第1話 『ハル』と『アキ』
どうも初めまして。
初見でない方はお久しぶりです。和尚です。
この旅、手遊びにちょこちょこ書いていた作品を投稿することにいたしました。
今までは作者、ファンタジーや異世界転生をメインに書いていたんですが、今回SFに挑戦してみました。
お目汚しかもしれませんが、お暇な方、よろしければ見て行ってください。
感想等いただければ嬉しいです。
『第三次世界大戦が起こるかどうかは、私にはわからない。だが、もし第四次世界大戦が起こるとしたら……その時使われる武器は、木の棒と石だろう』
この言葉を残した、かの天才・アインシュタインは、正確に把握していたのだろう。その当時の地球が置かれていた、将来における深刻な『資源問題』や『エネルギー問題』というものを。
もしその時、世界が一致団結してこの問題の解決に取り組んでいたら……今みたいな時代はこなかったんだろうか。
先人たちが、目先のビジネスやら何やらに目を奪われることなく、何十年、何百年後を見据えて、緑を守り、今ある資源を節約し、再生可能なエネルギーの利用・開発を推し進めていってくれていたら……こんな世界にはならなかったんじゃないのか。
たまに、そんなことを考えることがある。
……考えるだけ無駄だとは、わかっていても。
―――地球環境学者 マスディリオ・フリンケットの手記より
☆☆☆
率直かつ客観的に言って、そこは最早、到底『町』とは呼べない場所であった。
数十年前、そこは見事な大都市だったのだろう。
立ち並ぶ高層ビルや、様々な機能を携えつつ、観光地としても親しまれたのであろう電波塔……幾百人の富裕層がくつろいだ生活を送っていたのであろう高層マンションに、彼らの生活を彩っていたであろう様々な施設……映画館、スポーツジム、カジノ、宝飾店、カーショップなど……
しかしそれらは今、住む者もいなければ手入れする者もおらず、ただただ放置され続けた結果……無残な姿になり果てていた。
窓ガラスは割れ、道路のアスファルトはひび割れ、劣化により建物の壁などの塗装は色あせ、錆が浮いて見えている。雨風にさらされた室内は、埃やすすにまみれて見るも無残な有様だ。かつての姿を最早想像することもできないだろう。
街灯もネオンもとうの昔に切れ……それどころか電力も通っていない今、夜になればこの町は、極めて自然な『闇』に包まれる。
経年劣化に加えて、何かしらの自然災害によるものだろうか。倒壊している家屋などもそこかしこに見られ……この町は、最早人が住めるような場所ではないとすら言えた。
住めない町など、町ではない。単なる廃墟でしかないだろう。
……そんな、誰もいないはずの廃墟に、
――ボゴォォオオン……!
くぐもった轟音が鳴り響く。
まるで、何かが壊れたような、崩れたような、重量感のある音だ。
これだけボロボロの街並みなのだから、何がきっかけで、いつどこで建造物が崩れてもおかしくない、というのは言える。であれば、別に騒ぐほどのことではないのかもしれない。
だが、起こっていたのはそういった事態ではないと、次の瞬間の光景が証明していた。
――ド、ゴォォオオン!
