第五話「千景さんのお願いごと」
五竜さんに会った翌日の部活の時間。
私は宣戦布告を受けたことを先輩たちにお話した。
ショッピングモールで五竜さんと偶然会ったこと。
そして弥山で撮った写真を見られてしまったこと。
ただし、百合イラストに関わる部分は秘密にしたままだ。
あまり説明したくなかったし、説明してしまうと余計な心配をかけてしまうと思ったからだ。
「五竜天音さんかぁ……。お姉さんたちはもちろん知ってるよ~。去年の大会にも出場してたからねっ」
「その……松江なんとかって高校って強かったんすか?」
「松江国引高校の山岳部だね。うん、強かったよ……。手も足も出なかったの」
ほたか先輩が手も足も出なかったと言うのだから、相当強いに違いない。
私は頭を抱えてしまった。
「あぅぅ……。そんなチームと戦うなんて、勝ち目がないじゃないですか……」
「去年の国引高校は三年生が三人だったから、今年は世代交代してまったく違うチームになってると思うよ。特に国引高校って選手層が厚いから、今年のチームがどうなっているのかは分からないかな……」
「少なくとも、一年生の時点でレギュラーだから、五竜さんは強い。……それに、うちの校長の孫だから」
千景さんも強くうなづいた。
そして、何か意味深な情報を口にしている。
「孫……って、どういうことっすか?」
「うちの校長先生のお名前も五竜だよ。天音さんは五竜校長のお孫さんなの。五竜一族は優れたアスリートを輩出している名門でね、校長も素晴らしい筋肉をお持ちの女性なのっ!」
なんか、いきなり情報量が多い!
アスリートの名門『五竜一族』?
校長の孫だけど、別の高校の山岳部?
そしてうちの校長先生が素晴らしい筋肉?
濃いめのキャラ設定に私は頭がクラクラしてきた。
「ええっと……。うちの校長って、あの体の大きい人ですよね? おじさんだとばかり思ってたんですけど、女の人でしたっけ?」
校長先生は全校集会の時に挨拶をしているから姿ぐらいは見たことがある。
山のような巨体に、スーツを着ていても分かるほどの鋼のような筋肉をまとっている人だったので、勝手に男の人だとばかり思っていた。
「女性だよぉ~。お姉さんの憧れの人のひとりなの! うちの学校の登山部の創設者で、初代部長でもあるんだよっ! ちなみに、熊殺しの自伝も書かれてるの!」
「その本、愛読書っす!」
美嶺がいきなり興奮しはじめた。
「なんてこった……。うちの校長があの伝説の山の格闘家『熊殺しの鉄拳』だったなんて……」
「え……。なにそれ……。うちの校長、キャラが濃すぎません?」
うちの高校が部活に異常に力を入れていたり、部活で全国制覇を狙っていることからして、特殊だなと思っていた。
もしかすると、この『熊殺しの鉄拳』五竜校長が計画したことなのかもしれない。
美嶺はというと、なんだか腑に落ちたらしく、やけに強くうなづいている。
「そういや、昨日会った五竜も、やたらと背が高かったな。……あれが遺伝って奴か」
「五竜校長の孫だから、山の英才教育を受けてる。……去年の時点で、強かった」
「とにかく、お姉さんとしてはやる気が出てきたよ! どうせ勝たなきゃ全国に行けないもんね。その宣戦布告、お姉さんも受け止めたよ!」
「そっすね。どうせ戦う相手だ。アタシとしても伝説の熊殺しの孫で腕試しといきますか!」
なんだか、ほたか先輩と美嶺は闘志を燃やし始めた。
千景さんはその熱を受けて、困ったように眉尻を下げている。
私も少し引き気味なので、千景さんの気持ちがなんとなくわかる気がした。
「あぅぅ……。体力不足で足を引っ張りそうです……」
「ましろちゃんは心配しないでいいよっ。体力的な問題はお姉さんに任せてねっ!」
「いや……そんなわけにはいかないですし……」
「大丈夫、大丈夫! 最近は五竜校長直伝の筋トレ法で特訓してるの!」
「梓川さん。アタシも知りたいっす!」
美嶺は興味津々なようで、筋トレ法の話題で盛り上がり始めた。
二人とも、今ぐらいの筋肉の付き方がちょうどいいので、筋トレはほどほどにしてほしい。
でも、それは私のわがままかもしれないので、言葉に出せないままヤキモキしてしまった。
その時、千景さんが私の肩を叩き、一枚の紙を差し出してきた。
「ましろさん。これ、ボクの」
不思議に思いながら紙を見ると、そこには千景さんのメールアドレスが書かれていた。
そして「夜、メールしていいですか?」という短いメッセージが添えられている。
千景さんのメールアドレスの入手自体にドキドキするのに、さらにこのメッセージだ。
いったい、何の愛の告白だろう?
