させないよう気を配っていたのだが。
しかし、そうして覚悟を決めて『現場』に赴いた、あるいは戻ってきた彼らが見たのは……ある意味『恐ろしい』と言えるかもしれないが、それ以上にわけのわからない光景だった。
「ありゃ何だ、新種のクリーチャーか? 大昔に地球にいたっていう『恐竜』とやらに似てる気がするが……」
「いや、ありゃどう見ても機械だろう……まあ、AWなのかは疑問だが、少なくとも生物には見えねえが……まあ、結局のところ、何だかわかんねえってことになるんだが……」
「あそこに積み上がって見えるのは、ありゃ全部『炭鉱アリ』の死骸か? だとしたらアイツ、出て来たアリを全部食い殺しちまったのか……。生き物じゃないなら、餌にするってわけでもねえだろうに……何のために?」
AWに乗って鉱道前にやってきた彼らが目にしたのは、数匹のアリをまたたく間にバラバラにして殺してしまう、巨大な鋼の龍の姿だった。
昨日見たような大量のアリの姿も気配も、そこにはない。今あの龍が戦っていたのは、ほんの数匹、まるで群れからはぐれたかのようにそこにいたアリたちだ。
恐らく、昨日ムーア達を追撃していったアリのうちのいくらかだろうと、ムーアとリドリーはあたりをつけていた。
そして、その何十倍もの数のアリが、既に息絶えた姿を山にしてさらしていた。
雑に適当に、ひとまず死骸を邪魔にならないように、道の端の方に押し付けてどけただけ、という印象を抱く。餌を保管している、というわけではないのだろう。
昨日、自分達が相手取ったよりも明らかに多い数のアリの死骸や、鉱道前の戦闘の痕跡を見るに、ここであの巨大な何かが、アリたちと戦った……いや、アリたちを蹂躙してあのような姿に変えてしまったのであろうことは、少し考えれば簡単に想像できた。
「何にせよ、ゆっくり隠れて見てる、ってわけにもいかなそうだぜ、親方。奴さん、どうやら俺たちにとっくに気づいてやがる」
「何?」
リドリーの言葉通り……小高い丘の上から、角度を利用して見えづらいように様子をうかがっていた彼らだが……鋼の恐竜は、最後のアリを踏み潰した後、その凶悪な頭部を真っ直ぐ、彼らが隠れている方向へ向けた。
その迷いない挙動は、単なる偶然ではないことを如実に表していた。
傍目から見ても、『炭鉱アリ』を大きくしのぐ戦闘力を持つとわかるそれが、自分達を視界にとらえた。それだけで、事態を正確に把握した者全ての背中に、どっと嫌な汗がにじみ出る。
はたしてアレは、中に人が乗っている『機体』なのか。
それとも、先程の『食いちぎる』という、あまりに野蛮で原始的な攻撃行動から察するに、見た目が機械のようであるだけの『クリーチャー』なのか。
前者ならばまだいい。中に人間がいるならば、交渉の余地がある。
だがもし後者であるならば、この後自分達は、あれと戦わなければならないのか。
果たして、勝ち目はあるのか。
そんな疑問、不安を理性でバッサリと一度切り捨て、ふぅ、と息をついて、リドリーは指示を出す。
「親方、部下を2名護衛につけますんで、今すぐ後方に下がって……いや、逃げてください。んで、どうにかこの場を生き残れたら、無線連絡でもっかい呼び戻しますんで、その後現場検証に協力をお願いします」
「……勝てるのか?」
「兵隊にそういう質問はせんでください。勝てるか勝てないかじゃなくて、敵がいるなら兎にも角にもやらなきゃならんのが、俺達なんすから」
言いながら、リドリーは部下に指示を出す。
2人の部下が、ムーアのAWの両脇を固める形で後方に下がらせ、リドリーは残りの部下たちをそれぞれ戦闘配置に回していく。
正確には、いつでも戦闘配置に移れる配置、なのだが、こういう時に最悪を想定して動くのは、最早反射レベルで彼の脳にしみついた考え方である。軍人として彼が今日まで、自分と部下が生き残るために常に順守してきた、基本にして鉄則と呼べるものだ。
対AWを想定した戦術と、大型から超大型のクリーチャーを相手にする時の戦術を組み合わせ、あらゆる状況に最大限対応できるようにいくつものパターンを練り上げていく。
それでも、彼の優秀かつ膨大な経験を積んだ頭脳と、軍人としての場数によって鍛えられた直感は、この闘いが限りなく絶望的なものであると既に結論を出していた。
(さて、見掛け倒しであってくれれば一番ありがたいんだが……あの戦いっぷりを見る限りそんなことはないだろうな。念のためにって持ってきた『第5世代』……こいつでもどこまでやれるか)
