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第二十二話「今日も朝からドキドキですっ」

 ピピピっという電子音と共に目が覚める。


 あたりは真っ暗。

 そして、身動きひとつできない。


 もしかして金縛り?

 ……そう思ったけど、体中がなにかで縛られているような圧迫感があり、胸元にも別の圧迫感がある。気になるのは、一定の周期で温められる胸の谷間だ。


 いったい、私はどうなっているんだろう?



 その時、布がこすれる音が聞こえ、周囲がほのかに明るくなった。

 見えるのは黄色い布の壁で、ここが八重垣(やえがき)高校のテントの中だと分かる。

 そして自分は寝袋の中にくるまったまま、横向きに寝そべっている。


 胸元を見下ろすと、黒くてつややかな髪の毛が見えた。


「……って、千景さんだっ」


 よくよく見ると、千景さんの顔が私の胸の谷間にうずもれているのが分かった。

 温かいのは千景さんの呼吸に違いない。

 昨日の夜は手をつないで寝たはずだけど、いつの間にか向かい合わせになって密着している。

 寝ているうちに勝手にこうなったんだろうけど、恥ずかしくて心臓が早鐘を打ち始める。


 そして、自分の体が動かない理由も予想がついた。

 これは美嶺(みれい)だ。

 美嶺がまた長い手足で絡みつき、私を抱き枕みたいに抱きしめているに違いない。

 案の定、耳を澄ますと「ましろに近づくなあ」と寝言を言っている。


 えっと……。

 これはまずいかもしれない。

 千景さんが私の胸に顔をうずめている。この状態を美嶺が見たら、大暴走が始まってしまいかねない。

 でも、何とか千景さんから離れようとしても、美嶺のせいで体が動かせない!