想像するだけで興奮してしまい、顔がニヤつきそうになってしまう。
それでも心の内がバレないように、平静を装って聞く。
「ど……どうしたんですか?」
「お願い……」
千景さんは消え入りそうな声でつぶやいた。
なんだか元気がないようで、心配になってくる。
その理由はすぐに分かることになるのだが、この時は漠然とした不安に包まれてしまった。
△ ▲ △ ▲ △
自宅に帰って急いで夕食を済ませた後、私は自分の部屋に入ってスマホを手にした。
『空木ましろです。ご都合の良いときに、いつでもメールをください』
そのように書き、千景さんにメールを送る。
千景さんのお店の閉店時間はまだ先だし、千景さんの食事の時間も考えると、メールが戻ってくるのはまだ先だと思う。
それでも気持ちがソワソワしてしまい、返信が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。
スマホの着信音が鳴ったと同時に、急いでメールをチェックする。
予想よりも返信が来る時間が早い。
閉店時間をすぎたばかりなので、千景さんはまだご飯を食べていないような気がした。
『夜分遅くに、申し訳ないのです。相談してもよいでしょうか?』
相談ということなので、愛の告白ではないようだ。
少し残念に思いつつも、少し深刻な雰囲気がある。
私はなるべく明るい調子でメールを返信した。
『もちろんです~! お電話しましょうか?』
すると、少し時間をおいて、千景さんのメッセージが届いた。
『おしゃべりは不得意なので、メールだと嬉しいのです。相談というのはトレーニングのことです。ほたかはボクと一緒だと、ボクに付き添ってるせいで、全力で走れていないのです。一緒にトレーニングするのは楽しいのですが、ほたかの足手まといになりたくないのです。……どうすればいいのでしょうか?』
千景さんのメールの文面は『のです』口調になっていて、ヒカリさんっぽい。
もしかすると、普段はうまく喋れてないだけで、元々ヒカリさんっぽい口調なのかもしれない。
それにしても千景さん……健気だ!
ほたか先輩の迷惑になりたくなくて、でも本人に直接相談するのもためらわれたので、私に相談してきたのだろう。
その健気さを思うと、抱きしめてしまいたくなった。
千景さんを想いながら枕を抱きしめ、奇声を上げながら床を転げまわる。
案の定、お母さんに「夜は静かに」って注意されたけど、めげずにメールを打った。
『こういうのはどうでしょう? 千景さんと私のペアと、ほたか先輩と美嶺のペアで別々に追加のトレーニングをするんです。体力が近い者同士なので、効率もいいかもしれません!』
すると、すぐに返信が戻ってきた。
『とてもいいアイデアなのです! ぜひ、ましろさんとご一緒させてくださいなのです』
『わかりました! 美嶺には私から話しておきますね』
『では、ボクはほたかに伝えておきますのです。……それと、せっかくですので、さっそく明日の朝にトレーニングをしてもいいでしょうか? 実は下校後はお店の仕事があるので、追加のトレーニングをするなら朝しかないのです……』
とてもスムーズに話がまとまっていく。
どうやら千景さんが体力不足に悩んでいる背景には、お仕事の忙しさが影響しているようだ。千景さんの事情はとてもよくわかるので、快く引き受けることにした。
『もちろんです! では生徒が登校する前の時間に、部室に集まりましょう!』
私はその夜、すぐに布団に入った。
いつもは夜更かししてイラストを描くのだけど、千景さんとの早朝デートに勝る楽しみはない!
ドキドキして眠りづらかったけど、頑張って目を閉じ続けるのだった。
△ ▲ △ ▲ △
「あれ? 千景さんがいない……」
翌日の早朝七時。
約束の時間に部室に入った私は、千景さんの姿を探していた。
部室の鍵は開いていたし、テーブルの上に千景さんの鞄が置いてあるから、いるはずだ。
千景さんが私を置いてトレーニングを始めてしまうとも考えづらいので、部室の中をじっくりと見渡す。
すると、窓の下に並べてあるザックの脇に違和感を覚えた。
布をかぶって隠れているけど、体操服すがたの千景さんが座っている。
私が入部した日……初めて部室に入った時のシチュエーションと同じだった。
「千景さん? そんなところに、なんで隠れてるんですか?」
声をかけると、千景さんがもぞもぞと動き、頭の上にかけていた布がはらりと落ちる。
「ま……ましろさん。ボ……ボク、緊張して……」
声をふるわせて振り向く千景さん。
その頭には、なぜかヒカリさんの『銀髪のウィッグ』がつけられていた。