最悪の場合、かく乱からの撤退線に移行し、情報を少しでも持ち帰ることを考えなければならないだろうと、リドリーは覚悟を決め、鋼の龍に向き直る。
……しかし、
『あー……えっと、すんません。そこの方々、聞こえますか?』
「「「……は?」」」
今回は、幸運なことに……その勘は、どうやら外れだったらしい。
『えーっと、その塗装……『ヴォーダトロン』の軍のAWですよね? なんか囲まれそうになってるっぽいんで正直怖いんですけど……ええと、こちらに戦闘の意思はありませんので、ひとまず話を聞いてもらっていいですか? むしろ、皆さんのことを待っていましたので』
突然、オープンチャンネルの通信……ですらなく、ただ単にスピーカーを通して大音量で周囲に呼びかける形で、そんな声が全員の耳に届いた。
発信源は言わずもがな……今、目の前にいる、あの鋼の竜だろう。
あまりに予想外の出来事に、一瞬虚を突かれたように唖然とする一同。
しかし、中に人が乗っている可能性にかけて、もともとためしに一度呼び掛けてみるつもりだったリドリーは、戸惑いつつもすぐに切り替える。
「こちらはヴォーダトロン所属・戦闘部隊隊長のリドリー・レイキャスだ。そこの所属不明機、あー……中に人が乗ってるってことでいいんだよな?」
『あ、はい。クリーチャーじゃないんで、ちゃんとした機体ですんで。いや、ちゃんとしたっていうかだいぶぶっ飛んだ見た目なのは自覚あるんですけど』
「おーそうか。誰だか知らんが、まあとりあえず言葉が通じる人間だったってのはこっちにとっても幸いだ。けどまあ、こっちも警戒はしなきゃいけねえんで……機体を降りてもらっていいか?」
『それは構いませんが……ええと、失礼なことを言うかもしれないですけど、降りた途端に狙撃とかはできればなしにしてもらえると……拘束くらいなら大人しく受けますんで』
「そりゃこちらとしてもありがたいが……何だ、何かやましいことでもあるのか?」
『いや、別にそういうわけじゃないですけど……繰り返しになるんですけど、この機体ほら、見た目的にアレじゃないですか。印象的にそのくらいまでは仕方ないかなー、と』
「……客観的に状況が見えてるみたいで何よりだ。ああすまん、皮肉っぽくなっちまったが、実際俺らとしてはありがたいと思ってるから、その、なんだ……すまんがお言葉に甘える。というわけで、降りてきてくれ、詳しく話を聞きたい」
『了解しました。あ、2人いますんで』
その応答の直後、胸の部分が開いて階段のように地面につき、そこから……言っていた通りに、2人の人間が降りて来た。
見た目は、ごく普通の人間そのものである……ハルキとアキラの2人が。
緊張しているのか、その動きはややぎこちなく……特に後ろにいるアキラは、周囲を囲むAWの大部隊を目にして、きょろきょろと落ち着かなそうにしている。
警戒から、そのほぼ全ての砲門がこちらを向いているという状況であれば、それもやむを得ない反応なのだろうが。
そのせいもあるのだろう。無意識のことであったが、アキラは前を歩いて降りているハルキにほとんどぴったりとくっつくような距離でいて……左右の足の動きまで全く同じにしていた。ハルキが右足を出せばアキラも右足を出して降り、左足を出せばまた同じように。
そして、後ろを見なくとも、その妹の様子がわかっているのだろう。
ハルキはアキラが不安にならないよう、あえて堂々と、胸を張って歩く。
アキラを無言で励ますのと同時に、警戒から来る無数の視線から彼女を守るために
その様子を見ていたリドリーは……これも勘ではあるのだが、恐らくこの2人がこちらに敵対的な行動を取ったり、悪意を持って接してくるようなことはないだろう、と察した。
震える少女……妹か恋人かはわからないが、それを守るように前に立ち、自身も不安だろうに、弱みを見せまいとしている少年の真っ直ぐな目から、それを感じ取った。
同時に、後ろの少女も含めて、2人はまずこちらへ誠意と信頼を示すために、危険と知りつつこのような場に身を晒した。下手をすれば、危険と断ぜられてその場で殺される可能性もあったにも関わらず。
それを理解し、それでもなお行動してみせた2人に対し……リドリーは、完全にではないにせよ、彼らに対する警戒を少し緩めた。
