第十五話「鬼ごっこはオシマイ」
扉を開け放たれたロッカーの外には、剱さんが息を乱しながら立っていた。
「学校中を探したって言うのに、こんなところにいたのか……」
そう言いながら、私と千景さんが逃げられないように出口をふさいでいる。
女子高生が放課後の昇降口で、しかも掃除用具のロッカーに入ってにらみ合っているのだ。
これはかなりシュールな光景なのかもしれない。
「と、と、取込み中なんだよ! エッチだなあ!」
千景さんの手を握ったままのポーズが気恥ずかしくて、思わず変なことを口走ってしまう。
慌てて千景さんの手を放し、剱さんの出方をうかがって身構えた。
「な、なんでバレたのかな?」
「あれだけしゃべってて、見つからないとでも思ったか?」
「えっと……そんなに声、大きかった?」
「熱い思いがどうとか、こうとか……聞こえてたけどな」
「あうぅぅ……。私のバカァ……」
私が失敗しただけだった。千景さんとの話に夢中で、剱さんのことを忘れてしまってた。
本当に、私の悪い癖だよ……。
ひとつのことに夢中になると、まわりが見えなくなるなんて。
うめく私に呆れたのか、剱さんは深いため息をつきながら、私の目の前に拳を突き出す。
その手には私の妄想ノートが握られていた。
「これを描いたのは……お前か?」
このやり取りは何度目だろう。
剱さんが何が知りたいのか、わからない。
「ハイ」と言えばどうなってしまうんだろう?
剱さんの目がやたらと鋭いので、にらまれるだけで私の心は小さくしぼんでしまう。
「ち、ちが……」
反射的に否定の言葉が口からこぼれそうになったけど、私はそれを飲み込んだ。
どんな趣味でも否定しないって、誓ったばかりなんだ。
それは私の趣味だって同じ。
自分の作品を無条件で守れるのは、自分しかいないんだ!
「そ、そうだよ! 私が全部描いたんだよ。わ、悪い?」
はっきりと断言した。
どんなことになっても、作品を守ろうと覚悟して。
ところが、そんな覚悟がポッキリと折れそうになるほど、剱さんは顔を真っ赤にして震えていた。
何かを言おうとしているように、口をパクパクと動かしている。
あ、あぅ、ぅ。怒ってる?
なんで?
私のイラストって、そんなに罪だったの?
妄想ノートを持つ剱さんの拳が強く握りしめられたのを見て、私は自分の死を確信した。
その時。
廊下の奥から、のんびりした声が聞こえてきた。
「千景ちゃ~ん。おまたせ~!」
妙に人懐っこい呼び声。
声の方に視線を送ると、そこには手を振るほたか先輩の姿があった。
さらには、その隣には登山部の顧問・天城 翠先生もいる。
「ほたか先輩……。なんでここがわかったんですか?」
「千景ちゃんが教えてくれたんだよ~。昇降口でましろちゃんと一緒だって!」
「千景さんが?」
密着したままの千景さんに視線を落とすと、千景さんはポケットからスマホを取り出す。
どうやらロッカーの中に隠れた後、ほたか先輩を呼んでいたらしい。
そういえば、暗闇の中で千景さんがスマホをいじっていたことを思い出した。
先輩同士の見事な連携プレーだったわけだ。
私は観念するしかなかった。