廃墟の1つの壁が、突如、何の前触れもなく……内側からはじけ飛んだ。
劣化による崩落などでは断じてない。ボロボロではあれど、そこにしっかりと建っていた建物の壁が、いきなり吹き飛んだのである。轟音と共に……まるで、内部から爆破でもされたかのように。
その爆散と同時に起こった土煙の中から……人間が2人、飛び出してきた。
1人は、中肉中背といっていい体格の男だ。ざんばらの黒髪にやや浅黒い肌で、防塵用と思しきゴーグルで目を覆っている。服装は、上と下が一緒になっている作業用のツナギに加え、頑丈そうなグローブとブーツを、手足を保護するかのように身に着けていた。
もう1人は、やや小柄でやせ形に見える女。肩口くらいまである黒髪を、頭の両脇にツインテールを作ってまとめており、肌はやや浅黒い色である。薄手に見えるシャツに、オーバーオールのズボンという、ややミスマッチな服装だった。そしてこちらも、頑丈なグローブとブーツ、そして防塵ゴーグルを身に着けている。
男と女、そのどちらもが、両手が自由になるリュックサック型の鞄を背負っており……そして、どちらもが、必死な様子で走っていた。
なぜか? その答えは……彼らの背後、続いて土煙の中から飛び出してきた存在が理由である。
現れたのは、全長5mほどにもなろうかという、巨大な黒いトカゲだった。
姿かたちは、コモドオオトカゲという種の野生動物によく似ている。
形こそ『トカゲ』であるとはいえ、その巨体と凶暴そうな顔かたちは、小型の恐竜を思わせた。
鱗に覆われた体表面がてかてかと光沢を放っており、ぬめぬめとした油のようなものでおおわれているのが、遠目からでもわかる。そのせいで体表面は凹凸を感じない質感になっていて、のっぺりとした印象を受けるが、それがかえって恐ろしさ、不気味さを醸しだしている。
がっしりと太く、鋭い爪を生やした四肢で、力強く地面を蹴り、巨体に似合わないスピードで前を走る2人を追いかけるその姿は、どこからどう見ても『餌を追いかける獣』である。
餌を前にして興奮しているのか、口を大きく開け、唾液をまき散らし、長い尾を大きく振って走るその姿ゆえに、見た目から感じる以上の恐怖感をあおるものだろう。
その巨大なトカゲに追われる2人はというと、時折ちらちらと後ろを見ながら、追いつかれまいと必死で足を動かしていた。
2人とも体力はあるようで、ここまでずっと――恐らくはあの建物内にいた時からだろう――走りっぱなしであるというのに、ほとんど息切れもせず、むしろペースを保って走り続けている。
「っちィ! やっぱり諦める気配ねーな……しつこい」
「腹をすかせた『オイルトカゲ』が獲物を諦めるなんてことそもそもありえないっすよ、ハル! あの迷路みたいな地下道で、食うもんもなくて何日も絶食してたっぽいし……」
「だろーなー……まあわかっちゃいたけどよ。仕方ない、二手に分かれるぞアキ! どっちかが囮になって、その後は……わかってんな!」
「ガッテン!」
その直後に差し掛かったT字路で、男と少女は同時に全くの逆方向にそれぞれ分かれて走り出す。
獲物が半分に分かれて逃げ始めてしまったことに驚いたのか、一瞬動きを鈍らせる『オイルトカゲ』。だが次の瞬間にはそれもなくなり、曲がり角をほとんど減速せずに曲がると……一直線に、男の方を追い始めた。
「っち、俺の方に来たかよ……でかくて食いでがある方が好みだってか? 筋張ってて美味くねーぞコラァ!」
悪態をつきながら走る男は、瓦礫の散乱している道や、段差になっている道など、わざと悪路を選んで走り抜け、少しでもオイルトカゲの追跡から離れようとする。
しかし、トカゲもその程度の悪路で怯むことはなく、強靭な脚力で時に瓦礫を踏み越え、時に段差を蹴飛ばして砕いて、ものともせずに追ってくる。
やはり、人間は野生動物には体力や身体能力では大きく劣ると言えるのだろう。両者の間の距離は、創意工夫もむなしく、徐々に縮まってきていた。
