見てはいけないもの
「……で、なんですか」
応接室のような場所に案内されると、そこにはよく見る女性がいた。
黒髪ロングにスーツを着こなした女性は長いまつ毛をつけた大きな瞳で俺を真剣に見る。
俺はなにか、悪いことでもしたのかと息を飲んだ。
「ちょっと呼んでみた〜」
「ぶっ飛ばしますよ」
さっきまでの鋭い眼差しは一瞬で消え、代わりに無邪気な笑顔が飛び出した。
「え〜、だって暇だったんだも〜ん」
椅子を使ってクルクル回りながら言ってくる。
どーにかしてその回ってる部分をへし折りたい。
「俺は先生の暇つぶし道具ではございません。よって、帰らせていただきますが、よろしいでしょうか?」
言葉を発しながら180度体を回転させ歩き出すと、先生は慌てたように立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「ごめんごめん、私が悪かった。とりあえず話だけでも聞いてくれよ〜」
大きな瞳をパチクリさせて懇願して来る。
くそ、かわいい。
「……はぁ、わかった、わかりましたよ。で、なんですか?」
先生の目が暗くなった。
「いやな、実はお前に折り入って頼みがあるんだよ」
先生の目がキランと輝いた。
「……めんど、やっぱ帰ります」
「ええええ。まだ何も話してないじゃないか〜」
先生の目がうるっとした。
「いいえ、先生は確かに話しましたよ? ええ、今も、まだ何も話してないじゃないか〜って、話してます」
「お得意の屁理屈はもう飽きた! 頼むよぉ〜、話だけでも聞いてくれ」
確かに、先生がこんなにもしつこいのは初めてだ。
意外と重要な何かなのかもしれない。
「話だけですね? わかりました。聞いたら秒で帰ります」
「くぅぅぅー! 腹立つっー!」
回転椅子に座る女性は、両手をグーにして顔をしかめている。
ふと、何かを思い立ったかのように、ニヤッとこっちを見た。
「あれ、いいのかな? 四ノ宮くん、私の学校での役割はなんだったかしら?」
役割……?
「え……。生徒指導?」
「せいかーーい! お見事〜! パッパカパーン!」
三十路よ、だまれ。
という言葉を脳内で発した。
「んでね〜、生徒指導ってことはね〜、出欠席等の確認もしてるのよ〜」
「……はぁ」
なんだか、どんどんノリノリになっていくのは何故だろうか。
「四ノ宮く〜ん、今日も遅刻したでしょ〜。実はね〜今日でね〜、進級に必要な出席数を下回っちゃいました〜」
……!?
まてまてまてまて。俺だってバカじゃない。出席日数の確認はちゃんとしていた。
「え、嘘。まだ3日休んでいいはずですよ!」
俺は焦って声を荒げた。
「勘違いじゃないかしら〜。ほら、見てみなさ〜い」
教卓の中から取り出された名簿には、確かに規定を上回る日数が記されていた。
「でまあ〜、それでね〜、もし四ノ宮くんが私のお願いを聞いてくれるなら〜、今学期分の遅刻早退欠席をぜーんぶチャラにしてあげようと思うんだけど〜、どお?」
焦りの興奮よりも、教師という立場の人間が、目の前で犯罪を犯しかけているのに唖然としてしまう。
「先生、それは立派な脅迫罪ですよ」
「うんっ、知ってるわっ」
……なんだこいつーー。
「で、どーするの? やるの? やらないの?」
一瞬本気で訴えてやろうかと迷ったが、それはそれでめんどくさい。
ということは、残された道は一つしかないということになってしまう。
「……はぁ。わかりました、やりますよ。でも絶対に約束は守ってくださいね!!」
犯罪女は立ちあがり、鼻の穴を広げてガッツポーズをした。
アビリティ、女を捨てるを発動!
「やったっ。交渉成立〜! 先生、あなたとは今後もいい取引ができそうな気がするわっ」
俺、先生とは今後も仲良くできそうにありませんわっ。
「それで、俺は具体的に何をすればいいんすか?」
「まあまあ、ちょっとついてきて〜」
先生は席を立ち廊下へと向かっていった。
仕方なく俺もついていくことにする。
廊下は静かで綺麗だった。
この学校は二つの校舎から成り立っている。
新校舎であるここは、旧校舎の2倍以上の大きさのため、教室に始まり、職員室や音楽室、生徒会室等ほとんどの学校設備が備わっている。
築5年の綺麗な校舎は表向きの魅力にはもってこいだ。
旧校舎は、特に何もなく人の出入りも少ないため、不良やカップルの溜まり場になっている。
稀に両者が鉢合わせると揉め事になるため、西側は不良、東側はカップルのテリトリーという謎のジンクスができていた。
しばらく歩き続けていると、その不良ップル校舎の目の前にきた。
「……なんでここなんすか」
「まあまあ、まだお楽しみ」
先生はニコッと笑うと旧校舎の扉を開けた。
ミシッという音と共に、空気が中へと入っていく。
旧校舎には1年の始めの頃、よく渡と来ていた。ここに来ると、楽しいという感情を思い出してしまう。だから最近は一切近寄らないようにしていた。俺は、思い出という言葉が–
「痛っ」
「あーっ、ごめんごめん。急に止まって悪かったねー。ここよ、着いたわ」
ぼーっと考え事をしているうちに、先生のいう目的地に着いたようだ。
「いえ、俺がぼーっとしていました。すみません」
「……そう? じゃあお互い様って事で〜。それじゃ、入るわよ」
先生は所々塗装の剥げた古びた扉に手をかけると後ろを振り向いた。
「ちょっとだけ、覚悟してね」
……?
どういう意味だろう。
考える間もなく、扉は開いてしまった。
「失礼するよ〜」
先生は満面の笑みを浮かべて敷居を跨いだ。
4つの人影が一斉にこっちを向く。
「……は?」
「あれせんせー、こんなとこ来ていいのー?」
「先生いらっしゃいっ! ゆっくりしてって〜」
「ゆっくりさせんな」
先生の言葉の意味が10秒越しにわかった気がする。
こいつらはこの学校の生徒会員だ。
学力優秀、生徒の面倒見もよく、全力で物事に取り組む、オマケに顔も良い才色兼備のLDK2人とLJK2人。
誰にでも笑顔を向ける気持ち悪いやつらだったはずだが……。
なんだ、先生を見るこの嫌悪の眼差しは。
「ごめんねー、ちょっとだけお邪魔させてもらえる?」
「いいわけねーだろ、はよ帰れ」
おーおー、まじかまじか。
サラサラの黒髪に大きくキリッとした目を持つ色白の男。
彼なんて最も人気のある生徒会長じゃなかったっけ。
「あれ、せんせー、その子だーれー?」
茶髪で毛先にパーマをかけたくりくりの目を持つ顔の小さい女は俺を指出した。
「ああ、ごめんごめん、紹介が遅れたね。この子は2年3組の四ノ宮海斗。実はこの子に関係があることがあって来たんだ」
先生の紹介と同時に、生徒会員たちの顔色が変わっていく。
青ざめていくのかと思いきや、どちらかというと明るくなっていった。
「よお! こんにちはっ。今日はなんの用だい?」
「お姉さんたちが何でも聞いてあげるよー」
……いやさっきの態度バリバリ見えてましたよ〜。
それにお姉さんて、あんたら俺より一つ上なだけですよね。
なんか、見てはいけないものを見た以上の罪悪感が凄い。
「あの……もう遅いっすよ」