幕間「思い出の記念写真」
「は~い。もっと密着してぇ~。にっこり笑うのよぉ~」
あまちゃん先生がなにやら高そうなカメラを構えている。
八重垣高校の女子登山部としての、最初の登山の記念写真だ。
私たち四人は縁の木の脇に立つ。
この木にくくりつけてあるプレートには弥山の名前と標高も書かれているので、撮影スポットにちょうどいい。
それに何よりも、この木は私たちを見守る縁結びの木なのだ。
こんな感じかなぁ?
私は笑いながら、両手でピースサインを作る。
すると、私の左の二の腕が急にぎゅっと抱きしめられた。
驚いて横を見ると、美嶺が歯を見せながら満面の笑顔を浮かべている。
「アタシはましろの隣だからなっ!」
「あぅぅ……。美嶺、そんなにくっつくと恥ずかしいよぉ」
美嶺って、あらためて見つめるとすごくカッコいい。
風に揺れる金髪がきれいで、爽やかな笑顔はヨーロッパの王子様を思わせた。
下の名前で呼び合うことにドキドキするし、『惚れた』なんて言われると、自分でも分かるほどに頬が熱くなってしまう。
あれ? 『惚れた』って私にだっけ? 私の絵にだっけ?
まるで恋人のように腕を抱きしめられるので、私は何が何だか分からなくなってきた。
すると、今度は右の二の腕に細くてきれいな指が吸い付いてきた。
ハッとして右を振り向くと、千景さんが大きくきれいな瞳で私をじっと見つめている。
前髪で目を隠しているけど、それだけに前髪の隙間からのぞいている左目には、人を魅入らせる魔力があるようだ。
密着したせいで千景さんの大きな胸が腕を包み込み、私は至福の心地よさに包まれた。
「はぅぅ……」
「ましろさん……。顔が、赤い」
千景さんは私の顔をのぞき込んでくる。
私の顔が赤いのを心配してくれてるのだろうか。
そうだとしても、千景さんに抱きしめられると心臓の高鳴りはさらに激しくなるだけなので、顔の赤さは収まりそうにない。
美嶺と千景さん。
二人の美少女に挟まれるだけで、興奮で倒れてしまいそうだ。
私は必死に正気を保とうとしながら、先生の構えたカメラに向かって笑おうとする。
……笑おうとした瞬間、背中にふたつの柔らかな感触があたった。
大きなマシュマロのような弾力。
これは……ほたか先輩のおっぱいだ!
先輩は背後から私を抱きしめてきている。
「みんな、ましろちゃんが大好きなんだねっ。お姉さんもなの~」
肩越しに、ほたか先輩の明るい声が耳を撫でる。
耳がこそばゆくて気持ちがいい。
「ほっ、ほたか先輩っ。なんで背中から……?」
「こうすれば、み~んなを抱きしめられるからっ」
そう言って、先輩は腕を大きく広げて私たちを包み込んだ。
背中がさわさわと刺激され、私の妄想癖をくすぐり始める。
その聖母のような微笑みは見るだけで癒されるのだけれど、先輩が自分から胸を押し付けてきている気がするのは勘違いなのだろうか?
私はみんなに密着され、むせかえるような甘い香りで朦朧としてきた。
あぅぅ~……。違う違う。
ほたか先輩はみんなのお姉さんだから、私みたいな道端の草を特別に思ってくれてるわけがない!
私は冷静になろうと、必死に頭を振る。
すると、カメラを構えていたあまちゃん先生がニヤニヤしながら私を見つめてきた。
「あらあら、空木さ~ん。ここは高山病になるような高い山じゃないですよぉ~。それとも、みんなに抱きつかれて、興奮してるのかしらぁ?」
「あぅぅ~っ! そ、そんなことないですよ! 息が荒いのはただの疲れですっ!」
あまりにも図星なことを言われたけど、みんなに私の胸の高鳴りがばれると恥ずかしすぎる!
私は大げさに深呼吸をしてみせた。
すると、急に美嶺がみんなのほうを振り向いた。
「なっ……。伊吹さんも梓川さんも、ましろにくっつきすぎっすよぉ!」
美嶺は二人が私に密着していることに気がついたらしく、ヤキモチを焼くように二人をけん制し始める。
しかしほたか先輩も千景さんも全く動じる様子はなく、平然としたままだ。
「くっつきすぎかなぁ? お姉さんは普通だと思うんだけど……」
「……それより美嶺さん。ましろさんの呼び方が、変わってる」
「そういえばそうだねっ! 『空木』って呼んでたのに、いつの間にか『ましろ』に変わってるっ」
二人はついにそのことに気付いてしまった。
さっきまで美嶺と下の名前を呼びあいながらじゃれ合っていたことを思い出し、本当に恥ずかしくなってくる。
美嶺も顔を真っ赤にしはじめた。
「うぁぁ……。これは……その……。ましろと友達になった証というか……」
「あぅぅ……。私が呼び合おうって提案したんですよぉ~」
「お姉さんはすごくいいと思うよっ! みんな仲良しが一番だもんねっ」
「うん。友達って……すごくいい」
ほたか先輩と千景さんは祝福してくれるように微笑む。
私は胸がムズムズして、たまらなくなった。
あまちゃん先生はずっとニヤニヤと笑いっぱなしだ。
「あらあらっ。あらあらあらっ。青春って、いいわねぇ~」
「あ、あまちゃん! からかわないでぇ~」
「いいから撮るわよ~。みんな、もっと、もぉっとくっついて~」
からかってるのが丸わかり。
それなのに、美嶺はそんな冗談に乗じて、さらに密着してきた。
「もっとくっつくのか!」
「美嶺はくっつきすぎだよぉ~」
「先生が言うから、しかたないだろ~」
「ほらほら二人とも! こっちを見るのよぉ~」
青空の下でシャッターの音が響く。
液晶画面で撮りたての写真を見せてもらうと、私と美嶺の顔が少し赤く見えた。
あぅぅ……この写真。分かる人が見れば、恋しちゃってるように勘違いされそう……。
なんだか恥ずかしいけど、この火照りは全然収まりそうにない。
それに照れくさいとは言え、最高の一枚には違いないのだ。
今の気持ちがこんなにも素直に写し出されているなんて、奇跡の一枚に思える。
ほんの二週間前までは、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
私は百合の属性を持ってないはずなのに、時々揺らぎそうになってしまう。
その気持ちに戸惑いながら、私はどこまでも広い空を見上げる。
晴れ晴れとして気持ちがいい。
世界が私たちを祝福しているようだった――。
第四章「陽を見あげる向日葵のように」へ続く