 体の状態を確認してみると、かろうじて首と胸は動かせそうだ。

 なので、今度は千景さんを起こそうと胸を動かしてみる。

 胸を押し付けたり、左右に揺さぶったり。

 ……だけど全然起きてくれないし、なんか自分のほうが変な気分になってきた。

 これでは八方ふさがりだ。


「あぅぅ……ほたかさん、助けてぇ~」

「ましろちゃん、呼んだ?」

「あぅ?」


 頭だけを動かして声のほうを見ると、その瞬間に周囲がオレンジ色の光に包まれた。

 まぶしくて目を細めると、その光の中にほたかさんが立っている。どうやら天井にぶら下げてあるガスランタンに灯をともしたところのようだ。

 さっきの電子音や動く気配は、どうやらほたかさんだったみたいだ。


「ほたかさん……。と、とりあえず千景さんを動かしてくれませんか?」

「……あらあら、千景ちゃん。まるで赤ちゃんみたいで可愛いねっ」


 ほたかさんは微笑ましいといった感じで私たちを見下ろしている。

 そんなにゆっくり見つめていると、ランタンの光で美嶺が起きてしまうかもしれない。


「そ、そんなこと言ってないで……。緊急事態なんですぅ」


 強くお願いした瞬間、頭上で「んあ?」っという美嶺の声がした。

 私は身をこわばらせ、気配を探る。

 すると、「あかちゃんぷれいは……はずかしぃ……」というつぶやきの後、再び寝息を立て始めた。



 セーフ……。

 なんだか怪しいつぶやきだったけど、寝ているなら問題ない。今のうちに、ほたかさんに千景さんの位置をずらしてもらおう。

 私が目配せすると、ほたかさんもうなづいてくれる。


「じゃあ、とりあえず千景ちゃんを動かすね」


 そう言ってほたかさんが動いた時、何かがぽろっと床に落ちた。

 それが何なのかは一瞬で分かる。

 私が着ているユニフォームと全く同じ装いの、小さな人形。


「そ、それ。ぬいぐるみ! しかもユニフォームバージョンの新作じゃないですか!」

「えへへ……。夜中に目が覚めちゃったんだけど、これを抱きしめたら、よく眠れたんだよっ。見て見て! さらにましろちゃんっぽく、可愛くなってるの!」


 頬ずりされるのがぬいぐるみだとしても、それが私をモデルにしたものだと思うと、妙に恥ずかしくなってしまう。


 キャンプの朝はなんでこう、色々起こるのかなぁ……。

 みんなの寝相の悪さには今後も振り回されそうだと、しみじみ思った。



 △ ▲ △ ▲ △



 朝の四時は真っ暗だ。

 これ、朝というよりは、まだまだ夜だと思う。

 テントの外に出るとあたりはなんだか霧っぽくて、ヘッドライトで照らすと水の粒子が流れていくのがよく見えた。

 立っているだけで顔が濡れてくる。

 この景色も普段は見たことがないので、とても新鮮だった。


 炊事場で水をくみ、テントに戻る。

 起きたばかりだと体を動かすのがおっくうなので、五竜さんのように、昨日のうちから水をくんでおけばよかったかもしれない。


「お。ましろが戻ってきた」


 テントの入り口から美嶺が顔を出し、迎えてくれる。

 しかし、朝食を作るというのに、外にはシートはまだ広がっていなかった。


「ただいま~。えっと、ご飯を作るシートは?」

「霧が出てて体が冷えるし、テントの中で作るんだってさ」


 テントの中では、すでに朝食用の材料や食器などが床に並べられ、千景さんがシングルバーナーを組み立てている。


「ましろちゃん、お水、ありがと~」

「テントの中だと審査員から見えないですけど、いいんですか?」

「朝ご飯は審査されないんだ~。じゃ、作ろっか!」


 どうやら炊事の審査は夜だけらしい。

 まあ確かにこんな暗闇の中で審査するのも大変だろうし、寝ぼけた顔を見られるのも恥ずかしい。



 今日の朝ご飯は『乾燥野菜とビーフジャーキーのミネストローネとフランスパン』だ。


 これは小桃ちゃんが私のリクエストに応えて考えてくれたレシピ。

 山での保存と軽さを重視して、使う材料は乾燥野菜を選んである。キャベツと玉ねぎ、にんじん、そしてダイスカットのジャガイモをたっぷりと鍋に入れ、濃縮されたトマトペーストをチューブから絞り出す。

 ビーフジャーキーは叩いてほぐしてから投入。赤身のお肉からいい出汁が出るらしい。


 料理方法はとっても簡単。

 全部の材料とコンソメと水を一緒に煮込むだけ!

 あっという間に、ミネストローネの完成だ。


 主食のフランスパンと共に器をみんなの前に並べ、「いただきます」と手を合わせる。



「うまっ! 肉の味が染み出してて、体が目覚める感じがするな」

「うん。こんなに簡単なのに、すごく美味しいね! 寝ぼけてた体にしみこむ~」


 食道を下りていく熱さが、体の内側から眠気を覚まさせる。

 そして程よい塩分と野菜の甘さ、お肉から染み出した旨味が心を安心させてくれる。

 フランスパンにしたのも大正解で、あれだけぎっしりと荷物を詰め込んだザックの中でも、ほとんど潰れずに原型を保ってくれていた。


「小桃さんのレシピ……美味しい」

「そうだね~。なんといっても、乾燥野菜とビーフジャーキーをお鍋に入れただけだもん。軽くて簡単で……すっごく山の事を考えてくれたんだなって、うれしくなっちゃった」

「ですよね~。寝ぼけてる状態で野菜を切るなんて考えると、それだけで大変ですもん……。これはお礼を言わなきゃ!」


 今回の登山が充実しているのは、ひとえに小桃ちゃんがメニュー作りを手伝ってくれたおかげだ。

 小桃ちゃんは食べ物が大好きなので、今度何かをご馳走しよう。そうしよう!



 ふと美嶺を見ると、空になった器を下ろし、腕組みして何かを考えこみ始めた。


「寝ぼけてたと言えば、アタシ、なんか変な夢を見たんだよな……」


 その一言で、私の中に緊張が走った。

 さっきの恥ずかしいハプニングは過去のものだと思っていたのに、ここでよみがえってくるとは!


「ど……どんな夢だったの?」

「なんか伊吹さんとましろが抱き合ってて、なぜかましろっぽい人形も空から降ってくるんだよな……」

「へ……へぇぇ……」


 あまりにも的確な状況説明。

 美嶺って、寝ぼけていた割にはしっかり観察していたようだ。


「なんか、やたらと出来のいい人形だったんだよなぁ……」

「か、変わってる夢だね~」


 あまり深く突っ込むと、ますます鮮明に思い出しかねない。

 これ以上はあまり追求しないほうがよさそうだ。


 すると、今度は千景さんがはにかみながら口を開いた。


「ボクは……すごくいい夢を」

「へえ。どんなのっすか?」

「柔らかな雲に包まれ……星空を見る、夢。……雲がふかふかで、人肌のよう」


 そう言って、両手で頬っぺたを優しく包み込んでいる。


 その夢って、私の胸に顔をうずめていた時の感触が影響してるんじゃなかろうか。

 そう思うと胸がむずむずとこそばゆくなってきた。


「ん? なんでましろが顔を赤くしてるんだよ」

「えっ……赤い?」

「ああ。どこに照れる要素があったんだ?」


 美嶺は不思議そうな顔でのぞき込んでくる。


「なんでもないよぉ~」


 私はたまらなくなり、テントの中を逃げ回った。



 うんうん。今日も平常運転。

 私はみんなにドキドキしっぱなしのようです。

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