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第九話「私のお部屋が百合ハーレムに」

 時計の針は午後五時ちょうどを示している。

 この時間は普段、学校で部活をしているはずだけど、私の家で計画書を作る流れになってしまったので、全員が私の部屋に集まっていた。


 パソコンで作業するだけだと思っていたのに、さっきから全然集中できない。

 美嶺(みれい)は本棚に並ぶマンガや画集、ブルーレイディスクのラインナップを見ながら「さすがだ」とか「これは!」とか言っていて、気になって仕方がない。

 ほたか先輩は私のベッドの上に腰かけ、布団をさすっている。

 頬を赤らめている気がするけど、何を考えているのだろう。

 そして千景さんはというと、椅子に座る私のすぐ横で、正座をしてじっと私を見あげていた。

 じいっと観察されているので、緊張しっぱなしだ。


「あぅぅ……。美嶺は遊びに来たの? 部活に来たの?」

「部活だけど……」

「じゃあ、私のコレクションを見てないで、モニターを見に来てよ~」


 私は美嶺に向かって手まねきする。

 そして次はほたか先輩だ。

 私の布団をさすっている手つきが、なんかエッチだ。


「ほたか先輩は……なんでそこにいるんですか?」

「ましろちゃんのお布団、柔らかいなぁって……」


 そう言って、私の枕を抱きしめはじめた。

 私はすごく照れくさくなって、ほたか先輩の手を引っ張る。


「あぅぅ……。先輩こそ、私に指示してくれないと話が始まりませんよ! 来てください!」


 そして最後は千景さんだ。


「千景さんは……。あの、なんで私の顔をずっと見ているんでしょう?」

「こうすれば、ほたかがぬいぐるみを作った気持ち……わかるかと思って。……気にしなくて、いい」

「そ……そうですか……」


 千景さんの声はとても小さかったので、どうやら他の二人には聞こえていなかったようだ。

 そしてそういえば、ほたか先輩が私をモデルにしたぬいぐるみを作った気持ちが分からないと言っていた。

 私を観察していれば、何かが分かると思っているのだろうか?

 お店の仕事を強引に休んでまでここにいるということは、千景さんの心の中でよっぽど引っかかっているに違いない。

 私としてはこの視線は嬉しいけど、作業に集中できないので困ってしまう。



 こんな状況がずっと続くと、緊張のあまりにいつ私が暴走してしまうか分からない。

 必死に心を無にして、モニターに向かいなおした。


「いいから計画書づくり、やりますよ!」


 陽彩(ひいろ)さんが残してくれたディスクをパソコンに入れ、フォルダを開く。

 するときれいに分類されたファイル群が出てきた。

 ためしに、いくつかのファイルを開いてみる。


「おぉ~。すっごく分かりやすくまとまってますね!」

「見ただけでわかっちゃうの?」

「フォルダ構造もファイル名も分かりやすいし、データの中も説明が添えてあるし、説明用のドキュメントまで完備されてますよ……。さすがは陽彩さんだなぁ……。」


 ディスクの中には計画書をつくるための編集用のテンプレートまで用意されている。

 陽彩さんは部長としてしっかりと財産を残してくれていたのだと分かった。


「ましろちゃんがいなかったら、この宝物に気付かなかったんだね……。お姉さん、やっぱりポンコツだなぁ……」

「あぅぅ……。落ち込まなくてもいいですよぉ」


 データを活用できないところだったので、陽彩さんに申し訳なく思っているのかもしれない。

 その時、美嶺がモニターを見て声を上げた。


「あ、去年の名簿っすね。陽彩さんの名前が載ってる」

「そういえば、せっかくだから他の先輩にも会いたかったなぁ……」

「ん……? ましろ、どういうことだ?」

「ほら、大会って四人で一チームでしょ? 陽彩さん、ほたか先輩、千景さんで三人。ということは、卒業した先輩がもう一人いたんだろうなって思って……」


 そう、少なくとももう一人はいたはずなのだ。

 知らない人があと一人いると思うと、むしろ会っておきたい気持ちが湧き上がってくるので不思議だ。

 ゲームの人物図鑑がちょっと埋まっていないと、埋めたくなってしまう心理と一緒だろうか?

