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第二十三話「暗雲の下の出発」

 午前六時。

 あたりは明るくなってきたけど、重い雲が頭上をふさぎ、まだまだ薄暗さが残っている。

 地面近くの霧は晴れたけど、単に霧が雲に合流して雲の厚さが増しただけかもしれない。

 そんな不穏な空模様の下、次々と登山チームが出発していく。

 女子隊の出発までには時間があるので、私はぼんやりと選手たちの後ろ姿を眺めていた。


「本当に夜明けから登山するんですねぇ」

「今日は八時間以上歩くから、始まるのも早いんだよ~」

「今から八時間後って言うと、まだ午後二時ですけど……。もっと遅くから始めないのはなんででしょう?」


 夕方まで行動するならスケジュールは三時間ぐらい遅くできるし、朝も普段通りの時間に起きれるので、そこはなんとなく不思議だった。

 その疑問に応えるように、千景さんとほたかさんが教えてくれる。


「山の天気は……午後、崩れる」

「えっとね。お昼に向かって気温が上がっていくと上昇気流が発生するんだけど、その気流に乗って雲が山の上に登っていっちゃうの。山の上は気温が低いから雲が発達して雨や雷が発生しやすくなるから、なるべく午前の内に行動を終わらせたほうがいいんだよっ」


 さすがはお山。

 山の天気は崩れやすいって聞いたことがあるけど、そういう意味なんだと分かった。

 確かに街が晴れのときも、山のてっぺんに雲が引っかかっている様子は見たことがある。


 美嶺(みれい)も感心してうなづきながら、それでも怪訝(けげん)な顔で頭上を見上げる。


「……でも、さすがに今日は雲が多すぎっすね~」

「うん……。これはさすがに、早いうちから雨が降っちゃうかも……だね」


 やっぱりこの雲は雨雲なのか……。

 雨カッパはちゃんと持ってるし、雨だからといって大会が中止になる気配もない。

 なんとか天気が崩れなければいいなと、祈るしかなかった。



「あ、八重垣(やえがき)高校の皆さん! おはようございます~」


 不安になりながら空を見上げていると、明るく穏やかな声が聞こえた。

 振り返ると、つくしさんを先頭に、松江国引高校のメンバーがやってくる。

 両神(りょうかみ)姉妹もきれいに声を重ねながら「おはようございま~~す」と挨拶してくれて、さすがは双子だと感じさせてくれる。

 私たちもお互いに挨拶をしあった。


「伊吹さ~ん。昨日は眠れました?」

「うん。……すごくいい夢を、見た」


 つくしさんと千景さんは嬉しそうに話している。

 背が低い同盟と(うた)う二人は、並んでいると同じぐらいの身長だ。本人には決して言えないけど、とっても可愛らしい。


 私が微笑ましく見つめていると、背後に重々しい気配を感じた。

 恐る恐る振り返ると、五竜さんが眼鏡を光らせながら立っている。


「おはようございます。……あなたを『ましろ先生』と呼べるまで、あと一日ですか。……楽しみです」

「あぅ……」


 こ……怖い。

 ちゃんと挨拶を返そうと思うのに、言葉が喉につっかえたように出てこない。

 すると、五竜さんの背後からさっそうと美嶺が現れた。彼女の顔を見るだけで救われた気持ちになる。

 美嶺は五竜さんのザックをまじまじと見ると、つぶやいた。


「五竜。そう言ってる端から、ザックのベルトが外れてるぞ」

「む……」

「始まる前から勝利宣言するのもいいけどな。気を緩めてるとアタシらに足元をすくわれるぞ」

「……ご忠告、ありがたく受け取っておきますよ。……わざわざ教えてくれるとは。わたくし達の勝利を応援してくれて、ありがとうございます」


 出発の前から五竜さんと美嶺は火花を散らしまくっている。

 競争が激化するのは、私としては不安が増すだけなのであんまりうれしくはないんだけど、美嶺の言動は少なからず私を心配してのことだと分かってるので、複雑な気持ちになる。