ついにはその差は10mほどにまで縮まり、気のせいか、トカゲの荒い息遣いが耳に聞こえてくる気すらしている中……男は何かに気づくと、突如として走る向きを90度変え、道の端に立っている街灯(の、残骸)に飛びついた。
そして、表面のネジ穴などの凹凸に指を引っ掛け、素早くその上に登ってしまう。
トカゲはそれを見て、ふいを打たれたように動きを止めるが、すぐにゆっくりと街灯の根本ににじりよってきて、頭を上に向けて、頭上に退避した男を睨みつける。
目の前で突如、鉄でできた木に登って逃げた獲物は、ここからでは手はとどかない。
しかし、トカゲにはわかっていた。この獲物は最早、そこから動くことはできなくなった。この状況は逃げられたのではない……むしろ、こちらの勝ちであると。
自分の巨体を持ってすれば、何度か体当たりすれは、この程度の鉄の木など容易く倒してしまえる。そうすればあとは、落ちて来た獲物をこの牙で食い殺してしまうだけだ。
このトカゲにもし表情筋というものがあれば、ニヤリと得意げな笑みを浮かべていたことだろう。
実際、その考えは間違っていない。錆びて劣化し、強度が落ちた街灯など、5mの巨体を持つオイルトカゲの突進に、そう何度も耐えられるはずがない。いや、突進でなくても、組み付いて押し倒すことすら簡単にできてしまうはずだ。
この逃走中という状況下で、足場としても頼りない街灯に登ってしまったことは、どう考えても悪手だったのだ。
ただし、そこに……第三者の介入という別な条件が入ってくれば、話は違ってくる。
ひとつ向こうの通りから、ギャリギャリギャリ! と、車が砂利道を猛スピードで走るような音を立てて、突如として、1台のショベルカー……のような何か、が現れた。
キャタピラを動かして走り、特徴的な機械のアームと、その先端についたショベル。それらは紛れもなく、もっとも有名な工事用車両……ないし『はたらくじどうしゃ』の1つとして知られる、ショベルカーの特徴といえる。
パッと見ただけならば、10人が10人、それを『ショベルカー』だと答えるだろう。
ただし、前面の、その特徴的なショベルと逆側……ちょうど操縦席の前あたりの位置に、カノン砲か何かと思しき砲門が、異様な存在感を放って鎮座していなければ、だが。
2人は、T字路で二手に分かれて逃げることで、どちらか片方が犠牲になりかねない博打を打った……というわけではなかった。
最初から、片方が囮になって逃げている間に、もう片方がこれを……トカゲを仕留められるだけの武器を取りに行って、それに乗って戻ってくるという作戦だったのだ。
「ハル! 退避!」
「もうしてる!」
「ナイス! よし、じゃあ……そこ動くなよ、トカゲェ!!」
操縦席に乗っていたのは……先程、二手に分かれて逃げおおせたと思われていた、女の方。
吠えるように言うと、固定されているために動かせないカノン砲を、車体ごと動かして微調整することで照準を合わせ……運転席についている引き金をためらいなく引いた。
――ガゥン!!
強烈に響きわたる轟音。
近くにガラスがあったら、割れていたかもしれないほどの、空気の振動が当たりに飛び散った。少女が乗っている操縦席の強化ガラスの窓も、うるさいくらいに音を立てて振動した。
その向こう側で火を噴いたカノン砲。そこから飛び出た弾丸は、オイルトカゲの巨体の……右前足の付け根に命中し、大きくその肉をえぐった。
ギアアァアア!! と、思いもかけない痛恨の一撃をその身で食らったトカゲの絶叫が響き渡る。
「惜っしい! もう1発!」
少女は運転席についている投入口に、2発目の砲弾を落とすように入れると、激痛にのたうち回るトカゲに再度照準を合わせて、引き金を引く。
二度目の轟音、発射。
放たれたその一撃は……今度は首に命中し、おそらくは背骨と延髄を含めて、首の半分ほどを吹き飛ばした。今度は、悲鳴も上がらない。
しかし、相当な生命力なのだろう。トカゲはなおも、びたんびたんと尻尾を地面に叩きつけ、体を大きく痙攣させるようにのたうち回る。
「しぶとい……いい加減に死ね!」
同じようにして、3発目、4発目を放つ少女。