軍人として、部下の命や町の安全を守る立場から、彼らをすぐに完全に信頼することは許されないが……少なくとも、彼らはこちらに対して、害意を持っている存在ではないだろう、と。
「その2人をこちらへ。ただし、手荒な真似は絶対に禁ずる。総員遵守せよ」
『『『了解』』』
部下からの応答を受け取った後、リドリーは自分もAWのエンジンを切り、外に出る準備を始める。
あの手の連中に対して、手っ取り早く信頼関係を築く……あるいは、腹の底を互いに見極めるのに、最も効率的なのは、自分も同等の誠意を示すこと。
すなわち、こちらも生身で、面と向かって話すこと。
これもまた、彼が長年の軍務経験で学び、知っていることだった。
☆☆☆
そのしばらく後。
リドリーが後方に退避していたムーアも呼び戻し、その際に、『恐竜』の中に乗っていた2人が彼の顔見知りだったということもあり、ひと悶着あったわけだが……ひとまず困惑するのは後にして、ハルキ達は必要な説明を終えた。
一切包み隠さず、自分達が理解しているままを全て。
ただし、それら全てを何か確かな証拠と共に証明することはできない、と付け加えて。
まず、先にムーアが既に報告していた、鉱道内部でのガス爆発事故と、それに伴う『炭鉱アリ』の出現については、大方は既にリドリー達が把握していたため、その裏付けとなる情報の証言のみにとどまった。
本題となったのは、それ以降と言える。
崩落に巻き込まれ、2人共半死半生の重傷を負ったこと。
意識はあったものの、自力での脱出および生存は絶望的と言える状態だったこと。
その時、どういうわけかわからないが、突然目の前に『鋼の卵』と言うしかない物体が出現したこと。そこに至るまでの過程が一切わからないこと(どこから来たか、どうやってきたか等)。
その卵が『生きたければ、力が欲しければ云々』といった内容の電子音声で語りかけて来たこと。
それを承諾し、『契約』する意思を持って卵に触れたところ、気が付いたらこの機体――『レックス』と名付けたそれのコクピット内に乗っていたこと。
岩肌を突き破って強引に外に出て、そうしたらそこに『炭鉱アリ』の大群がいて、襲われたので反撃、殲滅したこと。
その際に使用した武装の種類や、女王アリも討伐した(と、思われる。巣ごと焼いたので確認はできていない)ことまで、全て包み隠さず報告した。
当然ながら、その内容は荒唐無稽極まりないものだったため、信じられない、という表情になるものが大半であり――隊長であるリドリーの指示ゆえに、説明途中で文句を言ったりする者こそいなかったが――中にはあからさまに『嘘をつくな』といった目で睨んでくる者もいた。
リドリーも、簡単には信じられない、という意味では同様であったし、ムーアもまた、この2人がつまらない嘘をつくような性格ではないことは知っていたが、流石にここまでの内容になると、無条件で信じるわけにもいかなかった。
しかしそのさらに数十分後、リドリーが偵察に出した部隊からの報告で、鉱道内部が『炭鉱アリ』の巣につながっており、そしてその内部のアリが全滅していたこと、そしてその死にざまが、超高熱にさらされたことによるものと目されること、
そして、『割と見た目と威力洒落にならないんですけど大丈夫ですか?』とハルキがきちんと確認した上で、実際に戦いの中で使った兵器の一部を実演して見せたことで、彼らも頭ごなしに否定することはまずできなくなった。
少なくとも、この機体が、『炭鉱アリ』を巣ごと全滅させるほどの力を持っていることは、真実なのだと見せつけられたからだ。
なお、ハルキ達が見せたのは、一番わかりやすいであろう、背部ユニットの主砲と、最後に巣ごと焼き払った火炎放射である。
後者については、最初の使用時はフルパワーで撃ったがゆえにあのようなことになったものの、この兵装は威力や範囲の調節が容易であるため、それを最小限にして放つことでデモンストレーションとした。
それでも、的にした巨岩が赤熱して溶解寸前にまでなったため、見ていた全員、その威力のほどは十分に理解できただろうが。
それらを目にしたことで、おおまかに今の状況を理解したリドリーは……腕組みをして暫く考えた後、結論を出した。
「よし、俺じゃ手に負えんなコレ、どう考えても。そこの2人、総司令……うちの一番偉い人に会わせっからお兄さんと一緒に来なさい」
結論を先送りにした、とも言う。




