第十九話「月の下の告白」
剱さんに抱きかかえられて斜面を登った私は、平坦な場所に足をつけて、ようやく落ち着いた気持ちになった。
『行くな。……お前の命、オレにも背負わせろよ……』
私は剱さんの言葉を反芻する。
「さっきのセリフって、もしかして……?」
「ああ。原作の五十七話のセリフだよ」
「ああああああーーーっ! だよね、そうだと思った!」
まさに予想通りで、私はたまらず興奮してしまった。
そのセリフは、私が作品にドハマリするきっかけのセリフだったからだ。
「きゃあああぁぁあぁ! リアルで……しかも本当にピンチのシーンでそのセリフが聞けるなんて、私は幸せ者か?」
「アタシだってビックリしたよ! 自分が言うとは思わなかった!」
「ああ~~~、失敗した! 私のセリフ、『ここで死ぬのが俺の運命だ』って言うべきだった! ファン失格だぁ~~!」
「あっははははっ」
私たちはさっきまでのピンチなんて忘れて、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
ひとしきり笑ったところで、剱さんは一息つく。
「はは。もうホント、笑いすぎて腹が痛いよ。……この会話、知らない人が聞いたら何のことか分かんないだろうな。先輩たちがいなくてよかったよ……」
「だ、だよね……」
すると、剱さんは私の頭をやさしくコツンと叩いた。
「しかしな空木。……また山から落ちんな!」
「……だって、ヘビが出たんだもん」
私が頬っぺたを膨らまして抗議すると、剱さんが手に持っていた何かを私の目の前に突き出した。
「ヘビって、これか?」
「うひぃっ!」
「よく見ろって。……これは木の枝だ」
「あぅぅ……。ホントだ……」
よく見ると、折れた木の枝だった。
先端がコブになって膨らんでいるので、形だけみるとヘビに見える。
暗闇で一瞬見ただけなので、これは間違えても仕方ないと思えた。
「さすがにアタシも勝手な行動は悪いと思ったし、空木に声をかけようと近づいたらさ。……空木が自分でこれを踏んで、勝手にびびって逃げ出しちゃったんだよ……」
「あ……ぅ……。なんですと……」
なんと、一人で大騒ぎをしていただけだった。
自分の勘違いで思わぬピンチに陥ったことが、なんだか恥ずかしくなってしまう。
照れ隠しに、剱さんの服のすそをつまんでみた。
「へへ……。でも、出てきてくれてよかったよぉ。森は暗いし、実は結構怖かったんだよ」
「こ、こら。怖かったからって、Tシャツのすそを引っ張んな! お気に入りが伸びるだろっ」
「へへへ~。これって、私に敬意っていうものを見せるためのTシャツなんでしょ? よく見せてよ」
「ぐぬぬ……」
剱さんは恥ずかしそうに目をそらしながら、ユニフォームをまくり上げる。
そこには案の定、剱さんの推しキャラのイラストが描かれていた。
しかし、剱さんはさらにそのTシャツもめくりあげる。
「それ……、私の推しキャラ!」
剱さんの推しキャラのTシャツの下から現れたのは、私の推しキャラが描かれたTシャツだった。
剱さんはキャラTシャツを二枚重ねで着ていたのだ。
「え……、でも商品化なんて、されたことないはずだよ?」
そうなのだ。
主人公のライバルならまだしも、その上司なんてグッズ化の機会に恵まれるわけがない。
だからこそ、私はあふれ出るキャラ愛を満たすために自給自足の二次創作をやっているのだ。
「原作のイラストを使って自分でTシャツを作ってみた。……空木に見て欲しくてさ」
「……どういうこと?」
「空木のノート、この二人の絵でいっぱいだったろ? しかも部下のほうが攻めでさ! ……キャラの解釈がアタシと全く同じで、もう、うれしくなって。 ……学校でもうれしくて話しかけようとしたら、空木はアタシを怖がって逃げるし、どうしようものかと思ってた……」
剱さんはまくしたてるように早口でしゃべるが、後半は照れ始めたのか、モゾモゾと声が小さくなってしまった。
「う、うれしくて? でも剱さん、ものすごい剣幕で怒ってたよ?」
「お、怒ってねえよ……。……むしろうれしくて。でも自分の秘密の趣味を打ち明けるなんて初めてで。とにかく……まあ、恥ずかしかったわけだ……」
剱さんはうつむきながら、おずおずと上目遣いで私に視線を送ってきた。
「空木の絵、すごくいいよ。アタシは絵が描けないし、尊敬しかない……。あのノートを見た瞬間、『神絵師降臨!』って思ったんだよ」
「あぅ……。そんな、褒められても……困っちゃうなぁ……」
ここまでストレートに褒められると、うれしすぎてニヤニヤが収まらない。
私は「えへえへ」と気持ち悪い笑い声を漏らしてしまった。
「で、でもそんな風に思ってたら、すぐに言ってくれればよかったのに……」
「伊吹さんの店で二人きりになった時に説明しようとしただろ? そしたら空木は勝手におびえだすし、『奴隷になればいいのか』なんて言い出すし……」
「つ、剱さんの目が怖すぎるのが悪いんだよ! 顔も真っ赤にしてたし!」
「ば、ばかっ……。言わないでくれよ。赤くなりやすいの、気にしてるんだから……」
そう言って、剱さんは手で顔を覆い隠してしまった。
剱さんは、こうして話してみると、なんだかとても親しみやすい人だった。
外見とのギャップも相まって、とても可愛く思えてくる。
「あぅぅ。でも、あの時は何だったの?」
「あの時?」
「部室でキャンプの準備をしてきた時だよ。……やたらと私の邪魔をしてたし、千景さんと一緒にいようとしたり。……あれはどう考えても、千景さんのことが好きっぽかったけど?」
すると、剱さんは私から完全に目をそらしてしまった。
不思議な沈黙が続く。
「……え? もしかして、これも私の勘違い?」
しかし剱さんは何も答えない。
「勘違いだとすると……剱さんが邪魔をしようとしてたのは千景さんに対してで、一緒にいようとしたのは……私?」
そう言ったとき、剱さんは急に私のほうを振り返った。
なんだか呼吸を乱しながら迫ってくる。
「う……空木が伊吹さんとイチャイチャするから、嫌だったんだよぉっ! だから、二人の距離を離そうとしたんだ。……ごめんな!」
「え……えええ……っ?」
「空木が入ったからアタシも登山部に入ったけど、全然話せないうちに、いつの間にか空木は伊吹さんと仲良くなってるし。……手なんて、つないじゃってるし……。果てはオタクな話題で盛り上がってるし……」
つまり、あの時の変な行動は剱さんの回りくどいジェラシーだったみたいだ。
剱さんはふるふると震えながら、私を上目遣いで見て、つぶやいた。
「ア……アタシと、仲良くして……く、くれ……ますでしょうか?」
それは剱さんなりに精一杯に優しく伝えようとした言葉に思えた。
私にも剱さんの緊張がうつったようで、心臓がドキドキと高鳴ってくる。
「う……うん」
そう答えるのが精いっぱいだった。
ぱあっと明るくなる剱さんの表情。
月明かりに照らされて、艶っぽくきれいだった。




