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日常の始まり

「等比数列の一般項は……」


「不定詞の副詞的用法には結果と……」


静まり返った廊下には、各教室で行われている授業音が響き渡っている。


廊下と各教室を隔てる窓から少しの視線を感じる。


少し駆け足になりながら、俺は自分のいなければならない教室まで急いだ。


「叙事詩には様々な作品があり、有名なのはアーサー王物語や……」


「ガラガラガラガラ……」


担任の口が一旦止まり、前を向いていた生徒達が一斉に後ろを向く。


「遅刻だぞ、立花。今月に入ってもう3回目だ。そろそろいい加減にしろ」


担任は出席簿を手に取りながら、俺の顔などは見ずにただ台詞を口にした。


「……すみません」


この言葉が真反対の位置にいる担任に届いたかはわからない。が、そんなことはどうでもいい。


どうせ聞こえていても、なんとも思ってくれない。


はっ、別にいいですよ。



いつの間にか、生徒達も何事もなかったかのようにまた前を向いていた。


俺は音を立てないように教室のドアを閉め、左後ろの自分の席へとそっと足を動かす。


窓際にあるこの席は隣に誰もいなく、一人の空間としていられる絶好のポイントだ。


ボーッとしている間に、2限の授業も佳境へと入っていた。


あと5分、俺は腕を枕がわりにしながら時計の秒針が動くのをじっと見る。


ふと、扉の方から足音が聞こえてきたような気がした。


足音はやはり本物で、だんだんと大きくなる。


すぐそこという位置まで音が到達すると同時に扉が力強く開き、汗を垂らした呼吸の荒い顔立ちの整った男が顔を下に向けながら立っていた。


俺だけでなく、教室中の人間が皆視線を向ける。


「すみませんっ! 遅れました!」


真反対の位置にいる担任までよく届く声を出しながら、カバンからタオルを取り出しさらっと汗を拭く。


「おせーぞ、神崎。遅刻だ遅刻〜!」


出席簿を手に取りながら、担任は男の方を向いた。


「渡くん、どしたのー? 遅刻なんて珍しいねー!」


教室右前の女子生徒がニコニコしながら問いかける。


「いやー、ちょっと怪我した女の子を助けててさー」


「え、神崎。それホントかよ!?」


扉近くの男子生徒がビックリした顔で反応する。


「うそうそ、ジョーダン。遅刻しただけだよ〜」


「なんだよ〜、惚れそうになったじゃねーかー」


ちょっとした茶番劇に、教室中が笑いに包まれた。


「お前らうるさいぞー、神崎も早く座れ〜」


「すんませーん」


神崎が席に座ると同時に、2限終了のチャイムが鳴った。


「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」


「神崎達がふざけたせいで終わっちまったじゃねーかー」


担任が教材を片付けながら不満そうに口にする。


「まあまあ、そーゆー日もあっていいじゃないすか! 斎藤せんせ?」


神崎は後頭部をこすりながら、ニヤニヤして言う。


「ったく、ホントお調子者だよお前は。はい、号令〜」


斎藤は鼻で笑いながら、日直へと指示を出した。


「起立」


椅子と床がこすれる学校特有の音がする。


「礼」


「ありがとうございましたー」



ある者は、黒板を消しに。


ある者は、友人とおしゃべりに。


ある者は、用を済ませに。


みんなそれぞれ、自分の日課を果たすべく行動をし始める。


うつ伏せになりながらそんなことを考えていると、ふと頭上になにかの気配を感じた。


「ほら、起きろ。海」


聞き慣れた声につられ、俺はめんどくさがりながらも顔を上げる。


「……なんだよ」


俺が不満そうに聞くと、渡はニヤッと笑った。


「お前も今日遅刻したんだって〜? 奇遇だなぁ」


俺と神崎が話し出すと、一部の女子がちらちらとこっちを見てくる。


「なんで知ってんだよ、てか俺はよくする」


「さっき颯が言ってたぞ?」


……颯? 誰だ。


「ごめん、苗字で言ってくれないか」


神崎は一瞬ポカンとした顔をしたが、すぐに表情を戻した。


「ああ、須永だよ」


須永、さっき神崎が教室に入ってきたときに突っ込んでいた陽キャか。


「あーね」


素っ気ない返しをすると、神崎は少しむすっとした。


「つーか、名前ぐらい覚えろよー。颯なんて去年も同じクラスだろ?」


「ごめん。つか、みんなも俺に覚えられることなんて望んでないだろ」


俺は3限で使う教材を机の中から取り出しつつ、小さな声で口にする。


「……はぁ。なんでそーゆーこと言うかなー」


神崎は少しため息を吐きながら、薄く笑った。


「うっせ、ほっとけ」


「へいへーい」


神崎は俺の頭を一発軽く叩いてその場を去ると、さっきからこっちを見ていた女子供が一斉に神崎のところへ集まる。


「渡く〜ん。なんでまた四ノ宮なんかと話してたの〜?」


髪を下ろしたロングヘアーの黒髪女子が、胸を揺らしながら神崎に近づいていく。


「ん、ダメ?」


「えー、だってあいつって去年〜」


ボブショートの茶髪女子が神崎の袖を掴みながら大きな声で言う。


ほんっと性格ひねくれてんなぁ、あいつら。


「君たちは気にしなくていいの〜」


神崎が得意の笑顔で反応する。


「えー、渡くんがそーゆーならいいけどー」


そう言いつつも、さりげなくこっちを見て睨みつけてくる。


なんか、ゾクっとしたな今。


ひゃー、怖い怖い。


ほんっと、性格悪りぃなあいつら。


神崎は女子達を上手く交わして、席へと戻った。


いつも通りの3限が始まる。



「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」


「はい、4限の授業は終わり。号令はいいから、昼休みで息抜きしてこーい」


4限担当の教員がそう言うと、生徒達は一斉に席を離れる。


俺も購買で昼食を買ってこようと席を立つと、ポーンと放送が入った。


「2年3組、四ノ宮海斗くん。2年3組、四ノ宮海斗くん。至急職員室まで来てください」


なぜ、なぜ校内放送で呼ばれなきゃいけないんだ。


絶対みんなこっち見てるよ。


またなんかやったんかって蔑んだ目を向けてるよ。


これじゃもはや公開処刑だ。


はぁ……。


3.2.1で見渡そう。


3.2.1……


ほらな、ほら、やっぱめちゃくちゃ見られてるじゃんかぁぁあ。


「……はぁ」


俺は深いため息をつき、職員室へと急いだ。



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