 すると、千景さんが何の事も無げにつぶやいた。


「ましろさん、もう会ってる」

「あぅ?」


 会ってる……という言葉は、そのままの意味なのだろう。

 そんな記憶はないので、意味が分からなかった。


「えっと……。この『赤石(あかいし) (いちご)』さんに……ですか?」

「そう。……うちのお店で、店員してる」

「店員……?」


 さすがに盲点だった。

 店員さんの顔はいちいち覚えていないので、分からないのも無理はない。

 すると、ほたか先輩が不思議そうにつぶやく。


「あれ? 靴を買いに行った日、赤石先輩はシフトに入ってなかった気がするんだけど?」

「ボクが倉庫に閉じ込められた日……シフトに入ってた」


 千景さんが倉庫に閉じ込められた日は、確かに私も一緒にいた。

 あの時は店内に三人しかいなかったはず。

 私と千景さんと、もう一人……。


『鍵をかけ忘れてました! これで大丈夫ですっ!』


 その声がふいに思い出された。

 私と千景さんが倉庫に入ったあと、しっかり鍵を閉めてから帰ってしまった人。

 確か、栗色のロングヘアの年上っぽいお姉さんだった。

 あの人が登山部の先輩だったのか……。


「なんとなく……思い出してきました。顔までは……思い出せないですけど……」

「赤石先輩、この間のゴールデンウィーク臨時フェアの時もお休みだったものね……」

「……もしかして、アイドルの追っかけとかで勝手に東京に行ったですか人?」

「そう。女性アイドル声優のライブ……と言ってた」


 女性アイドル声優のライブイベントの追っかけとは、なかなかに濃い趣味だ。

 生粋のオタクじゃないか。

 私のオタクの師匠・陽彩さんと一緒に盛り上がっていたに違いない。


「その赤石さんですけど……。店員さんっていうことは、千景さんがヒカリさんってことも、もちろん知ってるんですよね?」

「うん。知ってる」

「ちなみにね。関係者の中でヒカリちゃんのことを知らないのは陽彩先輩と天城(あまぎ)先生だけだと思うよ~。特に先生には秘密にしてねっ」


 あまちゃん先生にはバレていないと、千景さんも行っていた。

 もしバレたらと思うと、あまちゃん先生のニヤニヤしている顔が浮かぶ。

 千景さんのことは全力で守ろうと、心の中で固く誓った。


「今度、赤石さんにも改めて挨拶しなきゃですね……。じゃあ、話が横道にずれちゃったので、さっそく作業をはじめたいと思います。ほたか先輩、いいですか?」

「うん。じゃあ、まずはね……」


 ほたか先輩はモニターを見て、指で示しながら内容を教えてくれる。

 言われるままに文字を入力していくだけなので、この分なら作業はすぐに終わりそうだ。

 データを作ってくれた陽彩さんに感謝しつつ、滞りなく入力を進めていった。



 △ ▲ △ ▲ △



 計画書づくりはすこぶる順調だ。

 三人ともモニター内のデータに集中してくれているので、イイ感じだ。

 そんな中で作業に支障があると言えば、私の胸の高鳴りに他ならなかった。


 ほたか先輩がすぐ横でモニターを指さしているので、さっきからずっと肩が触れ合っている。

 それに顔が……顔が近い!

 私の視線は、ついつい先輩の唇に引き寄せられていった。


(ほたか先輩の……唇……)


 先輩の家では、思わぬハプニングによってキスしてしまった。

 あれは事故だと思ってたけど、口同士でぶつかったのなら、痛かったはず。

 でも、あの時は痛くなかった。


(……そもそも事故でぶつかったとして、唇同士がそんなに都合よく、くっつくのかな……?)


 あの時は動揺していたのでスルーしてしまったけど、冷静になると違和感がある。

 まさか、ほたか先輩はわざとキスをしてきたのだろうか……?

 今となっては先輩の想いを知っているので、あり得ないとも言い切れない。

 私の胸の鼓動は高鳴り続け、変な汗が顔からにじみ出してしまった。



 私がじっと唇を見つめていると、急にほたか先輩の視線が私を向いた。


「ましろちゃん? お姉さんの顔に何かついてる?」

「い、いや! なんでもないです……」


 唇を見ていたのを気付かれたかもしれない。

 私はとっさに視線を外す。

 すると、千景さんが私を見ていることに気付いてしまった。


「ましろさんの視線。これは……あれと、関係するの?」

「あ……あれとは何でしょう?」

「ぬい……」

「ち、違います、違います!」


 千景さんは、きっと『ぬいぐるみ』と言いかけたのだ。

 あまりそこを追及されると困ってしまうので、私は必死に否定する。

 特に美嶺に知られると、ヤキモチで彼女は大変なことになってしまいそうだ。


 千景さんの言動で美嶺が顔を赤くしていないか不安に思い、彼女の様子をうかがう。

 すると、美嶺は何か悶々とした表情で過去の計画書を見ていた。


「……表紙の内容って、決まってなかったはずっすよね」

「う、うん、そうだけど……。美嶺ちゃん、どうしたの?」

「ア……アタシをモデルにして描くのは、どうっすか?」


 急に大胆な提案をしてきた。

 ほたか先輩と千景さんはあっけに取られているけど、美嶺は本気の様子だ。

 さっきからずっと静かだなと思っていたけど、まさかの唐突な提案。

 私もビックリして、口をあんぐりと開け続けるのだった。

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