のたうち回るために、3発目はわずかに狙いを外し、地面に着弾。衝撃と飛礫で腹の肉を少し裂いた程度にとどまってしまったが……4発目は脳天ど真ん中に命中。トカゲの上あごから上を吹き飛ばした。
脳を丸ごと失い、これにはさすがにひとたまりもなかったのだろう。トカゲはびくびくとその場で痙攣すると……ついに動かなくなった。
手に5発目の砲弾を持ち、照準を合わせたまま、油断なく様子を見ていた少女だったか……間違いなく絶命したとわかると、ふぅ、と息をついて、操縦席のドアを開けて外に出る。
同時に、街灯に登っていた男の方も降りて来た。
足元に転がる、巨大なトカゲの死骸……そして、そこから流れ出る、オイルのような見た目の体液に触れないよう気を付けつつ……動かなくなったそれを見て、どうにか生き延びた事実をあらためて確認する。そして、ふぅ……と息を突いて……
「ハル―――!!」
「ごげふっ!?」
胸に飛び込んできた少女に突き飛ばされ……さらにその少女との間に挟まれる形で、背後にあった、今降りて来たばかりの鉄柱に激突した。
ただ単に息をつくよりもかなり多い量の空気を吐き出し、衝撃の大きさに悶絶する。
それに気づいていないのか、胸に飛び込んだ少女は、頭をぐりぐりと鳩尾に押し付けていた。
今にもえづきそうになりながらも、男は意地なのか、気付かれぬうちにそれを飲み込み、肩をつかんでその少女――よく見れば、僅かに目の端に涙が浮かんでいる――を押して離す。
「よかったっす、間に合って……ハルが無事で……」
「ああ、うん……助かったわ、ありがとよアキ……」
今お前にとどめ刺されそうになったけどな、という言葉を、男はどうにか、えづきと一緒に飲み込んだ。
そして、胸部分の痛みと息苦しさから目をそらすように、少女が乗ってきた車両を、そして転がっているトカゲの死骸を見て、
「しっかし、流石に今日はもう疲れたな……めっちゃ走ったし。これ以上働く気にならねーわ。もう帰るか……いやでも、お目当てのジャンクがまだ見つかってねえし……収入が……」
「それなら大丈夫! このオイルトカゲの死体、持って帰れば高値で売れるっすよ! こんな大型の個体中々いないし、体積に比してみれば損傷も小さいから、いい値段がつくんじゃないっすか?」
「だといいがな……しゃーない、今日はコレ持ってもう帰るか」
「それがいいっす。私も今日はもう疲れたっすから、帰ってもうゆっくり寝ましょ」
2人は少し休んでから、再度ゴーグルをつけ直してオイルトカゲの死体の所に歩いて行き……その巨体を2人がかりで、頭側と尻尾側を持って運ぶ。
体表面が……というかどこもかしこもオイルのような体液まみれで、さわると『びちゃ』という感触が手袋越しに伝わり、2人とも顔をしかめた。
それでも、滑って取り落とさないように、思い切って抱えるようにしてその死体を持ち……先程少女が乗ってきた、ショベルカーとカノン砲が合わさった謎の車両、その、機体後部に取り付けてあった大きなケースに放り込んだ。
深く頑丈に作られているケースの底に、どちゃ、と水音を立ててトカゲの巨体が落ちたのが聞こえて……男は、ケースのふたを閉じて、開かないように厳重に外鍵をかける。
少女の方は、油まみれになった自分の体や、手から糸を引くようにねっちょりとまとわりつく油を見て……心底気持ち悪そうに顔をしかめた。
「うぅ……オイルトカゲって、運ぶとねちょねちょになっちゃうから嫌っす……早く洗いたい」
「文句言うな。こんなんでもこのご時世、立派な飯のタネだ」
「せめていい値がついてほしいっすね……」
ぼろ布で簡単に体の油をぬぐい取ってから、2人はそれに乗り込む。
その運転席に、今度は男の方が座り……その後ろ、粗末に取り付けられた後部座席に少女が座ると、男はエンジンをかけて車を出した。
男と、少女……技師風の服に身を包み、奇妙な車両を乗りこなす2人。
名を、『ハル』と『アキ』。
『ハルキ・ジャウハリー』と『アキラ・ジャウハリー』。
この兄妹2人がこの先、どのような波乱の運命に巻き込まれていくことになるのか……この時はまだ、誰も知る由のないことであった。