第十五話「保存食を作ってみよう!」
小桃ちゃんが大きな模造紙を部室の壁に広げると、そこには大きな文字でメニューが書いてあった。
「日程とみんなの好み、食材の保存方法を考えたところ、こんな感じになったのだよ!」
(一日目の夜)
肉みそハンバーグとご飯、コンソメスープ
(二日目の朝)
乾燥野菜とビーフジャーキーのミネストローネとフランスパン
(二日目の夜)
塩チキンのミルク鍋とご飯
(三日目の朝)
肉みそと玉ねぎのオムレツとミートソースパスタ
お昼ごはんは審査がない上に短時間なので、カロリーメイトやビスケットなど、市販のもので十分らしい。
だから、手作り料理は朝と夜だけだ。
私たちは書かれている文字だけでも期待で胸が膨らんできた。
「ミルク鍋……美味しそう」
「私はミネストローネ、好きなんですよ~。さすが小桃ちゃん、分かってる~」
ミネストローネはトマトがふんだんに楽しめるスープだ。
乾燥野菜やビーフジャーキーなど材料の保存対策も十分なようで、小桃ちゃんは山のことをよく考えてくれているのが分かった。
「ハンバーグは大好物なんだよ~! ……でも肉みそってなんだ?」
「オムレツにも肉みそを使うんだね~」
美嶺とほたか先輩は『肉みそ』という文字が気になって仕方がないようだ。
すると、小桃ちゃんはエコバッグからビーフジャーキーを取り出した。
「このビーフジャーキーは常温で何日も保存できるのだけど、なぜだか分かるかい?」
そう言えば、なんとなく食べていたけど、保存できる理由までは考えたことがなかった。
だけど、ほたか先輩と千景さんはすらすらと答える。
「塩分の多さと水分の少なさ。……あとは酸化を防ぐことが決めてなんだよねっ」
「腐敗菌は……塩分濃度二十パーセントを越えると、活動できない」
詳しい数字まで出てくるなんて、さすがは先輩だなと思った。
小桃ちゃんも大きくうなづき、話し始める。
「肉を使った保存食づくりは昔から色々な方法があるけれど、代表的なのは塩漬けしたあとに干したり燻製にする方法なのだよ。それらよりは保存がきかないけれど、味噌漬けなら生の肉を五日ぐらいは保存できるようになるのだよ~」
「へえ。じゃあ、『肉みそ』っていうのは味噌漬けのことなのか?」
美嶺がたずねると、小桃ちゃんは首を横に振り始めた。
「ノンノン。今回つくる『肉みそ』は、ひき肉と野菜を炒めて、味噌や醤油で塩分を高めた料理のことなのだよ! さすがに塩分濃度を二十パーセントまで高めると辛すぎるから、かなり控えめにしているけど、水分を徹底的に飛ばすから日持ちするのだよ」
そしてエコバッグからタッパーを一つ取り出した。
その中にはそぼろご飯の上にのせるお肉のようなものが入っていた。
「まあ、食べてごらんよ! 美味しいのだよ!」
言われるままにスプーンでひと匙すくい、口に運ぶ。
すると、口の中いっぱいに力強い旨味が広がった。
無数の豚の群れが、野菜と一緒に味噌の洪水の中を泳いでくるイメージが目の前に広がる。
その怒涛の流れに身を任せていると、満足感と共に体の疲れが吹き飛んでいくようだった。
「美味いっ!」
美嶺が叫ぶ。
私たちも一様に同意し、首を縦に振った。
「お味噌がお肉によくなじんでて、完全に一体化してるねっ!」
「野菜の旨味もよくしみだしてますよぉ~。ショウガが結構大事ですね!」
ほたか先輩と私の意見に、千景さんも大きくうなづく。
「……これは、母に教えなければ」
しみじみと味わう千景さん。
その横で、美嶺はバクバクと肉みそを食べ続けていた。
「喜んでもらえてよかったのだよ~。肉みそは常温でも一週間近く大丈夫みたいだよ。せっかくだから今から作ってみないかい?」
この美味しさが自分たちのものになるなら、それは本当にうれしい。
私たちは迷わず「作る」と答えた。
△ ▲ △ ▲ △
「では、ましろと剱さん。まずは材料の下ごしらえをやってみてくれるかい?」
小桃ちゃんは持参してきた材料や調理道具を大きなエコバッグから取り出し、テーブルの上にセッティングする。
