お茶を飲むのも命がけ
身内用
ーー私はただ、優雅なティータイムを送りたかっただけなんだ。
それがどうして、こんなことにーーー
私の名前は茶臼山有茶。苗字にも名前にも茶という字が入ってるにも関わらずコーヒー派…ということもなく、友人たちにアリサといえばお茶、と認識される程度にはお茶派である。
そもそも、お茶派かコーヒー派、と二分して比較される対象としておかしいと思う。例えば犬と猫、うどんとそば、きのことたけ…ゴホン。好きなのはどちらかという選択の前提として、同じ状況でどちらかを選ぶなら、という選択だと思っているが、お茶とコーヒーはどうだ。
コーヒー派が食事中に水代わりにコーヒーを注ぐか?お茶派が眠気覚ましにお茶の飲むか?…と管を巻いていると、食後にどちらを選ぶという前提なら有りかも、と思い直した。
…自己紹介が長ったらしくなってしまったが、自己紹介ついでに、こんなことに―――トイレから出られなくなった経緯も話させてほしい。
私がまだ日本の学生だったころの話―――
「やった、ついに買えた・・・」
シルバーチップ。お茶の一芯二葉の葉の部分の芯芽だけを摘んで作ったお茶で、紅茶ではあるが中国茶の様な透き通った色と味。両親に連れられていった海外で飲んだ時の感動が忘れられず、
「茶々ったらまたお茶っ葉買ったの?」
「いくらしたの……2万!?ひくわー」
「やばいじゃんタピオカミルクティー飲み放題じゃん」
「さすが茶々だねー。うちらにも飲ませてくれんの?」
友人たちはいつも通りの反応である。茶々というあだ名は、姓名両方に茶という文字が入ってる私が、日本史の授業以来友人たちに呼ばれるようになった。ちょっと可愛すぎる気もするがアリサも似たようなものかな。
友人たちの反応をよそに、帰宅後にどのように淹れるかを想像してはニヤつきながら、
「皆の分もあるけど今日は一人で飲みたい気分だから、先帰るね!」
と言い残して小走りで友人たちのもとを離れた。
一人で飲みたい、などと我ながらオヤジくさいことを言ったもんだ、と思いながら家まで一直線に向かっていた私はシルバーチップを飲む自分の未来を、つまり前しか見ていなかった。横を見ていなかったのだ。
―――気がつくと、森の中にいた。
「は?え?ここどこ?」
制服、買い物袋などはそのまま森の中に放り出された事実を受け止めきれず、数分間その場に立ち尽くしてしまう。
定まらなかった視点が買い物袋に合わさった瞬間、私が今やるべきことを思い出した私は、
「ティータイム、しなきゃ…!」
何が起きたか考える前に、森から抜け出そうと歩き出す。
―――1時間歩き続けても出口のでの字も見当たらない頃には頭も冷えてきて、スマホが圏外だった件も、電波が悪いだけと思っていたが、いくら森林内といえ日本国内でこうも電波が繋がらないものかと思うようになってきた。
どこかの島や海外?とも思ったが、私の脳では瞬間移動イコール非現実、つまりありえない。という回答しか得られなかった。そんな非現実な―――
ガサリ、という物音に途方に暮れていた私は現実に引き戻された。巡回の人や近所に住む人たちに偶然出会い助かるかもしれない、という淡い希望を―――
獣の爪に砕かれた。外見は狼に似ているのだが、日本にこんな大きくて凶暴な風貌の狼がいるという記憶はないので、獣と形容することにした。獣にあっという間に押し倒されながら。
獣の牙が目前に迫り、現実を受け止め死を覚悟することもできず、私は死ぬ。
と思っていたのだが、獣が鼻先を顔から下方向に動かしていく。へそのあたりまで来たところで、まさか、と勘繰ってしまい死とは別方向の恐怖に血の気がひく。
しかし、それ以上下には行かず鼻先が自分の体から逸れてくれて安心したのもつかの間、獣の意識が茶葉の入った買い物袋に向けられたことがわかってしまった。
獣の口が買い物袋を咥えようとした瞬間、
「それは駄目―――ッ!!!」
私は獣を突き飛ばしていた。数メートル飛ばされた獣は樹に体を打ち付けられる。そこまでダメージがあるようには見えないが、子を守る母のように茶葉の前に立ち両手を挙げ威嚇ポーズをとっていた私を一瞥すると、去っていった。
「た、助かったぁ〜」
へなへなと腰を抜かしながら、地べたにへたりこむ。
危機が去った今になって脳が現状に適応しだし、ここが少なくとも地元ではない可能性、何かがあってここに瞬間移動したのではないかと考えるようになった。
思案に耽っていると、またもや物音がたち、今は思案より移動を優先するべきだったと後悔した。今度こそ…終わった。
「声が聞こえたが…こんな所で何をしている?」
今度は獣ではなく、背が高く美しい女性が現れる。
人の形をした生き物に出会えたことへの安堵と、その生き物の日本人とはかけ離れた美しさに見惚れて何も言えずにいると、
「服の乱れを見るに···森にいる何かに襲われたか、なんとか逃げてきたといったところか」
「は···はい、そんなところです」
「怖かっただろう。よければ私の村まで案内しよう」
「あ····お願い···します」
自己紹介もないままとんとん拍子に話が進んでいき、彼女の村に行くことになった。
道中交わした自己紹介によると、彼女の名前はニナス。エルフという種族らしいが、耳が長い以外は外見は私と変わらず、特に動揺することなく話ができたが、話すうちに、やはりここは日本どころか今まで自分が過ごしていた世界ですらない、という新たな動揺の種が芽生える。
いまだに状況を飲み込めないまま混乱する私の頭だが、落ち着いたことでふと浮かんだ一つの単語を彼女にぶつけてみることにした。
「あの…!村にお茶って…ありますか?」
助けてもらってる身で図々しいことこのうえないが、腰を据えて状況を整理するにはこのルーティンに頼るしかなかった……が、返事はなかった。
お茶があってもなくてもそつなく答えてくれるであろうと思っていた彼女の表情が急に険しくなり、
「…貴様、なぜそれを…『茶』を知っている?」
先ほどの獣のような敵意がいつの間にか抜いた剣に乗せられ、眼前に突きつけられる。
(え…私、何かやっちゃった?)
理由はわからないが怒らせてしまったようで、優雅なティータイムを迎えるのはまだかかりそう。