 ベルトを着けなおすためだろうけど、五竜さんはザックを下ろそうとする。

 その仕草を目にしたつくしさんが、慌てた様子で駆け寄ってきた。


天音(あまね)さん、私が直しますっ。ザックは下ろさなくても大丈夫ですよっ」

「……どうも」

「いいんですよ~。このぐらいしか、できることありませんから」


 そう言って、つくしさんはベルトを着けなおすと、五竜さんのザックをさらに念入りに点検し始める。

 その甲斐甲斐しい様子は、私にはやっぱり夫婦のように見える。

 五竜さんは「自分が人に好かれるわけがない」と言っていたけど、そんなことはないんじゃないかな、と思った。



 そうこうしているうちに、女子隊の出発時間が来たようだ。

 役員の先生に誘導され、松江国引高校がスタート地点に立つ。


「では、私たちの隊はお先に出発しますね~。みなさんもお気をつけて~!」


 つくしさんは手を振りながら、歩き出した。

 私たちもそれに応えて手を振る。


「つくしさん、ありがとう! いってらっしゃ~い」


 ほたかさんは大きな声でエールを送った。



 最後に残ったのは私たち、八重垣高校。

 いつも通りに私は千景さんの後ろに並び、スタート位置についた。

 この四人だけで歩く『チーム行動』はお昼の大休止で終わり、そこからは昨日と同じように全員が一列になってぞろぞろと歩く『隊行動』に戻るらしい。

 この『チーム行動』の区間こそ、体力の差が最も大きく出るということだった。


「どうにか追いついて、驚かせてやりたいな……」


 後ろで美嶺がつぶやくと、千景さんは真剣な表情で振り向いた。


「審査員は隠れて見てる。……走ると、減点」

「そっか……。レースじゃないんすよね」


 すると、最後尾のほたかさんも補足してくれる。


「うんっ。確かに追いつけば相手より強いことは分かりやすいけど、五竜さんのチームは体力自慢みたいだし、追いつこうとすると逆に危ないかなっ」

「そっすよね。安全第一っす」


「あ、気を落とさなくっても大丈夫だよ~。チェックポイントごとに決められているコースタイムは体力差が判断できるぐらいには厳しめになってるから、がんばり甲斐はあると思うよっ」

「そっすか! じゃあ無理に追いつかなくとも、アタシの体力の見せ場はありそうっすね」


 美嶺はやる気が出てきたのか、鼻息荒くうなづいた。

 ただ、体力自慢の美嶺ならいざ知らず、私は結構不安になってくる。


「あぅぅ……。むしろ私が足を引っ張りそう……」

「大丈夫だって! ましろと伊吹さんの体力も踏まえて、アタシが多めに荷物を持ってるんだ。大船に乗った気持ちになって任せろ!」

「ありがとう……」


 美嶺は本当に頼もしい。

 確かに今日は結構疲れそうだから、事前に重さの配分を整えてある。

 特に美嶺は歩く以外に頭を使うこともなさそうだからと、多めに負担してくれていた。

 そう考えると、みんなと比べて私は荷物も軽めだし歩く以外にやることもないので、申し訳なくなってくる。


「あのぅ。ほたかさん。……なにかお手伝いできること、ありますか?」

「ん? ましろちゃん、どうしたの?」

「昨日はほたかさん、記録と読図をやってて、休憩のときも休めてなかったなって思って」

「今日はちゃ~んと寝たから! 大丈夫、大丈夫っ」


 ほたかさんは予想通りの事を言い、元気よく手を挙げる。

 心配だ……。

 ほたかさんは無理して抱え込むところがあると分かったので、お仕事はなるべく手伝いたい。

 そんな私と同じ気持ちになったのか、千景さんも美嶺も身を乗り出すように言った。


「ほたか。……抱え込みすぎは、ダメ」

「そっすよ。こういう時こそ、仲間を頼らなくちゃ」


 二人の勢いに驚きつつ、ほたかさんの表情は和らぐ。


「あ……ありがとう。……じゃあ、記録のお手伝いってどうかな?」

「任せてください!」


 お仕事を依頼されたので、ちょっと嬉しくなった。


「ましろちゃんは天気やみんなの健康状態、時刻などを分担してくれるだけでも助かるよ~。チェックポイントや休憩、分岐や山頂などの要所ごとに記録をつけるの」

「ええっと……うん。頑張ります!」


 やってみないと分からないことも多そうだけど、任せてもらえたからには頑張ろう。

 私は息を強く吐き、前を見た。



「みんな。……あと一分で、出発」


 千景さんの言葉で緊張感が高まる。


「ましろ、今日はトイレ、大丈夫か?」

「大丈夫! ちゃんと行ったよ~」

「じゃあみんなっ。楽しんでいこっか~」


 ほたかさんが掛け声をかけた瞬間、頬に冷たい何かが当たった。

 指で触れてみると、濡れている。


「あ」

「……雨、っすね」


 それぞれが天を見上げ、つぶやいた。

 スタート間際の思わぬ足止め。

 ザックからカッパを取り出しながら、今日の行く末に一抹の不安を覚えるのだった。

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