私たちはブレザーを脱いでエプロンを身に着け、袖をまくった。
私はショウガとニンニクをすりおろし、梅干しをペースト状につぶす役だ。
「そういえばショウガとニンニクって腐りにくいんだっけ?」
「その通り! これらは味付けにもなるし、腐敗を防ぐ効果もあるのだよ~」
私は栄養素までは詳しくないけど、さすがは傷みにくい野菜なだけはある。
私は感心しながら、おろし金の上でショウガをスライドさせ続けた。
「アタシは何をすればいい?」
「野菜をみじん切りにしてくれるかい? なるべく細かくなると、水分も飛びやすくていいのだよ」
小桃ちゃんはそう言って、美嶺の目の前に食材を並べていく。
見たところ、シイタケとにんじん、ネギと小松菜のようだ。
「みじん切り……」
美嶺は包丁を握ると、険しい表情で野菜に向かった。
私がすりおろしを終えた時、まだ美嶺は最初の野菜を切っている途中だった。
にんじんのみじん切りのはずだけど、かなり大きい塊が残っている。
何よりも手つきがおぼつかず、たどたどしい。
みんながハラハラしながら美嶺の手つきを見守っていた。
「美嶺ちゃん! 指を切っちゃうよっ!」
「うぐぐ……。包丁……苦手なんすよ……」
美嶺は妙に力みながら刃をにんじんに当てている。
そう言えば、料理する美嶺は初めて見る。
キャンプでは、夕ご飯は恥ずかしくていなくなってたし、朝ごはんは寝坊していた。
だから今まで気が付かなかったけど、あまりにも危なっかしいので、私は見ていられなくなった。
「猫の手にしないと、指切っちゃうよ~?」
「ね……ねこのて?」
美嶺がピンと来ていないようなので、私は美嶺の手に自分の手を重ねた。
「こうやって、野菜を押さえてるほうの指を丸めると、ケガがしにくいんだよ」
「あわわわわ……」
なんと、美嶺は顔を真っ赤にして震え始めた。
「美嶺、大丈夫? そんなに震えてると、危ないよ~」
「問題ない! ……それよりも指の形がまだ分からない。もう少し教えてくれ!」
美嶺は真剣な表情で手元を見つめている。
そんなに難しいことを言ってないんだけど、言われるままに美嶺の手に指を添わせる。
「えっとね……。さっきも言った通りに、こうやって指を丸めて……」
私が美嶺の指に触れたとたん、美嶺は身もだえするようにのけぞった。
もしかして、私が触れたせいなのだろうか。
それはそれで嬉しいけど、みんなが見てるところで悶えられると、困ってしまう。
「あぅぅ……。美嶺はもう終わり! ちょっと横で休んでて!」
「ぬぅぅ……。わかったよ……」
私が言いたいことが通じたのか、美嶺はしぶしぶと引き下がってくれた。
目の前の野菜はほとんどみじん切りにできていない。
すると、千景さんがおもむろに包丁を手に取った。
「じゃあ、あとはボクが……」
その手さばきはゆっくりだけど、すごく丁寧で滑らかだ。
小桃ちゃんは魅入られるように千景さんの手元を見つめている。
「これはきれいな包丁さばきなのだよ……。家庭部でも上位に入ると思う……」
「母から……教わった」
さすがはカフェ山百合でも厨房の仕事をしているだけはある。
千景さんのお母さんは現役時代の家庭部で『無冠の百合姫』と呼ばれる凄腕の料理人だったらしいので、そのお母さんから伝授された包丁さばきはすでに一級品なのかもしれない。
きれいにみじん切りとなった野菜を見つめ、誰もが感嘆のため息を漏らしていた。
「じゃあここからは火を使うのだけれど……」
小桃ちゃんがカセットコンロの上にフライパンを置き、ほたか先輩を見つめた。
「ほたか先輩、やってみますか?」
「お……お姉さんが?」
「実際に準備するのは登山部の皆さんなので、ぜひ体験して欲しいんですよ!」
小桃ちゃんは笑顔で手招きしている。
ほたか先輩は一瞬迷っているように見えたが、小さな声で「大丈夫、大丈夫」と唱え始め、袖をまくった。
「じゃあ、やるねっ!」
そう言ってフライパンを握るほたか先輩。
私はなんだか不安になった。